report:超光速の粒子とその行方   作:Patch

32 / 46
Skyscraper

 不良馬場のとき、内枠は不利となる。短い距離を走ろうとするウマ娘たちが何度も芝を踏み、脚が沈み込むほどにまで荒らされてしまう。

 

 私は外枠からのスタートとなった。荒らされていない芝の上を走れることは大きなアドバンテージになる。

 

 さあ、行きましょうとあの子が言った気がした。次の瞬間にゲートが開く。あの子は誰よりも速い。そして私に走り方を教えてくれる。その後ろをずっとついて行けばきっと勝てる。

 

 しっかりと脚の感覚を確かめながら蹴る。荒れた馬場は私が得意とする場面でもある。みんながパワーを使い果たしてスタミナが尽きたところを後ろから差し切ってゴールすればいい。

 先行争いは先に行かせる。そのまま潰れるからだ。2ハロン超えるとすぐに急坂があるので、そこでスタミナを使ってしまえばいい。

 坂路が来た。ストライドを長く取りすぎてはいけない。小刻みに蹴ってもいけない。ゆったりと力を抜き、無理せずに走る。

 縦長の展開、仕掛けどころが難しくなるが、平坦な道に出た時には前のウマ娘たちは消耗し切っている。

 

 逃げ先行には辛い場面でしょう。ぬかるんだ地面で加速出来ず、ただ徒らにスタミナを消費させる坂路。差し追い込みに狙われるプレッシャー。このあとの降りでスピードを上げて突き離したい、耳元で悪魔がそう囁く。皆がそれに乗ってしまえば私が勝つ。

 

 坂路の降りでは誰もがスピードを上げざるを得ない。無理をしてペースを上げれば筋肉疲労が増加する。だがしっかり踏みしめなければ不良馬場で滑る。私は大股で重力に任せてゆったり飛ぶ。脚への疲労は最小限に、そしてスピードは無理なく上げる。前を走るあの子の影がグッと近づく。

 前のウマ娘たちは大きく泥を跳ねさせながら走っている。蹴る力だけが強く、推進力になっていない。

 少しだけ笑みが溢れる。前のウマ娘達の背中がどんどん近くなる。これは良いレースになる。既にそう確信できた。

 まだ抑える。誰もが最終の坂に向けて脚を残したいと思っているはずだ。

 

 第3コーナー入口にかかる。

「っ……!?」

 大きな水柱が目の前で上がった。泥水が跳ねて口の中に入る。どこかで啜ったコーヒーのようにザラザラとして不快なそれは、あの人の存在を思い出させた。

 

 あの人を前に行かせてはならない。私の何かがそう警告する。

 大きな音を立てて駆ける姿に周りも気づいた。1番人気のアグネスタキオンが突っ込んでくるのだ。誰も前に行かせるわけがない。

 私のほうが強い。だが、あの人は誰よりも速かった。

 あの人は加速していく。前の2人を抜き去り、先頭まで踊り出る。

 

 「どうして……」

 

 あの子の姿と重なる。だがすぐに追い抜いて行った。1バ身、2バ身としだいに遠ざかる。

 脚は残していたはずだった。それなのに加速しない。

 

 日の光に輝く栗毛を、またしても

 ただ見ていることしか出来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。