キンイロリョテイの担当トレーナーとなり一夜が明けた。正直昨日のアレは夢だったと思いたいが、青い顔をした先輩から担当の契約・申請書類を渡された。ご丁寧に俺の名前の記入欄以外全てが記入済みで、アレは現実だったと思い知らされる。
どうやら先輩の上司の纏め役の上司……即ち理事長から指示があったらしく、今日からキンイロリョテイは先輩のチームに所属するようになり、そのトレーニングは全て俺が受け持つという話になっていると聞かされた。一晩で根回しまで完璧にこなすとか、どこのジェバンニなんだあの皇帝は。
そしてキンイロリョテイがトラックへと姿を表した。昨日までの制服ではなく学園指定のジャージと短パンを着ていると随分と印象が変わって見える。俺は改めてキンイロリョテイの容姿を確認することにした。
先ずは艷のある黒髪。一見ボブカットに見えるが後髪を伸ばしており首の後ろ辺りで金色の留め金で纏めている。そして耳の根元に伸びる編み込みカチューシャは、彼女の髪型へのこだわりを感じさせる。
ピンと鋭く立った細めの耳。切れ長の目には新緑色の瞳が宿り、整った顔立ちは身体に見合わず大人びている。身長150センチ程度の小柄な体格だが、手足はスラリと伸びておりこれ以上の成長は期待出来ないようだ。
焼けすぎず白すぎない健康的な肌色。ハリも艶もあり栄養状態は良好か。あの大食いオグリキャップも満足させる食堂の質はトレセン学園のレベルの高さを感じさせるな。
「そして大腿……うむ、今日も良い仕上がりだ。脹脛もキレていて軽快な走りを見せてくれそうだ」
「勝手にジロジロ見んな、変態」
不機嫌な声に顔を上げると、しかめっ面のキンイロリョテイが俺を睨んでいた。最後の方から口に出てしまっていたらしい。俺は気まずさから咳払いをして、彼女の方へ向き直した。
「それじゃあ早速トレーニングを始めるか」
「いや、アタシはアタシのやりたいようにやらせてもらうぜ。お前の指示に従う理由がねえ」
「俺、トレーナーなんだけど?」
「だからどうした。レースで走るのはアタシで、お前は観てるだけ。昨日も言ったけどアタシはトレーナーなんて要らないんだよ」
キンイロリョテイ は いうこと を きかない!
なんなの? 会長から貰った担当契約だからなの? 俺が新人でトレーナーバッジをひとつも持ってないからなのか? よし分かった、首洗って待っていろよな、タケシ!
「じゃあ逆に聞くけど何をやりたいんだ?」
「トレーニング嫌いなんだよ。でもやっとチームに入れたからな、チーム練習には参加する」
「ちなみに理由を聞いても?」
「他の娘たちを間近で見られるから」
キンイロリョテイは真顔で言った。昨日の奇行からなんとなく分かってはいたが、コイツかなりのウマ娘好きだな。僕と同じじゃないか! ふたりでとびら開けてと歌い出したいが、こいつにそんなつもりは無いだろう。
そんなやる気があるんだかないんだか分からないキンイロリョテイのトレーニングが始まった。
コイツは有言実行で、先輩のチームとの練習には欠かさず参加し、走りながら常に他のウマ娘に熱い視線を送っていた。しかし熱の篭った鋭い視線は他の娘たちからは、がんを飛ばして睨みつけているようにしか見えず、怯えられて避けられていたのだった。
時折俺からトレーニングメニューを提案するも、華麗に一蹴された。
明らかに手を抜きつつもほかのウマ娘たちのトレーニングに着いていくキンイロリョテイの素質は高い。
特に坂路なんかはそれが顕著で、後ろ姿をじっくり楽しむと楽々と他の娘を追い抜いて前からもねっとりと視線を送るという、やられた側からすればたまったもんじゃない走りをしていた。
そんなこんなで二週間が過ぎ、遂にキンイロリョテイはデビュー戦を迎えることなった。
12月前半 新人戦 阪神 芝2000m
これからゲートに入ろうとしているキンイロリョテイを、俺は観客席の最前列から見ていた。6枠9番、事前のファン投票では三番人気と上々の期待値。しかし、他のウマ娘と比べると小さな身体が逆に目立つ。特に一番人気の娘と比べると一回り以上小さく見える。
「やあ、隣いいかい?」
やや心配になりながら見守る俺に声を掛けてきたのは、私服姿のシンボリルドルフだった。まさかあの皇帝がこんな人も少ない新人戦を見に来るとは思わなかった。
「意外そうな顔をしているね。私が組ませたコンビのデビュー戦だよ。それは気にもなるさ」
「そうか。それは光栄だな」
などと冷静に返してみたものの、あの憧れのシンボリルドルフが隣に立って担当のレースを見ている。という状況に俺は緊張していた。何故か肩と肩が当たりそうなくらい近い距離にいる彼女の、165cmという身長はターフで見るよりも小柄な印象を受け、あの皇帝といえど女の子なのだなと思わされる。
「始まるようだ」
思わぬ隣人に見蕩れてしまっていたが、そのシンボリルドルフに促されるようにターフを見ると、ゲートへの入場が終わろうとしていた。
いかんいかん。今はキンイロリョテイのレースに集中しなくては。ゲートも閉まってもう今にも走り出しそうじゃないか。
「“各ウマ娘体勢整いました。スタートです”」
レースが始まった。キンイロリョテイは出遅れることなく中団後方7番手につけている。そのまま第一コーナーへと入っていく。
「シンボリルドルフから見て、キンイロリョテイは勝てると思うか?」
「私は彼女の素質は十分だと感じているよ。ただそれが勝利に繋がるかどうかは、君もわかっているんじゃないか?」
シンボリルドルフの問いかけに俺は残念ながら納得してしまった。トレーニングの時から感じてはいたが、彼女にはレースに対して勝ちたいという執念がいまいち見えないのだ。今も第二コーナーを回っている彼女の顔には余裕とけだるさが浮かんでいるように見える。
レースは大きく順位を変えることなく坦々と進んでいく。キンイロリョテイは直線を超え、八番手に順位を落としながら、第四コーナーに差し掛かろうとしていた。前が詰まって集団に沈んでいく彼女の姿に、俺は歯を食いしばる。
コーナーを少し膨らみながら曲がるキンイロリョテイ。コーナーを終え最終直線に差し掛かり、前が開けた。その時だった。
———キンイロリョテイの目の色が変わった。
一歩また一歩と踏み出すたびにグングンと加速していくキンイロリョテイ。残り400といった所で更にギアを上げて次々と先行していた娘を抜かしていく。
「“ 内をついてキンイロリョテイが上がってきた! ”」
疲れすら感じさせない豪快な末脚で、残り200には3人の1着争いにまで参加していた。あのトモは俺の想像なんて遥かに超えた走りを見せつける。
「いっけぇえぇええ!!! 」
気がつくと俺は叫んでいた。レース前の不安。隣の皇帝。それら全てを忘れて、俺はキンイロリョテイの走りに魅せられ夢中になっていた。俺の心にあるのは幼き頃に観たウマ娘への憧憬と同じ熱さだ。あの頃と、いやそれ以上の興奮が俺の頭を支配し、心を燃やしている。
ゴールまであと少し。俺の位置からは3人が並んで見える。勝てキンイロリョテイ!!
「“ 3人が今ゴールイン。キンイロリョテイ、最後に上がってきました”」
俺は興奮したまま掲示板を見上げる。結果、キンイロリョテイは三着だった。二着とは1/2バ身差で、一着とのタイム差は僅か0.1秒。僅差での惜敗だ。
俺は思わず唸り、天を仰ぐ。担当の敗北がこんなに悔しいものだとは思わなかった。ターフを見ると、キンイロリョテイも天を仰いで方で息をしている。こちらを向いていないため、その表情をは窺えないが、彼女も俺と同じように悔しくて堪らないのだろうか。オレはそうであって欲しかった。
「惜しかったね、トレーナー君」
俺はビクリと肩を震わせた。声をかけられる瞬間まで隣りのシンボリルドルフを忘れていたのだ。あの無敗の皇帝を忘れるほど俺はキンイロリョテイに夢中させられていたのかと、自分でも驚いてしまう。
「彼女が何故勝ちきれなかったのか、君には分かるかい?」
「ああ、最後200mのスパートの時に、僅かに内ラチ*1にヨレていたんだ。あれが無ければ結果は変わっていたかも知れん」
「気づいていたのかい。驚いたな、あの興奮具合でしっかりレースを観ていたとは……」
「新人とはいえ一応トレーナーだからな。走りの癖くらいは見えてきたさ」
返事を聞いたシンボリルドルフは少し肩を竦めて笑っていた。俺は「どうした?」となにが可笑しいのかと訊ねてみる。
「ふふっ。この私の存在を忘れるくらい彼女に熱中していたのだなと思ってね。あの日とは大違いだ。これでも人への影響力はあると思っていただけに、少し妬けてしまうね」
「からかわないでくれ。確かに俺は君のファンだが……まあキンイロリョテイの走りに夢中だったのは認めるよ。あとで褒めてやらないとな」
「本当に君は素直だ。見てるコッチが照れてしまうくらいにね。だが、それでこそ君に彼女を任せて良かったと思える」
俺を見上げシンボリルドルフが妖艶に微笑む。呆気にとられていると、彼女から更に告げられる。
「そうだ、ウマ娘として見るにリョテイが勝てなかった理由がふたつ……いや、3つある」
「結構あるな……ちなみに教えてはくれないのか?」
「その
本気なのか冗談なのか分からない言葉を残して、シンボリルドルフは去っていった。
やはり皇帝の考えることはよくわからん。そんなことを思いながらレースの反省会をするため、俺はキンイロリョテイに会いに行ったのだった。
「良いレースだったぞ!」
「良いレースって……ちゃんと見てたのかおまえ。負けてんだぞ」
食い気味に言った俺の言葉に、キンイロリョテイはウンザリした顔をする。だが俺は俺の意見を伝えるため、更に続けた。
「確かに結果は三着だったが、ラストの直線の末脚は素晴らしかった! 上がり3ハロン*2は間違いなく最速で駆けていたしな! 初のレースでこの走りなら次は勝てるぞっ!!」
「まあ、いけるとは思ってたけど……」
と、頬を掻きながら少し照れた様子のキンイロリョテイ。俺に叱責されるとでも思っていたのだろうか。あの走りを見せられて怒るほど俺は結果主義ではないのだ。
「ああ、シンボリルドルフとも話していたんだが、あの斜行さえなければ勝てたレースだった。だから今後は斜行の癖を治すためのトレーニングを──」
「──あ? なんでそこで会長の名前が出てくるんだ」
キリッとした目付きでオレを睨むキンイロリョテイ。いきなり不機嫌になり、俺は理解に苦しむが続けた。
「え? レース場で隣で一緒に観てたんだよ。それで今後のこと少し話したんだ」
「ほお……アタシがレース必死こいて走ってた時、お前は女を侍らせて高みの現物決め込んでたワケだ」
「いやいや、あの無敗の三冠ウマ娘だぞ? そりゃちょっとドキッとはしたが……」
「悪かったなぁ! デビュー戦から負けちまうような弱いウマ娘が担当でよぉ!! あームカつく! これでハッキリしたよ、アタシにはトレーナーなんて不要だってな!!!」
顔を真っ赤にして怒るキンイロリョテイ。何か彼女の琴線に触れたらしく癇癪を起こしてキレ散らかしている。話を聞いてもらおうとキンイロリョテイの肩に触れようとした時───
「触んじゃねぇ!!」
「「痛ってえ!!」」
───前蹴りで腹を蹴り抜かれ、同時に声が上がる。俺の腹直筋の硬さにキンイロリョテイへ蹴りの反動が来たのだろう。だがウマ娘に蹴られては俺も無事ではない。
怒りに肩を震わせながら去っていく彼女に、脚は大丈夫かと声を掛けたかったが痛みに悶絶していた俺は、声が出ないままキンイロリョテイを見送ることしか出来なかった。
そして次の日になってもキンイロリョテイの機嫌は治っておらず、俺の提案するトレーニングには一切見向きもしない。
次の日も、そのまた次の日もキンイロリョテイは俺の話を聞き流し、チーム練習にだけ参加しながら過ごしていく。
そして二週間の時が流れ、キンイロリョテイの二戦目当日を迎える。
12月後半 新人戦 阪神 芝2000m
4枠7番。一番人気、キンイロリョテイ。
────結果、16着……
ラーゴム(オルフェ産)とルーパステソーロ(ゴルシ産)が並んで下位でなんかステイを感じてホッコリしました(呑まれた賭け金から目を逸らす)