戦略も決まった。
トレーナーが私の勝利を信じている
私は私として可能性を追うだけだ。
まだ届かない。私の絶対のイメージは遥か先を走っている。
どうしても追いつけないのか、直線を抜けて歓声が聞こえた。
苦しいレースだった。どうやら私はレースに勝ったらしい。だが喜ぶ気にはなれない。まだ研究の余地がある。
靴はちぎれた芝と泥に塗れている。全身に汗をかき服が貼りつく。気分が悪い。手入れも面倒だ、トレーナー君にやらせよう。すぐに着替えたい。下着を忘れたことに気づく。トレーナー君に買ってきてもらおう。それくらい許してくれるだろう、だって勝ったんだから。
ライブまではまだ時間がある。全力疾走の後にライブをやるとは正気の沙汰には思えないが、トゥインクルシリーズとはこういうものだ、諦めよう。
地下バ道はコンクリートで固められており、蹄鉄の音が響く。コツ、コツと反響する音と12月の風が加熱したレースを冷ます。涼しい。
控室に戻ると、暑苦しいやつが抱きついてきた。
「ん゛お゛お゛ぉ゛〜〜う゛ぁ゛ぁ゛あ゛〜〜〜」
抱きしめられた部分から汗が滲み出し、体を伝って流れる。極めて不快だ。勝利の抱擁がここまで不快なことがあるのかと驚く。
「やめたまえトレーナー君!まだデビューだぞ!泣くな!あと抱きつくな!私は汗をかいているんだぞ!」
私も年頃の女だ、匂いだって気になる。引き剥がそうとしても必死に抵抗する。なんだコイツ。
「だぁ゛っでぇ〜だってぇ〜……」
顔から出すことが可能と思われる液体全てが噴出している。およそ他人に見せられる顔ではない。曲がりなりにも教育者であるから尚更だ。泣くのはいいが鼻水は拭け。
「私の走りはどうだった?」
「わかんないよぉぉ゛ぉ゛〜〜凄かったよぉ゛ぉ゛〜〜」
やはりコイツには知性が備わっていない。トレーナーかどうかも怪しい。トレーナーを替えてもらおうか、だが被験体を失うのは惜しい、美味しいお弁当も食べられなくなる。どうしたものか。
いい加減離れたまえ、と言うと、はいと返事をして小さくしぼんだ。
「そうだトレーナー君、ライブまでまだ時間があるだろう?下着を忘れてしまってね、ちょっと買ってきてもらいたいんだが頼めるかい?」
トレーナーの表情が一気に明るくなる。はい!と大きく返事をしてすぐに飛び出して行った。財布を持って行っただろうか、心配だ。
控室は想像以上に静かであった。遠くから歓声が聞こえ、少し揺れる。それがまた静寂を浮き彫りにしている。
服を脱ぎ、試薬を飲む。体はどこも光らない。これでいい。椅子に座り、体を休めるとゆっくりとした心臓の鼓動がわかる。
ドアノブが回転する音がした。ノックは無い。
「トレーナー君…?」
振り返ると、金色の目の彼女が立っていた。
前話、「Revolution」ではライジングエンペラーさんの視点で話が進んでいます。
実際の新馬戦をモデルに構成したので(違うところはありますが)
実際のレースを見ていただけるとより楽しめると思います。