THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
世界は永い歴史の中で、誕生と衰滅を幾度となく繰り返す。
人は生れては死に、死してはまた生れる。
神なる追憶を呼びし者、輪廻の輪を断ち切らんとする光、永としてこれを断ずる。
色素を失っていた髪は黒く染まり、先端が太陽を象った黒い錫杖を携えている。
特異なチャクラを発しているが、十尾の人柱力特有の角や白い肌、大筒木一族の装束など外見的な特徴は視られず、うちは一族の分厚い黒衣のまま。六道の錫杖を手にする以外は特に変化がない。
十尾の素体である外道魔像も、不死をもたらす神樹も取り込まれていない代わりに、先ほど奪い取ったチャクラが宿っている。姿形はいったん置くとして、錫杖まで顕現させた理由は十尾にも解っていた。これまで十尾のチャクラを散々とぶつけてきた現実が完璧に物語っている。
求道玉は六道仙術を開花させて初めて発現する力だ。五行陰陽を司る血継網羅の一つであり、六道の特別な陰陽遁の力を宿している。錫杖はそれが形態変化を起こした物で、六道の力が最も安定して具象化した姿である。
うちはオビトは過去に、九つの尾獣のチャクラが集まり復活した十尾を己が身に取り込み、精神世界で十尾の意志による侵食を抑え込んで制御し、十尾の人柱力と成りて六道仙人と同じ境地へと到達した。開眼すれば眼を失くそうと、何がどうなろうと体に宿り続けて消えない『須佐能乎』と同じように、一度でも発現した力は心身にへばりつき、永遠に失われることはない。
そして今回――輪廻天生により蘇って生身の体、生きたチャクラが戻り、十尾から引き千切った尾獣のチャクラを再び取り込んだ。戦いの果てに消耗したチャクラと、輪廻眼に宿る仙人のチャクラに呼応して、体の奥底に眠っていた六道の力が表へ出てきたのだ。尾獣のチャクラを失い、主と共に永久の眠りに就いていたはずの力が。
人柱力でも生者でもないマダラが、不完全ながら使用した六道仙術は、本来なら穢土転生の死人では扱えない。輪廻眼の瞳術・輪墓と同じ理屈だ。それが純化の力を受けて、『死者』たる要素が不要な物として削り排され、『生者』としての色が増した結果、体に宿る力の片鱗を振るうことができた。
ただしオビトとは違い、肉体は塵芥の紛い物に過ぎず、チャクラは完全に死んでいる。
(この感じ、あの時とは……)
十尾は違和感を拭い切れない。胸を掻き毟るような気持ちの悪さが襲っていた。
今のオビトからは人柱力だった頃とも、マダラに反旗を翻した時とも違う、何とも言えない心地の悪さが。それでいて奇妙な懐かしさを感じるのだ。
それはそう、まるで――千年前のあの瞬間を思い起こさせる。後に六道仙人と呼ばれたハゴロモの姿を。地爆天星により創造した月にカグヤを封じ込めた男を。無力ゆえに眺めることしか叶わなかった時の虚しい感覚を。忌々しいハゴロモと同じ目を向ける輩を見ていると、あの男が説いた馬鹿げた教えが否が応でも脳裏をよぎる。
「また『忍宗』か」
心底愉快げな表情を作った十尾。嘲笑を受けてもオビトは黙って佇んでいる。
「恐れるには遠いよ。なにせお前は作品の一欠けらに過ぎない。現に完成体まで使っといて、オレのチャクラを食らい尽くすには届かなかった。間抜けな話だ」
先ほど腕を突っ込んだ瞬間――否、須佐能乎で捕獲した時にはすでに、魔像という容れ物からチャクラを引きずり出していたのだ。根拠など今さらあれこれ考えずとも、陰陽遁を土台に作られた錫杖が体現している。
変わり具合に焦りが生じたのは確かだった。それでもオビトや、巫女達の抵抗は想定の範囲内であるために、チャクラが抜き取られる可能性は考慮していた。オビトの力を以ってして奪い尽くすことは叶わなかったのだ。欠片でも残されていれば、無限月読で奪ったチャクラの触媒に使って力を戻すどころか、限りなく増幅させるのも容易い。
「それが解った上で性懲りもなく立つのは、何を思ってのことだ? 結果は同じだというのに」
何よりも、だ。チャクラの奪取は有効な手段に違いないが、欠片も残さず取り除くなど、そもそも初めから実現不可能だ。
同質であるチャクラの引き合いを利用した綱引きで引きずり出せるのは大きな部分のみで、指先で掬えず認識もできないような、微細な粒子までは何をしようが奪えない。地球上からあらゆる自然物質を消し去ろうとするようなものだ。十尾のチャクラは人の力で簡単にどうこうできる代物ではない。
「お前の言う通りだ。結末は変わらん」
静かなる声が発せられる。オビトは錫杖を携えたまま動かない。
完璧ならざる者には誤算など多々あろうが、それは的を外してもなお取り返しのつく推測の一つに過ぎない。この体に満を持してもたらされた力の正体に十尾は気づいていない。気づいたとしても黒い支配欲になど理解できるはずもない。宿った光は両眼の物に止まることはない。
「どんな失敗に落ち着こうが、あいつらにとっての大切な日常は消えない。お前の望むものは手に入らないのさ。ここには……」
インドラの直系子孫たる血族に生を受けながら、手元の錫杖はアシュラの陽の力、月と対を為す太陽を象徴している。
兄弟で決別して道を違え、転生を繰り返してまで永らく争い続けた二人の魂。兄が『力』の必要性を語りながらも黒い意志を跳ね除け、忍宗の後継者である弟に『愛情』を向けていたのなら。六道仙人が信じたチャクラの真理が、そうして望まれた形で後世に受け継がれていたならば。
六道より託された意志は、あの二人が助け合うことで実現されていたであろう、もう一つの未来の姿なのかもしれない。
「――このオレがいる」
ハゴロモの望んだ物語そのものと成りし者。求道の錫杖を突きつけ、朱色の眼光が十尾を射抜いた。
チャクラの奔流が終息するまでの間、十尾は黙り込んでいた。
「脆い蝋細工だ」
やがて沈黙は破られる。含み笑いが漏れ始めた。それは次第に大きくなり、最後には狂ったような高笑いに変わる。
化けの皮を嬉々として剥がして捨てると、額の輪廻写輪眼が見開かれる。
「ハゴロモ。インドラ。アシュラ……」
傲慢な笑い声が空間内に轟いた後、視線がゆっくりと戻された。双方の間を風が吹き抜ける。
「くだらぬ親子の繋がりか。忍宗なんて不確かで愚劣な教えは、母さんの作る安寧秩序には必要ない。人々を支配する個の力、チャクラの祖という全能の存在……ほかには要らないんだよ。何一つな」
総てをさらけ出した一辺倒の化け物。錫杖を手に身構える六道を前に、不気味な球体が十尾の掌に浮かんだ。
――◆◆◆
始球空間上空。斥力を受けて圧し返された完成体は、内部に取り込まれた三人ごと間合いを取らされた。
霊夢と依姫は後退しつつも冷静に観察する。あの消耗からの急激な切り返しを可能としたのは、背中に生える尾を介して供給され続けているチャクラだ。目覚めた輪廻写輪眼の瞳力が大量の吸収で極限にまで増大し、完成体の山のごとき巨体を揺るがす威力を生み出した。それも鎧に亀裂を入れるほどの。
十尾の変わりようは綱引きの応酬がもたらした結果であると、依姫には一人はっきりと判っていた。そしてオビト自身に生じた変化も。
「……ろくに説明もなきゃ、この状況じゃあ何が何やら。なんか色々黒いし……本気でなにがどーなってんのよ」
鎧に生じた亀裂が瞬時に修復される。手に握った錫杖や髪色を目の当たりにして、さっぱりという表情で声を上げた霊夢。
主な理由はチャクラ。前々から感じていたオビト特有の「冷たくて温かい」面影はない。例えるなら神社の井戸や池の水を見つめるような――何と言うべきか――普段は妖精辺りに感ずるような、自然の匂いがする雰囲気をまとっている。外見も肌や衣服には変化がない代わりに、白髪は色素細胞が生気を戻したのか、見る見るうちに真っ黒に染まり、右手には修験者の持つ錫杖が現れた。月草色の大きな鎧武者にしても同様。
不可解な光景が重なり混乱しっぱなしだ。超常現象が日常的に多発する幻想郷の非常識的な住民から見ても、こんなものが説明もなく現れては疑問など当たり前に飛び出す。都で発生した異変の真っ最中、それも黒幕を前に余裕がある状況に置かれていたなら、引っかかりを除くために容赦なく詰め寄っていただろう。
あんたさっきから進化しすぎでしょう、などと文句の一つも言いたいが、堅物で生真面目な依姫が間近で目を光らせている。霊夢は仕方なく問いかけを後に回すと、広範囲に振り撒いた霊気を介する感知の網で、須佐能乎を中心に辺りを警戒する作業に戻った。
「つっても……」
ここは見知ったごっこ遊びの場ではない。持ち前の霊力と天性の勘と運気で何とか喰らいついてきたが、さすがにそろそろ限界が近づいている。本物の戦場に身を投じた経験がない者として、無闇に出しゃばるより二人の補助と支援に徹する方が賢明だと判断した。
元より血みどろの争いは不得意な上に好かないのだ。その辺の妖怪との殴り合いでは圧勝できても、神の類との命を賭した喧嘩に臨むなど身の程知らずだ。妖怪達の間で『博麗は幻想郷にて最強』だのと好き勝手に噂されるのはスペルカードあってのもの。
妖や神と対等な勝負を繰り広げるための遊戯、そのための弾幕ごっこだ。しかし。
(……歯がゆいわね。何もできないって感じ)
素直さを吐露できず、心に響き渡る感情。
都で倒した仙霊の件もレミリア達の助力があればこそ。元から弱っていた向こうとの初っ端からの差がある状況で、これらが重なり初めて強大な力に比肩し、死ぬ気で足掻いた末に打ち破ることができたのだ。
博麗の巫女としての職務の外だと誰かに慰められても、それで払拭されるほど単純で軽々しい悔しさではない。幻想郷で発生した異変の解決だけではない、愚かにもあの場所に手を出した黒幕を叩き潰すのは巫女の役目なのだ。職務を言うなら面白いほど忠実だろう。黒幕を相手に立ち回るオビトと依姫を見れば見るほど無力さを実感せざるを得ない。
「あなたには。あなたにしか持ちようがない、大事な役割があるはずよ。他人の私が視た限りでは、ね」
不意に飛んだ依姫の不可解な言葉。霊夢は咄嗟に顔を向ける。包み隠したような物言いに不審な表情を隠し切れない。
「何が言いたいわけ? はっきり言いなさいよ」
「無理ね。私は貴方をよく知らないから。軽々しく口にできないもの」
独り言のように淡々と喋る依姫。思わず憤慨して言い返そうとした霊夢は、既でのところで口をつぐんだ。こんな状況で言い争いを起こしたり、分別もできないほど落ちぶれたつもりはない。
霊夢は祓い棒を握り締めつつ、須佐能乎を取り巻く感知網の構築に引き続き注力する。
オビトの方は神経を研ぎ澄ませて十尾の動きに意識を向けていた。理由はただ一つ、精神世界で十尾の掌に浮かんでいた、異様な求道玉の存在。他の物とは明らかに違う感覚が伝ったのだ。
思慮の深さが祟ったのか、創造と破壊の代名詞でもある陰陽遁を前にして迂闊に動けず、完成体ごと動きを止めて様子見に徹していた。十尾が手にする二つの玉は、陰陽遁の物質や黄泉比良坂で開いた裂け目、これらに干渉できる神威をもってしても消し去ることが不可能だったからだ。
六道の力を再び目覚めさせて、瞳力が増大しているにもかかわらず。通常の求道玉とは異なる物だと結論づけるのに時間はかからなかった。
(奴も別の力を……アレ以上のモノか)
完成体の形態変化は、両眼の瞳力を込めた太刀、手裏剣、亜空穴と豊富ではあるが、神威の力さえ及ばないなら決定打とならない。無限月読で奪ったチャクラの供給を受けて、大筒木カグヤと同等の力を手に入れたことを意味するのか。それが真実なら最悪の事態に変わりはない。
この錫杖を叩き起こしてから、言葉にしがたい違和感が生じていた。
あれほど膨大な量のチャクラから考えれば、疾うに外道魔像が必要な分のチャクラで満たされて、永い眠りに就く親元が目覚めても不思議ではない。然るに今の十尾はゼツの外見的な特徴を捨て切れていない。
変わったところを言えば――先ほど見た十本分の尾と、人型のままで中途半端に尾獣化した姿。以前よりもチャクラは増している他方、親元はいつまで経っても封印石から姿を現さない。尾獣本体に代わる量を用意するには時間を要するのだろうか。
「嫌な感じね」依姫は目を細めた。「あれの正体が判らないうちは、迂闊に動くべきじゃないとは思うけど。どの程度の時間が残されているかも不透明。板挟みの現状ね」
「手を拱いていても進展はない……行くしかないな」
死と隣り合わせの戦いでこそ冷静に構えて慎重を帰するべきだが、散々と好き勝手に転がされて無限月読まで使われた。大人しく傍観するにも限界がある。手段を選ぶ時間も余裕もないのだ。完成体や錫杖まで顕現させて立ち止まる選択肢はない。巨大な翼が羽ばたきと共に旋風を巻き起こすと、遠方に佇む十尾を目指して一直線に飛翔した。
そうして飛び出した矢先、尾を取り巻くチャクラの流れが向きを変えて別の場所へと収束し始めた。咄嗟に生成した三方手裏剣を投擲するも、急激に膨れ上がった球体が膜を張って十尾を包み込み、神威の効力を真正面から防ぎ切る。やはりあの玉だけは特別な力で作られているようだ。
何かを感じたオビトが須佐能乎の動きを止める。歓喜とも怒声とも取れない大声が、対峙する全員の耳元に入ってきた。
「母さんが目覚める前に、お前たちはここで息絶えるのさ。散々オレの邪魔をしたんだ……これから何が起こるのか、間近で見せてやるよ」
膜の中から現れた十尾が自ら答えを示した。三人が身構える中、青々しい渦に巻かれながら右掌の玉を頭上へ、もう一方を地上へ向かって放った。
二つは目で追えぬ速度で消えていく。それに伴い段々と周りの景色が、空が肌寒さに包まれていった。
眼下に広がる凸凹とした赤褐色の地形、頭上に見える黄緑色の雲と空が、墨を垂らすように赤黒く変色して広がっていく。
文字通りの異質なチャクラ。重力の向きが掻き回されるような、深海に広がる大宇宙を見ているような、天に足を着けて地を見上げているような。まともな喩えなど何も出てこない不可思議な感覚が、須佐能乎の中に居るオビト、霊夢、依姫の三人にまで届いた。
「こんな……」
霊夢が息を呑んだ。見慣れた始球空間の面影が跡形もなく、空にも地上にも幾千幾万の星々が輝いている。地平線も消えていた。四人を内包する異空間は新たな変貌を遂げたのだ。
荒れ狂う竜巻に激しい落雷と、至るところで天変地異が巻き起こり、産声を上げし空が原始の地を圧し潰さんと膨張を続けていく。落ちてきているのだ。
「創造と破壊の真の姿――無限の光で増大した膨張求道玉と終焉求道玉。あらゆる空間を消し滅ぼす全能の力だ! 終わりの始まりだ……お前らも外の連中も、都も地上も何もかも、新たな世界の礎になるのさ!」
高らかに笑った十尾は完成体目掛けて飛んだ。背に生やした十本分のチャクラを腕の形状に変化させていき、迎え撃たんと振るわれた左眼の太刀と赤黒い拳が衝突する。
絶え間なき応酬により半分は神威空間に葬り去られたが、振り終えて隙を生んだ刀身に、残りの拳が空撃を浴びせた。直撃を受けた太刀が砕け散り、月草色の破片が空に舞う。乱されたオビトのチャクラが安定する前に十尾の眼が光り、容赦なく叩き込まれた拳が完成体を圧し飛ばした。
力を取り戻した十尾の攻撃は威力を増していた。鎧に内包される者は神威の効力により物理的な影響を受けないが、八十神空撃は一発一発が死門の陣に匹敵する破壊力を有しており、直撃を許せば鎧とて一溜まりもない。十発分の拳を同時に避けるのは不可能に近かった。半壊した完成体に灰骨の雨が迫る。
「……!」
依姫と霊夢が愛宕の火で迎え撃つも、体勢を崩した巨体への的当てが難しいはずもない。四人を包む額部分に触れんとした物は陰陽の錫杖で弾き返されたが、炎を避けて逼った灰骨が、鎧武者の右脚と翼の付け根に刺さった。忽ち安定を失った完成体は落下し始める。
発現して間もなく完璧には制御し切れないのか、振るった後の隙が大きい上に、最高精度の洞察眼を持つ白眼を最大限に利用した拳が速すぎる。六道の瞳力と二人の協力があっても躱し切るのは困難を極めた。
チャクラを安定させようと無理やり瞳力を込めた途端、激痛と共に熱っぽい液体が頬を伝った。眼を移植して永遠の光を得たおかげで、以前のように視界の歪みは生じなかったが、消耗につけ込んだ負担が圧しかかったのだ。光を失わずとも体力とチャクラが尽きて倒れ伏しては意味がない。
(下は奴の……不味い――!)
足を着けるにも足場どころか地上が存在しない。どこを見渡しても赤黒い景色が広がるだけだ。十尾が展開した終焉求道玉とやらに触れたら最後、細やかなチャクラの塵すら残さず消滅に帰するだろう。完成体の足先が僅かでも接触すれば――。
その時だった。落下する須佐能乎の速度が落ちると、急激に安定を取り戻した。
誰かの手が背に触れている。紅魔館にいた時と同じように、温かさが流れ込んでくる。両眼の痛みが次第に退いていき、須佐能乎の足先が陰陽の空間に触れる寸前、間一髪で宙に静止する。
体に寄りかかり息を切らす依姫。神降ろしの行使に霊夢の助力を必要とするほどに、今や彼女の消耗も膨れ上がっていた。
「これで……返せた? ほら、しっかりなさい。せっかくメインを、任せたのに」
口を開きかけたオビトを制止し、微笑を見せて依姫は瞼を瞑る。
「これ以上、誰も……」
体を預けるように崩れ落ちた依姫、無言で抱き止めるオビト。
「もういいっ! 出し惜しみなんて――!」
霊夢に会話の暇を与えず、不完全で慣れない神降ろしの行使さえ許さなかったのは、完成体とを板挟みにして展開した巨大な裂け目からの、無数の灰骨による死角からの挟撃。咄嗟に紡いだ結界で抑え込もうとするも、絶え間なく押し寄せる圧倒的な物量と陰陽の力を前に亀裂が入る。
依姫とは異なり実戦経験がない霊夢。戦場で血や汗を流した過去など存在しない。疾うに目が霞むほど疲れ切り、夢想天生を再度発動する余力も残されていない。完成体は大翼を羽ばたかせて灰骨の雨を回避し続け、軌道を変えて上空へと飛んだ。神威手裏剣と右眼の太刀で灰骨を一掃しながら翔る。月草色の鎧は着実に崩壊しつつあった。
「虫一匹が踏み潰されたな! 仲間を踏み台にしない、死体を跨がないだの豪語した結果がコレか? いい加減に解っただろうオビト、人なんてのは守るのが無駄になるくらい――イヤになるくらい不確かで、壊れやすいものでしかないってことだ!」
激昂した霊夢が何かを叫んでいる。狂ったように嘲笑う十尾を前に錫杖を握り締めた。赤い液体が頬を伝う。刹那に十本分の空撃が真正面から一斉に猛威を振るい、亀裂を広げた完成体須佐能乎が仰け反った。
月草色の星々が赤黒い空に煌く。持ち主を離れた太刀と共に吹き飛び、砕け散って生じた隙間から外へ投げ出された。霊夢は近くにいたレミリアを反射的に引っ掴んだが、須佐能乎を失った二人は落下していく。
声を出す余裕はなかった。霊夢が後を追おうとした時、体の節々に走った痛みで体勢を崩す。意識のないレミリアを抱えるだけで精一杯だった。
――体を撫ぜる風、異様な肌寒さ。力尽きた依姫を抱き止めたまま、オビトは真っ逆さまに落ちていく。
笑い声がはっきりと耳に残っている。残された時間は僅か。どこへ逃げようとも、この場所はいずれ完全なる無に帰して、新たな世界が形作られるだろう。創造と破壊の権化は膨張を続けている。
(オレは……)
散々と道を誤り、数多の大罪を重ねて、忍世界に騒乱の渦を巻き起こしたと。挙句は惨めに朽ち果てたと。
二度目の生を与えられてもなお、思い通りに利用され続けて、最期は新たな世界の犠牲として、儚く消え往く運命だと。結局は仮面を被されて終わるのだと。勝ち誇った表情で見下すのだろう。
(そうだ)
錫杖を握る手に力がこもる。脳裏に反響するのは二つの嘲りの言葉。
それが現実になろうとする中で、十尾の言う通りに後悔して、絶望するのか。
――否だ。疾うに切り捨てたと思っていたヤツが、捨て切れなかった友が血反吐を吐いてまで、虚ろだった心に叩き込んでくれたのだ。その想いを無駄にしないと宣言したのだ。
何度だって言ってやろう。何なら叫んでやる。鬱陶しく思われたって構いやしない。奇しくも生き返って形作られた、新たな"繋がり"がまさに、今のこの状況を作り出している。
もしもチャクラという輪が存在せず、六道の示す先が初めから潰えていたのなら。この場には誰一人として居なかった。肩を並べて共に戦う者など。ましてや背中を任せてくれる者など誰も。この世界すら目には映さなかっただろう。
たった一人だった。そして死んでいた。黒き意志が口にする礎として。
(お前には理解できまい……六道の信じたものを。今のオレを形作るものを)
個に執着するカグヤの意志。多くの繋がりを生むハゴロモの意志。相反する二つの力が交わることはない。
無限月読を以ってしても奪えないチャクラがある。独り善がりでは決して得られず、繋がりを以ってしか手に収まらないもの。独り歩きする者では得られない光。
あの場所を訪れて、癖のある者達に触れて、多くの想いを知って、良くも悪くも見えるようになった。
ハゴロモとアシュラが永い時を経て、想い続けていたインドラとの絆を取り戻したように。
繋がりを作るチャクラの輪に際限はない。強まれば強まるほどに力を生み、無限の光を掻き消す翼となる。
「――沢山の"声"が。今ならそいつが、この世界に隙間なく響いてくれる。そう信じたいのさ」
言葉と共に燃え上がる六道の火。手にした黒い錫杖が霧消すると、周辺一帯を包むように展開した大きな翼。オビトと依姫を中心としてチャクラが燃え滾り、無間の空を貫かんと月草色の炎柱がそびえ立った。
主を再び己が身に内包する。終焉の空間に現れた完成体須佐能乎。大天狗の額には波紋状の模様が浮かび上がり、先端が僅かに丸みを帯びた二本の角が顕現した。背後には六つの黒い球体が浮遊し、砕け散ったはずの太刀が右手に一振り握られている。
ここでオビトは初めて、己を縛る全ての枷が、完全なる消滅に帰したのだと悟った。
(……眠りから覚めてもまだ、力など貸してはいないと。きっかけを与えただけだと……言ってくれるのか)
瞼が静かに開かれた。腕に抱えていた依姫を傍に寝かせると、制御を受けた須佐能乎は大翼を勢いよく羽ばたかせる。禍々しくも不可思議なチャクラをまとって旋風と共に舞い上がり、十尾と霊夢の双方が対峙する上空へ飛翔した。
赤黒い空の上に佇む小さな影。疲労が重なりふらつく姿をそのままの速度でレミリアごと掻っさらい、鎧武者の額部分に再び取り込んだ。突然の出来事に理解が追いつかない霊夢は、姿形と命がある二人を目で確認するなり、ほんの少しだけ安堵感を露呈させてしまう。オビトの目は揺るぎない。
十尾は目元を痙攣させながら、忌々しげに口元を歪めている。
「お前は何度……新たな世界の贄でしか、存在価値を見出せないのに。物語の一欠けらなんかに……」
間もなく裂け目が開き、逆上と共に放たれた一本の巨大な灰骨が四人を貫かんと迫るも、黒みを帯びた太刀の一振りで弾き返され、空中で音もなく分解して消えた。
世界に終焉が迫る。十尾の憤りが不意に消え失せた。十本の尾が揺れている。
「……嗚呼。そうか。オビト、お前には死に損ないが……アイツが」
馴染みのある含み笑いを始める。周辺のチャクラが渦を巻くように十尾に集まり始めた。
静寂。次の瞬間、異空間を揺るがす凄まじい叫び声が膨大なチャクラと共に広がり、人型だった十尾の体表が液体のように泡立った。真っ黒な肉塊が表皮を突き破り、現出した十本の尾が螺旋を描いて赤黒い空へ伸びていく。
『希望などない』
空に鎮座せしは卯の姿には程遠い、無限の世界を望んだ者の成れの果て。どす黒い球体に手足が生えたような、歪で途方もない体躯を誇る大型の化け物。頭部に波紋模様の真っ赤な単眼を収めている。
尾獣の形態より遥かに邪な姿、禍々しいチャクラが重圧と共に瘴気となり漂い始めた。目を細めて身構えるオビトと霊夢。
『奴の戯言を真に受けた愚かな男か。キサマら虫けらはこの世界と共に沈み往く定め――結末など万に一つも変わりようがない!』
大口を開ける十尾。肌寒いチャクラが急速に収束し、完成体を軽く凌駕する規模の球体が吐き出された。オビト達を僅かに逸れて眼下の空間に着弾する。
刹那、無常なる風。大結界の破壊に足る威力と規模を遥かに越えた爆発が無差別に焼き尽くし、吹き荒れた爆風が完成体の足元を真っ赤に染めた。衝撃波と残り火は終焉の空間に呑み込まれていく。
「ここまで……本当にもう、メチャクチャだわ。なんなのよ、あんなの前にして……なんで」
無意識に開かれる口、紡がれる言葉。形容できない光景に霊夢は沈黙した。膨張を続ける空も距離を詰めて来ている。
生物としての本能から来る恐怖もあるが、最たる理由はやはり消耗。夢想天生どころかロクな弾幕、霊撃一つ作れないほど枯渇しかかった頼りない霊力。依姫が力尽きる前から限界に至っていた。今や気力だけで意識を保っており、虚ろになりかけた目を何度も擦っている。そんな彼女にオビトは「お前が必要だ」と伝えた。
「あんた――…ええ、そうね。あんたは余力を残してる。こんなデカい物まで出せたくらい。けどレミリアも依姫も倒れて、今の私にだって……」
「お前が必要になる」オビトは復唱する。「それに……立ち向かうのは何も、オレたちだけじゃないらしい」
「どういうこと? 外の連中だって――…」
他の者は一人残らず夢を見ている。緩み切った顔で幸せそうに眠りこけているのか、恐怖に歪んだ表情か、無表情で目を閉じているだけなのか、異様な樹の蔓に捕らわれた知り合いがどんな表情で居るかは判らない。
目の前で言葉を交わす者の表情ならよく見える。目を凝らさずとも丸分かりだ。神話の一端を垣間見ても顔色を変えず、僅かに口角を上げてさえいる。
「忘れたわけじゃないだろう。お前と同じ想いを抱いたヤツは、まだまだいるってことだ」
霊夢は不意を突かれた様子で目を開いた。オビトが言い終えた直後に、聞き覚えのある「そうね」という声が耳に入ったのだ。
二人を挟んで進み出たのは、先ほど意識を失ったはずの依姫、そして長い眠りに就いていたレミリア。言葉を発したのは彼女だった。両者共にチャクラが嘘のように安定しており、体中に負っていた生傷や火傷も消えていた。
森羅万象を打ち砕くとされる完成体を視ても何も言わず、何も思わなかった依姫が、今度こそ驚いた表情で自分の体を調べている。逆にレミリアは緊張感のない貌で呑気に欠伸した後、穏やかな紅い目にオビトを映した。自室の天蓋付きベッドで今しがた起床したかのような振る舞いだ。
「とは言ってみたけど。アレもコレもソレも、とにかく理解が追いつかないわね……気がついたら砂丘に立ってて、眩暈がして気が遠くなって……あーもう、起きたばっかでワケわかんない」
「……説明してやるわよ。そのままじゃうるさそうだし」
赤黒い空を旋回する完成体。四方八方に猛火を撒き散らす十尾に対応しつつ口を開きかけたオビトを、霊夢が「任せなさい」とばかりに制止するなり、大筒木の異空間に放り込まれて以降の経緯と現状を早口に説明した。
レミリアは腕組みを解いて挑戦的に笑う。鋭利な爪を立てながら。
「私が寝てるうちにねえ。色々と突っ込みたいけど、時間がないみたいだし後に回すわ。あれを仕留めれば全部丸く収まる……それさえわかりゃいいわね」
「簡単に言っちゃって……でもまあ、ありがたいわ。依姫まで寝てたら――」
霊夢は途中で言葉を切り、首を傾げてオビトへ視線を投げる。
「そうよあんた。『まだまだ』ってどういう意味? そもそもこいつらも、私だって……」
この状況で頭を抱えても無理はない。体の傷は吸血鬼特有の高い再生能力で説明に事足りるとしても、昏睡状態から目覚めるにはチャクラが不安定すぎていた。依姫にしても戦線復帰が早すぎる。だが二人に疲労や痛みを押し殺している様子はない。震えも滞りもなく平然と立ち上がり、蝋のように白かった顔色まで元に戻っている。
頑丈な吸血鬼や月人とはいえ、この僅かな時間で傷はともかく意識や体調まで回復するのか。オビトが口にした言葉の意味も解らない。
「……待って」
霊夢はようやく気づいた。思いがけない復活を遂げた二人に気をとられていたのだ。オビトから聞き出すまでもなかった。
体を包み込む心地のよさが答えだ。帳消しとまではならずとも、軽めの霊撃や簡単な結界を扱える程度には霊力が戻っている。いつの間にか呼吸も落ち着きを取り戻していた。
「これって」
依姫は眉をひそめて周りを見回す。鎧の内部は温かな月草色のチャクラで満ちている。
「いいえ、間違いない。まさか……」
「気づいたか」オビトは頷いた。「覚めない夢を見ていても、想いは消えやしない。自分たちの居場所を失いたくない……確かで強かな気持ちはな」
落ち続ける空の下、球体や光線を無差別に撒き散らして暴虐の限りを尽くす化け物、赤黒い空間に瞬く始まりの星々。それらを束にしても決して届かない、目に見えぬ星が互いを繋げて光り耀き、六道の力に満ち溢れる鎧を抱擁して離れない。
鎧武者は宙を蹴って飛翔する。再び顕現した錫杖を手に十尾を睨みながらも、三人に語りかけるオビトの口元は笑っていた。
「諦めない心。チャクラはそれに応える……どこまでも届く。繋がりとしてな――あいつらも守りたいのさ。日常を」
最初の光が落ちる。
血を分けた妹と寝間着姿の友人。メイド服姿の従者と緩い表情で立ち寝する門番。大小様々な赤髪の使い魔達。ひとつ屋根の下で暮らしを共にする人や妖怪達だ。
ぼんやりと浮かぶ銀髪の少女が微笑んだ。無意識に手を伸ばすも、指先が触れる前に光となり、手の平に収まる。
次の光が落ちる。
仲の良い者は誰もいない。されど悪くはない金髪の少女が二人。底抜けに明るい笑い、遠慮がちな微笑。
それだけではない。数々の異変を通じて顔を合わせた多くの人や妖達。好きも嫌いもない者が一人、また一人と寄り集まり、最後に残った二つの光も手に収まる。
最後の光が落ちる。
優しげな表情で朗らかに手を振る金髪の女性。大勢の部下や自分の元を去った兎。都に住む多くの者達の想いが集まっていく。
銀髪の女性が笑いかけた。温かな光を胸に抱いて瞼を瞑る。
――友情や愛情、家族愛。紡がれる絆は多々あろう。然るに仲を深めるのみにあらず。嫌悪し合う者、関心を持たぬ他人同士とて、まとまりを作って互いを結びつける。皆が同じものを見据えた時、共に在る者達の間に繋がりは生まれる。一癖も二癖もある妖や月人はもちろん、誰も嫌わず好きもしない平等な人間にさえも。
ただ一つの例外と言える者。他人を信じようとはせず、己の力に傾倒して、個を以って独り歩きを続ける化け物に、三人を包んで守る眩い光は映りもしない。
『終わりを待つだけの虫共が無駄に足掻いて……いつまでもオレの世界に居座るな!』
あらん限りに叫び続ける十尾。咆哮を上げて黒い球体や光線を絶えず叩き込む。チャクラが形態変化を起こして様々な形状を見せるように、陰陽五行が融合した求道玉は流動的で変幻自在、四人を消さんとあらゆる形に変化したが、そびえるような大きさの太刀がその度に空間ごと斬り滅ぼした。刀身は錫杖と同じ色に染まっている。
尾から同時に射出された十本分の規格外の光線が、膨れ上がる空に呑まれつつある一帯を無差別に焼き払う。
吹き荒れる爆風。高速で飛ぶ完成体を巻き込んだが、黒みを帯びた鎧は無傷のまま突っ切り逼った。十尾がどんなに手を尽くしても、動きを止めないどころか速度を増していく。
『本当に馬鹿なヤツだ――』
嘲りに満ちた大声。黒染めの太刀が目と鼻の先に映り、小さな鎧武者を十本の尾が捕捉する。先端に収束し始める膨大なチャクラ。
『まだ分からないのか? そんな小さなチャクラごとき、どれだけ振り回したって意味ないんだよ! チャクラの祖にそんなか細いものが通るか!』
小さなチャクラが何を吼えようが、どう足掻こうが結末は変わらない。オビトの十八番である神威も、新たに発現した完成体須佐能乎も、六道の求道玉も何もかも、現存するあらゆる術とチャクラは始祖より分散したもの。いかなる物質から物体、現象が巻き起ころうとも、万象を支配せし親元たる力が漏れなく押さえ込むのだ。
――化け物の単眼が見開かれる。切っ先が触れる寸前、黒ずんだ太刀が融解して形状を変化させた。
独特の二重螺旋を模った純黒の刀身。全ての生き物の根源たる部分であり、六道仙人が世界を創造するために使用したとされる神器。膨張求道玉と終焉求道玉に相反する、創造と破壊を司るもう一つの力。想いの強さが形となり現れる始祖の剣――ハゴロモが真理として説いた『忍宗』より生まれし繋がりの力そのものだ。
完成体は額部分に内包した四人と共に突進する。二重螺旋を描く太刀を手に力を込めるも、禍々しい尾が防ぎ切るなり、先端を獣の顎に変化させた残りの九本が、勢いづく鎧武者の巨体に喰らいついた。
力づくで動きを押さえ込まれてもなお、表情を歪めて抗い続けるオビトの姿を愉快げに嘲笑いながら、破壊の球体を零距離で口内に収束させ始めた。
『愚劣な教えを説いたハゴロモが、世界を創るのに用いた神産みの矛……ソレをへし折る神なら好い暗示になる。そうなった時、あいつの意志が忍宗が――キサマらの未来が砕け散るんだからな!』
ハゴロモは人との繋がりを信じて説いた忍宗の開祖。忍界は今も昔も個とは相容れない教えの下に在る。オビト達がハゴロモの意志と共に戦うならば、この世界を『ぬのぼこの剣』諸共に打ち壊すことで絆の力を否定し、忍宗は衰滅に帰する。ひいては次なる標的となる忍世界の滅亡をも暗示する。全てがこの一点にかかっている。
尾から生えた巨大な赤黒い腕が刀身を掴む。十尾のチャクラの膨張と共に力がこもる。九匹分の獣に喰いつかれて身動きの取れない完成体を、単眼が愉快げに映した。
その時だった。望み続けていた貌が脳裏に浮かんだのは。
(何故だ?)
頭の中を一つの疑問が満たし始めたのは、力をいくら込めても刀身が砕け散るどころか、ひびの一つも入らないから? 否、惑いの原因は四人ではなく己自身にあった。
無限月読で吸収したチャクラは今や、母を封印石より解き放つために十分すぎるどころか、尾獣やカグヤ本人をも凌ぐほどだ。それなのに応えてくれない。
十尾の視界に映るのは四人だけではない。夢に溺れた者達のチャクラも集っている。彼らの光が少しずつ完成体の腕に、ぬのぼこの神剣に収束し始めていた。
段々と圧し返されていく。忌々しい六道を近くに感じるほど、惑う心を満たしていくのは混沌とした恐怖。成すべきことは漏れなく、この上なしに成し遂げたはずなのに、呼びかけても応えてくれない。後は何をすべきかを答えてくれない。
どうすればいいのかを教えてくれない。
どういうことなのか解らない。
(これは、カグヤが。母さんが望んだんじゃないか。チャクラを取り返してもう一度、あの場所を……)
数年をかけて失敗もなく、準備を終えて全部を完璧にこなした。
忍界を回って尾獣の丹を拵えることに始まり、カグヤが連中を出し抜いて前々から目をつけていた『月の都』へ侵入、無限月読をやり遂げて都を壊滅寸前にまで追い込んだ。これで思い通りに復活を果たせば、永い役目をようやく終えられたはずだった。
(……そうか、アイツの意志が邪魔してるから……消さないと出て来られないのか。母さんを封印したヤツの片割れだからね、怖いところがまだ……)
そう結論づけて再び意識を集中させようとした十尾だが、脳裏を埋めていた疑問はさらに増していく。
千年も前にハゴロモからチャクラを取り返そうとしたのは、他の誰でもないカグヤだったはずだ。残留する思念体でしかない死に損ないに、今さら怯える道理などあろうはずがない。
母の復活のために必要なものを身に刻んで、黒ゼツと呼ばれる本体から分離して現れたのは他でもない――。
「分からぬのか。母ではない……母の『意志』そのものだ。お前は初めから、独り善がりの支配欲でしかなかったのだ」
十尾は黒衣の男を見つめる。薄紫色に輝き続ける右眼。言葉を終えると赤く染まり、同時に須佐能乎を操作して尾を瞬時に消し去った。
漆黒の刀身に宿る"繋がり"の光は、想いの強さで満ちるほどに輝きを増していく。
大勢の光を抱擁するように、別の姿が大きく重なって見えた。
四人は叫ぶ。鎧武者は咆哮を上げて九体の獣を振り払い、吹き飛んで分解した九本の尾は刀身へ吸い込まれるようにして消えた。
目前に迫る鎧武者を単眼が映し続ける。思考をはぎ取られた十尾は狂ったように笑い、次の瞬間には凄まじい激昂。
器となる化け物も恐ろしい叫び声を上げていたが、ぬのぼこの剣が月の眼を制すると共に沈黙した。
頭部を突き破って出てきたのは、輪廻写輪眼と白眼を光らせる真っ黒な姿。カグヤの外見的特徴だった振袖も長髪もない、べったりと黒塗りされた人型が逃げるように蠢くも、完成体の左腕が逃さず掴み取り、もがく体が目の前に持ち上げられた。
至近距離で顔を合わせるオビトと因縁の意志。耳元まで裂けた口元がこじ開けられる。
「オビト……お前も同じだ! お前だってあのガキと変わらない! どのみちオレが書いた話の一部――忍の物語と歴史を脚色したオレが、失敗だらけの傀儡人形なんかの、お前なんかの――」
「そうだ。オレは失敗した」
瞼の裏に映っている。同じ力を以って真正面から挑んで、想いと心の弱さで打ち負けた瞬間の記憶。この剣をかつてへし折ったのは己自身だった。
「そして後悔した。元の居場所へ戻ろうと思えた……多くの繋がりさえ生まれた。失敗を心の底から悔んで、悔みまくって、前に進んで来られたから、今のオレがあるのさ。だがお前は、ずっと……」
それは後悔の念さえ抱かない、目の前の意志自身でもある。
独り善がりの道を迷わず進んでいたのなら、この場で苦しんでいたのは……。
「自分を失わせたまま、失敗を繰り返すことしかしない。それがオレとお前の、たった一つの違いだ」
須佐能乎が体を宙へ放った。組まれた印に反応して、黒い姿を核にして引力が増していく。
意志を失って動きを止め、チャクラの噴出と共に石化した巨体の表皮が、轟音と共に剥がれ始めた。沈黙した空に亀裂が入り、星々の輝いていた地上が轟音と共に割れていく。
外道魔像や神樹だった物の全てが、大量の瓦礫と化して核へと収束し、新たな月が形成されていった。
因縁の根源も神樹も、残されたチャクラも封印石には押し込まず、創造と破壊を司る六道が先へと導く。
(この世界では残酷なモノしか映らないだろう。お前でもあったオレだ……生れる前の世界で、終わらせたいのかもな)
太刀は思いのほか滑らかな軌道を描いた。螺旋の内に絡め取られた小さな球体は、しばらくの間は小刻みに振動しながら、瓦礫を引き寄せていた。
やがてそれも治まると、辺りの音が止んで、核を失った瓦礫が眼下へ崩れ落ちていった。