黄金の旅路 俺の愛バは凶暴です   作:くろわっさん

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新人戦二戦目/未勝利戦

 幼い頃から「お前はレースに出て勝つんだ」と、言われて過ごしてきた。当時はよく分からなかったけど、走るのは好きだったし、アタシが速く走れば大人たちは皆喜んでたし、アタシより速い娘は周りにはいなかった。

 

 ママを除けば家ではアタシが一番だったし、偉そうにしてても走ればママも文句は言わなかった。

 

 言われるがままにトレセン学園に入学した。試験は楽勝だったし、こんなもんかとも思った。でもそこからアタシの生活は変わったんだ。

 

 まず、天下無敵のキンイロリョテイ様はこの学園では平凡そのものだった。アタシより速いやつはゴロゴロ居る。頑張るとか努力とかに縁もなく、どちらかと言えば嫌いだったアタシより、遅かったはずの娘たちが努力を重ねてドンドン速くなっていく。

 

 誰かに指図されるのは癪だったし、それでもやりたいようにやっていた。そしてアタシの周りからは人が離れていく。

 

ある日、執拗い指導をするトレーナーに、ムカつくから噛み付いた。そのトレーナーは大怪我をして、それが大問題となり、いよいよ話しかけてくる奴は居なくなった。

 

 今やアタシに関わろうとするのは生真面目なエアグルーヴと生徒会長くらいなもんだった。

 

 運命が頭の中でレースに出ろと煩い。選抜レースに出てみても、担当になろうと言うトレーナーは出てこない。アタシのやったことを考えれば当然だけど。

 

期限は迫っていたがアタシはなんの行動も起こせず、日々を消費していく。このままなにも変わらないままでいいのかなと考えるだけ。

 

 

 そうして時間だけが過ぎていく中、あの変態が現れた。

 

 

 

 

 

╤╤╤Ω╤╤╤

 

 

 

 

 

 12月後半 新人戦二戦目 阪神 芝2000m

 

 その日は朝からキンイロリョテイの様子がおかしかった。不意に右脚を気にしては不機嫌な顔になり、俺が声をかけても生返事を繰り返すだけ。何かの不調かと思った俺はレース直前にキンイロリョテイに訊ねた。

 

「脚をみせろ」

 

「突然なに言い出すんだ、この変態は……」

 

 キンイロリョテイは露骨に嫌な顔をする。女の子に嫌な顔されながら脚を見せてもらいたいわけでは無いが、トレーナーとして脚の不調は見逃せない。

 

「痛むのか?」

 

「いや? ただなんか違和感があるだけ。動かしても痛くないどころか、楽になるから問題ねえよ」

 

「いやしかし……」

 

「いいから! 今日こそ勝ってアタシは華々しくデビューを決めるんだよ。走りきって帰ってくるから見てな!」

 

 がんを飛ばしながらそう言うキンイロリョテイに俺はそれ以上は言わなかった。しかし胸のざわつきが抑えられないまま、キンイロリョテイのレースが始まった。

 

 4枠7番、一番人気。会場に来ていた殆どの人は前回の走りを見てキンイロリョテイが勝つと思ってくれたのだろう。本来なら俺もそのひとりだ。

 

 スタートは問題なく、キンイロリョテイは中団後方10番手につけて走っていく。

 

 第一、第二コーナーを周り直線へ。縦に伸びるウマ娘たちは順調なレース展開を見せていた。

 

「“ さあ、レースは終盤に向け、各ウマ娘第三コーナーへと突入していく!”」

 

 実況通り集団はコーナーに向かうと、伸びていた列がペースを上げスパートに向けてググッと詰まってくる。キンイロリョテイも抜け出し準備を始めて、外側へと位置づけこれからあのスパートがまた見れると思っていたのだが……

 

「“ 先頭が第四コーナーを抜けて直線に入る! おおっと、キンイロリョテイが最後方まで下がっています!”」

 

 あの豪快な末脚は見る影もなく、キンイロリョテイは額に脂汗を滲ませながら苦しそうに、集団を追いかけるように走っていた。大きく離されてはいないため、周りには仕掛けミスに見えているのかもしれないが、俺はすぐにそれが脚の不調だと判断した。

 

「止まれキンイロリョテイ──ッ!!」

 

 俺は競技を中断するようにキンイロリョテイに叫んだ。しかし、聴こえていないのか、無視したのかは分からないが、彼女は止まらない。

 

「うわぁァァァ───ッッ!!!」

 

 それどころが顔を上げて、観客席に聞こえるくらいの雄叫びを上げながら、ゴール板目掛けて懸命に駆け抜けていく。凄まじい気迫と闘志。それだけを持って彼女は痛むであろう脚で走り、ゴールへと辿り着いた。

 

 トップから6秒差、ブービーからも大差の最下位16着。それがレースの結果だった。

 

 居ても立っても居られなくなった俺は、ラチを乗り越えてターフへと突入していく。会場が騒然としているが、そんなことを気にしている場合ではない! 

 

「キンイロリョテイー!!」

 

「はぁ!? 何やってんだお前! ここはターフだぞ!?」

 

「お前に言われたくねえよ! いいから行くぞ」

 

「行くって何処に!?」

 

「ええいっ──医務室に決まってんだろ!」

 

 俺はキンイロリョテイを両腕で抱えて医務室向けて走り出す。腕の中でキンイロリョテイは喚きながら暴れているが構ってなどいられず、俺たちは騒乱のターフを後にした。

 

 

 

 

 

╤╤╤Ω╤╤╤

 

 

 

 

 医務室で、キンイロリョテイの右のシューズを脱がす。足の甲が赤くなっており、薄らと腫れていた。

 

 普段分かりにくい違和感程度の初期症状。動かすと楽になる脚。俺は思い当たる節を口にした。

 

「ソエか……」

 

「ソエ?」

 

「正式名称は、管骨骨膜炎。デビュー前や直後の経験の浅いウマ娘に起こりやすい怪我だ」

 

「治るのか……?」

 

 キンイロリョテイは不安そうに俺に尋ねる。気合いでレースを走り抜いたあの表情からは考えられないくらいに弱々しい声だ。

 

「しっかり冷やして軽い運動をすれば治るよ。痛いのに無理に走ったりしなきゃな!」

 

「冷たっ!?」

 

 俺は患部に氷嚢を押し当てると、キンイロリョテイは珍しく可愛らしい悲鳴を上げた。

 

「なんで痛いのに止まらなかったんだ。見たところまだ軽い症状だが、ソエは重症化すれば最悪亀裂骨折にまで至るんだぞ」

 

「……勝ちたかったんだよ。あの時はそれしか考えて無かった」

 

「そうか……」

 

 俺の返事を最後に医務室に沈黙が流れる。俺はキンイロリョテイのことを少し誤解していたのかも知れない。

 

「お前はさ、レースとか走ることにそんなに興味が無いのかと思ってた。でも違ったんだ。お前も他のウマ娘と同じで勝ちたいって欲求に必死になれる立派なウマ娘だったんだってな」

 

「悪いかよ。アタシもあんたをただの変態だと思ってたよ。けど、ひと目で怪我を見抜くなんてちゃんとしたトレーナーだったんだな」

 

「ははは、コイツめ」

 

「まあ、変態なのは間違いないけど」

 

「って、おい!」

 

 俺とキンイロリョテイはお互いのことを知り、蟠りがあった前より少しだけ近づいた気がした。

 

 この後医者にキンイロリョテイを診察してもらい、彼女は療養期間に入ることとなった。

 

俺たちの闘いはこれからだ! 

 

 

 

 

 

 

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 療養期間のある日、ソエの治療のため俺たちは医療機関を訪れていた。

 

「いやーん、悪いトレーナーに傷ものにされるー」

 

「人聞き悪いこと言うな。レーザーでソエの焼き付けするだけだろ!」

 

 ソエをレーザー治療機で施術するための準備途中にキンイロリョテイは暇なのかそんな冗談を言っている。

 

「仲が宜しいですね。まあ今のレーザー治療機は性能も良くなってますから、ウマ娘の玉の肌には暫くすれば痕すら残りませんよ」

 

 施術を担当してくれる医者が準備をしながら教えてくれる。昔ははんこ注射みたいなブロック状の点々の跡が残る治療だが、機械の進歩は凄いようだ。きっとお高い機材なのだろうな。

 

「暇ならこれでも読んでな」と俺はキンイロリョテイにウマ娘新聞を手渡す。朝に買って俺もまだ読んでいないが、暇つぶしには丁度いいだろう。

 

「サクラローレル有マ記念を制す。ふーん、二着はマーベラスサンデー。ああ、今回でトゥインクルシリーズ引退のヒシアマゾンは五着かぁ……」

 

「それでは施術を始めます。右脚をこちらに。あ、新聞はお読みのままで結構ですよ」

 

 医者がレーザーでの治療を始めて、施術室には機械の駆動音とキンイロリョテイの新聞を捲る音だけが響く。

 

 10分ほど経ち、そろそろ治療も終わりといったそんな時だった。

 

 退屈そうに新聞を眺めていたキンイロリョテイの目の色が変わった。なにか面白い記事でも見つけたのかと思ったが、何か様子がおかしい。新聞を持つ手には力が籠り、ワナワナと震えた手に合わせて新聞紙が乾いた音を小刻みに起てていく。

 

「なんだこの記事はぁぁあ!!」

 

 キンイロリョテイが力一杯に新聞を引きちぎり、治療機に置かれていた脚を振り上げた。ガシャンと大きな音をたてて倒れる機材。ヒュっと喉が鳴る俺。一度機械を見て、医者を見ると顔面蒼白の表情で、きっと俺も同じ顔をしている。

 

「おい! 見ろこれ!!」

 

 怒り心頭のキンイロリョテイが見せてきたのは破った新聞の片側だった。そこには“ お姫様抱っこで愛バの窮地を救うムキムキトレーナー”の見出しと共に、俺がキンイロリョテイを抱えて医務室へ走った時の写真が載っていた。

 

 ほう、騒ぎになったとは思うがまさか記事になっていたとは。キンイロリョテイの名もこれで少しは売れるか? なんて呑気に考えている場合ではない。お高いレーザー治療機は無事か!? 

 

 医者の方を見ると機械を弄っていたが、すぐに肩を落としながら首を横に降っていた。ダメみたいですねェコレは……

 

「アタシの記事デビューがこんな面白記事にされるなんて……この乙名史とかいう記者許せねえ! なあ!?」

 

「頼む……静かに……」

 

 ギャーギャーと騒ぐキンイロリョテイは無視して、俺はガックリと肩を落とす。その肩を後ろからそっと叩かれ、振り向くとそこには表情のない医者が。

 

「今回は事故だった。という事にしておきますが、修理費の請求はさせていただきます。あて先は……」

 

「……トレセン学園でお願いします」

 

 俺はキメ顔でそう言った。ソエの焼き付けは終わったので、もうココに用はない。キンイロリョテイを連れて帰るのみなのだ。開き直った訳じゃないよ。ホントだよ。

 

 

 ──この後めちゃくちゃ始末書書いた。

 

 

 

 

 

 

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 2月後半 未勝利戦 京都 ダート1800m

 

 二ヶ月の療養と調整を終えて、遂にキンイロリョテイの復帰戦の時が来た。

 

 8枠11番、圧倒的な一番人気で支持を受けるキンイロリョテイ。初めてのダートコースだが、前評判は最高だった。何故ならば……

 

「“ 一番人気はお姫様抱っこ騒動のキンイロリョテイだ。 あのトレーナーも観客席から見守っています!”」

 

 三度の飯よりレースが好きなレース通が集まる未勝利戦。そんな人種があの記事を読んでいない訳がなかったので、必然的に注目度が段違いになるのだ。

 

 居心地の悪そうなキンイロリョテイはゲートに入っても明らかに集中出来ていなかった。望まない衆目に晒され、苛立っているようにも見える。

 

 絶対的一番人気だが、レースに絶対はない。実力的には頭一つ抜けているキンイロリョテイだが果たしてどうなるか……

 

「“ いまスタート。ちょっと立ち遅れ加減のキンイロリョテイ、後方からのスタートとなった!”」

 

 集中を欠いたキンイロリョテイは見事に出遅れ、2バ身ほど離されてしまう。俺は頭を抱えるが「クソがぁぁあ!!」と観客席にまで聞こえる大声で吠えながら、キンイロリョテイはグングンと上がっていき、第一コーナーで後方集団に追い付くと第二コーナーに着く頃には、いつもの定位置中団外側へと付けていた。

 

 ちょっと興奮して掛かり気味だが、これなら大丈夫か? 

 

 そんな心配をしながら、直線を順当に進んでいく集団。そして第三コーナー曲がっていくキンイロリョテイ。脚を貯めて続いていく。

 

「おー、小さいのが追いついていい位置じゃねーか!」

 

「行けー! 小さいの!」

 

 観客席から応援の声が聴こえてくる。恐らくだが小さいのというのはキンイロリョテイのことだろう。アイツに声援が送られるとは……記事の効果は大きいな。

 

第四コーナーに差し掛かりキンイロリョテイが仕掛けるため、抜け出し準備を始めた。

 

「おお! いけえチビ助!! いや、頑張れキンイロリョテイー!!」

 

 観客の声援も大きくなる。キンイロリョテイは答えるように大きく外に振れ……振れて…………そのまま一直線に観客席へと向かっていく。

 

 は? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────は? 

 

 

 

 

 

 

 

「誰がチビだコラァァァ────ッッ!!!!」

 

 キンイロリョテイはキレ散らかしながら、彼女に声援をかけていた観客目掛けて逸走していた。

 

何やってんだアイツ!? 

 

 俺はキンイロリョテイを止めるため急いで第四コーナー付近の観客席に向かう。

 

「おいコラ、もういっぺん言ってみろ!!」

 

 俺が着いた時にはキンイロリョテイはシューズを地面に叩きつけ、盛大に観客を威嚇していて今にも掴みかかろうとしていた。

 

「待て待て待て!! 落ち着け!」

 

「でもコイツらが! コイツらがさぁ!!」

 

 キンイロリョテイは代わりと言わんばかりに俺のことは襟首を掴み、ガクガクと頭を揺さぶる。暫く俺の脳ミソをシェイクしていると、少しずつ収まってきたのか手が緩む。

 

「分かった! 分かったから、とにかく今はゴールへ向かってくれ……レース中だ……」

 

「あっ……」

 

あっ、じゃねえ。興奮のあまり忘れてやがったのか、許さねえぞおい。

 

 

「……ッチ! 覚えとけよ!!」

 

 三下のようなセリフを吐き捨ててキンイロリョテイは、観客席を指さすとそのまま裸足でゴールへ走っていった。

 

競技中のウマ娘が観客を襲うという前代未聞の事件は、俺の首と脳ミソを犠牲になんとか未遂に終わることとなった。

 

「“ 只今のレース。11番キンイロリョテイは第四コーナーで競技を中断。失格となります”」

 

 という実況のアナウンスを聴きながら、緊張の切れた俺は意識を手放した。

 

 

 ───レースに絶対はない。しかし、こんな形で担当ウマ娘が負けることを予想できるトレーナーはいない筈だ。絶対。





令和の時代に暴力系ヒロインってもうそれは逆に新しいんじゃないかなって。
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