report:超光速の粒子とその行方   作:Patch

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GⅢ ラジオたんぱ杯ジュニアステークス
クラシックの登竜門であり、次世代の強者が集う
1番人気は圧倒的な票数でクラーモント
私は2番人気に甘んじた。
そして私にほぼ同率で3番人気のジャングルポケットが続く。

プレッシャーに圧される。こんなことはこれまで無かった。
トレーナーはそれを理解していた。

いつも通り走る。そして勝ちを取る
私はターフへと降りた。




Conquest

 金属の擦れる音。不快な音が鳴り、地獄の窯が開く。

 ゲート開放。

 

 我先に、我先にとウマ娘たちが駆ける。阪神芝2000は先行有利。目の前に人の盾ができる。好位を取らなければ地獄の窯の中。地獄から這い上がらんとして、皆が蜘蛛の糸に群がるのだ。

 

 ハイペースで坂に突入する。馬群はここで一気に凝縮される。潰し合いという言葉でさえ生ぬるい。体はぶつかり合い、ずるずると後退する者が出る。泥が飛び跳ね、ちぎれた芝が目に刺さる。レースとは時に運が支配するものだ。

 コーナー、ここでは群れが引き延ばされる。コーナーの外側に行けばそれだけ長い距離を走ることになる。前に出る、後ろに下がることで体力を温存し、仕掛けるときを待つのだ。

 

 中段、クラーモントとジャングルポケットが並走、そのすぐ後ろに私がつける。

 おかしい、イメージが見えない。この2人をかわして前に出る方法がわからない。

 第1コーナーを抜ける。このレースは何かがおかしい。

「ッ…!!!」

 右後方から何かが迫る。後方集団が私を交わそうとしている。気づけば、クラーモントとジャングルポケットとは1馬身半もの差がついていた。コーナーの内側に入れない。絡まり合う糸のように思考が乱れる。わからない。

 私のイメージは彼女の「お友だち」ではない。あの栄光の背中、生徒会長の絶対の速さをも超えるというイメージによって作り出される幻影である。そのイメージが湧かないということは、勝てる可能性が無いということではないか。

 

 恐ろしい想像が脳裏をよぎる。だが、脚を止めることはできない。たとえその先に千の針が待ち構えていようとも、レースから降りることはできない。脚を止めればすぐ釜の中に沈む。どちらも地獄であることに変わりはない。同じなのだ。

 いつも通り、1歩2歩と駆ける。2人に置き去りにされるのは避けたい。そうなれば、レースは2人のものになってしまう。後方から様子を伺い、マークする。

 ついていく。1歩2歩といつものように。1歩2歩と我慢の時を過ごす。

 

 違和感がある。

 

 第2コーナーに入る。内側には入れない。

 違和感とは何か。クラーモントが私を前に出させまいと私をマークしているのだろうか、違うだろう。ジャングルポケットが先行していることだろうか、それも違う。

 いつものように、1歩、2歩。先行するウマ娘たちに蹴り上げられた芝が私の肌に刺さる。

 クラーモントの背中が近づく、おかしい。

 私は特にペースあげていない。クラーモントのストライドが短いのだ。スタミナが切れたのか、そんなはずがない。彼女はステイヤーだ。まだ1000mも走っていない。

 コーナーを抜けて直線、違和感が確信に変わる。

 

 このレース、異様なまでに遅い。

 

 スタートから直線、コーナー入口までは確実にハイペースであった。

 原因はこのクラーモントである。1番人気の彼女を先行させてはならないと、皆が先を急いだ。マークしていたのだ。

 そして、クラーモントはそれを読み切った。中段に位置取り前へ出ないように見せかける。そこから少しずつストライドを短くすることで、レース全体のペースを下げたのだ。

 ペースの変化は体力を奪う。彼女のロングスパートについていくのであれば相当なスタミナとパワーを要求される。加速を許せばもう追いつけない。自らの利点、そして1番人気であることを巧みに利用しているのだ。おそらく第3コーナー前から始まる緩やかな坂のどこかで仕掛けるつもりだろう。全てのウマ娘を疲弊させ、押し潰して勝利を掴む。それがクラーモントには可能だ。

 

 ジャングルポケットはどうだろうか。彼女の脚質は差しだ。後方に位置取ることでスタミナを温存し、最終直線で抜き去るのを得意としている。だが現在クラーモントと並んで先行位置につけている。それほどまでにペースが遅いのだ。クラーモントの策略を、ジャングルポケットがまた読んでいた。

 

 私が持つ可能性のイメージはこの遥か前方を走っている。この2人を見ていては当然見ることなどできない。

 地獄から抜ける蜘蛛の糸は既に手元にある。絡まった思考は一本の道筋となった。ならば、その道を私らしく走ればいい。

 クラーモントがレースを征服し、ジャングルポケットがそれを逆手に取っている。だが、レースは2人のものではない。このレースは私のものだ。私のレースがここから始まる。

 

 ちょうど3コーナー入口にさしかかる。決意とともに芝を蹴った。

 クラーモントも動く。揺れる。圧倒的な加速。

 ひと蹴りで地面が、レースが、競バ場が、歓声と悲鳴で揺れ始めていた。その揺れが私の心を強く揺さぶる。

 4コーナー、大外を一気に駆け上がる。

 ジャングルポケットが動く。鋭い末脚が命を刈り取る鎌のように鈍く光り、私を追う。

 逃げてみせる。私はここで終わらない。私の脚には終わりが見えている。だが今ではない。可能性の先へ至るまで私は終われない。

 

 直線で抜け出す。前には誰もいない。皆が私の後を追う。

 

 あと少し。力を込めろ、加速しろ、蹴れ、跳べ、走れ。

 もっと先へ、もう少し、あと少し、可能性へ手を伸ばせば届く!

 少しだけ触れた、そんなような気がした。

 

 気がつけば、レースは終わっていた。




レースの表現難しい…

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