アグネスタキオンはウマ娘に可能性を見出し、日本ウマ娘トレーニングセンター学園に在籍し、可能性を追い求める研究を行なっている。
「……服を着てください。」
呆れたような、戸惑ったようなそんな感情が読めない声が私のラボに響く。
「君かぁ、珍しいこともあるもんだねぇ、わざわざこちらに出向いてくれるとは。」
「お友達が、あなたのラボに行きたがったので……。」
お友達、とは言うがここには私と彼女しか居ない。
「また、君のお友達か。君のそのお友達という者に是非ともお会いしたいものだよ。虚言にしてはお友達の行動に法則性があり、真実にしては実態が無い。妄想や防衛規制ではなさそうだし、さながらひとりのウマ娘がいるみたいじゃあないか。やはり脳を__」
「……服を着てください。」
眉間にシワを寄せ、眉と目が近づく。こうなると彼女は強情だ。普段はおとなしく、コーヒーの香りと活字を友とするような存在だが、やや傍若無人なところがある。私が折れるしかないのだ。
「女の体はそんなに嫌いかい?」
「…………」
椅子にかけてあった白衣を手に取り、羽織る。ごわついた肌触りがなんとも不快だ。
「コーヒーでもどうだい?君が来たときのために淹れておいたんだ。」
「…結構です。じゃあ、私はこれで。」
彼女が茶封筒を手渡してきた。それをポイと机に投げる。
「おいおいもう行くのか?気にならないのか?私が裸だった理由とか」
「…どうせろくな理由ではありませんので。」
彼女がくるりと回れ右をする。滑車が音を鳴らし引き戸が閉じられる。
コーヒーの泡が弾ける音がした。
外からは溌剌とした掛け声が響く。
おそらくではあるが、彼女の言うお友達ももうここには居ないのだろう。
「やれやれ」
コーヒーの香りだけがこの部屋に残された。彼女の香りだ。黒く艶のあるその水面は、彼女の髪のようであり、彼女のレース中の姿を思わせる。ゆったりとしながらも誰も寄せ付けない、目が覚めるような末脚を見せる。側から見ればこそ素晴らしいが、共に走ればその強さに恐怖することもあった。彼女こそ逸材であり、私の研究には必要不可欠な因子であった。
であったのだが、
「やれやれ」
もう一度ひとりごちてみる。ラボ、研究と大それたことをのたまってはいるが、私はこの日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園に籍を置くひとりの生徒でしかない。この学園は私たち「ウマ娘」を国民的エンターテイメントである「トゥインクルシリーズ」というレースの選手として教育・指導する施設である。この学園に籍を置く以上、走らねばならない。
仄暗く光るつまさきが、それを許さないことは理解していた。
「彼女のことは好きなんだが……どうしたら私を好きになってもらえるかねぇ……」
すっかり冷めてしまったコーヒーを啜る。
やはり、コーヒーは嫌いだ。
マンハッタンカフェ、かわいいですよね