ネイチャみたいなガードが甘くなる相手だとこうなる。
「お、おいっす~。ナイスネイチャで〜す」
チームのオフ日。みっちりと自分のトレーニングをこなした後、汗を流し終えて自室で寛いでいると呼び鈴が鳴った。
はて、通販でなにか買っていただろうかとドアを開けてみると、気恥ずかしそうにネイチャが手を上げて挨拶してきた。
「俺の部屋を訪ねてくるなんてどうしたんだ? 担当トレーナーが留守だったからなにか預かって欲しいとかか?」
ネイチャはチーム外のウマ娘としてはかなり交友のある相手だが、今まで部屋に来たことはなかったはずだ。担当トレーナーは同じ寮の別階に住んでいると聞いた覚えがあるから、そちらに用事があったのだろう。
「いや〜、今回はちょっと別件でして。時間もあれなので単刀直入に言うとですね、毎度申し訳ないんですがコレを試食してもらえないかなと」
そういってネイチャが差し出して来たのは、料理が入ったタッパだった。完全に予想が外れた訳だが、これは?
「牛スジの煮込み。頑張って作ったのはいいんだけど味にイマイチ自信が持てなくてですね、品評をお願いしたく」
おー、そういえば前にもこんなことあったな。
「別に申し訳なく思わなくても、ネイチャの料理はどれも旨いから大歓迎だけどな。でも、また俺が相手でいいのか? 練習台にしても色んなやつに食べてもらった方がヒントは多く得られるんじゃないか」
前回は作り過ぎちゃったから食べて欲しいと昼食時にトレーナー室に持ってきてくれたのだったか。そんなベタなことするやつ居らんやろと詳しく聞いてみたところ、自分とこのトレーナーに食べてもらいたくて作ったと言っていた。
しかし、作ったはいいが味に自信が持てず味見役として白羽の矢が立ったのが俺だった。
「ん? んー、トレーナーさん以外のヒトに食べてもらうことはあんまりないかな。それなりに量を食べるヒトじゃないと迷惑掛けちゃうだろうから」
まぁ、俺よりカロリー消費の激しい生活してるトレーナーはいないだろうけど。
「前回も思ったけど、あのレベルが作れるならそのまま渡しても大丈夫じゃないか?」
この前は豚の生姜焼きだったが、あれも大変美味しくてご飯が進んだ。
「そうストレートに褒められると照れちゃいますねぇ。でもほら、年齢が近いヒトに食べてもらった方が色々と参考になるかなと」
確かに年頃でアスリートみたいな生活してるウマ娘とトレーナーの職に就いてるやつじゃ好みの味が違うってのはあるかもな。
「そんじゃ有難くいただくわ。貰うだけってのも悪いし、少し部屋に上がっていくか? コーヒーと茶菓子くらいなら出すぞ」
主にマックイーンのために菓子類は充実させてある。
「え!? いやぁそれは逆にこっちが気を遣わせたみたいで悪いといいますか、あーでもちょこっとだけ入らさせてもらおうかなー」
気にせずどうぞ。手料理とは比べるべくもない礼だ。
「へー、男のヒトの部屋ってもっと汚れてるかと思ってたけど、割と綺麗にしてるじゃん」
目に見える範疇だけで、粗探しされるとポロポロ出てくるだろうけどな。エアグルーヴ辺りから見れば上辺だけ取り繕ってるようにしか思えないだろう。
「そこで諦めて汚れてもいいやにしないとこが高ポイントなんですよっと。わっ、このソファ結構質の良いやつじゃない?」
俺だけしか使わない家具ならどうでもいいんだけど、ときどきアイツらも使うから安物すぎるのもな。
「あー、やっぱりチームの娘たちは頻繁に部屋にくる感じなんだ?」
頻繁と言っても月に一回あるかどうかだけどな。ほぼ毎日トレーナー室で会ってるからこの部屋に来る必要性ってあんまりないし。
「ふ、ふーん。迷惑じゃなければでいいんだけどさ、ちょっと部屋の間取りとか見させてもらってもいいかな」
間取り? 別に構わないが、そんなこと知ってどうするんだ?
「えっと、そのですね、あたしのトレーナーの誕生日が近くてですね。インテリアとか小物をプレゼントしようと思ってるんですが、その参考になるかなーなんて」
なるほど。贈り物をする相手の部屋をあまりジロジロと見て回るわけにはいかないか。
それにしても、手料理に部屋に置くプレゼントねぇ。
ネイチャって自分とこのトレーナーを恋愛対象として見てるんだろうか。在学中に関係性を進めるのは危険極まりないが、然るべき年齢になるまで待つというのなら外野がどうこう言うことでもない。
長い歴史のなかではトレーナーとウマ娘が結ばれた例なんぞ数知れず。お熱いことだ。
「まぁ、ネイチャくらい気立てがいい女の子が自分に想いを寄せてくれてるってんなら、トレーナーも嬉しいだろうな」
これでウマ娘じゃなきゃ言うことなしなんだが。
「うぇっ!? ちょちょいきなり何言ってんのトレーナーさん!」
はは、恥ずかしがるでない思春期少女よ。俺は察しがいい大人なのだ。
「そういうことなら協力してあげようではないか。門限までは存分に見ていくといい」
俺のチームにはレースバカとスイーツしか居ないが、アイツら恋愛とかしないんだろうか。学園に同年代の男性はいないし、二人はまだ中学生だから早いか?
「へ、へぇー。いま協力してくれるって言いましたよねぇ。た、例えばなんですがこれからも部屋にお邪魔させてもらえたり?」
不在のことが多いけど、居る時なら事前に言ってもらえれば構わんぞ。なんの面白みもない普通の部屋だが。
「ほー、へー、ふーん。タダで協力してもらうのも悪いし? これからもちょくちょく手料理を持ってきてあげるようにしましょうかねー」
いや、それだと今度はこっちが貰いすぎだろ。食うのに困ってるわけじゃないし気にしなくても大丈夫だぞ。
「いやいや、担当でもないトレーナーさんのお世話になるのに手土産もなしってんじゃ、ネイチャさんの沽券に関わりますからね。その辺りはしっかりやらせてもらいますとも」
いやいやいや、部屋見せるのに対価なんて貰えないから。気軽に手ぶらで来ていいって。
「それはちょっと聞けない話ですねぇ。あ、そろそろ門限だからあたしはこれで失礼しますねー。ネイチャさんはレパートリー豊富だからリクエストも聞きますんで、遠慮なく言ってよね」
あ、おい……門限にはまだ余裕あるのに、走って出ていかなくても。
「…………ねぇ、今の会話なに?」
んあ?
「テイオー……?」
ネイチャが走って寮から出ていくのをドアの前で見送っていると、隣から声を掛けられた。
振り向くとテイオーがフラフラしながら立っていたのだが、俯いていて表情が見えず、なんだか幽霊みたいで怖い。
「え、いやお前なにしてんの? なんでそんなとこに居るの?」
「遠征から帰ってきてボクのトレーナーの部屋で軽く打合せしてたんだよ。帰ろうとしてたらネイチャとの会話が聞こえてきたんだけど……ねぇ、なんなのあれ」
いや、なんなのも何もそのまんまだが。
「ネイチャって自分のトレーナーのこと恋愛的な意味で好いてるみたいなんだよ。俺も世話になったし、軽くなら協力してやろうかと思ってな」
全然もらってるもんと対価が釣り合ってない気もするが、ネイチャが納得してるんならしょうがないか。
「そんなわけないじゃん! トレーナーはあの毒婦に騙されてるよ! もう絶対に部屋に上げちゃダメだからね!」
おいおい、毒婦って。同期の切磋琢磨するライバルをそんな風に言うもんじゃないぞ。
「そもそも騙すってなんだよ。何回も手料理作って誕生日のプレゼントまでしっかりと考えてるんだぜ。これはもう惚れてるだろ」
ネイチャのトレーナーって直接会ったことない気がするけど、どんなタイプの男なんだろうか。
「この朴念仁! 鈍感ニブチン野郎! レースバカ! なんでこんな時だけガードが緩いのさ! ボクは一度も部屋に上げてくれたことないくせにぃ!」
なんで急に罵倒され始めたんだ。鈍いとかガードが緩いとか訳分からんのだが。
「だってネイチャのトレーナーって、女のヒトじゃん!」
……………………そうなの?
このネイチャが卑しいナイスネイチャか、卑しくないグッドネイチャかは読者諸兄の判断に委ねたいとおもふ。