テレビをつけると、年末の大一番のレースがやっていた。トゥインクルシリーズはもう私には関係の無い出来事になってしまった。幸い脚の調子は良く、走ることに支障は無い。それだけでも奇跡のような出来事なのだが、欲は限りを知らない。叶わぬことであることは理解しているのだが、それでも私はトゥインクルシリーズを走りたいと思ってしまう。
青春とは春風のように暖かく、そして一瞬にして通り過ぎる。その真っ只中でただ枯れ落ちるだけの私をまた芽吹かせたのは他でもない私の可能性を信じた大バカ者達だった。
私のせいで、トゥインクルシリーズ、そしてトレセン学園は大きく変わった。
かつてから学園に存在した実力至上主義、レース至上主義は改められ、さまざまなウマ娘達が在籍することになった。その一例として挙げられるのが、かつてこのラボを訪れたハルウララだろう。
あの後、ハルウララは高知のローカルシリーズに出走し、振興に大きく関わった。1着は遠いものだったが、傾いた財政を立て直すという偉業を成し遂げてみせた。
ハルウララはこの年末のレースに出ている。中山芝2500m、彼女が苦手とする長距離レースだ。人気は最低の18番人気。勝つことは難しい。大変苦しい辛いレースになるだろう。だが、可能性が無いわけではない。記念出走などではない、彼女は本気で勝ちに行っている。
私は未だに可能性を信じてしまっている。その点では大バカ者であることに変わりはない。
たとえ大きく出遅れても、たとえ馬群から離れた最後方にとり残されても脚を止めない限り、可能性はその脚に満ちている。私がそうだったように、彼女も脚を止めることは決してない。絶対に勝てる勝負は無く、絶対に勝てない勝負も無いのだ。ただその足で可能性を追う。それだけだ。
かつて、わずか4度の戦いで神話になった者がいた。異次元から現れ、瞬く間に駆け、表舞台から姿を消した。ライバル達を絶望させ、見るものの目を眩ませる走りは、『超光速の粒子』と呼ばれていた。
だが、それは違う。ライバル達はその『超光速の粒子』を追い越さんとして駆けた。絶望などしていない。あり得たかもしれない「希望」となって未だここにある。異次元のものなどではない。勝利の可能性は自らの体に宿っているのだから。
レースは最終コーナーまで差し掛かった。
『中山の直線は短いぞ!!誰が抜け出すか!!!!』
実況のアナウンサーが叫ぶ。観客の歓声が、悲鳴が、どよめきが聞こえる。最後方から鬼気迫る追い込みをかける小さな影があった。遠心力に振られながらも大外につけ一気に駆け上がる。
私はその様子を見ながら紅茶を淹れる。温度は高ければ高いほうがいい。冬の加熱したレースにぴったりだ。茶菓子にはマドレーヌがある。
少しだけ、思い出したいことがあった。
『ありえないことが起きた!!!!!勝ったのは___』
見覚えのある顔が映る。涙を流しながらウマ娘と抱擁を交わしていた。その涙は皐月賞のころとは違う涙であった。
ドアをノックする音がした。私はどうぞ、と声をかける。いつしか私はラボを訪れた者に昔話をするのが日課となってしまった。
ひとりのウマ娘が立っていた。長い髪をふたつに縛り、ティアラのような髪飾りをしている。
「はじめて見る子だね。キミ、名前は?」
「はい!私の名前はダイワスカーレットです!1番を取りたくてトレセン学園に入学しました!」
彼女の髪は綺麗な栗毛をしている。
紅茶のような、夕焼けのようなその色は、どこか他人のような気がしなかった。
おしまい
完結です。
長々とした物語でしたが、お読みいただきありがとうございました。
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