皐月賞に向けたローテーションは同世代の強者が集まる。
私は絶対と呼ばれた生徒会長を追うことで、可能性を感じることができた。
強者と戦える、それは可能性を追うことである。
負けるわけにはいけない。
和芝は秋から冬にかけて枯れる。そのためダートに近いレース展開となりパワーが必要となる。
これは過去のことである。現在では洋芝と和芝が混合して使用されるため、冬であっても芝が枯れることはない。だがそれはトゥインクルシリーズに大きな変化をもたらした。冬季レースの高速化である。
夏季レースではスタミナが重要となる。暑さは体温の上昇を早めスタミナを想像以上の速さで奪う。逆に冬季はどうだろうか。寒冷な気候は体温の上昇を抑え、スタミナの温存が可能だ。そのため、スピード、瞬発力ともに発揮しやすい環境となる。
冬季は雪の心配もあるが、寒さとは裏腹にレースは苛烈を極める。スピードにモノを言わせて逃げるウマ娘を追わなければならないからハイペースになりがちなのだ。
そのため、考え抜かれたペース配分が重要となる。差し、追い込みの末脚、逃げのスタミナ、そして自分の走り、すべて発揮しやすい状態となる。冬は体重も落としやすい。デッドウェイトを減らしつつ完璧に仕上がった体は鋼の如し。だからこそ冬のトゥインクルシリーズは加熱する。
芝の上を1回、また1回と駆ける。
ペースを意識する。最初の坂はピッチを整える、コーナーを抜け、ラストスパートの上がりにまで息を入れる。冷たい空気が肺に満たされる。苦痛だ。
私は足を補強せねばならない。いくらスパートが速くとも、足が砕けてしまえば終わりだ。
スパート、コーナーを抜ける、群れを割いて飛び出す。私には栄光の背中のイメージが見える。生徒会長の背中だ。あの模擬レースではあと少しのところで捉えきれなかった。それが今でも私も目に焼きついている。この背中すら超えられないようでは可能性など見えはしない。
ストライドを広げろ、足を芝に突き刺せ、蹴れ、言うことを聞くんだ、私の体!後ろから来る、差される!中山・仁川なら坂がある。まだ足りない、まだ足りない!
追いつけない。そう思った。タイムも模擬レースより大幅に遅れ、見えていた背中はぐんぐんと差を広げていった。
誰かがずっと私を見ている。お前は私に勝てない。そう言う何者かが居るようで不快だ。苛立ちに芝を蹴っても、加速はしない。
トレーナーは私をじっと見る。タイムを取る。私に呆れただろうか、あの走りはきっとまぐれだったと失望しただろうか。
「すみません……何かありましたか……?」
「いいや……、何も、……無いさ………。」
だから苛立っている。不思議そうに見る目が余計に腹立たしい。私が走るのがそんなに珍しいか。喋らせるな、呼吸をさせろ。
「休みますか…?」
「そう、……する、……よ……。」
呼吸をさせろ。
グラウンドに寝転がる。芝は冷たく、土の匂いがする。アイシングスプレーが欲しい。そう思うと目の前にスプレー缶が現れた。
「君か……。」
目の前には彼女が立っていた。私をずっと見ていたようだ。少し身長が伸びたのか、以前とは表情が違って見える。
「ずいぶん私を見ていたようだね、愛の告白なら屋上へ行こうか。」
「……」
走っているときに感じた視線は彼女のものだ。あの気迫はきっと彼女の自信だ。彼女は私より強い。きっとそうだ。
「……走り方。」
痛いところを突かれる。彼女は聡いから分かるのだろう。私の状態も、私の悔しさも。
「……あの子は、あなたより速いです。」
彼女は見えない友達を追うために学園に入学した。あの子というのはその友達のことだ。
「……走り方、……参考になりました。」
それだけ言って彼女は立ち去った。
「あの…!走り方って」
「いいや、なんともないさ、ストライド走法の練習してただろう?それのことさ。じゃあ、これで上がりにしよう。」
嫌な種を撒かれてしまった。デビューまであと2週間、ここでレースを棒に振るわけにはいかない。
夕焼けの中に芝が金色に光る。東の空には青白い三日月が太陽を追い越さんと迫っていた。
お気に入りが減ってつらい。
もうちょいがんばりたい。