ラボで紅茶をいただく昼下がり。いつもならばトレーナーのお弁当に舌鼓を打つところではあるが、トレーナーがここに居ろというので待つことにしたのだ。
ドアの外からドタバタと足音が聞こえる。学園の規則では廊下は歩いてはいけない。ウマ娘ならばウマ娘らしく走れということだ。だがこの足音は歩幅が非常に短い。ステイヤーのものではないことは明らかだ。スプリンターのものでもない。スプリンターであれば足音が近づいてくるスピードが遅すぎるうえ、バタバタと不格好な音などさせない。おそらくヒトのものだろう。誰であるかの大体の察しはつく。
扉が勢いよく開くと、やはりトレーナーがそこに居た。鼻息は荒く、小脇に巨大なスケッチブックと巻尺を抱えている。何というか、目を輝かせ自信たっぷりで何かに期待しているかのような、言うなれば「小動物がご褒美を期待しているとき」のような顔をしている。こういった顔は何だったか、「ドヤ面」と言うんだったか。詳しいことは流行に目敏いというダイタクヘリオスかマルゼンスキーに訊いてみよう。
「タキオンさん!勝負服ですよ!」
普段であれば体操服や学園が用意する衣装を着てレースに出るが、トゥインクルシリーズのGⅠ出走時には特殊な衣装を着ることになる。それが勝負服だ。色とりどり、個性のある勝負服に身を包んだウマ娘が走るレースは壮観である。その華々しさとは裏腹に泥に塗れても歩みを止めず、ただ先を目指して駆ける死闘はまさに最上級のレースだろう。
トレーナーの目は少し充血して隈ができている。スケッチブックを抱えていることから、デザインを自ら考えていたのだろう。巻尺は私の体を採寸するためのものだ。
「勝負服、ねぇ…」
勝負服は晴れ着である。その姿が大々的に取り上げられるため、ウマ娘の普段のイメージから連想されるものがふさわしい。
服を脱ぎ、鏡の前に立つ。トレーナーがラボに居てくれと言ったのは姿見があるからだろう。自分の姿を見たほうが勝負服のイメージも湧きやすい。
するり、するりと巻尺が体に巻かれる。金具が少し冷たい。
採寸は思ったよりも早く終わった。白衣を羽織って椅子に腰掛けると、トレーナーがスケッチブックを開いて見せてきた。
「こういうのはどうでしょう?」
紺を基調としたブレザーが描かれている。肩章と飾緒がついており、かのシンボリルドルフを連想させる。タイを締めた姿はまさに正装に近い。
デザインとしてはまとまっているが、生地が重くなりそうだ。なにより私は堅苦しいのが嫌いだ。もう少しゆったりとしたものが良い。
「次は?」
「ではこれを。」
赤銅色のドレス。スチームパンク風で黒いフリルスカートが内から覗く。私の髪の色から連想したのだろう。ハットまである。好みのデザインではあるが、私がこれを着て走るというイメージが湧かない。蒸気機関車に乗るのであればまだイメージが湧く。
「うーん…次。」
「はい…」
桜色のアイドル然としたスカートスタイル。こういったスタイルはウマ娘からも人気が高い。多くのウマ娘が似たようなデザインを採用しているから、無難なデザインではある。だが私のイメージには沿わないだろう。
「次。」
「はい……」
デコラスタイル。これは無い。だがトレーナーがわざわざ描くということは有り…なのか…?
しばらく考えたがどれもパッとしないものばかりだった。私らしいものとはなんだ…私らしいものとは……
「白衣…とか…?」
気づかぬうちに口に出していたらしい。トレーナーがその言葉に反応した。
「白衣ねぇ…正気なのかい?トレーナー君。」
だらんと垂れ下がった裾は足に絡まることがある。手元より長い袖はただただ邪魔だ。それを勝負服にするなど正気であるとは思えない。
「らしさ、って言ったら白衣ですよ!」
鉛筆がスケッチブックの上をさらりさらりと滑る。さながら白い大海原を泳ぐようで、生き生きとした自由な動きであった。あっという間にデザインは描きあがり、意気揚々と見せつけられる。
白い白衣の腰に試験管がぶら下げられている。肩には臙脂色のレザーで作られた肩当てがあり、水色2本のラインが入る。長い裾には動き易いようにジッパーがつけられ、固めの骨が入る。
白衣の下はベージュのニットと黒いシャツ。下半身はミニスカートに黒のタイツ。そしてヒールのある白いローファーに似せたレース靴。
「ふぅん……、やるじゃないか、トレーナー君。」
走り辛そうではある。だが何故だろうか、この服を着たいという意思と、この服ならば勝てるという何か不思議な魅力があった。
「どうでしょう?自信作ですよ!」
目の前の小動物が自慢気に笑っていた。
結局このデザインを申請することにした。なんと言えばいいのだろうか、喜ばしい気持ちもあるが、少しだけトレーナーの顔が腹立たしい。
「あだっ!?」
デコピンをしたら気分が晴れた。
ナウいヤングの言葉を教えてほしい?
オッケー♪問題ナッシ〜ング⭐︎なんでもござれ〜!
「ドヤ面」……?
うーん………?
めんごめんご〜
ちょっち用事思い出したから〜バイちゃー