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自分がどうしようも無いウマ娘だってことは自分がよく分かってた。
やりたいことをやる。それだけのことに必要なのは、実力が必要だってことも分かっていた。分かっていたつもりだった。
それでも現実は非情で、5戦5敗の事実を突きつけつけて、「お前では届かない」そう言っているように聞こえた。
アタシは事実を受け止める準備が出来ていたけど、そんなアタシを見捨てない人がいる。アタシの勝ちを諦めない人がいる。
三戦目の後、ママから言われたのは地方への転向の薦め。そしてアイツのことだ。
『アンタにもいい人が出来たんだね。いっそプライベートでも面倒みてもらったらどうだい?』
そんなんじゃないとアタシは否定した。アイツはただの腐れ縁の担当の関係だ。
そう、あの日。生徒会室でたまたま話の流れで担当になっただけの筈だった。アイツにとってもアタシはそうだと思っていたのに……
アイツは何度もアタシを助けた。怪我をした時も、治療機を壊した時も、観客に絡んだ時も、何度も、何度も……
『君はトレーナー君のことをちゃんと信頼しているのかい?』
会長の言葉に正直、胸が痛かった。アイツのことを信頼していないと言えば嘘になる。アイツのことは信じてみたい。
『俺は見たいんだよ、お前が勝って、誰よりも輝く、そんな姿がっ!』
アイツはアタシを信じていた。どこまでも信じていた。けどアタシは、アタシを信じられなかった。
勝てる気がしなかった。輝ける気がしなかった。誰かの夢なんて背負える気がまるでしなかった。
臆病だと罵られたが、正論すぎてあまりにも聞くに堪えず逃げ出した。怖かったんだ、アイツの信頼が。アイツの信頼を裏切ってしまうことが。
誰かに……他でもないアイツに見捨てられることが、アタシは何よりも怖かった。
『余計な事を考えるな。一心に彼を信じてみればいい。それできっと君の道は拓ける』
アタシを追いかけてきた会長が言った言葉。簡単なことだけど、今のアタシにはとても難しいことだ。
アタシを信じるアイツを、アタシは信じられていない。何故ならこんなアタシなんかを信じているからだ。
アタシは信じていいのだろうか。あの男を。そして何よりもアタシ自身を。
アイツを信頼したいから、もう一度だけ、一度だけアタシはアタシを信じてみようと思う。
その結果を知るためにアタシはレースに挑む。
思えば、初めて会ったあの瞬間からわかっていたのかもしれない。アタシにとって────
5月前半 未勝利戦四戦目 東京 芝2400m
レース開始30分前。このままキンイロリョテイが来なければ棄権するしかないギリギリの時間になる。そんな時、乱暴に控え室のトビラが開かれた。
「連絡くらい返せよ。心配したじゃないか」
「悪い、いろいろ考えててな」
バツの悪そうな顔でキンイロリョテイは答えた。いろいろと聞きたいことはあるが時間が無い。俺はゼッケンを彼女に手渡すと、着替えるように伝えて控え室から出ていった。
なんとか来てくれたが、レースでちゃんと走れるのか……いや、アイツはきっと走るために来たんだ。大丈夫。大丈夫だよな……?
暫くして控え室のドアが開く。ジャージ姿に16番のゼッケンを付けたキンイロリョテイが緊張した面持ちで現れる。
「キンイロリョテイ……」
「レースが終わったら、話がある……」
「……わかった」
俺たちを取り巻く空気は重い。何を話すのか、今後の俺たちはどうなるのか、そんなことが頭の中をぐるぐる回る。それを見透かされたのか、キンイロリョテイは息を吐くように軽く笑って俺を見上げる。
「見ててくれよ、アタシの走り。全部見せるから」
「……! おう、頑張ってこい!!」
「ああ、いってくる!」
キンイロリョテイは笑いながら地下バ道へと駆けていき、俺はその背を見送った。
なんか吹っ切れてたな……俺も余計な事を考えるのは後にしよう。今はアイツの勝利を願って信じる、それだけ考えよう。
頑張れ、キンイロリョテイ。
晴れ渡る東京レース場。文句なしの良バ場で18人フルゲートで行われることとなった未勝利戦。
ゼッケン16番のキンイロリョテイは外側8枠のゲートに収まった。首を鳴らして前を向く眼光は鋭く、力が籠っているのを感じさせるようだ。
トレーナーはその様子をゴール前のスタンド最前線からモニター越しに見て、ギュッと拳を握りしめていた。
「頼むぞ……」
トレーナーの想いを乗せたキンイロリョテイが体勢を整える。
「“ 18人、ゲートに収まりまして、係員が離れた”」
ガコンっと小気味の良い音を立ててゲートが開かれた。18人のウマ娘がゴールを目指して一斉に駆け出して行く。
まず好スタート切ったウマ娘が先頭に着いてペースを作っていく。キンイロリョテイは外側から内へと着く為、脚を回して前へと出ていく。
トレーナーのいるゴールスタンド前を通過するキンイロリョテイ。見送るトレーナーに一瞥することもなく走り抜ける彼女の目に迷いはないように見える。
第1コーナー入った所でキンイロリョテイは先行集団外側の6番手につけていた。いつもより前寄りの位置付けだ。
「掛かっているのか?」
一抹の不安がトレーナーを襲うが、レースは進んでいき集団は第2コーナーを周り、1分13秒で中間地点を抜けた。
(調子は悪くない……いや、寧ろ良いくらいだ)
キンイロリョテイは心の中で呟く。そしてこれならばと第3コーナーを回るところでペースを上げた。
先頭との差は六バ身ほどあるが、4コーナーに向けて集団が詰まっていくと共にキンイロリョテイもグッと前へと出た。
集団の足音が喝采のように重なり、地響きにも似た音を立てる。それに釣られてスタンドのムードも高鳴っていく。
そして先頭が第4コーナーを回った。
「“ コーナー回って先頭は早くもキンイロリョテイだ! そしてウマ娘たちは直線へと向かう! ”」
実況もこれまでと違うキンイロリョテイに驚く。ラストスパートに向けてペースが更に上がっていく。
「勝つのは、アタシだあ───ッ!!」
雄叫びを上げてキンイロリョテイがスパートを掛けた。踏み込んだ蹄鉄が芝を地面ごと巻き上げて、砂ぼこりが飛び散らかす程の豪快な末脚。
小さな体躯から繰り出される1歩1歩が後続との差を開き、観客席からはワーッと歓声が起こる。
「“ 坂を登りきってキンイロリョテイ先頭! 残りは200メートル。後ろから2番手も差を詰めているが、その差はちょっと開いている! ”」
先頭のキンイロリョテイ。三バ身程のリードをつけて残り200に到達した。スタンドで見守るトレーナーもキンイロリョテイの勝利が脳裏に明確に浮かび上がってくる。
しかし、キンイロリョテイの伸びはそこで止まった。
序盤からの追い越し。いつもより早めの仕掛け。大きな差を開くための坂道でのスパート。キンイロリョテイのスタミナが切れるのは当然の結果だった。
後続が集団となってキンイロリョテイに迫ってくる。その足音はキンイロリョテイの耳にも聴こえてくる。
(クソっ! 動け! 動けよアタシの脚っ!!)
息をする度、肺が痛む。ターフを踏み込む脚には力が入らない。汗に塗れた身体が悲鳴を上げて、もう限界だと叫んでいる。
キンイロリョテイの頭に浮かぶのはゴール寸前で差しきられ2連敗した記憶。
背後から聴こえる蹄鉄が奏でる多重奏。敗北が音を立ててキンイロリョテイに迫り来る。
(ここまでか……また、負けちゃうなこれは……ごめんな)
諦めかけて心の中でトレーナーに謝る。きっとトレーナーも同じ顔をしている筈だと頭を上げて、スタンドを横目でチラリと見た。
そこにキンイロリョテイの想像した男の顔は無かった。
「勝てっ!! キンイロリョテイ────ッ!!」
トレーナーは諦めてなどいなかった。檄を飛ばし、ひたすらにキンイロリョテイの勝利を信じる姿がそこにはあった。
(なんだよ、それ。まだ諦めてねえのかよ……)
キンイロリョテイは諦めの悪いトレーナーに呆れる。だが、それも悪くないと思った。
(わかったよ。ならアタシも最後まで足掻いてやる! アタシも信じたいんだよ、自分を。そしてなにより、アタシを信じるアイツを裏切りたくないっ!!)
脚も切らし、根性だけで走る自分にムチを打つ。止まりそうな脚を気合いで動かす。
───勝ちたい。心の底からキンイロリョテイは願った。
「そうだろ、トレーナーッ!!!」
ウマ娘のトレーナーを担当するのは決まって人間である。普通に考えれば、現役を引退したウマ娘がその経験を生かし、次の世代のウマ娘を育成した方が効率がいい。多くのスポーツ競技ではそうしてるし、それが自然な流れなのだ。
しかし、国民的スポーツ・エンタテイメントである<トゥインクル・シリーズ>ではそうではなかった。なぜなら、この世界にはジンクスがあった。ウマ娘と人間の間に絆が結ばれると、不思議なチカラがウマ娘の後押しをしてくれるのだという。
キンイロリョテイはそんなジンクスなど信じていなかった。彼女に限った話ではない。殆どのウマ娘はトレーナーとトレーニングに励み、最初レースに出るまで信じてはいないのだ。
そんなものは幼い子供が観る御伽噺でしかないと。過酷で非情なレースの世界にはそんなものはあるはずが無い、と。
そしてレースに出てそこで知る。灰被りのシンデレラがプリンセスに変身するように、魔法がかかる。科学や言葉では表せない何かがあることを知るのだ。
これはキンイロリョテイにその順番が訪れた。ただそれだけの話だ。
───キンイロリョテイの身の丈よりも大きな砂の山から、彼女は光り輝く1粒の黄金を見つけた。
胸が高鳴り、身体が軽くなったような感覚。滲んでいた視界がクリアになり、尽きていたはずの体力がほんの少しだけ戻る。止まるはずだった脚が前をへと進む。
(なんだよこれ……訳わかんねえ……でも、これならいけるっ!!)
絆のチカラに後押しされたキンイロリョテイは力強く芝を振り込む。加速するまでとはいかないが、確実にスピードを落とさず身体を前に進めていく。
「“ 3番手が2番手へと抜け、先頭を追っている! 残り50メートル! 先頭はキンイロリョテイ! ”」
先頭のキンイロリョテイ目掛けて、2番手3番手が追い込みを掛けてドンドンとその差を詰めていく。リードは一バ身しか残っていない。
「うおぉぉぉぉおお───ッ!!」
キンイロリョテイが吠えた。負けられないという想いが口から出た。
瞬間、彼女の世界から音が消えた。聞こえるのは自分の呼吸と、芝を踏み抜く音だけ。それでも目の前のゴール板目掛けて懸命に脚を進める。1歩、また1歩を踏み進めて身体をゴールへと運んでいく。
そしてゴール板を抜けた時、彼女の耳に大きな歓声が飛び込んできた。
「終わったのか……?」
キンイロリョテイは肩で息をしながら歩く。顔を上げると目の前には後ろに居たはずの二人のウマ娘の姿があった。
大きく息をして辺りを見回すと、トレーナーの姿を見つけた。
「やった! やったぞ!! キンイロリョテイ──!!」
そのトレーナーのくしゃくしゃの笑顔に思わず笑いが込み上げるキンイロリョテイ。そしてゆっくりと振り向き、掲示板を見た。
掲示板の1番上には1着、16番の表記。すなわちキンイロリョテイの勝利を表していた。
六戦目、デビュー戦からはや半年余り。キンイロリョテイが遂に勝利の栄光を手にした瞬間だった。
「ああ、よかった。アタシ、勝てたんだ……」
キンイロリョテイはスタンドを見上げて、鬨の声を上げた。
レース後、俺は急いで関係者入口から控え室へと向かった。そしておめでとうと声を上げながら勢い任せに控え室のドアを開いた。そこには少し驚いた顔で、ダラケて椅子に腰掛けるキンイロリョテイの姿があった。
「ノックくらいしろよ。アタシが着替え中だったらどうすんだ、変態」
「す、すまん。もう喜びのあまり抑えきれなくてな!」
「ったく、アタシより喜んでじゃねえか」
俺は再びスマンとキンイロリョテイに謝る。しかしこんなにも担当の勝利が喜ばしいことだとは思いもせず、年甲斐にもなくはしゃいでしまった。とにかく今はキンイロリョテイを褒めて労おう。
「お疲れ様。本当におめでとうキンイロリョテイ。正真正銘、お前が掴んだ最初の勝利だ」
「はあ? ちげーだろ?」
「えっ、違う?」
まさかのキンイロリョテイの言葉に俺はオウム返しをしてしまった。
何が違うんだ。こいつ俺の知らないどこかで勝ってきていたのか……?
などと、意味不明なことを考えているとキンイロリョテイは立ち上がって俺の背中を軽く叩いた。
「アタシと、お前で掴んだ勝利だろ? な、トレーナー!」
「あ……ああ、そうか。そうだな! お前と俺で……あぁ……」
「ちょっ!? 何泣いてんだよ!!?」
気がつけば俺の目からは涙が零れ落ちていた。それだけ俺はキンイロリョテイにトレーナーとして認められたことが嬉しかったんだ。
俺は零れた涙を乱暴に拭うと、顔を上げる。そこで優しく俺を見守るキンイロリョテイの姿にまた涙が流れた。
「こんなんじゃ先が思いやられるな。一緒に重賞だって取りにいくんだろ? 干上がっちまうぞ」
「す、すまん。もう大丈夫だ」
「それにまだ終わってすらねえよ。これからアタシのウイニングライブだぞ。誰よりも大きな声でリョテイってコールをしてくれるんだろうな?」
「もちろんだ、キンイロリョテイ」
「リョテイって言うんじゃねえのかよ」
「あ、そうだな。うん、任せてくれよ、リョテイ!」
リョテイはよし!と満足気に頷くと、「着替えるから出てけー、それとも見るつもりか変態トレーナー?」と続ける。俺は慌てて部屋を出るために扉に向かった。
ふと、俺はひとつだけ気になったことを、振り向きざまにリョテイへ訊ねた。
「そういえば、レース前に言ってた俺への話ってなんだったんだ?」
「今それ聞くのかよ?」
と、リョテイは呆れ顔だ。気になってしまったのだから仕方ないと、俺は開き直って答えを催促する。
「なんでもねえよ。いや、そうだな……」
リョテイは腕を組んで少し考え込む。そして顔を上げるとイタズラな笑顔を俺に向けた。
「これからもずっとよろしくって言いたかったんだよ。トレーナー!」
その言葉と笑みに俺はまだも涙腺がほころぶ。それを見かねたリョテイにさっさと出ていけと背中を押されて、俺は控え室を追い出された。
暫くの時が経ち、オレはステージの真ん前のスタンド席で、ウイニングライブの開幕を今か今かと待ちわびていた。
リョテイがライブ練習をこっそりとしていたことには気が付いていた。なので心配することはなく、ただひたすらに楽しみで仕方がないのだ。
そしてステージの幕が開けた。それと同時に歓声が上がる。
センターに立つのはライブ衣装に着替えた俺の愛バ、キンイロリョテイ。
「みんな! ウイニングライブまで見に来てくれてありがとうな──っ!」
弾けるような笑顔で観客に語りかけるリョテイ。未勝利戦でのライブでけっして観客は多くは無いが、それに答えるようにレスポンスが返ってくる。もちろん俺は約束通り、その中でも飛び切りの声で返していたが。
「それじゃあ、いっくぜえ!! MAKE DEBUT! ───」
ウイニングライブが始まり、リョテイが歌い、踊り出す。俺は声が枯れるまで全力でコールをし続けた。
壇上で輝くリョテイの姿は俺がかつて想像した景色をなぞるようだった。
だがこれで終わりではない。俺たちはこれから始まるのだ。
もっと激しい戦いの中へ、そしてもっと輝くステージの上へ。
──これは俺とキンイロリョテイが歩む、黄金を探すための長い旅路の第一歩である。
終わってみれば大した悩みじゃなかったと思えるのは、きっとアタシが勝てたからだ。結果が全てのこの競技の世界では珍しい話でもないんじゃないかな。
腐れ縁で始まったアタシとアイツの日々。いつからアタシはアイツを認めていたんだろう。
あの逸走時か、それとも怪我をした二戦目かな。はたまた担当になるって言ったあの生徒会室かな。いや、違う気がする。
『どうせなら大きくピッチを開いて、沈み込む様に階段を登った方が見やすくないか?』
思えば、初めて会ったあの瞬間からわかっていたのかもしれない。
アタシにとって最高のトレーナーになるのは、こんなどうしようもないアンタなんだって。
これで一先ず序章は完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。皆様評価、感想お待ちしております。
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