これだけは真実を伝えたかった。
まだマックイーンが天皇賞(春)で負けた訳じゃないから(震え声)
俺は馬券外したけど。
勘違いしても仕方のない書き方だったので、後でちょろっと内容追記しておきますね。
「こうやってあなたと食事をするのも、なんだか久しぶりな気がしますね」
「最近は俺もお前もトレーナーとしては順調だったからな。その分、忙しくて時間に追われていたが」
「ふふ、そんなこと言って、時間があっても自分のトレーニングに使うくせに」
そういって葵は可笑しそうにクスクスと笑った。代々優秀なトレーナーを輩出してきた名家である桐生院家の人間だけあって、仕草も上品なものだ。
「それで今日はいったいどうしたんですか? トレーナー白書で解決できないことが起きたんですよね」
トレーナー白書というのは桐生院家のノウハウが記された秘蔵の指南書だ。出会った当初の葵が割とポンコツだったから、ファミ通の攻略本くらいの内容かと思ってたんだが、読ませてもらうと非常に有用なことが多く書かれていた。どうやら本に問題があったのではなく、箱入り娘だったが故に人間関係で空回りをしていたらしい。今更だけど、相談相手として全然適切じゃないな。
「俺はお前と違って中身を全て暗記しているわけじゃないから断言はできないがな。スキャナーで取り込むかスマホで写真撮らせてくれるだけでよかったのに、本そのものを貰って本当に良かったのか?」
「はい、私があなたに貰ってほしいと思ったからそれでいいんです。でも、写真はともかくスキャナーのために裁断するのは絶対にダメですからね」
まぁ、さすがに厚意で貰った人様の家の大切な本を裁断はできんな。
「ミークもせっかくの休日だってのに付き合わせて悪かったな。礼と言ってはなんだが、好きなだけ食べてくれよ」
「……気にしなくていいです。一緒にいるのは、楽しいから……」
相変わらず表情から内面の読めないやつだが、こちらに気を遣っているということもなさそうだ。
「そう言ってくれると俺も気が楽になるよ。……さて、早速本題に入ろう。簡単に話すと、担当外のウマ娘とはどこまで仲良くしていいのか悩んでいてな」
「担当外、ですか。なるほど、大体のことは分かりました」
え、早くない?苦手分野じゃないのか。
「優秀なトレーナーの元には多くのウマ娘が集まるものです。ですが、トレーナー側のキャパシティも無限ではありません。心苦しいことですが、取捨選択が必要になるのは仕方のない話です」
なるほどな。俺とコイツはまだ中堅とも言えない程度の経歴しかないが、桐生院の歴代にはそれこそ何十年と務めた人たちも居たはずだ。当然、ウマ娘が求めてくる全てを受け入れられない事態に遭遇した経験もあるか。
「ですので、結論としては断る以外にありません。私も人付き合いが下手なので偉そうには言えませんが、これは人間とかウマ娘に関係のない話です。大切なのはどう断るかですね。それが原因で相手の調子が崩れてしまえば、あなたは気にせずにはいられないでしょう?」
「い、いや? べ、別に憎き怨敵であるウマ娘たちが調子を崩して不幸になったところで、飯が旨くて気分も爽快なハッピーミーク状態になるだけだが?」
「ぜったいに無理。……わるいことしたなって落ち込んで、けっきょくそのウマ娘をうけいれる。女に騙される、典型的なダメ男」
ちょっと待ってミークさん。いま君、俺のことダメ男って言った?
「……いってない。拗らせた卑屈野郎が、さっさと腹を決めろだなんておもってない」
君、俺のことをそんな風に思ってたの!?卑屈じゃねないからね、世の常識に対して反抗心ばりばりだからね?
「ミーク!? そんなことを言ったら失礼でしょう。すみません、あなたとは仲良くしてもらっているから、つい言いすぎてしまうみたいで」
ま、まぁ子供のすることだし。大人の余裕を持って接するけどもね。ちょっとその評価は認めがたいかな。
「……ごめんなさい。さいきん、疲れていて。もう誰でもいいからさっさとゴールしろって思って言いすぎました。うちのトレーナーとかどうですか? 実家の太さだけはありますよ?」
ちょっと俺のなかでミークのキャラが分からなくなってきたんだけど。もしかして葵の人付き合いが下手なんじゃなくて、ミークの難易度が高かっただけじゃないかこれ。俺も上手くやれる自信なくなってきたわ。
「こほん、話が脱線しましたね。本題に戻りましょう。自身の許容量を超えると判断した場合にどう断るかです。ミーク、私の魅力が実家しかないかのような言い方はやめてくださいね?」
そうだった、それを話に来たんだよ。ミークの知られざる一面を発掘に来た訳じゃない。
「変に濁しても尾を引くだけですから、担当になることについては、はっきりと断るのが一番でしょうね」
「いや、それは何度も断ってはいるんだけどな。今回はウマ娘から泊りがけの旅行で遊園地に誘われたんだ。理屈で説明して断っても納得してくれなくて困ってる」
「……なるほど、既成事実。軟弱野郎の逃げ道をふさぐフィニッシュブロー」
あの、ミークさん。申し訳ないんだけど、もう少し発言に手心を加えていただけないですかね。ちょっと泣きそうなんですけど。
「ごめんなさいごめんなさい! ミーク、今日はどうしちゃったの!? そんなズバズバと物を言うウマ娘じゃなかったでしょう、あなた」
「……こういう手合いはいっぺん自覚させたほうがいい。後で余計にめんどうな事態になる。収拾を付ける方の身にもなってほしい」
俺はミークがどの目線から話してるのか分かんなくなってきたよ。
「と、とにかくですね。担当外のウマ娘と外泊というのはさすがに外聞がよろしくないです。無難に乗り切るなら、二人だけでは行かないとかでしょうか」
なるほど……、確かにそれはありだな。テイオーと泊りがけで遊園地に行くという約束ではあるが、二人だけでとは言っていない。マックイーンが負ける前提の話だから、アイツは一緒に連れて行けないかもしれないが、他二人ならいいか?最悪の場合はルドルフを誘えばテイオーも文句言わないだろ。
「素晴らしいアイディアだぞ、桐生院! いやー、やはり持つべきは頼りになる同期だな!」
「た、ただのアドバイスでそんなに褒められると照れてしまいますね。ですが、私もミークとのことであなたに散々お世話になりましたから。力になれるのなら嬉しいです。いつでも頼ってきてくださいね」
正直、今日のミークを見てると俺のアドバイスはなんの役にも立ってなかったんじゃないかと思うけどな。
「本当にありがとうな。これは食事を奢ったくらいじゃ恩を返しきれないな。なにか俺にできることがあれば、そっちも遠慮なく言ってくれよ?」
「あ、その、でしたら、私も遊園地に行ってみたいです。お恥ずかしながら一度も行った経験がなくて、どうやって楽しめばいいのかも分かってなくて……」
なんだそんなことか! そうだな、スケジュール見合わせて空いてる時にでも行ってみるか!
「…………はぁー、ほんと疲れる」
桐生院 葵:
天然にして魔性。発言に悪意や裏は一切ない。
トレーナーのことは良き友人にして好敵手と思っており、公私ともに仲良し。
卑しさなんて欠片もない真のお嬢様。
トレーナーとして成長して一皮剝けたので、最近実家からは孫の顔が見たいと言われている。
ハッピーミーク:
レース外でも様々な事態を乗り越え、心身ともに逞しくなった。口は悪くなった。
桐生院の微妙なポンコツさは理解しているので、同期のコイツとくっ付いて面倒を見てもらえると助かるなと思っていたが、付随する面倒事のせいでため息をつくことが多い。
もちろん強い。