未勝利戦でのキンイロリョテイが起こした逸走。それから俺はトレセン学園理事長に呼び出され、理事長室を訪れていた。
あの後キンイロリョテイを叱ろうとしたが、当の本人は「これでアタシも地方行きかな! まあしょうがないよな!」などと自虐し、ケタケタと笑っていたので怒るに怒れなかった。
どんな処分を下されるのだろうかと、不安に呑まれながら震えた手で分厚いドアをノックする。
「許可ッ! 入ってきたまえ!」
失礼しますと告げて中に入ると、そこにはこのトレセン学園のちびっ子理事長である秋川理事長。学園のトレーナーのマドンナ、理事長秘書のたづなさん。そして生徒会長のシンボリルドルフが控えていた。
錚々たるメンツ。クビですねェコレは……
特にシンボリルドルフ。お前なんでいるんだよ、生徒じゃねえか。彼女がいる理由などひとつ、俺の覗き冤罪を覗き容疑に確定させるためだろう。キンイロリョテイのことではなく、俺が裁かれる場だったと言うのか。
「本題ッ! 挨拶や前置きは抜きにして話すが、キンイロリョテイの件でキミを呼んだ!」
「キンイロリョテイの? 俺自身ではなく?」
「肯定ッ! キミはトレーナーとして良くやっていると思うが、何故自身の話だと思ったのだ?」
「いえなんでもないです」
どうやら俺のクビの話ではないようだ。杞憂に終わって良かった。あとそこの皇帝、なにこっそりわろとんねん、理事長から見えていないが俺からはしっかり分かるんだぞ。
「確認ッ! まずはキンイロリョテイ起こした問題についてキミから事実を説明してもらおう! たづな!」
「はい。キンイロリョテイさんなんですが……この前のレースでの逸走をはじめ、病院から来た治療機の修理費の請求。学内での生徒へのイタズラ。授業放棄。トレーナーへの日常的な暴行……なんて、にわかには信じられない報告が上がってきているのですが……」
改めて並べられるととんでもない問題児だなキンイロリョテイ。だが、ここで俺が「はい。その通りです」なんて言ってアイツを処分して貰う気はサラサラない。出来る限りフォローしなくては。
「前回のレースでの逸走なんですが、あれは俺にも原因がありまして……」
「痛快ッ! 例のお姫様抱っこ騒動だな! あれは良かった、トレーナーがウマ娘を想うが故の暴走! あれこそ──」
「──理事長! 今はトレーナーさんがお話する番です」
たづなさんが理事長を制して止める。このふたりのパワーバランスはよく分からんな。しかし知っていて肯定的なら話しは早い。
「ええ、まあそういった経緯で望まない注目にかなり気が立っていまして。俺が止めにいったらすぐに収まりましたので、次からは同じようなことを起こさないと約束します」
「ああ、あれはトレーナー君のファインプレーだったよ。もしあそこで観客に怪我でもさせていたら、トレセン学園きっての不祥事だ。引退処分も免れなかっただろうね」
とシンボリルドルフが言う。良かったなキンイロリョテイ、俺のおかげで窮地は逃れたぞ、感謝してくれてもいい。
「それに私が知る限り、彼が担当になってからキンイロリョテイの学内での問題行動は激減しましたよ。チームの子達から走る時の目が怖いとは聞かされているが、レースでは良くあること。大した問題ではないでしょう。これもトレーナー君のおかげだ」
「見事ッ! 流石は我がトレセン学園のトレーナーだな!」
理事長に褒められ俺は一息つけた。しかし理事長の喋り方めんどくさくはないのだろうかとか、頭の上の猫はなんですかとか色々ツッコミたくなるが、今はそんなことに突っ込んでいる場合じゃないな。
俺は話を続け、治療機の件も不幸な事故だったと説明し、理事長も納得。話は終わりかと思われた。
「別件ッ! 少々話は変わるがキンイロリョテイの今後のことだ!」
「今後の……まさか……」
「いえ、引退という話ではなく、地方に転属しないかとスカウトが来ているんです。勿論、キンイロリョテイさんにも話しはしますが、近くで見てきたトレーナーさんの意見はどうなのかとお窺いしたくて」
成程、中央では花開かなかったが、地方で活躍するウマ娘もいる。その打診がキンイロリョテイにも来ているわけだ。
確かにその方がアイツも楽しいのかも知れない。野球で例えるなら、名門校で補欠に甘んじるよりも、地元でエースで4番を張ってた方が面白いだろう。
その考えは分かる。でも俺は……俺の理想は……
「キンイロリョテイはトゥインクルシリーズに挑み続けるべきだと、俺は思います」
「疑問ッ! その理由を聞かせて貰おう!」
「キンイロリョテイの素質は充分トゥインクルシリーズで通用する筈です。あの豪脚とも言える末脚は最高の武器です。それにあいつは俺に言ったんです。脚に不調を抱えた二戦目で、怪我をしてまで走り抜いたとき、それでも勝ちたかったんだって。なら俺はどこまでもアイツが輝くサポートしてやりたい。アイツは……キンイロリョテイは重賞レースだって、いや最高峰のGⅠで勝つことだって出来ますよ!!」
俺の言葉に理事長は嬉しそうに笑う。しかし、後ろに控えたシンボリルドルフが渋い顔でオレを見つめて話し出す。
「GⅠとは大きく出たねトレーナー君。7冠を勝ち取った私からすれば、GⅠタイトル獲得というのは途轍もないほど険しい路の先にある。粉骨砕身で数多のウマ娘が望んでも辿り着けないその頂点に、キンイロリョテイは届くと?」
「届くさ。いつか必ず……!」
「知小謀大、いや螳螂之斧かも知れない。君はどれだけ無謀なことを言っているか分かっているのかい?」
「無理でも無謀でも、それでも俺は信じている」
「何故そこまで彼女を信じられる?」
「俺が、キンイロリョテイの担当トレーナーだからだ。他の誰が信じなくても、諦めても、俺だけは信じる。信じ続けるんだ」
鎮まりかえる室内。そこにバサッと扇子を拡げる音が響き渡る。
「感嘆ッ!! その熱い思いしかと受け取った! やはりトレーナーとウマ娘はこうでなくてはな! 然り、君とキンイロリョテイはどこまでも一心同体ということだな?」
「ええ、勿論です!」
「素晴らしいです! これでキンイロリョテイさんが地方に行ってもトレーナーさんが着いてあげられるんですね!」
「え? たづなさん、それはどういう……?」
「実は地方転向の打診はキンイロリョテイさんのお家の方から来たものでして。もし、地方に行くとなった時に誰にも担当して貰えない状態だったんですよ。キンイロリョテイさんは色々と風評被害を受けているものでしたから……」
たづなさんは満面の笑みで安堵している。なんだこの展開は!? まさかと思い当たる節を探し、シンボリルドルフを見るとしたり顔で俺を見ていた。
は、嵌められた! 生徒会室に引き続き、またしても俺は皇帝の掌の上で踊らされていたのか!!
「彼女実家からは年内に結果が出ないようなら地方へ、と言われていてね。無論キンイロリョテイの意思ありきの話だが、彼女はノーとは言わないだろうし困っていたところだったが……トレーナー君が着いてくれるなら私も安心だ」
「まさか俺を煽ったのは……!?」
「いやいや、人聞きが悪いな。私は事実を述べて、君に意思確認をしただけだよ。まさか全ては勢い
シンボリルドルフの問いに口篭る。嘘ではないが納得はいかない。しかもこの皇帝シレっとダジャレを混ぜてきやがった。
何か文句のひとつでも言ってやりたい。なにを言ってやろうかと考えていた時、たづなさんが何かに気付いたように俺に尋ねた。
「トレーナーさん、手に何かの跡があるみたいですけど……まさか本当にキンイロリョテイさんから日常的に暴力なんて受けてないですよね? そうなると流石に……」
気まずそうにたづなさんは言葉を濁す。流石にトレーナーへの暴行など判れば地方転向どころか、即引退になると言いたいのだろう。
結論からいえば答えはイエスだ。あれから俺は幾度となく不用意なことを言っては噛みつかれている。とはいえ俺は怪我らしい怪我もしてないし、アイツも手加減してやっている筈だ。
俺としては実家の愛犬がジャれて噛み付いた時と同じ感覚だったのだが、世間一般的に考えれば現役ウマ娘が人間の手に噛み付けば大怪我するだろう……アカン子やんけアイツ。
これは恐らく最後のチャンスだ。キンイロリョテイにエビデイガブガブつらたんぴえんと泣きつけば、俺は無事にトレーナー職を辞することなく担当を降りられる。
それが答えか? 否! 断じて否ァ! 俺はキンイロリョテイを勝たせてやりたい! それは本音なのだ。
「あの、トレーナーさん……?」
「懐疑ッ! 沈黙は肯定とみなすがどうしたトレーナー!」
たづなさんと理事長が俺の答えを待っている。このままではマズイ。何か打開のいい訳を考えなくては。
「いやぁ俺がキンイロリョテイにどうしてもってお願いして噛んでもらってんですよ〜。あの痛みが堪らなくイイんですよねぇ。あ、理事長もひと噛みどうです?」とでも言うか?
ダメだ! タダのドマゾの変態じゃないか! これはこれで俺が担当に日常的な変態行為を強要してるとして、処分されてしまう!
何かの無いかと辺りを見回す。そこでオレの目に飛び込んで来たのは理事長、の頭の上だった。
「猫です」
「え?」
「いやあ実はキンイロリョテイは無類の猫好きでして。ほら、この学園ちょくちょく野良猫が散歩してるじゃないですか。アイツ、猫見るとトレーニングをサボりだすんで、俺が毎回抱えてくんですけど、そのときにガブッ!グサッ!っとやられちゃって……それで……ねぇ?」
そこまで話したところで理事長は俯き肩を震わせていた。流石に厳しいか……!?
「共感ッ! 猫を無心に愛でたくなる気持ちは分かる! 猫好きに悪いウマ娘はいないと断言しよう! よってキンイロリョテイは無実だ!」
まさかいけるとは……しかしこれで事なきを得た筈。
「然し! これが嘘であった場合……どうなるか、分かるだろう?」
「ええ、も、勿論ですとも……」
「ならば良し! それでは退出を許可する!」
最後に釘を刺され、俺は戦々恐々としながら理事長室を後にした。
俺が部屋を出てすぐにドアの開く音がした。振り返ると理事長室から一礼して出てくるシンボリルドルフの姿があった。彼女はこちら見つけると軽く手を振って、俺の元へとやってきた。
「やあ、お疲れ様。少し歩きながら話さないかい?」
誘いにのり、俺は小さく返事した。俺も言いたいことがあったしな。
廊下を肩を並べて少し歩く。まずは俺から口を開いて、話の口火を切った。
「さっきはうまいことのせてくれたな?」
「君は実直だからね。私の聞きたい言葉が聞けて良かったよ」
「否定しないのかよ……」
「君にキンイロリョテイのトレーナーでいてもらうことは私の願望でもあったからね。それがああも熱くなってくれるなら、少々強引に今回の件に首を突っ込んで、話を振ったかいがあったというものだ。それに、私としては彼女の担当は君にしか出来ないものだと思っているからね」
くくく、と楽しげに笑うシンボリルドルフ。発言の真意は分からないが、隣のシンボリルドルフはテレビや檀上でみる凛とした姿とはうってかわって、まるで年相応の振る舞いをしてるように見えた。
「楽しそうだな、シンボリルドルフ。俺を上手く転がせたからか?」
「ルドルフでいいよ、トレーナー君。長いだろう?」
「わかった。それでルドルフ、俺を上手いことのせた感想は?」
「最高だった。とでも言っておこうかな」
ルドルフはイタズラな顔でニヤつく。俺が「おい」とツッコむと、「冗談だ」とまたも楽しげに笑っていた。何がそこまで面白いのか……意外とルドルフはヒトを揶揄うのが好きなのか?
「いや、実に面白い。君はあまりに素直だからね……くく……しかし、猫ですは流石にないだろう?」
「えっ?」
「そんなクッキリした歯型を付けておいて、本気で猫にやられたと言い張っていたのかい? 無理があるだろう、それは」
「いやいや! 理事長も猫のしわざって分かってくれたじゃないか」
「全部顔に出ていたよ、トレーナー君。おそらくあの場の誰もが君の嘘に気づいていた筈だ。それでもそういうことにしといてくれたのは、君がリョテイを庇ったからだろうね」
分かっていなかったのかい?と付け加えて、ルドルフは手を広げて呆れていた。
まさか、そんなに分かりやすく動揺していたというのか、俺は……だが、ここで俺の姿勢を崩す訳にはいかない。たとえバレバレだったとしても、体面的にも個人的なプライド的にも、誰がなんと言おうとも俺は猫に噛まれたのだ。
「サテ、ナンノコトヤラー」
めっちゃ声裏返った。
「ぷっ、はは! 本当に君は素直だね。まあ、それならそういうことにしておこう」
「よろしく頼む……」
「全く。それだけ大切にしているということだろうね。少し妬けてしまうよ……なら君の愛しの“ 猫”によろしく。君たちには期待しているよ、それでは」
それだけ言い残すと、ルドルフは生徒会室に向かう為に俺とは別の道へ進む。お別れだと思ったが、そこでルドルフが振り返った。
「そうだトレーナー君。理事長は猫に関することには盲目的だが、もし猫を大事にしないものには容赦がない。君の愛猫がネコが苦手だった時のことも考えておきたまえ」
そう言い残して今度こそルドルフは去っていった。
もしかして、俺、結構危ない橋渡ってる?
俺はどうかキンイロリョテイが猫を好きであることを祈りながら、今後の予定を話し合う為に彼女を呼び出すのだった。
お読みいただきありがとうございます!次回もよろしくお願いします!