リーパーは円卓で頬杖をついたまま、にんまりとご満悦な表情を浮かべていた。
彼女の目の前にあるのは巨大なパフェである。特大サイズのグラスの縁は花びらのように切り揃えられたフルーツで彩られ、中心にうず高く盛られた生クリームの上にはチェリーがちょこんとのっている。グラス越しには甘さの染み込んだスポンジとジェラードが何層も積み重なっているのが見える。
そんなパフェがあるというに、リーパーはスプーンの先でクリームをつつくだけで、なかなか口に運ぼうとはしなかった。
「リー子さん。早く食べないととけちゃいますよ?」
「はうぅぅぅん! そんなことはわかっているのだわ! だけどこんな綺麗なお菓子、もったいなくて食べれないのだわぁ!」
ベレーのような帽子に詰襟のついた上着をまとう紫髪紫眼の少女、ゾディアックに言われ、リーパーは駄々をこねるように顔を振ってわんわんと泣きわめいた。それにあわせて左右に結われた長髪までひらひらと揺れる。
リーパーは、目立つ。
とても、目立つ。
整った小顔といい、華奢な肩と胸元は染み一つない美肌である。そしてAラインドレスよりも少しばかり幅のあるゴシック風のスカート姿は、まるでどこかのお嬢様といったかんじだ。
「あ~ん! 嘆かわしいのだわ! こんな華美なモノを壊すなんて無理なのだわぁ!」
「そんなこと言っても……。そもそも注文したのリー子さんじゃないですか」
「あっ! そうだわゾディ! 閃いたのだわ! この美しさを保つ方法があったのだわ!」
「い、いちいち大声出さないで下さいっ。他の人が見てるじゃないですかっ」
辺りを憚るようにゾディアックは声を絞る。
ここは飛行都市マギニアに世界各地から集った武具屋が身を寄せ会う大通りから、さらに一本入った裏路地に面する小綺麗なオープンカフェだ。
開店したのはつい先日で、お店は大勢の客で賑わっている。エトリアからアイオリスまで古今東西の店が建ち並ぶこの一角でも、このカフェで提供されるフルーツパフェやパンケーキはとても珍しく、それにくわえて美味しいので今や市民だけでなく、冒険者までもが入り浸る人気店になっていたのだ。
リーパーたちも店の噂は聞いていたが、ここ数日は迷宮に潜りっぱなしだったので店の場所さえ知らなかったのだ。
見た目はともかく、彼女たちはマギニア屈指…………とまではいかないものの、中の上…………いや平均よりやや上ぐらいの実力をもつギルドのメンバーなのだ。
マギニアは、絶海の孤島にたたずむ世界樹の謎を解き明かす冒険者たちの暮らす飛行都市である。
世界樹への空路は数多の自然現象によって遮られているので地上からの探索が基本になっている。しかし、地上は地上でいくつもの迷宮が連なり、そこには凶悪な魔物まで生息している。これに対抗するため、冒険者たちはギルドというチームを組んで探索に向かうのだ。
探索方針は個々のギルドに一任されているが、とりわけ実力のあるギルドはマギニアの総司令であるペルセフォネ王女から直々に強制任務が下ることもある。
強制任務が与えられるのはせいぜい上から数えて十番内のギルドだが、今回はそこそこなレベルであるリーパーたちも含まれることになった。
任務の内容は、垂水ノ樹海での未確認生物の捜査であったが、結局どこかのギルドが捕獲したとのことで彼女たちは大した成果を上げることなく解放されたのだ。
そしてこれから休暇に入ろうという時に、風に漂う甘い香りに誘われるように偶然にカフェを見つけたというわけなのだ。
「どんな方法ですか?」
「聞いて驚くのだわ!」と、リーパーはふふんと鼻をならして平らな胸をはる。
「貴女の氷結術でこれを凍らせればいいのだわ! そうすればこの美しさを保ったまま、テイクアウトできるのだわ!」
「えっ!」
ゾディアックは、空気中にあるエーテルと呼ばれる粒子を独自の装置で火・氷・雷のいずれかに変換し攻撃エネルギーとして射出することができる。
属性攻撃という点は錬金術と似ているが、これは占星術から派生した秘術。なぜかというと、エーテルの発見者が古代の占星術師で、エーテルの量も月の満ち欠けや星の煌めきといった天文学的要素に左右されるので占星術と切っても切れない関係にあるからだ。
「ほらゾディ! さっさとやるのだわ!」
「そ、そんなしょうもない理由で占星術を使わせないで下さい!」
「なによそれ! 私のパフェへの想いをそんなふうに言うわけ? なによゾディ! もう絶交なのだわ!」
「私こそ! リー子さんとは絶交します!」
「おい二人とも、喧嘩はやめろ」
ふんっ! と、互いにそっぽを向く彼女たちに呼びかけたのは、同じ円卓に腰かける白髪の少年である。
二人の喧嘩を前にしながら、少年は静かにお茶をすすった。
彼も同じギルドに所属する冒険者。枯木のような細い体躯に、深紫色のヘソだしの衣を重ね着している。高く盛られた白髪がつり上がった片目を隠し、皮膚は緑がかった灰色をしている。
彼は名は、ミスティック。ウロビトという種族の少年であり、人間ではない。
ウロビトは、地中に眠る龍脈の力を引き当て、様々な効果を引き出す方陣――魔方陣とも――を地表に現出させる力をもつ種族だ。
「絶交ってことは、一生交流を絶つってことだ。二人とも、本当にそれでいいのか?」
言葉の重みを理解したのか、リーパーたちは気まずそうに眉根を寄せる。
しばしの沈黙の後、リーパーが口を開いた。
「ま、まぁ、ゾディがいいなら仲直りしてあげてもいいのだわ」
すると今度はゾディアックが遠慮がちに返答する。
「……私も、リー子さんが仲直りしたいならいいですよ」
「お詫びってわけじゃないけど、このパフェを分けてあげてもいいのだわ……」
「えぇ、いいんですか!」
「もちろんなのだわっ!」
ぱっと花が咲いたような笑顔でゾディアックが振り返る。リーパーも八重歯をあらわにしてスプーンを差し出すと、二人は同時にパフェをむさぼり始め、あっという間に平らげてしまった。
「ふぅ。美味しかった~。でも、ちょっと物足りないのだわ」
「それじゃ、私の頼んだパンケーキも半分こしましょう!」
「いいの? ありがとう! 嬉しいのだわ!」
「……お前らまだ食べる気か」
「当然ですよ! 甘いものは別腹ですから!」
「おい。全部甘いものだろ」
「それにしても、ゾディの注文だけ遅いのだわ。私のパフェと一緒に注文したのに……」
「もうすぐ届くと思うんですけど……。あっ、きまし――――た?」
突然ゾディアックの語尾がおかしくなる。その理由は他の二人からも見てとれた。
一人のウェイターがこの席に近づいている。皿にのっているのはゾディアックの頼んだパンケーキ。シロップをぬられたケーキがほかほかと湯気を立てている。
ところが、それを運んでいるウェイターの姿が妙なのである。背丈が赤ん坊ぐらいしかなく、両手で持った一枚の大皿を頭上にかかげて、よたよたとした頼りない足取りなのだ。
「あのウェイター、子供なのか?」
「ブラニー族なのかもしれないのだわ」
皿の陰に隠れてウェイターの顔は見えない。
と、そのとき横風にあおられてウェイターが姿勢を崩してしまった。普通の人間なら影響を受けない風量だが、小さなウェイターにとっては突風なみに強烈だったらしい。
ケーキが皿からずり落ちそうになり、バランスを保とうと踏ん張ろうとしたはずみで小石につまずき、ウェイターはその場で転んでしまった。「なっ!」
落下した皿は音をたてて割れ、皿にのっていたケーキが放物線をえがいてリーパーのスカートに命中。表面に塗られていたメープルシロップがべったりとはりついてしまった。
「ちょ! どうしてくれるのだ――――わ?」
声を荒らげるリーパーだったが、ウェイターの顔を見下ろすなり彼女は冷水を浴びたように硬直してしまった。
「すみませんですニャ!」
とび起きたウェイターがリーパーの前でひたすら頭を下げる。
リーパーだけでなく、ゾディアックとミスティックも目を丸くする。
なんとそのウェイターは、猫だったのである。
二本足で立ち、エプロンに頭巾までしているが、栗色の毛並みに肉球、ふりふり揺れる尻尾に頬のお髭と、誰がどう見ても猫なのだ。
「猫が、店員さん?」
「しかも喋っているのだわ」
そこへ、近くにいた人間の店員が駆け付けてきた。
「申し訳ありませんお客様! ほらっ、お前は箒を持ってきなさい! 誰かが怪我をしたらどうする!」
「はいですニャ店長さん! すぐに持ってきますニャ!」
猫は前足を地につけると、四足走行で店内のカウンターへ駆けていった。
「大変申し訳ございません。お代はけっこうですし、ドレスも弁償させていただきます」
「弁償なんていいのだわ。それより、あの猫は何者なのだわ?」
汚れを拭き取りながらリーパーが店長に訊いた。
冒険者とは、未開の地を探索する者。ときに、人語を話す亜人種との遭遇や、解明不能な原理の古代兵器を発見することもある。
しかし、人語を話し二本足で歩ける猫というのはこれまで見聞きしたことがなかった。
「あの猫ですが、路肩で『雇って下さい』と書いた看板を掲げていたのを見つけ、カフェの従業員として招いたのです。マギニアへは飼い主と来ていたらしいのですが、立ち寄った樹海で魔物に襲われて離れ離れになり、あの猫だけがたどり着けましたが、身銭も家もなく、当店で住み込みで働いているのです」
「なんだか可愛そうなのだわ……」
「もしかして、その飼い主さんは亡くなったのですか?」
「なんともいえないのです。衛士の捜査によると、襲撃現場に遺体は無かったようですが、三日以上の生存は困難とのことで既に捜査は打ち切られているのです」
「それじゃ、あの猫はこれからどうするんだ?」
「衛士による捜査が終わった以上、頼れるのはギルドしかなく、こうして依頼――クエスト――を発注する為の謝礼金を貯めている真っ最中なのです」
店長の言葉に三人は黙りこくる。ギルドへのクエスト発注も無料ではできない。謝礼金が相場よりも安ければ、引き受けてくれるギルドも限られるだろう。それに、引き受けてくれたからといって飼い主が見つかる保証はない。
飼い主が死亡していたり、受注したギルドの捜査が不十分であれば、あの猫の行為は報われなくなるのだ。
「店長さん、ただ今戻りましたニャ!」
自分よりも大きい掃除道具を抱き締めて猫が戻ってきた。
「誠に申し訳ないですニャ!」
店長に促されて再びリーパーに頭を下げると、猫は掃除を始める。ニャニャニャと鳴きながら両前足で箒を操り、ときどき前足で顔をこするのがなんとも猫らしい。
「健気な猫だな」
と、ミスティック。
ミスは多いらしいが仕事は一生懸命で、他の従業員とも仲良くやっているらしい。
かたくなに飼い主の無事を信じており、一日も早く再会できるように食費を削ってまでお金を貯めているというのだ。
「お待たせしました。ご注文のケーキでございます」
店長が代わりの品を運んできた。お詫びもこめられているのか、シロップやケーキのボリュームが増している。
「なんだか、逆に申し訳ないですね……」
「お代まで無料なんて、さすがに気が引けるのだわ」
「ミスティックさんも食べませんか?」
ミスティックはケーキに目もくれず、掃除中の猫を傍観していた。どこか老成した彼の眼差しには、哀れみの光が混じっている。
「あんた、犬よりも猫派なのだわ?」
「……そういう問題じゃない」
「やっぱり、あの猫さんのことが気になりますよね……」
またも横風に煽られて箒をひしとつかんで地面に身を屈める猫。常に高速で飛行しているわけではないが、蒼天に浮かぶマギニアは基本的に風が強いのだ。あの猫に粗相が多いのは体格だけでなく、住み慣れていない街だからという点もあるのだろう。はたして、あの猫が飼い主と再会できるのはいつになることか。
「あ、そうだ!」
突然、ゾディアックが手を打った。
ゾディアックはケーキを一枚自分の皿に移すと、掃除を終えた猫を呼びつけ差し出したのだ。
「いけません! お客様から料理をもらうなんてダメですニャ!」
口ではそう言っているものの、猫の喉はぐるぐると鳴っており、口元からは涎が溢れ出ている。
「猫さん。お金が必要なのはわかりますけど、ご飯はちゃんと食べなきゃダメですよ」
「そ、そんなこと言ってもですニャ…」
「なによっ。私のドレスを汚しておいたくせに、私たちの言うことがきけないわけ? 信じられないのだわ」
猫はしばらく迷っていたが、ついにケーキに前足を伸ばし、肉球で持ってむしゃむしゃと食べ始めた。できたてだったからか、湯気のせいで少しむせてもいた。
「ゆっくり食べて下さい」
他の従業員やお客に見つからないように、ゾディアックは猫の後ろにさりげなく椅子をずらした。他の二人も彼女にならって猫を囲むように椅子をずらす。
「ふふ。よっぽどお腹が空いていたんですね」
ゾディアックは猫の額を愛でるように撫でる。ふさふさの毛並みの中に、彼女の細い指が沈む。
猫は嬉そうに鳴き声を上げ、涙を浮かべながらケーキをむさぼっている。 空腹だったらしく、体格のわりに食べる勢いが凄まじい。
「私はゾディに賛成なのだわ!」
突然、リーパ―が声を張り上げた。
「えっ? 私、何も言っていませんけど?」
「この猫を助けたいって顔に書いてあるのだわ」
「ニャ? ほういうほほですニャ?」
ケーキをくわえながら猫がゾディアックを見上げた。
「僕も賛成だぞ、ゾディアック。俺達だけじゃない。事情を話せばレン兄も協力してくれるだろう。あとは、あのやかましいリーダーを納得させれば全員一致だ」
「ミスティックさんまで……」
「ねぇ、猫吉。飼い主とはぐれたって本当なのだわ?」
と、リーパーが訊いた。
「そうですニャ。旦那さんと翼竜で来る途中で落ちて、樹海でモンスターに襲われてバラバラになったのニャ」
この猫は飼い主を旦那さんと呼んでいるらしい。
それよりも、猫たちの移動方法を聞いて三人は耳を疑った。
「翼竜で移動? 気球艇じゃなくて?」
猫たちの世界では翼竜を飼い慣らし、その後ろ足に引っかけた縄につかまって移動しているらしい。
「はぐれた樹海はどんな所だった?」
「真っ赤なカバがいて、河の流れたところニャ」
どうやら垂水ノ樹海のようだ。
「そこなら私たちにとって庭みたいなもんなのだわ。飼い主の捜査なら任せない」
「ニャニャ! 僕の依頼を引き受けて下さるのニャ! 皆さんはギルドの人たちだったのニャ?」
「はい。メンバーは他に二人いるんです。レンジャーさんと、ヒーローさんです。私たち五人で、猫さんの旦那さんを探しに行きます」
「ありがとうございますニャ!」
「ですが、その為には猫さんの協力が不可欠です。飼い主さんの居場所を特定する為に、はぐれた時の状況や風景を詳しく教えてほしいんですが……。お仕事はいつ終わります?」
「お仕事が終わるのは夕方ニャから、時間がかかりますニャ。終わったら、僕が皆さんの暮らすギルドハウスに行くから、住所を教えてほしいニャ」
「住所を教えただけで本当に僕たちのところに来られるのか?」
ミスティックに指摘されて、猫は俯いた。
正直、住所を教えたところでこの猫が無事に来られるとは思えない。
「猫さん、夕方になったら私がお店に迎えに来ますよ。ご一緒しましょう」
「あ、ありがとうございますニャ! 冒険者さんって、とっても親切ニャ……!」
猫はうるうると瞳を潤ませ、こらえきれずに泣き出してしまった。
「もう。猫さんったら、泣かないで。まだ仕事中ですよ」
「ごめんなさいニャ! ええっと……」
猫はゾディアックを見上げて、戸惑うように首を傾げた。
「どうしました?」
「ゾディアックなのだわ。この子の名前はゾディアック」
猫は名前を訊こうとしていたのだった。
「ニャ! お嬢様はゾディアックさんニャ!」
「はい。よろしくお願いします」
「ゾディの優しさに感謝なさい。それで、私はリーパーで、そっちの即身仏みたいなのがミスティックなのだわ」
「そう。こっちの即身仏みたいなのが……って、誰が即身仏だ!」
「ゾディアックさん、リーパーさん、即身……。ミスティックさん。依頼を引き受けてくれてありがとニャ!」
「おい。今、即身仏って言おうとしたろ?」
「お礼のお金を貯める為に、夕方まで一生懸命働きますニャ!」
「あ、ちょっと待って!」
ぺこりと頭を下げて駆け出した猫を、ゾディアックが呼び止めた。
「猫さんのお名前は?」
猫はその場で小躍りするように跳びはねながら、名乗った。
「アイルーですニャ!」
「アイルーちゃん?」
「そうですニャ! 僕、アイルーニャ! よろしくですニャ!」
そう名乗ると、アイルーは尻尾をふりながら店内へと駆け込んでいった。