同盟上院議事録外伝 自由と利益を尊ぶ国 ファイアザード国民共和国 作:山翁
- ジュリオ・アンドレオッティ -
宇宙歴796年4月 昼
ファイアザード国民共和国
FARA(ファイアザード行動革命軍)※1支配地域の農村
「全員、手を頭の後ろに組み跪け!」
「不審な行動を取った場合は射殺する!」
「早くしろ、早くしろ!」
山岳地帯に位置する、とある農村が物々しい雰囲気に包まれていた。
いくつかの装甲車から降りてきた共和国陸軍の兵士達が農村の家々に入り、中に居た住民を荒々しく連れ出していた。
住民達は村の広場に集められ、跪き怯えた表情で周りを見ている。
母親達は自らの赤子や幼い子供を必死に「いい子、いい子。ほら、泣かないで」と言い聞かせ、男達は兵士を睨むが、直ぐに小銃の銃床で顔を殴られ物理的に睨む事を止めさせられていた。
村を歩く兵士達(もちろん私もだが)はみな、野戦服を着込み顔が分からないように覆面を付けていた。
「村長は!村の代表者は誰だ!」
その声に膝づいていた男達の一団から「私です」と声を上げ立ち上がった初老の男を、兵士達は腕を掴み村の家から持ち出した粗末な木製の椅子に無理矢理座らせた。
「な、何をするんですか!」
村長は兵士に抵抗しだすと、傍にいた兵士が二人がかりで村長の体を椅子に押さえつけ、村長の腕を背もたれの後ろに回し手錠をかけた。
「村長!この村の全員に国家反逆罪及び麻薬法違反!その他の法律違反に問われている!」
「そのため村民全てを取り調べの為に近くの警察署へと連行する!異議申し立てがある場合は警察署で行うこと!なお、首謀者と思われる村長及び村民数名はこの場での取り調べを行う!」
「そんな!誤解です!」
「異議申し立ては警察署で聞く!それに畑を見たが立派なコカ畑じゃないか!あぁ?」
「違います!違います!」
「黙れ!連れて行け!」
指揮官の人物が命令すると周囲の兵士達は広場に集められていた村民の内、50歳以下の村民を年齢や男女別に分けてバスに乗せ始めた。
村民は口々に「たすけて!」「誤解だ!」と叫びながら乱暴にトラックに乗せられ、そして兵士達に連れ去られていった。
それから数分後に大型の高級クロスカントリー車が村に到着した。
中から数人の男達が降りてきた。
その中の一人はキンキラの腕時計に磨き抜かれた靴を履き、山岳の農村に似つかわしくない高級スーツに身を包み、親しげに兵士達に近づいた。
「オラ!久しぶりだな、大尉」
「ああ、久方ぶりだな色男」
高級スーツの男は今回の部隊指揮官であるモリーナ大尉に近づくと、握手をした後に懐から煙草を取り出すと悠々と吸い出した。
大尉もつられて胸ポケットから兵隊煙草を取り出しフカすと、色男と話しだした。
それを見て哀れにも取り残された村民(男女数名)の周りで私達も煙草を吸いだす。
2〜3人の兵士が跪き怯えた表情の村民に煙草を咥えさせ、吸わせた。
それを見て私は同僚と無学な農民がわからない様にイスパーニ方言を使って話をする。
「¿Lo viste fumando?」
「Oh pobre chico」
「Deber. Es un campo tan grande que me pregunto si estará bien. Es solo un cigarrillo de soldado」
「Esconderse, es un lugar. Quiero volver pronto a la ciudad」
「Hoy es el final cuando se termina el trato entre el Capitán y la Muerte. Son vacaciones a partir de mañana」
「Entonces quiero ir a la mujer pronto」
「バディア特務曹長!少しコチラに来てくれ」
私は大尉に呼ばれ同僚との会話打ち切り、大尉に近づく。
「はい、大尉殿」
「特務曹長すまんが、何時ものをやるから証人をしてくれ」
「はい、大尉殿。分かりました」
「それと畑や家を見に行った中尉や少尉も呼んでくれ」
「はい、分かりました」
直ぐに手近な兵隊に手頃な椅子と机そして数日前に部隊配属になった少尉やベテランの中尉を呼ぶように言った。
兵士達が手慣れた様子で村からソコソコの長机を見つけ出し、椅子を4つほど机とセットになる様に並べ始めた。
大尉が真ん中の椅子に座り右隣に私が、左隣に中尉、そして更に左には書記係として伍長が座った。
少尉が分隊を率いて、村に取り残された村長と数人の村民達を長机の前に連れ出し跪かせた。
村民の中で一人だけ椅子に座っている村長だが、引き続き後ろ手に手錠をかけられている。
「裁判官2名、書記1名、証人1名の要件を満たしたのでただ今より野戦軍律審判を行う」
「被告は」
大尉は哀れな農民共が犯してもいない罪を羅列していった。
いや?麻薬の製造と使用はしてるかもな。
立派なコカ畑だったし。
「判決、死刑。刑の執行は銃殺とする」
大尉の判決を聞き、少尉が動き出す。
「ま、待ってくれ!誤解だ!冤罪だ!私らはそんなのやってない!たすけて!」
「たすけて!たすけて!」
「銃殺分隊、前へ!」
「たすけて!しにたくない!」
「構え!」
「たすけてくれるなら、なんでもするから!」
「狙え!」
「たすけて!!」
「撃て!」
発砲音、火薬の臭い、湿った音、肉の塊が地面に横たわる光景。
何回見ても慣れない光景ではある。
目の前に横たわる哀れな連中。
連中を見て思う事はもはや憐憫では無く、安堵感だけだ。
俺は上手くアソコから抜け出した。
貧困と飢餓と暴力しかなかった俺の村に同盟軍の入隊案内係が来た時、俺は年齢を偽ってでも飛びつき同盟常備陸軍に入隊した。帝国軍や反同盟を掲げるテロリスト相手の地獄をソコソコ歩き回ってから除隊し、地元のファイアザード軍へ再入隊したクチだ。
祖国の軍隊もソコソコの地獄を見せてくれたが、ケチな同盟常備陸軍とは違い金払いが良かった。
今も大尉が色男と商談を取り纏めている。
「そこの死体分のシチュー代金を差し引いて、今回の買取金額は150万ディナールだな」
「その値段で構わんよ」
「毎度どうも、連中の死体を運ぶ車は?」
「いつも通りバンを1台用意している。盗難車扱いのモノだ」
「ありがとう大尉さん。それじゃ、現金を持って来させる」
大尉と色男は握手を交わし、色男の部下がクロスカントリー車に向かった。
商談成立、万々歳だ。
直ぐに部下に「死体袋に詰めてバンに載せろ」と指示を出し、一連の流れを監視する。
部下も分かりきったモンで、手慣れた様子でバンに載せていく。
数分後には綺麗サッパリと死体は無くなり、大尉の手元にはギッシリとディナール札が入ったボストンバックがあった。
「アスタ ラ ビスタ、大尉」
「アスタ ラ ビスタ、色男」
そうして色男とその部下はクロスカントリー車とバンに乗って帰っていた。
恐らくトラックに乗せられた哀れな農民共を見に行ったんだろう。
仕事熱心な男だ。
まあいいさ。
その仕事熱心な男のお陰で俺の財布は暖かくなるんだ。
全くカルテルと地下経済に万歳だ!
さあ、後は基地まで帰って日報や報告書を纏めたら休暇だ。
少し街で遊んだあとに、妻と子供に会いに行こう。
妻にもう少しで自分たちの農園を買える代金が貯まると伝え、子供には玩具でも買って帰ろう。
ゲリラ掃討作戦より2日後
南方軍司令部 軍司令官室
司令官室にある応接用のテーブルとソファに男が2人いた。
1人は既にソファに深く座っており、もう1人は反対側のソファの側で直立不動の姿勢で立っていた。
「師団長かけたまえ」
「はっ」
俺―エラルド・ジャンドメニコ・コッチャ陸軍中将 南方軍司令官―の前に立っていたシーロ・ウレタ・サレス陸軍少将がソファに座る。
彼は行動革命協会の党員として軍内で有名な男だ。
もちろん軍内ではガチガチの左派として通っている。
毬栗頭にギョロ目、分厚い唇。
見事な醜男。
出自は苦労人の一言。
貧困地帯の農村から志願した一兵卒が将官にまで成り上がった話は軍でもちょとした噂になっていた。
「最近はどうかね?君の担当管区では異常はないかね?」
「はい、特に異常はありません」
「そうか、そりゃ良かった。今年は選挙の年だ、毎度の事ながら大荒れするからな」
「はい、その点は部下達にも言い聞かせております」
「そうか、そうか。気配りが出来るベテランがいると私の仕事も楽になる」
「職務を果たしているだけです、閣下」
苦労人故にこういう会談の場では口数少なく、自己主張もあまり無い。
下手なやっかみや足上げ取りを避けるための彼の処世術だ。
「さて最近、軍司令部直轄の長距離偵察隊が面白い物を見つけてな」
そう言って胸ポケットから小型の電子記録媒体を取り出しテーブルの上におく。
「……これは?」
「反政府ゲリラの拠点で見つかった物だ、中身は奴原の資金の流れだ」
「資金の流れですか……」
「ああ、ゲリラが麻薬や身代金で稼いだ金の流れと洗浄のやり方のデータが入っていた。まあゲリラ全体で見ればごく一部のデータだろうがな」
「長偵(長距離偵察隊)はいい仕事をしましたね」
「ああ全くいい仕事をしてくれたよ」
私はそのまま一息入れて、サレス少将に問いかける。
「少将、今日キミが呼ばれた理由は分かるかな?」
「はい、いいえ閣下、皆目見当がつきません」
「君は役者だな、少将」
「閣下、仰っしゃられる意味が?」
「796.2に200、795.10に700。少将なら分かると思うが?」
「はい、いいえ。閣下分かりません」
素知らぬ顔で白を切るサレス少将を眺めるのも楽しいが、如何せんこの醜男をどうにかしないと、俺の立場が危うくなる。
テーブルに置かれた葉巻入れから一本葉巻を取り出し、先をフラットカットし口に咥える。
火を付けず葉巻をしゃぶりながら、考えを巡らす。
選挙。
我が麗しきの祖国にとって派手な抗争の合図に過ぎないものが、今年はある。
選挙。
他の構成邦は知らんが選挙妨害なんざ当たり前。
支持者の拉致、候補者殺害なんて選挙の嗜みみたいなもんだ。
選挙。
その選挙がいま俺を脅かそうとしている。
今までなら選挙期間中は中央で楽してたのに、前の糞みたいな選挙で左派連合のFLUF※2が勝ってから、俺みたいなコミッションべったりの奴は軒並み左遷か、第36軍団送りだ※3。
クソったれ。
それに今年の選挙は大荒れ決定だ。
FLUF内の多数政党FTP※4が所属議員の汚職問題で党内大分裂状態、その結果でWPの分党騒ぎ※5。
お家騒ぎに嫌気を指したARFA※6はFTPと距離を置き始めた。
FCP※7は結局のところ他惑星にいる共産党指導部の指示が無ければ立ち行かない案山子でしかない。
そんな所に政権奪還を掲げてるFLRP※8が(もちろん、その後ろにいるコミッションがだが)、仇敵が勝手に墓穴を掘ったのを幸いと『ありとあらゆる選挙活動』を行っている。
その『ありとあらゆる選挙活動』が俺の手にまで伸びてきた。
コミッション曰く、行動革命協会のケツを蹴り上げるネタを取ってこい、と。
だから俺は長偵所属の士官をたかがゲリラ討伐部隊に配属させ、ネタを取ってこさせたのだ。
そして出てきたネタが、この醜男がFARAの反政府ゲリラから金を受け取ったというネタ。
あとは、この醜男が受け取った後の金を何処の誰に流したか。その流れを調べ上げるだけだ。
何せ、この醜男へ流れた額は数ヶ月だけでも数億ディナール以上だ。
その金を独り占めするとは考えにくい。
何割かは懐に収めただろうが、残った分はARFA絡みで使っただろう。
何せ自分の担任区のARFAやFARAの行動に便宜を図っていた噂が有るぐらいだ。
恐らくそれはクソみたいな事実だろうが。
そんな奴がFARAから流れた金を独り占めする訳がない。
きっと何処かしらの洗濯機を通して洗浄し、ARFAやFARAがおっ広げに使えるクリーンな金に変える手伝いでもしたのだろう。
それの流れが分かればコミッションは大喜びだ。
あとは適当にコミッションの息のかかった検察に告発させれば、怒り狂ったFARAが勝手にテロを起こすだろう。
そうなればFLUF内の最大政党FTP支持層がARFAに反発する。
元々FARAを使ったARFAの武力闘争路線をFTP支持者(多くは都市労働者や知識人)は嫌っており、FLUFの名で連合を組む際にも最後まで揉めに揉めた。
信じられるか?FARAの阿呆共は親分のARFAが連立を組もうと考えてたFTP相手にテロを仕掛けようとしたんだぞ?
最後はARFAが折れ、政権与党に参加してる間はFARAの武力闘争路線を中止すると確約した。
ついでにFARAの統制が取れない一部の阿呆共を星クズにして。
粛清までして統制を取り戻したはずのFARAが武力闘争を再開したら、それこそ連立与党の結束は月の彼方まで吹っ飛ぶだろう。
そんな状況になればFLRPの、コミッションの望みに合致する。
だからこそ、この醜男から金の流れを聞き出さなければならない。
「率直に言おう。このデータにはっきりと貴官の名前があった。れっきとした犯罪行為だ」
目の前の醜男は黙りを決め込んでいる。
ちょっとした脅しは効かないわけだ。
なるほど、なるほど。
「貴官が黙りを決め込むなら別の人に話を聞かなければならんのだが、宜しいか?」
「……別の人とは?」
「貴官の細君に。参考程度の話を聞く事なら法的にも可能なはずだ」
「……マフィアの三下糞野郎が」
「階級に対する敬意がないなサレス陸軍少将?」
「糞に敬意を払う態度は持ち合わせてない」
「そうか、まあいい。いいか、話を聞けクソ少将」
「貴様が俺をどう呼ぼうが知らん。貴様が取れる選択肢は2つだ。1つは隣の秘書官室に待機している憲兵に逮捕され刑務所送りになるか、2つは貴様が手を貸している洗浄ルートを話して免責を受けるか、どっちかだ」
話を聞いた醜男は両腕を組み、唸り声を上げ、こちらを睨めつけている。
その視線を受けながら、咥えている葉巻に火を点ける。
ふん、悩んでも無駄だろうに。
どうせ取れる選択肢は1つだけだ。
時間をかけて悩んでも、時間の無駄だろうに。
まぁいいさ。
俺は葉巻を燻らせながら待つだけだ。
十数分かの時間が過ぎたとき、不意に目の前の醜男が口を開いた。
「証人保護プログラムだ、家族全員分の新しい戸籍を用意してくれるなら話そう」
「良いだろう!」
その返事をすると、直ぐに立ち上がり自分の執務用デスクに向かい、引出しから1枚の紙を取り出し、醜男の目の前に紙を置く。
「宣誓書だ、それにサインをしろ。それで貴様は晴れて免責だ。プログラムの申請は後から司法省の役人が来るからそちらでしろ」
一瞬躊躇いを見せたが醜男は、応接用テーブルにあるペンを取ると、宣誓書にサインをした。
サインを確認した俺は執務用デスクの電話を取り、隣の秘書官室にいる憲兵を呼び出した。
「犯罪者から客人に変更だ、丁寧に別室で持て成せ。それと基地で待機してる司法省の役人を呼び出せ」
受話器から憲兵の了解した声を聞くやいなや、憲兵の一団が入室し、サレス陸軍少将を別室に移動させる。
サレス陸軍少将が部屋を出る際に一瞬だけ此方を睨めつけたが、そのまま憲兵に促され退室していった。
首都フィウメ・ドーロ
国民共和国軍統合参謀本部−通称 キャッスル−
「もしもし?」
「統合参謀本部副議長閣下、南方軍司令官のコッチャ陸軍中将です」
「ああ、コッチャ司令官。何か用かな?」
「はい閣下。例の案件は終わりました。コチラに寝返り情報を提供しております」
「そうか、分かった。あとは司法省の管轄だ、君は手を引くと良いだろう」
「はっ、了解致しました閣下」
「それでは、コッチャ司令官」
「はい、閣下」
受話器を置くとクリメント・イーゴレヴィチ・フタノフ宇宙軍大将 統合参謀本部副議長は外出の準備を始める。
祖国を動かす権力者たちに報告する為に。
FARA※1:Firezard Action Revolutionary Army(ファイアザード行動革命軍)の略。議会政党、ファイアザード行動革命協会(Asociación Revolucionaria Firezard Action)の非公式組織。
FLUF※2:Firezard Leftist United Front(ファイアザード左派自由統一戦線)の略。
第36軍団送りだ※3:ファイアザード陸軍所属の第36軍団。
表向きは普通の歩兵軍団であるが内実は同盟軍の懲罰部隊である。同盟軍刑務所の囚人、戦地における軍法違反者、従軍恩赦を受けた重刑事犯等からなる。
指揮官はオスヴァルト・パウル・ディルレヴァンガー陸軍大将。
FTP※4Firezard Travailleur Party(ファイアザード・トラヴァイユール党)の略。
WPの分党騒ぎ※5:794年に起きたトラヴァイユール党の下院議員による汚職と性的スキャンダルの発覚を受けて795年に、トラヴァイユール党の腐敗に対して一部の議員が離党、労働者党を結党した騒ぎ。WPはWorkers Party(労働者党)の略。
ARFA※6:Asociación Revolucionaria Firezard Action(ファイアザード行動革命協会)の略。
※7:Firezard Communist Party(ファイアザード共産党)の略。
FLRP※8:Firezard Liberal Revolutionary Party(ファイアザード自由革命党)の略。