report:超光速の粒子とその行方   作:Patch

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今年は様々なことがあった。
ウマ娘の脚に宿る可能性を追うだけだった私も、彼女やトレーナーのような、様々な出会いがあった。
メイクデビューもした。重賞も制覇した。クラシックへの挑戦も決めた。
もう年は明ける。私はどこまで走れるだろうか。


report: 9.461e+15の進展

 環境を操作し、住み良い空間へと変える。人間はそうして開拓を繰り返し、快適な居住環境を手に入れてきた。

 特に気温は重要な課題であった。焚き火から始まり、火鉢、囲炉裏、暖炉、ストーブなど、モノを燃焼させることで暖をとる手法が伝統的に行われてきた。時代は進み電気という叡智が歴史の表舞台に立つと、気温を自在に上げ下げするエアコンディショナーという機器まで現れた。

 

 端的に要点をまとめるならば、暖房は良い。ということだ。

 

 私は今、ラボで電熱線式のこたつに入っている。私が持ち込んだものではない。トレーナーのものだ。

 こたつという暖房器具は大きな欠陥がある。一般的なこたつであれば熱源を布団で覆い、その布団の中に足を入れて暖を取る。だがそれでは室温自体はほぼ上がらない。布団の中に入れた体の一部のみが暖まってしまうのだ。

 

 しかしながら、こたつには不思議な魅力がある。出られないのだ。体は冷えた空気に晒されているが、下半身は暖かい。冬の寒さを感じながらも体を暖める。矛盾した2つが両立し、冬という季節の魅力が浮き彫りになる。

 雪が芝とダートの上に積もる。今は冬季休暇である。こんな日は外を走ることも、試験管を振ることも休みにしてもいいだろう。

 

「おしるこができましたよー」

 トレーナーが2つのお碗をお盆に載せて運ぶ。おしることはあずきを甘く煮た餡に餅や白玉を入れた簡素ではあるが伝統的な甘味である。私はこれまで食べたことが無かった。

 栄養価としてはエネルギーのうちほとんどが糖質である。以前の私であれば、ブドウ糖のタブレットで済ませていたことだろう。

 

「はい、あーん。」

「いや、今日は自分で食べることにするよ」

 今日は何もしないから、忙しくなんかないんだ。そう言うとトレーナーが少しだけ笑った。

 

「おいしいですね。」

「あぁ、同感だよ。」

 

 体の中から暖まる。これはおしるこを飲んだからではない。ひとりでおしるこを飲んでも、ひとりでこたつに入っても、心までは暖まらないからだ。

 

「トレーナー君、どうして今日はこたつなんか持ってきたんだい?」

 トレーナーは大きなこたつを担いでラボにまでやって来たのだ。ヒトの女性にとっては大変重いものであることは想像に難くない。私も驚かないわけではないし、そもそもの意図がわからなかった。

「うーん…」

 しばらく唸る。数分経って、一緒にこたつに入りたかったからですね!と返ってきた。

 

 いつも通りの彼女らしい答えだ。だからこそ私はいつもとは違うことを言ってみたくなった。全ては気の迷いだ。

 

「なあ、トレーナー君。」

「なんでしょう?」

 

 こちらを振り向く。その顔もいつも通りで、小動物のようで可愛らしい。

 

「いつもありがとう。」

 

 この「いつも」はどれだけ続くだろうか。トレーナーは照れているのかすこしだけ顔を背けて嬉しそうに笑っている。いつも通りの笑顔がそこにあるのだ。

 だからこそ私は、左脚が痛むことはまだ言えずにいた。




展開変えるかも

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