今日はイタ飯食べに行くか。
「勝負服を作ろうと思う」
「……?」
「なにいきなり言い出すのよ」
「勝負服を! 作ろうと思う!」
そのピコピコしてる愛らしい耳は飾りか。ちゃんと聞いておけよ。
「デッカイ声で言わなくても聞こえてるわよ! 私もスズカさんも勝負服持ってるじゃない。二着目ってこと?」
なにを厚かましい勘違いしてるんだコイツ。スズカはともかく、お前はもうちょい実績出してからだ。
「お前たちのじゃなくて、俺の勝負服だ!」
「トレーナーさんの勝負服、ですか?」
その通り。ウマ娘のレースと言えば勝負服と靴(蹄鉄)だろう。ウマ娘の力を更に引き出す特別なものだ。
「そっちだけ勝負服を着ているのは、俺にとってはハンデを背負っている状態と言ってもいい。その差がなくなれば、俺の勝ちは確約されたも同然」
ふふ、勝負服を纏いウマ娘どもをぶっちぎる俺。ああ、夢が膨らむぜ!
「やめておきなさいよ。一つ位は負けた言い訳を残しておかないと、心が折れて戻らなくなっちゃうわよ?」
スカーレット……お前、その言葉がどれだけ俺の心を傷つけているか分かってるのか?もしかしてそれで慈悲のつもりなの?
「私は賛成です」
「ええっ!? どうしちゃったのスズカさん!」
さすがはスズカだぜ!一年間、絆を紡いできただけあって俺のことをよく理解してくれている。こういうのがデキる女だぞ、近くで見て学んでいけよスカーレット。
「子供を見るような目で見てくんな! ホントにどうしちゃったんですかスズカさん。トレーナーのそういうお遊びには付き合い悪かったじゃないですか」
「そうね。けれど、少しだけ考えてみてちょうだい。勝負服は普段着とは違うわ。制服、礼服、軍服、ベースになる服は色々あるでしょう。それを着たトレーナーさんを見てみたくはない?」
「!!!、……見てみたいです」
なにコソコソ話してんだ。別にスカーレットに反対されたって強行するから、説得なんてしなくてもいいぞ。
「しょうがないわね! あたしも賛成してあげるわ。デザインは任せておきなさい!」
なに意味わからねーこと言ってドヤ顔してんだコイツ。
「なんでお前にデザインを任せなきゃいけないんだよ。俺の勝負服なんだから、俺がデザインするに決まってるだろ」
「トレーナーさん、それはやめておいたほうが……」
「アンタ、服のセンス悪いじゃない。適当に無地のシャツとズボン着てたほうがマシなレベルでなに言ってるのよ。ちゃんとカッコいいのにしてあげるから安心なさい」
小学校卒業したてのお子ちゃまに俺のセンスが理解できるか!そもそも、スカーレットはコンセプトからして勘違いしている。
「なんで方向性がカッコいいで決め打ちなんだよ。可愛い系にするに決まってるだろ」
勝負服であると同時にライブの衣装なのだ。当然、うまぴょいを意識しなくては。
「アンタまだ諦めてなかったの!? ウケ狙いにしても寒いし、いざ実現したときに後悔するから大人しくカッコいいのにしなさい!」
やだやだやだ!俺のファンに可愛い衣装でうまぴょいを見せつけるんだ!
「ダダ捏ねるんじゃない! ファンなんて一人もいないでしょうが! それにウマ娘にだってカッコいい系の衣装着てる娘はたくさんいるでしょ。ウオッカとかテイオーとか」
「だったら俺が可愛い系着たっておかしくねーだろうが! 自分の殻を破っていかなきゃ先に進めねーんだよ!」
新しい境地が開けるかもしれないだろ!
「……あの、トレーナーさんはもしかして女装癖があるんですか?」
いきなりなにを言いだすんだスズカよ。
「いやそんな趣味はねーよ。ただ、ウマ娘に勝つなら速さ以外もって考えてるだけだ。だいたい女装した野郎がうまぴょいって絵面が地獄だろ」
「アンタの中でどう住み分けされてるのか、こっちは訳わかんないんだけど。それよりも、自分の殻を破るだなんて言っておいて、やってることはウマ娘の後追いじゃない。そんなんで私たちに勝とうだなんて大甘ね!」
なんだと!言わせておけばこの女!
「ウマ娘には真似できないカッコよさで、誰にも追いつけないようになってみなさいよ!」
……おおっ!今のフレーズはビビッと来たぞ。ウマ娘には真似できないカッコよさか。確かに女性しかいないんだから、例えばダンディーな感じは誰も出せないだろう。
「となると、ここはオペラオーの世紀末覇王に対抗して世紀末救世主をモチーフにした勝負服でいくか? それとも亀の字が書かれた武道着か」
「なんでそんなキワモノな恰好をチョイスするのよ! 普通にあたしに合わせた礼服ベースでいいでしょ!」
……ん?
「あっ」
「ふふ、いきなり抜け駆けするとはいい度胸ね。やはり一度、上下の別というものを教える必要がありそう」
なんでスズカはいきなり剣呑なオーラを振り撒きだしたんだ。走りたくて我慢できないのか?行ってきても構わないぞ。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね。スカーレットちゃん、行きましょうか」
「ま、まま負けませんからね」
めっちゃ声震えてんじゃねーか。まぁ、スズカは普段が大人しいぶん、キレると怖いからな。女帝も真っ青だ。なんで急にキレたのかは全然分からんけど。
「あ、トレーナーさん。勝負服のデザインは後でチームのみんなで決めますから。先走ったりしちゃダメですよ」
えー、俺の服なのに。ていうか全員とか意見がまとまる気がしないんだけど。
「私も抜け駆けして逃げ切りたいですけど、まだ協定を破る段階ではありませんから。最近、脚を溜めるということの意味を私も理解したんですよ」
大逃げしながら脚を溜めているという意味の分からない状況を作り出す辺り、今のコイツは本当にやばいと思う。……それにしても協定ってなんだろう。あいつら同士で出るレースを調整とかしてるのか?
「さーてどうするかな。先走るなとは言われたが、案の下地くらいは考えておくか。あいつらと違って、着たからといって力が出るわけでもないしな」
さすがにダボダボの袖とか招き猫を背負うようなことしたら遅くなるだけだ。風の抵抗を受けず、体の動きを阻害しないデザインは必須条件か。……とりあえず、他のウマ娘たちの勝負服のデザインと被らないかは確認しよう。
「うーん、ルドルフ、カフェ、バクシンオーのとかを改造すれば男が着てもカッコいいのにはなりそうだな」
それにしても、改めて見ると変わった恰好が多い。これでレースが速くなるとか物理法則に喧嘩売ってるだろ。
「お、スズカのトレーナーじゃん。どうしたんだ難しい顔して。ゴルシちゃんに話してみ? どんな悩みも一発昇天で解決だぞ!」
「ああ、ゴールドシップか。生き物の死後、魂はどこへ行くのか考えていてな。ちょっとお前を昇天させて試してもいいか?」
考え事の邪魔者を消せて魂の有り方も分かる、一石二鳥の名案だな。
「あははは、やっぱ面白れぇな~ここのトレーナーは。……勝負すっか? あ?」
テンションと言動の読めない困ったやつだ。まぁ、隠すことでもないからいいか。
「実は勝負服のデザインを考案していたんだ。なにかカッコいいモチーフに心当たりはないか?」
「カッコいい勝負服のモチーフ……だと……? ああ、あるぜ」
お、マジで?でもコイツのことだから沢蟹とか焼きそばって言ってきそうだな。
「それはな、宇宙だよ。あそこには無限があるんだ」
ふーん。無限とかはどうでもいいけど、宇宙服とか星ってのは割りと有りなデザインかもな。
「反応うっす!! 実感湧かないなら、宇宙まで蹴っ飛ばして星にしてやろうか~?」
はっ!蹴り技への対処は既に修得済みだ。逆にお前を沈めて偉大なる大地と懇意にさせてやるよ。
「っと、ゴルシちゃんはスーパーにマックシェイク買いに行く途中だったわ。お前に手ぇ出すとスズカが冗談通じなくなるし、今日のところは見逃してやんよ。じゃあな~」
……言うだけ言ってそれかよ。相変わらず嵐みたいなやつだな。
「ま、俺が指定するのは色くらいにして、後はアイツらに任せるか」
アイツらから俺がどう見えてるのかもちょっと気になるしな。
出来上がった勝負服は日の目を見ることなく、夜のうまぴょいに使用されるかもしれないし、されないかもしれない。