次のレースも阪神芝2000、こちらが有利なはずだった。
クラーモント、ジャングルポケット
次のレースに出てくる2人はそのような小細工が通用する相手ではない。
トレーナーは私の勝利を確信している。
ただ私はそれを信じて辛抱の時間を過ごすだけだ。
街は、この次世代を担う3人の衝突に沸いていた。
観客はこのレースに熱狂し、私たちはこのレース場で生き残りをかけた戦いに飛び込まねばならない。
地獄の門が大きく口を開けて待つ、その表現がふさわしい。
すると、パイナップルが口の中に飛び込んでくる。
「違う違う!私は白いもちもちが食べたいんだ!」
「白玉ですね、はいあーん」
「あーん」
このやりとりはもう何度目か。ただ、レース場では2回目である。いつもの食事、いつもの他愛のない会話が、喉の詰まるような緊張を和らげる。
「み、水をくれ!!」
白玉は喉に詰まった。
1番人気は圧倒的な票数でクラーモント、ストライドの広さが余裕と見えたか。事実として懐の深い走りである。緩やかな下りが続く阪神芝2000ではその走りを生かして体力の温存と加速が可能だ。一度勢いに乗ったダンプカーはもう止められない。
私は2番人気に甘んじている。前走同じコースを走り、3バ身半つけて勝利したにもかかわらず2番人気である。
3番人気はジャングルポケット、票数は私とほとんど差が無い。前走から3ヶ月の空白があるため、調整不足は考えられない。粘り強さも差し足もさらに磨き上げられているだろう。おそらく皐月賞でも対戦することになる。勝てずとも相手のデータを取らねばならない。
私らしくない、「勝てずとも」とはなんだ。私のかわいいモルモットは私の勝利を信じている。また泣かせてやればいい。私に勝つと言った彼女も、次のレースで敗北をプレゼントしなければならない。
長く息を吐き出す。少しだけ左足が震えている。
レース場が揺れる。メインレースはまだかと騒ぐ声がする。歓声と悲鳴と喜びと悲しみと悔しさと怒りと、全てが混じってここに渦巻く。
押し潰される。あの絶対の生徒会長と走ったときでさえ、こんな恐怖は抱かなかった。あのとき私は意地汚く走ったんだったか。今思えばなんとも醜い理由で走っていたために羞恥心が掻き立てられる。
震える左足を押さえつけると、私の頬に白玉が押しつけられた。
「トレーナー君!見てわからないか!!私は集中しているんだ!!白いもちもちはもう結構だ!!」
「えっ!?もう食べないんですか…?」
「腹立たしい!レース前なんだぞ!君は少しくらい緊張感を持ったらどうなんだ!」
「このフルーツポンチ…どうしよう…」
トレーナーは小さくしょぼくれる。一斗缶ほどのタッパーにこれでもかとフルーツポンチが詰められているのだ。確かに「フルーツポンチをたくさん作る」と言っていた。有言実行は素晴らしいことである。だが問題はそこではない。
「フルーツポンチの心配をするな!私の心配をしたまえよ!」
「大丈夫ですよ。」
トレーナーの声色が変わる。幼子をあやすかのような優しい温もりのある声だ。
「今、いつも通りのタキオンさんに戻りました。だから、大丈夫です。」
腹立たしいが、私のトレーナーは優秀であった。心の内を読まれたようで少しだけ不機嫌になる。だかそれは言わずに置こう。
私はいつも通り、芝の上を駆ける。それで勝てる。
レースが終われば、いつも通り研究をして、いつも通りトレーナーのお弁当を食べよう。
ただ、あの量のフルーツポンチを毎日出されるのは嫌だなあと思いながら、本バ場入場を迎えた。
リラックスってだいじ。