「ふぅ、ごちそうさま。やっぱり心を落ち着けたいときはブラックコーヒーに限るな」
「お粗末様でした。……まぁ、気が向いたらまた淹れてあげます」
そう言ってマンハッタンカフェは、自分のカップに入ったコーヒーを飲み干した。……こうやって、定期的にコーヒーをご馳走してもらう習慣ができたのは何時からだっただろうか。
「やはり慣れませんね。あなたの周りは騒がしいことが多いのに、コーヒーを飲んでいるあいだはとても静かです」
そりゃあ、騒いでいるのは俺じゃなくてウマ娘たちだからな。一人で居るときの俺は静謐を好むダンディな大人なんだよ。
「静謐を好むダンディな大人はうまぴょい伝説のライブを夢として掲げないと思うのですが。静かな場所を好む私としては非常に同意し難いです」
あっ、ふーん。カフェはそういうこと言うんだ。
「なんですか、その反応は……。私はあなたの傍に居るウマ娘と違って、バカ騒ぎには乗りませんよ」
「ここにダンスルームでうまぴょい伝説の振付を練習しているカフェを撮影した映像があります」
「なんでそんなものがあるんですかっ!!」
振付チェック用のカメラが電源入りっぱなしだったみたいでなぁ。偶々つぎに部屋を使用したのが俺だったのだ。
「別になにも変じゃないよ? URAを優勝したときのライブ曲を練習することは、トレセン学園の生徒なら当然と言ってもいいからね。いつもは澄まし顔で馴れ合いを好まないカフェ君が満面の笑顔で踊っていても全然普通だよね」
ただお兄さんね、夢を持つことにウマ娘とかヒトとか男女の差とかを持ち出すのは感心しないなって思うんですよ。
「仮にもトレーナーの職に就いているものが、ウマ娘に脅迫紛いの行動を取るのはいいんですかっ……!」
「脅迫なんてしていないだろう。カフェが恥ずかしがりそうな映像を入手してしまったから本人に渡そうとしていたら、なにやら悲しいことを言われてショックを受けているだけだよ。ショックのあまり、この後どんな行動を取ってしまうか分からんがな!」
ほら、見てみろよこのチュウ顔を。こんな映像が流出してしまったら、あっという間にファンが三十二万人超えちゃうよ。
「この卑劣漢っ! ……訂正します。静謐を好むダンディな大人もうまぴょいライブを夢見ます。これでいいでしょう」
分かり合えたようでなによりである。これが相互理解というやつなのだろう。取り敢えず、いま持ってる映像データは渡してあげよう。コピーも取ってるし。
「普段ならこういう時は教えてくれるのにどうして……」
例の"お友達"と呼ばれている存在のことだろうか。なんか今もそっぽ向いてるような感じがするな。
「……前々から不思議だったんですが、もしかして見えているんですか?」
いや全く。なんとなくそんな気がするだけの当てずっぽうだけど。
「見えてるわけでもないのに、あの子の存在を疑わないヒトはとても珍しいです。……不気味ではないのですか?」
不気味ねぇ。そういえばウマ娘もお化けを怖がったりするんだよな。心霊現象が怖いことに身体能力は関係ないってことなんだろうか。
「スピリチュアルな存在って意味ではウマ娘もなかなかのもんだからなぁ。俺は変な幻覚とかもしょっちゅう見てるし」
あれ、なんなのだろうか。精神的なもんが影響してるのかな。
「幻覚って、それは大丈夫なんですか? 疲れているのなら休んだ方がいいですよ」
なんだかんだとカフェは優しいな。幻覚と言っても体の変調とかはないから心配いらないよ。
「この前はレース中にいきなりマックイーンが紅茶飲み出したから、目ん玉飛び出そうになったけどな」
なんでアイツはレース中なのに優雅に茶をしばきだしたのだろうか。しかもそのままテイオーに負けるし。
「レース中にお茶? そんなわけが……いえ、だからこそ幻覚なんですね」
うーん、そうとしか言えないんだよな。どっかの屋敷みたいな場所だったけど、あれメジロ邸なんだろうか。今度行って確認してみようかな。
「幻覚の内容なんてよく詳細に覚えていますね。白昼夢のようなものでしょう?」
一回だけならすぐ忘れるんだろうけどな。レースの度に見てる気がするからなぁ。
「私が言うのもなんですけど、なにか良くないものに憑りつかれているのではないですか」
「憑りつかれているとすれば、レースで勝てずライブもできなかったウマ娘たちの怨念かもな」
まぁ、俺に憑りつくくらいならもっとマシな相手がいくらでもいるだろうけど。
「……その幻覚、他にはどういったものが見えるんですか」
あれ、カフェ興味あるのか。カッコいいのからヘンテコなのまで色々あるぞ。
「私は別に……。ただ、あの子がなにやら興味があるみたいで」
ああ……たしかにこっちを向いてるな。
「だからなんで分かるんですか……」
「視線は感じるからな。……そうだなぁ、分かりやすいのだと、スペはいきなり夜空の見える草原で勝負服に変身するな」
「さすがにレース中に服装が変わるのはおかしいでしょ……」
幻覚だしな。カフェはともかく"お友達"の食いつきがかなり良さそうだけど、スペになにか思うところがあるのだろうか。
「むっ……」
なぜカフェはこっちを睨んでくるんだ。
「この話は終わりです。トレーナーが担当ウマ娘のレース中に幻覚を見てるなんて良いことだとは思えません。早く部屋に帰って休んでください」
たしかに、もう門限が近いな。リラックスタイムにお邪魔させてもらって悪かった。相手するのが面倒なら断ってくれても構わないからな?
「節度を守ってもらえるのなら、断るほどの手間でもありません。……そういえば、聞いたことがありませんでしたね」
「……? なんの話だ?」
「コーヒーの好みです。豆の種類だけでなく、煎り具合や挽き方でも色々と味が変化しますから」
飲ませてもらってる立場でどうこう言うつもりはなかったんだが。
「そうだな、酸味が強いのは苦手かなぁ。ビターテイストって言えばいいのか、苦味が感じられるのが好きだ」
インスタントコーヒーばかり飲んでるから、語れるほど味に詳しいわけじゃないけどな。
「……そうですか。私とは好みが異なるみたいですね。まぁ、偶には趣向を変えてみるのもいいでしょう。次までに用意しておきます」
カフェのコーヒーの好みを隅々まで知りたいので早くプレイアブル化してほしい。