私は生まれながらにして期待されてきた。
ファンのため、チームのため、トレーナーのため
そして私のために走る。
私は頂点に登る。絶対と言われた皇帝さえ蹴落として見せる。
私の名前はそういう意味だ。
三枠3番、悪くはない。10人のウマ娘が前を見据える。
静寂が怖い。この緊張感はこれから何度も経験する。恐れてはいけない、慣れてもいけない。神経を尖らせ、じっと耐える。
ゲート解放。
少し出遅れた。スタートの直後、坂を越えてすぐコーナーがある。ここは特には問題ではない。心を落ち着ける。大丈夫だ。
前を走るのはやっぱりワイアードフィデリティ。勝負を一度経験したものは、こういう緊張に強くなる。落ち着け、私。落ち着け。追いつけないのではないか、違う、私なら追いつけるんだ。追いついてみせる。
呼吸を整えろ、今は最後尾だっていい。私には誰も追いつけない末脚がある。最後に1番であればいい。
コーナーでは少し下がる。コーナーでは外を走れば走るほど距離が伸びる。体力を温存して、直線で仕掛けるんだ。
速度も抑える、遠心力は脚に余計な負担をかける。第3コーナー前の直線までは楽に走るんだ。
前にいる栗毛のウマ娘が邪魔だ。私のほんの少し右前に居る。それではコーナーで内側に入り辛い。体力をロスしてしまう。
「くっ………」
走り辛い、苦しい、これ以上ペースを落とせば前に出れない。でもこのままでは私の体力が…!レースが怖い!どうすればいいかわからない!もうやめてしまいたい!
第二コーナーだ、これを抜けて集団に追いつく。トレーナーと何度も繰り返した練習だ。
エンジンをかけろ、もっとストライドを広げて、飛ぶように走るんだ。この前にいる栗毛のウマ娘を交わせばいい。そうしたら、中段につけられる。3コーナーから4コーナーの中間で先頭のワイアードフィデリティに追いつける!行こう、今だ!!
力を込めて大地を押し上げる。私の武器はパワーだ!パワーなら負けたりしない!私は1番人気なんだ!負けたりしない!
縦長に展開する馬群を一気に駆け上がる。第二コーナーを抜ければゴール前の直線までは緩やかに下る。
4コーナーの遠心力を打ち消すだけのパワーだってある。いける。レースの展開も読める。完璧な勝利が描ける。勝てるんだ!
突然、目の前の栗毛のウマ娘が加速した。
「くっそォォ!!!」
読まれている。完全なマークだ。私を疲弊させようとしている。さっきのコーナーもマークしていたんだ。
だが、私が勝つ。栗毛の細い脚ではコーナーで遠心力を抑えられない。勝負だ、この栗毛を完全に叩きのめしてやる。追ってやる。4コーナーで勝負が決まる。
3コーナーだ、ウマ娘の群れがグッと押し込められる。群れを押し退けて私は前へ出る。栗毛はまだ前に居た。
ここで前に出られなければ、直線と坂で群れに飲まれる。もう大外でもいい、スパートをかける。脚は地響きを起こしながら地面を抉り、私が加速する。
4コーナー、ここが勝負とばかりに後ろのウマ娘が追ってくる。目の前の栗毛は、ずるずると外へ流れ、視界から消えた。
栗毛は脱落した。だが油断はできない。集中しろ、耳を澄ませろ。後ろには7人の足音、息が乱れていることがわかる。
前には1人、ワイアードフィデリティが逃げる。ヤツのピッチも乱れている。これを差し切れば勝てる。私の勝ちだ。
足音が1人足りない。
大外、私の前から泥が飛んでくる。
何故、そこに居るんだ。何故、走れるんだ。視界から消えたはずの栗毛がまだ前に居る。
栗毛は芝を脚で刺し、蹴り上げた。目の前で1着が交代した。ピッチを上げて、坂でもなお加速する。
栗毛は不敵な笑みをうかべている。奴は私をマークなどしていなかった。見てすらいなかったのだ。そう確信した。栗毛のウマ娘の赤い目は、逃げるウマ娘も、ゴールすらも見ていない。その先にある何かに勝たんとして、追っている。
必死に地面を蹴る。だが、私は前へと進めない。勝負を挑んだことで、私の命運は尽きていた。
前を走る足音がひとつ、ふたつと増え、そこで私のレースは終わった。
あの走りはどこかで見た覚えがある。このレースはメイクデビューだから、学内の模擬レースで見たんだろう。
ひとつだけ、心当たりがあった。
あいつだ、ジュニアクラスでありながら、絶対の名を持つシンボリルドルフに追いついた、あいつ___
目の眩むような思いだった。私はその名前をきっと忘れない。
あの栗毛は、アグネスタキオン だ。
最新話にしおりがついてると
「頑張らなきゃ!」って気持ちになる
本当にありがたいです。
書いてて興奮しちゃったからいろいろ間違ってるところがあるかも