汗と泥に塗れて、今すぐにも着替えたい。
トレーナーは喜び、泣き、私に抱きついてきた。
引き剥がして、下着を買いに行かせた。
私だけの控室はやけに静かで、レース場の歓声がそれを引き立たせる。
体を調べても異常はない。少し休もう。
すると、ノックも無しにドアノブが回る音がした。
振り返ると彼女が立っていた。
「……服を着てください。」
呆れたような、戸惑ったようなそんな感情が読めない声が控室に響く。
「君かぁ、珍しいこともあるもんだねぇ、わざわざ府中から仁川にまで出向いて私を応援してくれるとは、長旅ご苦労様。」
「……。」
学園は東京都府中市にある。兵庫県宝塚市にまで散歩で来れるような距離ではない。目的はもちろん、私の出ていたレースだろう。
「…服を__」
「見ての通りレースは終わってしまってね、汗がひどい。生憎下着も無いから君に着せてもらうこともできないんだ。」
いつかのやりとりがここでリフレインする。あのときとは違い、涙など流してはいない。ひとり泣いてたヤツがいるけど、あいつはもうどうでもいい。
「……ふふっ。」
彼女が笑う。君はいつもの顔よりも笑っていたほうが美しい。安らぎと優しさと強さが彼女にはある。いつかの私はそれに助けられた。
「……優勝、おめでとうございます。」
称賛の言葉は素直に受け取る。これは最低限の礼儀だろう。いかに悔しい思いをしても、いかに自分の納得がいかない勝利だろうとそうだ。彼女の優しさに間違いはない。だが少しだけ、棘が刺さったようなそんな思いがした。
「あぁ、ありがとう」
声に出すと不思議と心が安らぐ。思いや言霊、感情という非科学的要素は時に不可解な結果を生む。
「せっかくの客人だ、茶くらい出さねばな。君が来るとは思っていなかったからコーヒーは無いんだが、紅茶がある。いかがかな?」
「…いただきますね。」
水筒から紙のカップに紅茶を注ぐ。華やかな香りはレース後の昂った心を落ち着ける。私は角砂糖を3個、彼女はストレートで紅茶を口にした。
会話はない。ただ紅茶をいただく。彼女が私を見て少しだけ微笑む、それだけ。なによりも充実していて、なによりも安らぐ永遠のようで一瞬の時間であった。
紅茶を飲み干す。砂糖は溶け残っていない。
「……良い走りでした__」
去り際に彼女はそう呟いた。
「__ただ、私は負けません。」
いつか私は彼女と共に勝負する時が来るのだろう。彼女は強い。だからこそ、私を蹴落とさんとしてここに来たのだ。
彼女が私をどう思っているかは正確にはわからない。だが私は同期として、友人として、同じターフを駆けるものとして、彼女の勝利を砕いてみせよう。
私はもう背中を追わない。背中を追うのは私以外のウマ娘が代わりにやってくれる。私は可能性だけを追う。
彼女のデビュー戦は1月。
私の次のローテーションは12月末のラジオたんぱ杯ジュニアステークス。これは、ジュニアクラスの王者を決める戦いである。
クラシックの春には彼女と戦える。
私はジュニアクラス王者として彼女に敗北を贈ろう。
前後の展開変えるかも。
変えるとき一応この文章残しておくけど、まだ未定です