「どうしよっか……」
「どうしましょうね……」
想定外のトレーナーの好みを聞いてしまい、急遽スズカさんと対策を練ることにした。気分を上げるために、はちみーを買って食堂に来たんだけどショックであんまり味がしない……。
まさか勝つのがダメなんて聞いてないよ。いま、ボク五冠だっけ。天皇賞(春)どうしよう……。遊園地デートしたかったけど、トータルで後退しちゃうんじゃ意味ないじゃんかー。
「そういえばスズカさん、最近トレーナーとマックイーンの行動が変な感じだったけどさ。チームでなにかあったの?」
チーム全員に言えるのだが、最近妙な行動が多かった。なにか人間関係に変化が出たのかと注視していたんだけど、マックイーンがなんかもう凄い。気合い入れてトレーニングしてるのはボクにリベンジしたいからだろうけど、それにしても追いつめ方が尋常ではない。まるで負ければ死が待っていると言わんばかりだ。スズカさんとスカーレットも勝敗とは別に強い決意のようなものが見受けられた。
「……実は、テイオーさんに勝ったらトレーナーさんがご褒美をくれると言ったんです。ですので、もう囲ってしまおうかと」
あー、なるほどね。ボクに勝ったご褒美でねー……。
「って、ズルじゃんそれ! トレーナーの気持ちを無視して強引なことするのはダメって決めたじゃん!」
本当に油断ならない。だから三人ともあんなに気合いが入っていたのか。
「そういうテイオーさんこそ、なにか隠しているでしょう。気が逸ってスペちゃんに尋問してしまったけど、外泊云々という話にはテイオーさんが関わっているのでは?」
……うっ。
「いやぁ、実は話の流れで天皇賞(春)勝てたら泊りがけで有名なほうの遊園地に連れて行ってくれる約束をしてたんだよねぇ」
はぁ……。夜はトレーナーの部屋に突撃する予定だったんだけどなぁ。
「どの口でズルとか言ってるんですか。トレーナーさんに前科が付くのでやめてください」
「別になにもしないよー。ちょっとベッドに潜り込んで添い寝してもらうだけ。ほら、ボクって今すごく幸せなんだけど、ふとした拍子に怪我した時の恐怖がフラッシュバックしてーとか理由もちゃんと付けるからさ」
実際、そうなったこともある。無敗の三冠以降、無敵街道を驀進しているボクだが、怪我が再発しない保証なんてどこにもないのだ。骨折ではないとしても、競技生活を諦めざるを得ない障害が起きるかもしれない。そう考えると怖くて眠れない夜もあったりしたのだが……。
「うーん、これだとレース外でもさらに無敵になっちゃうかもなぁ。絶望的な病気や怪我しても、そこから這い上がることを諦めさえしなければ、トレーナーは絶対に手を差し伸べてくれるって分かっちゃったし」
「恐ろしいほど前向きな思考ですね。さすがに私は走れなくなるのは嫌です。それにしても、"無敵"のテイオーの根幹を成している精神性がどこから来ているのか不思議でしたが、骨折したときにトレーナーさんとなにかあった訳ですね」
あれ、スズカさんてボクとトレーナーの馴れ初めのこと知らなかったんだ。自分で言うのもなんだけど、しつこく付き纏ってるの見てるし経緯は本人から聞いてるものだと思ってた。
「馴れ初めって言い方やめてくれませんか。まだ馴れも初めもないですよね。……何度も聞いたんですけど、頑として話してはくれませんでした。だから私たちは弱みを握られているんだと思っていたんですが、違ったようで一安心です」
いや、まぁ手紙っていう黒歴史は握ってるんだけどね。これトレーナーも知らないし、リーサルウェポンだから黙っとこ。
「そんなことより問題はトレーナーの好みのタイプだよ! あれってボクたち完全に圏外じゃん!」
ボクもスズカさんも、チャレンジャーというよりはラスボスのポジションだ。挑んできた数多のウマ娘たちを打ち倒している。心を圧し折る側というのはトレーナー的になし寄りのなしだろう。ていうか、折れても諦めない子が好きって女の子の趣味としては割とアブノーマルだよね。
「チームのトレーナーを続けてくれているから、てっきり強いウマ娘は好きだと思っていたのだけど、どういう心境で担当してくれていたのかしら」
確かに、ときどき黒いものが零れ出ることはあっても、態度としてはしっかり傍で面倒を見ていたように思う。
「やっぱり正攻法じゃ厳しいのかな。でもボク、お色気路線とか致命的に向いてないんだよねー」
勝負服が二着もあるのにどっちも少年成分が増しちゃってるじゃん。もっとこう、スカーレットみたいなドーンッて感じで自己主張するのにした方が良かったかな。
「私が言えたことではないですが、自己主張するほどのモノがないのでは。あとビヨンド・ザ・ホライズンはベタ褒めしてましたよ。最高にカッコいいって」
え、うそでしょ。……もう、これからはそっち一本でいこうかな。
「目を輝かせて『戦隊のレッドみてー。やっぱテイオーって主人公属性だよな』って嬉しそうに言ってましたよ。女の子として見られているのかは甚だ疑問だけど」
がっくし。褒められるのは嬉しいけど、そうじゃないんだよねぇ。
「実際、お色気路線ってどうなんだろうね。ボクたちがって意味じゃなくて、他の娘がやったときの脅威って意味でさ」
「スカーレットちゃんがトレーニング後に目の前でジャージの上着をガバッと脱いで反応を確認してみたことはあるんですが、梨の礫でしたね。それはもう、私とマックイーンさんがやったのと一切反応が変わらなかったので、本人もちょっとショック受けてました」
あの属性モリモリのスカーレットでもダメなんだ……。
「トレーナーさんがウマ娘にレースで勝って夢を叶えることで、コンプレックスを払拭できれば一番なんですが……」
「それってさぁ、うまぴょいのライブしたいって言ってるやつだよね? URAで優勝するってことになるんだけど本気なの?」
出走できないでしょって問題は置いておくとしても、距離によってはボクかスズカさんが相手の可能性もあるし、他の距離だって間違いなくトレセン学園が誇る最強たちの競う場になる。ヒトが付いてこられるものになる訳もない。
「ファル子先輩の出ない距離のダートなら……いえ、無理でしょうね」
芝に比べてレベルが落ちるって言っても、上澄みのなかでは下の方ってだけだもんねー。
「ぶっちゃけ、トレセン学園のウマ娘とか変に相手を限定しなければ勝負にはなるよね。ウララとは最近走ってないんだっけ?」
「そうみたいですね。それこそレースに携わってないウマ娘相手なら、駆け引き次第でどうにでもなると思いますよ」
プライドをどうにかできればと思わなくもないけど、ボクたちだってレースに勝ったあとのライブを特別なモノだと考えてるんだから、やっぱり無理なのかなー。
「これについてはトレーナーさんを信じるしかありません。無理なら無理で、その時に優しく慰めて依存させればいいだけです」
……スカーレットはボクのことを湿っぽくなったって言ってたけど、自分たちも大概だって全く気付いてないよね。
「あー、もう! 悩んでいたって結論はでないよね! よし、すっぱりと切り替えて天皇賞(春)で勝つ! あとはホテルの部屋に忍び込んでから考えればいいや!」
こっそり添い寝すれば、向こうが勘違いして責任取ってくれるかもしれないからね!
「そんなことを見過ごすわけないでしょう! 私も自費でついていきますから!」
「成果に対する正当な報酬なんだから邪魔しないでよ!」
「嫌です! 私もトレーナーさんと遊園地行きたいです! 絶叫マシーンとか乗ってきゃあきゃあ言いたいです!」
ちょっとキャラ壊れ気味だし、行きたいなら自分でレースに勝ってご褒美にお願いしてよ!?
「私は宝塚記念でテイオーさんに勝ったらトレーナーさんとの終の棲家を買ってもらうので無理です」
……スズカさん、ちょっといまから体育館の裏いこうか?
ブライアンは我慢するんだ。
エイシンフラッシュかマンハッタンカフェが来るまでは耐えるんだ。
……でもサポカ10連くらいならいいかな。