report:超光速の粒子とその行方   作:Patch

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太陽が照らす道筋

「可能性って、知っているかい?」

 わたしにはなんのことだかわからなかった。

 

「少しだけ、昔話をしようか。長くなるけどいいかな?」

 

「おう、そのために来たんだからな。」

 ドアの外から、シャカールちゃんの声がした。

 

「そうだな…もう1杯紅茶を淹れようか。茶菓子にフィナンシェもある。シャカール君も一緒にどうだい?」

 カロリー計算が面倒だからいい、とドアの外から聞こえた。シャカールちゃんらしい理由だ。

 

「キミが入学する少し前、可能性を追った大バカ者が居たんだ。」

 ゆっくりと、何か懐かしいものを見るかのような目で、目の前の変なひとは話し始めた。

「ウマ娘が出せる限界の速度は知っているかい?」

「えーっと……」

「おおよそではあるが時速70kmくらいだと言われている。それを超えると脚への負担が大きくなり、故障が出てしまうんだ。でも、その大バカ者はその速度を超えようとしていた。」

 ウマ娘の怪我の大きさはわたしも知っている。1度怪我しただけでもう一生走れなくなってしまったり、脚の怪我が原因で死んでしまったりすると聞いた。だからわたしのトレーナーさんも怪我だけはさせないようにいろいろと勉強しているんだ、と言っていた。

「もともとその大バカ者には脚部不安があったんだ。にもかかわらず、その限界の速度を超える可能性を追い求めて走っていた。あの頃はどうかしていたと思うよ。」

 

「悪口は良くないよ!!速くなることはとっても大事なことだよ!!その子だっていっぱい走りたいはずだし、何かその、えっと……のっぺりならない理由があったんだよ!!それなのにバカバカ言うなんてひどいよ!!!」

 何かずっと悪口を言われている嫌なきぶんになった。わたしは速くなりたい。その子も速くなりたかった。理由はたぶん違うけれど、どちらも大事な理由があるから走っている。

 

「そうだな、バカは言い過ぎた。申し訳ないことをしたよ。」

「ウララじゃなくて、その子にごめんなさいしてよ。」

「あぁ、そうするよ。キミは優しいんだな」

 お詫びの品だ、と言ってフィナンシェをもうひとつくれた。

「少しだけ、紅茶に浸してみるといい。私のおすすめの食べ方だよ。」

 言われた通りにして食べるとミルクと紅茶、そしてバターの香りが華やかに広がり、何か温かい気持ちになった。

 

 話の続きをしてもいいかな?と訊ねられる。あまり悪口を言わないでほしいと伝えると、変なひとは難しい顔をしながらあと3回だけバカと言わせてくれと言った。そのぶんその子に謝るらしいし、たぶん大丈夫なんだろう。

 

「そのウマ娘はレースは速かったんだ。マンハッタンカフェやジャングルポケット、クラーモント、あとはビッグバンフレアやライジングエンペラーなどと同期でね、全てに土をつけたことがある」

 

 マンハッタンカフェさんは菊花賞ウマ娘、ジャングルポケットさんはダービーウマ娘、クラーモントさんはNHKマイルカップを勝っていて、ビッグバンフレアさんとライジングエンペラーさんは重賞を何個も制覇しているすごい先輩たちだ。

 

「だが、戦績はたったの4戦。故障してトゥインクルシリーズ引退を余儀なくされてしまったんだ。」

 

 わたしは勝てないけれど、走ることは大好きだ。トレセン学園には走ることが大好きなウマ娘たちが集まるから、その子ももっと走りたかったはず。こんなにも悲しいことはない。

 

「少し前までトレセン学園は殺伐としていてね、競争能力を喪失すれば即退学が普通だった。勝てないウマ娘も退学を促されて沢山辞めていった。だが、それも変わったようだ。」

 外は少し暗くなってきて、おひさまはもう沈みかけている。夕焼けが変なひとの顔にかかる。髪はボサボサだけど、よく見たらびっくりするくらい綺麗な人だった。

 

「可能性に魅せられたウマ娘の走りを見て、その走りに魅せられた大バカ者がたくさん居たんだ。たくさんの大バカ者たちはありもしない復帰の可能性を夢見た。生徒会のシンボリルドルフ会長、あれも大バカ者のひとりだった。」

 シンボリルドルフ会長は学園最強と言われるウマ娘の先輩だ。そんな先輩が復帰を願うなんて、その子はとてもすごいウマ娘だったんだろう。わたしとはぜんぜん違う。

「そして学園は改革され、私やキミのようなウマ娘も居られるようになった。名ウマ娘は速さやレースの強さだけではないと、学園上層部が判断したんだろうね。」

 わたしの顔を見て、少しだけ笑う。小さな花のような穏やかな微笑みにわたしも少し嬉しくなる。

 

「なあ、ウララ君。その子と君は一緒だとは思わないか?」

 

「?……よくわからないや………。」

 その子は生徒会長にも認められて、世代の1・2を争うウマ娘。でもわたしは一回も勝ててないダメダメなウマ娘。どこにも一緒なところなんてない。わたしはみんなみたいにふさふさした芝の上を走ると足が滑っちゃう。砂の上ならなんとか追いつくことができるけど、それでもみんなはすごく速い。長い距離は休憩を入れないと走れないし、短い距離ではみんなが速すぎて置いていかれちゃう。勝つことなんてわたしには到底できない。だから、一緒なんてことはないと思った。

 

「全ては可能性さ!可能性に満ちているんだよ!」

 

「たくさんの大バカ者たちは、芥子粒ほどの小さな『可能性』に賭けたんだよ。復帰という有り得ない『可能性』に賭けたんだ!そして君には勝利という『可能性』を信じるトレーナーが、シャカール君が、友人がたくさん居るじゃあないか!」

 

 変なひとは興奮ぎみに立ち上がって大きな声で叫んだ。やっぱりこのひとは変なひとだ。

 

「そして、そのウマ娘は、ようやく次のレースが決まった。」

 

「で、でもトゥインクルシリーズは引退したって言ってたよね?」

 

「そうさ、出るのは『夢の第11レース』だからね。トゥインクルシリーズではないんだよ。」

 

 夢の第11レース。それはトゥインクルシリーズで優秀な成績を収めたウマ娘が次の活躍の場として選ぶレースプログラム、ドリームトロフィーリーグの別名。ドリームトロフィーリーグに移籍してしまうと、トゥインクルシリーズには出走できない。とてもすごいことではあるけれど4戦を勝利しただけのウマ娘が出場するのは異例中の異例というのはわたしにも分かった。

 

「すごい!すごいよ!!」

 

「可能性を信じたものたちに応えた結果だよ。君の可能性を信じるものたちはたくさん居るだろう?それに応えるのが、ウララ君の役目じゃないかな?」

 

「そうだね!わたし、頑張るよ!みんなが信じてくれるなら、きっと大丈夫だよね!」

 

「あぁ、そうさ。あと、トレーナー君はキミが思うよりずっと優秀だからね、ちゃんと言うことは聞くんだよ。」

 

 これは餞別さ、と言いながらもう一杯紅茶を淹れてくれた。とても暖かくて、飲んだら目の前がぱぁっと明るくなった気がした。

 

「ありがとう!変なお姉さん!」

「変なって……、あぁ、まだ名乗っていなかったね。」

 栗毛のお姉さんがゆっくりと口を開いた。少しだけ気恥ずかしいみたいだった。

 

「私の名前はアグネスタキオン、超光速の粒子。気軽にタキオンと呼んでくれたまえ。」

 

 夕焼けの中で聞いた名前を、たぶんわたしは一生忘れない。可能性を信じて走った、そのウマ娘の名前を。




「シャカールちゃんおまたせー!」
「おう…っておい体光ってるぞ!!だから飲むなってあれほど!!」

「大丈夫だよ。」
「ん…?」

「タキオンさんは悪いひとじゃないから。大丈夫だよ。」
「あー…まあ、そうだな違いねぇ」

 目の前が明るくなったのは、気のせいじゃなかった。でもおひさまみたいにポカポカして、あったかいからたぶん悪いことじゃないと思う。




「ウララさん!眩しくて寝れませんわ!!キングを寝不足にするおつもり!?」
 キングちゃんには怒られた

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