皐月賞は4月に行われる。だが卯月賞ではない。
季節はすっかりと春一色になり、新入生たちが入学して来るころになった。荒れた天候も梅雨までは無いだろう。寒さでやられて茶色の部分もあった芝がすっかりと生えそろい、ターフは緑一面の良馬場となる。
思えば去年度は激動の1年でもあった。自分の脚を呪って泣き、退学勧告までされた私であるが、生徒会長のシンボリルドルフと走り、トレーナーとも出会い、メイクデビューまで果たした。重賞も2つ勝利した。
これから夏に向けて芝が伸びだす。暖かくなったからか、皆が芝の上を元気に駆ける。最終コーナーあたりは皆がスパートをかけるために内側だけ少し荒れている。
私が模擬レースを行ったのもちょうどこのような日だったか。それを見たトレーナーが鼻水を垂らしてスカウトしてきたのだ。
少しだけ感傷に浸る。脚を止めるとトレーナーが、どうかしたのかと訊いてくる。
「なにもないよ、疲労によって脚の動きが鈍いみたいだ。」
「なら、少しだけおやつにしましょうか。」
おやつはやはりフルーツポンチだった。手軽に作れる上に、甘くて美味しい。シロップに浸かった白玉はあらゆる果実の甘みを吸収しており、これがとても美味しい。熱々の紅茶もある。
「おまけと言ってはなんですが…」
そう言って差し出された小さな紙の箱にはマドレーヌが入っていた。
「どうしてこれを?」
「洋菓子店に寄ってみたら美味しそうで。紅茶にも合いますし。」
マドレーヌならケーキと違ってお皿もフォークも要りませんからね、と続いた。
ひと口食べてから、マドレーヌを紅茶に浸してみる。いつか嗅いだ香りに似ている。あのときはフィナンシェだった。
「なにをしてるんですか?」
不思議そうにトレーナーが見つめる。それもそうだろう、とてもではないが上品とは言えない食べ方だ。手が塞がることすら嫌う私が、わざわざマドレーヌを濡らして、垂れる紅茶を気にするというのも奇異に見えたのかもしれない。
「以前読んだなんとかという小説で、紅茶にマドレーヌを浸す場面があってね、真似してみたんだよ。」
ふーん、と鼻をならすと、トレーナーも私を真似ていた。
暖かい風が芝の香りを乗せて頬を撫でる。今日はぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるギャラリーは居ない。穏やかでゆったりとした何もない日だ。
私がここまで走ることができたのも、あの模擬レースのおかげだろう。生徒会長の擁護がなければ、私は早々に退学となっていたはずだ。金色の目をした彼女がいなければ、模擬レースを走ることもなかった。そしてトレーナーとも出会えなかった。
「さあ、皐月賞は激戦になる。もう1回データを取ろう。」
「はい!」
休憩も早々に切り上げ、もう一度走ることにした。
モチベが下がりつつあるから褒めて