雪が降る。
いつしかトレーナーや彼女がそば居ることが日常になっていた。
私はこの日常をどれだけ過ごせるだろうか。
「そうですね…筋肉にも骨にも何ら異常はありません。」
「すみません…ありがとうございました。」
成長期ですからね、レースの疲れもあるでしょう。と医師が続ける。トレーナーの心配は杞憂に終わったようだ。
雪が溶け、弥生賞に向けた練習が始まる。弥生賞はクラシック初戦の皐月賞のトライアルレースである。勝利することができれば皐月賞への優先出走権が手に入るため、同世代に居る珠玉のウマ娘たちがここに集うのだ。
その練習中トレーナーは私の歩様の変化を発見し、こうして病院に担ぎ込まれたのだ。トレーナーのウマ娘を見る力は慧眼と言っても差し支えないだろう。
医師の診断は私にとってもありがたい。私はまだ走れると言うことが専門家の手によって証明されたのだ。
弥生賞にはあの彼女、マンハッタンカフェが出る。彼女はメイクデビューこそ負けてしまったものの、2戦目では強さを見せつける勝利をした。私とメイクデビューで競ったライジングエンペラーも出場する。
マンハッタンカフェ、ライジングエンペラーともにステイヤーとしての適正があり、両者ともに長いストライドを持つ。クラシック3冠路線は中距離と長距離のコース。ステイヤー適正が十二分に発揮されればどちらもが勝つ可能性がある。
皐月賞、弥生賞ともに中山芝2000。距離はこれまでのレースと同じだがスタート後の直線が阪神芝2000と比べると80mほど長い。また、スタンド前直線から第1コーナーまでが急坂となっており、スタート後とゴール前の2回この坂を超えなければならない。
スタート後の2ハロン(1ハロン≒200m、おおよそ400m)は比較的緩やかな坂となっている。ここで激しい先行争いが行われる。
坂を登り切るとすぐ第2コーナーがある。急坂はゆっくり登りゆっくり降るのが定石である。坂の登りでパワーを要求されるのは当然であるが、降りでは一度ついてしまった勢いを殺しながら走る。勢いがつき過ぎて仕舞えば大外に振られてそのぶん体力を消費する。無理に勢いを殺せば脚に負荷がかかり、想像以上のスタミナとパワーを消費してしまう。スタート後2ハロンを超えると先行争いが落ち着くのではない。勝つために体力を温存する、誰も位置を変えられないのだ。
降りの後は平坦なコースが続く。向こう正面の直線、第3コーナー、第4コーナーと来てから、ゴール前の急坂が待ち構える。
位置を変えられないというフラストレーションがここで爆発する。先行するウマ娘たちは後方でじっくりと脚を溜めたウマ娘たちから逃げる。その先では急坂がそびえ立つため、大きく捲る走りがハマりやすいのだ。
「1番速いウマ娘が勝つ」皐月賞にはそんな格言がある。
スピードだけではない。スタミナ、パワーそしてコース取りや仕掛け時を図る頭脳、追い上げるウマ娘たちに負けないという根性。そして頑健な肉体であることが求められる。「速さ」には体の成長の速さまで含まれているのだ。私にはこれが足りない。
「今日は軽く筋力トレーニングと柔軟を行なって、明日は様子を見て坂路とダートを走りましょうか。」
「あぁ、そうしよう。」
強い体を作る。私が絶対の速度を超えるためには成し遂げなければならない課題だった。