現実の競馬で稼ぐしかないのか。
「ふふ、おはようモルモット君。例のモノが出来上がったから、さっそく持ってきたよ」
タキオン!そうか……ついにアレが完成したんだな。
「おはよう、タキオン。朝早くからすまないな。ところで、トレーナー寮の入り口も部屋も厳重に施錠されていたはずなんだが、どうやって入ってきたんだ?」
「これが完成品だ。さぁ、ググッと一気にいってくれ」
おい、どうやって入ってきたのか答えろよ。
「細かいことを気にしてはいけないよ。ハゲるからね。君がいま優先すべきはこのドーピング春雨スープだろう?」
「おお、これが!」
タキオンの取り出したビーカーには煮だった半透明なスープの中に、虹色に明滅する春雨(?)が漂っていた。控えめに言ってすごく気持ち悪い。
「いま流行りのゲーミングなんたらを取り入れてみたのさ。食欲をそそるだろう?」
いや、今までの人生の中でも断トツで食欲が失せるんだけど。
「なぜゲーミング。それで、効果はどんな塩梅なんだ?」
ウマ娘どもを打ち倒すため、俺は禁断の手に出ようとしていた。スポーツマンの風上にも置けない卑劣な行為だが、タキオン曰く全て合法な素材らしいのでセーフです。
「ああ、まず全身の筋力が大幅に増加。心肺機能も強化されて数分間の無酸素運動に耐えられる。各種神経の反応速度も上昇し、アドレナリンとドーパミンがだだ漏れになってまさに頭がハッピーミーク状態さ」
やっぱタキオンはすげぇぜ!……頭ハッピーミーク状態ってなに?
「ま、まぁいいか。とにかくこれがあればウマ娘に勝てる。俺の夢が叶うんだ。……ふへへ、思わず涎が垂れちまったよ」
レースの出走予定を取り付けないとな。たづなさんはなんとなく怖いから理事長にしよう。よく考えもせずに『承認ッ!!』とか言って許してくれるだろ。小憎たらしいウマ娘どもが地に膝をつく光景が目に浮かぶぜ。
「まぁまぁ、落ち着きたまえよモルモット君。話しはスープを飲んでからさ。ほら、冷めないうちに飲み干してくれ」
え、でもこのドーピングってそんなに長時間有効なのか?許可が下りても今日のレースに出るのは難しいぞ。
「……ああ、大丈夫だよ。効果時間もばっちりさ。なんなら一生解けないよ」
お、おう。
「あの、ちなみに副作用とかは?」
「ちっ。……過ぎたる力には相応の対価が求められるものさ。なぁに、人の身でウマ娘に勝てる力を得ることに比べたら、なんともささやかな対価だ。男は度胸、まずは黙って逝ってみたまえ」
なんで舌打ちしたし。でも、そうだよな。ここまで来たんだ。いまさら引き返せない。俺は人としての尊厳を捨ててでも、やつらに勝ちたいのだ。でちゅねと腕相撲でとっくに尊厳は失ってるとか言ってはいけない。
「騙されてはいけませんよトレーナーさん。それは悪魔の囁きです。その手を取ってしまえば、破滅することになります」
グラス…………グラス!?なんでここに????
「あの、ここ俺の自室なんだけど、グラスは何時からそこに居たんだ?」
「つい先ほどです。トレーナーさんの部屋から不穏な気配を感じたので」
お前の存在が一番不穏なんですけど。部屋の窓は鍵かけてるし、入口にはタキオンが立ってるのにどうやって入ったんだ。
「おやおやグラスワンダーじゃないか。急に割って入ってきて悪魔とはひどい言い草だね。私はただ、悩んでいるモルモット君の力になってあげたい一心だというのに。素材が合法なことも薬の効果も、なに一つ嘘はついていないよ?」
そ、そうだそうだ!タキオンは俺に嘘をついたりはしない!これは俺が望んでいることなんだ。
「副作用について誤魔化していましたよね。嘘がないというならはっきり明言したらどうですか。疚しいことがあるのは明白ですから、なにも言えないとは思いますけど」
……相変わらずガンつけてるときのグラスは怖いな。普段は清楚で可憐なんだが、本質はウマ娘というより武士娘のような気がする。
「やれやれ、君に嗅ぎ付けられるとは私も運がないね。仕方ない、副作用について正直に話そうじゃないか」
そんな……タキオンは俺を騙すつもりだったのか?
「副作用は単純明快だ。飲むと私のことが好きになる」
……んん?
「なにそれ。そんなピンポイントな副作用とかあり得るの?」
なんでそんな訳の分からない副作用になるんだ。酔っぱらって判断能力が鈍るとかならともかく、対象がタキオン限定とかおかしくないか。
「やはりそういうことでしたか! なんて卑劣な手段。そんな邪な方法で手に入れた紛い物の結果になんの意味があるというんですか」
ぐふぅ。ドーピングしてでも勝とうとした俺には耳の痛いセリフである。
「最初は紛い物だって構わないのさ。そのあと、ゆっくりと本物に仕立て上げていけばいい。手に入れられないことのほうがよほど問題だ」
た、たしかに。一回でも勝ててしまえば、また違ったものが見えてくるかもしれない。
「いいえ、逆です。一度でもそんな方法に手を染めてしまえば、二度と元には戻りません。それが紛い物か本物か、誰にも分からなくなってしまいます」
うっ……、そうだよな。俺が叶えたかった夢は自分の力で勝ち取りたいものだったはずだよな。手段を選ばないなら、レースに出場するウマ娘全員に下剤でも仕込めばいいだけだが、それで勝っても意味ないのだ。
「そうだよな、グラス。俺が間違っていたよ。あまりにも勝てない日々が続いたから、ネガティブになってしまっていたみたいだ。こんな方法じゃ夢を諦めたのと一緒だよな。ちゃんと自分の力で勝ち取るようにするよ」
学生のウマ娘にこんな初歩的なことを思い出させてもらうなんて、俺もまだまだ心身ともに未熟だな。
「むぅ、モルモット君の意思を無視して飲ませるようなことはしないけどね。仕方ないからこの惚れ薬は処分するとしよう」
「おい、ドーピング春雨スープじゃなかったのかよ。……折角作ってくれたのに無駄にして悪かったな」
「気にしなくていいさ。私も興が乗って楽しめたからね。あとコレ、いつものオリジナル配合プロテイン。なくなりそうになったらまた言ってきてくれ」
そういえば頼んでたな。サンキュー。
「グラスも本当にありがとうな。お前のおかげで目が覚めたよ。俺も一から鍛え直しだな」
「そ、そんなお礼を言われるほどのことではありません。ですが、これからも悪い虫が付かないよう傍でお守りしますね」
「いや、タキオンもグラスも今後はトレーナー寮を出禁にするから。不法侵入は犯罪だからな? エアグルーヴに報告しておくから、ちゃんと怒られてこい。っておい! 逃げるなタキオン!」
なお、タキオンもグラスも別チームの模様。
チームに名前付けてないと微妙に不便だから適当に被らなさそうなの考えよう。