シャカールちゃんと手を繋いで、空き教室の前に来た。この教室は普段使われていない棟にある。おばけが出るとか、変な光を見たとか、友達が言っていたので少しこわい。
「おい、居るか?」
そんなことはおかまいなしで、シャカールちゃんが教室のドアを開けた。
中には茶色の髪、綺麗な栗毛をしたウマ娘がひとりで立っていた。少しだけ髪がぼさぼさで、服を脱いでいた。みたことがない人なので、たぶんシニアクラスの先輩なんだろう。もしかしたら先生なのかもしれない。
「やあ君かぁ!シャカール君!数字の信奉者がここに何の用だい?また実験台になりに来てくれたのかい?ちょうどよかったまずこれを__」
「またかようるせえなぁ!とりあえず服着ろよ。」
「えー面倒だなあ、君が着せてくれよぉー」
「やだね。」
「えー」
しぶしぶと服を着ている。すこし変なひとだけれど、シャカールちゃんが楽しそうに話をしているので悪いひとではなさそう。
「おい、ウララ。こいつが出す飲み物は絶対飲むんじゃねえぞ。」
シャカールちゃんがこっそりと耳打ちをしてくる。
「なんで飲んじゃダメなの?」
「バカ!声がでかい。こいつの出す飲み物を飲んだら最後、体が虹色に光る。」
すこしだけ面白そうだなと思った。
「さて、服を着たがこれで満足かい?ところで、キミの隣にいる珍しい髪色の子は見ない顔だが、いったいどうしたんだい?」
「あー、いろいろ訳ありでな。こいつレース前だってのにトレーナーの言いつけを破って他の連中と模擬レースしてやがったんだ。」
それを聞くと、変なひとはふぅンと鼻を鳴らした。
「で、どうしてそんなことをしていたんだい?」
「悪いがそれはコイツ本人から聞いてくれ。そんで昔話でも聞かせてやってくれよ。」
シャカールちゃんは回れ右をして扉を開ける。
「シャカールちゃん行っちゃうの?」
「外で待っててやる。」
そう言ってこの部屋には変なひととわたしのふたりぼっちになった。
「立っているのもなんだ、そこにかけたまえ。お茶でもいかがかな?コーヒーもある。ミルクかレモンどちらがいいかな」
「いいです。シャカールちゃんがコイツの出す飲み物は飲んじゃダメって」
「おいおい、すごい言い様だなぁ。私は初対面の人間に薬を盛ったりするような下衆ではないよ。」
「初対面じゃなかったらするんだ…」
「ハッハッハ!これは一本取られたね。」
一応ね、と言いながら紅茶が目の前に差し出された。暖かくてとてもいい香りをしている。変なひとの髪の色にも似ていると思った。
「では本題に入ろうか。」
変なひとはそう言うと私の目の前に座った。わたしの顔を見ながらニコニコと笑っている。
「レース前は休養することが大事なのは理解しているね?どうしてトレーナーの言いつけを破って友達と模擬レースなんかしていたんだい?」
「あの、わたしもっと速くなりたくて…」
「どうしてだい?トレーナーとの練習では速くなれないとおもったのかい?トレーナーの名前はなんて言うんだ?あとキミの名前も聞いていなかったね。」
「えっと、わたしはハルウララです。トレーナーさんはきゅうりいんさんです。」
「きゅうりいん?桐生院ではなくて?」
「そのひとです。」
トレーナーの名前を伝えると変なひとはまたふぅンと鼻を鳴らした。
「君のトレーナーは優秀な人間だ。私たちウマ娘の活躍を信じて身を粉にして働いているんだ。その言いつけを破るというのは、トレーナーへの裏切り行為に他ならない。わかるね?」
少しだけ口調が強くなる。わたしのしたことがとてもひどいことなんだとその時になってようやく気づいた。
「ごめんなさい…」
「それはトレーナー君に言うべきだ。私に言ってもしょうがないだろう?」
その通りだと思った。トレーナーにはちゃんと謝ろう。わたしのしたことは間違っていて、変なひとの言うことが全部正しいから何も言えなくて黙ってしまう。
「ほら、紅茶が冷めてしまうぞ、飲みたまえ。ミルクはいれるかい?」
「はい…」
ミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶はとても優しい味がした。飲んでも別に虹色に光ったりはしなかった。
「だが、キミにものっぴきならない事情があったんだろう?」
優しく笑いかけながら変なひとが訊ねてくる。でも、よくわからない言葉があった。
「のっぴき…?」
「引き下がれないこと、譲れないことだよ。」
話すのは少し嫌だった。またよくわからないのに涙がでるのは恥ずかしいから。でも、シャカールちゃんはあのことを変なひとに聞いて欲しかったんだと思う。シャカールちゃんのことは裏切れないので、ちゃんと話すことにした。
「ウララね、まだ1回もレースに勝てたことないの…みんな、すっごく速くて、すっごく頭もよくて、いろいろ教えてくれるの。でもね、ウララはダメなこだから、教えてもらったことをすぐに忘れちゃうし、言われても全然できなくて…それなのに、トレーナーさんもみんなも一生懸命おしえてくれて……全然勝てないのに……それがすっごく悔しくて、悔しくて……」
また、涙が出て来ちゃう。わたしの気持ちは「悔しい」ということにようやく気づいた。
「だから…1回でも勝って、みんなにありがとうって言いたいの…応援してくれたみんなのおかげで速くなれたよって…でもウララは負けてばっかりだから…」
変なひとは腕を組んで難しい表情をしている。
「ウララね、思っちゃうんだ、本当はトレセン学園に居ちゃいけないんじゃないかって。みんなみたいに、レースで勝つなんて…無理だもん……」
変なひとがゆっくりと口を開く。
「可能性って、知っているかい?」