マックイーンという名の会話の潤滑油。
「よーし、それじゃあスズカ、音頭とってくれ」
「え、私がですか? あまりそういうのは得意じゃないのですが……」
俺から言うと嫌味になるからな。ばっさりと言っちゃっていいぞ。
「いえ、むしろ私が言った方が角が立つといいますか、問題になるような」
そっかぁ、ならしょうがないから俺がやるか。
「それでは、スカーレットとマックイーンが無敵のテイオーにボコボコにされた反省会&打ち上げを開始しまーす! カンパーイ!!」
「か、かんぱーい……」
おいおい、声出してくれたのはスズカだけか?こういうのは取りあえず場の勢いに流されておくのが大人ってもんらしいぞ?
「うるっさいわねぇ! イライラしてるんだから煽るんじゃないわよ! スズカ先輩、お肉取りに行きましょう、お肉! もう今日はカロリーも糖質も一切気にしませんから」
「ガツガツ……もちゃもちゃ……ごくん……ふぅ。落ち着きなさいスカーレットさん。敗北は私たちの力不足が原因。八つ当たりはみっともないですわよ。スズカさん、初っ端からデザートも行きましょう。体重計なんて踏み潰せば量りは動きませんわ」
……料理取ってくるの早いなマックイーン。あと、体重計に八つ当たりするのはやめなさい。彼らはただ己の仕事を忠実にこなして真実を伝えているだけなんだぞ。
「いいえ、絶対に私が乗った瞬間だけ量りの動きがおかしくなっていますわ。それか重力が増大している」
そんな都合のいい重力場があったらこえーよ。
「まぁ自棄食いは好きにさせておくとして、スズカも遠慮せず食べろよ。どうせバイキングで定額なんだ。食わなきゃ損だぞ。あのキャロットフォンデュとかいうのを試してくるか?」
トレセン学園から比較的近場にあるこのバイキングはウマ娘によく利用されているらしく、会場の中央にある噴水みたいな器具からは、ニンジンソースが噴き出していた。周りにはセロリやリンゴ、ベリー類が並んでいるが、アレ美味しいのかな……。
「あ、でしたら一緒に取りに行きましょう。あんなもの見るのは初めてなので、私も少しワクワクしています」
さっきから目線と耳が噴水をチラチラ見てるし、尻尾をブンブンしてるもんね。
「……ところでスカーレット君、マックイーン君。さっきからそのジト目はなにかね?」
敗北したにも関わらず、この俺が奢ってあげているのだよ。もっと嬉しそうにしなさい。
「この打ち上げはアタシたちを慰めるのが目的なんじゃないのかしら」
「なぜ、負けていないスズカさんの世話を焼いてますの。尽くす相手が違うのではなくって?」
いや、なんかお前らは勝手に諸々発散できてそうだったから、邪魔しちゃ悪いかなって……。
「優しい言葉の一つでも掛けなさいよ! 『たとえ負けたとしても俺の一番はお前だよ、スカーレット』とか!」
「そうですわそうですわ! 『これからは俺もメジロの一員としてお前を支えるよ、マックイーン』と言ってください!」
スカーレットはともかくマックイーン、そのボイスレコーダーを止めろ。言質取ってなにをするつもりなんだ。
「ふふ、二人とも負けてしまったことを申し訳なく思ってるから、素直になれないんですよ」
いや、相当素直に自分の欲望を口にしてないかこれ。バツが悪いのを隠すためにわざと変なことを言ってるってことか?
「私もテイオーさんの挑発に思うところはあります。敵討ちなんてつもりはないですけど、負けるわけにはいきません」
挑発って、アイツそんなことしてきたのか。ちなみになんて言ってきたんだ?
「内緒です。でも、気合は入りました。勝負を仕掛けてくるのは宝塚記念だそうですよ」
宝塚記念ね、まだ少し先の話だな。それにしても挑発、か。あまり嬉しい状況ではないな。
「私、飲み物を取りに行ってきますね。トレーナーさんもなにか飲みますか?」
悪いな、じゃあホットコーヒー頼めるか。
「はい、それじゃあいってきますね」
テイオーはスズカの弱点に気付いているのかもしれないな。
「随分と心配そうな顔してるじゃない。やっぱりスズカさんが負けるのは嫌なんだ」
「……お前やマックイーンと違って、あいつは負けを成長の糧にできない可能性があるからな」
あるいは今のテイオー相手なら、スズカも敗北からなにかを得られるかもしれないが。
「具体的に、なにを心配なさっているのかは話してくれませんの?」
「言っても構わないが、先に挑発の内容を教えてくれよ。俺の思い過ごしならそれでいい」
子供っぽく『次もボクが勝っちゃうもんねー』とかだったら気にする必要もないんだけどな。
「プライベートな内容も含まれるので少しボカしますが、要約すると『才能や努力に大きな差はない、ボクが勝てたことに明確な理由があるとするなら、それはレースに臨む気持ちの差だよ』というところですわね」
気持ちの差か。敗北のリスクを負ってまで不要なレースに出てくるだけの理由があったということなのだろうが、俺たちのチームをそこまで倒したいのだろうか。それとも無敗記録を伸ばすことを目標にしているのか?
「……一応言っておくけど、レースに臨む気持ちに無敗記録はあんまり関係ないわよ?」
だったら俺たちのチームに完勝することが最大の目的ってことになるか。そこまで敵視されるようなことしたかな。
「今後のために格付けをしておきたいのでしょう。あるいは、四人目になる権利を優先的に得るために他を牽制しているか」
格付けはともかく、四人目になるってなんだ。七冠ウマ娘って三人もいないよな?
「アンタは気にしなくて大丈夫よ。それよりも、スズカさんの弱点ってなんなのよ」
……チームメンバーには共有しておいてもいいか。
「スズカはデビュー以来不振が続いてたってことは知っているな? あれは逃げ以外の作戦を無理にこなそうとしたことが理由だったんだが、そもそもなぜ逃げ以外はダメだったのかって話でな。脚質に合わない? ポジション取りが苦手? 仕掛けるタイミングが分からない? ……結論を言うと、気が散って仕方がない、だ」
「気が散る、ですか?」
「ああ。先行、差し、追い込みといった作戦を使うウマ娘たちは、当然ながらレース中に様々な駆け引きを行っている。それを楽しめるやつなら良かったんだが、スズカは根本的に自分以外が周りにいる状況で走るって行為が好きになれなかったんだよ」
結果、本来の走りは失われ、本人はストレスを溜めながらも無理をするという悪循環が生まれたわけだ。逆に、自分の走り以外の全てを意識から排除している今は絶好調である。
「それとテイオーさんの挑発がどう関係してきますの? 結局は逃げを採用するのですから、スズカさんに影響はないのでは?」
「逃げ以外の作戦を取らせることじゃなく、少しでも自分を意識させることが目的だろう。一切眼中になくレースを進めればスズカが勝つ。だが、後ろからテイオーに迫られることを少しでも意識してしまえば、スズカの本来の走りは失われて……負けるだろうな」
その可能性を一%でも高めるための挑発ということなのだろう。
「小賢しい、ではなく強かと表現すべきなのでしょうね……」
はてさて、どうするべきかね。俺が気にするなと伝えても、余計に意識させる結果にしかならないだろうな。
「お待たせしました、トレーナーさん。コーヒー、どうぞ」
やべぇ、聞かれてたかな。
「テイオーさんの挑発のことなら大丈夫ですよ。意図は私も理解していますので」
それはつまり意識してしまっているってことで、喜ばしい状況ではないんだが。
「以前の私なら、テイオーさんの読み通りになったかもしれません。でも、今は違います。自分のスピード以外に意識する相手が一人から二人に増えるだけですし、その比重も大したものにはならないので問題ありませんよ」
……いつも通りの柔らかい微笑みなんだが、不思議と力強さを感じるな。周りを意識すると走りが崩れる癖を直せたとは聞いていなかったが。
「はぁー、お熱いことで。そうですよね。レース中もスピードの向こう側にいる誰かさんのことで頭一杯ですもんね。他のやつのこと考えてる隙間なんてないですもんね」
「レース勝負じゃなくて、待ってる人のところまで最速で駆けてるだけとか、ホント卑しいの極みですわ」
むむむ、普段からレース中に誰かのことを考えているということか。最近、特に仲が良いらしいスペシャルウィークのことだろうか?
「ですから、トレーナーさんはなにも気にしなくていいんです。いつも通り私の走りを見守っていてください」
しかしなぁ、仮にもトレーナーなのだから、なにも打開策を示せないのは如何なものか。
「なら、私がテイオーさんに勝てたらご褒美をください」
へぇ、スズカがそういう欲を表に出してくるのは珍しいな。
「まぁ、俺にできることならしてやるけど……」
ピッ
「……おい、今の音はなんだ」
「ボイスレコーダーの録音を停止した音ですわ。言質取りましたわ」
俺、さっき止めろって言ったよね。言うこと聞かない悪いウマ娘には容赦しないよ?
「そんなことよりトレーナーさん、この約束はもちろん我々にも有効ですわよね?」
そりゃあスズカだけ贔屓はしないけど、これテイオーに勝ったご褒美って話だぞ。
「ええ、なにもスズカさんと決着がつくまで待っている必要はありませんもの。天皇賞(春)でも安田記念でも構いません。リベンジします。ご褒美、覚悟しておいてくださいね」
顔のいいコイツが据わった目で首をゴキゴキ鳴らしてるとマジで迫力あるな。あと、なんで俺が覚悟する必要があるんだよ。テイオーじゃないのかよ。
「なにも難しいことはありませんわよ。ちょっと目をつむってハンコを押していただくだけです」
それ裏稼業のやり口じゃねーか!
「あっ、マックイーンだけズルい! あたしもリベンジするわよ! ヴィクトリアマイルに出てこないか調べておいてトレーナー! 私はちょっと指に着けるアクセサリー買ってくれるだけで構わないわ」
妙に具体的だなぁ、おい。
「もう、二人とも私がトレーナーさんに取り付けた約束なのに! それと強引なやり方はダメですからね!」
なんだかよく分からんが、二人の調子も戻ったみたいだし、スズカは勝つ自信があるようだ。なら、俺は黙ってできる限りの環境を整えるようにしますかね。
年齢で出走制限があるレースってウマ娘だと、どうなってるんだろう。
デビューからの年数で一回しか出られないんだろうか。