どうでしょうか?
「さあ。宮中先生!
霧の中から鬼が血のついた鉈を持った鬼がやってきましたよ。」
午前三時に、私はやけに騒がしいので思わず起きた。
客間に音楽イベントのメンバーが数名いるが、みんな深刻な顔をしている。
その中からさっき一緒に飲んだ人を見つけたので話しかけた。
「どうしたのですか?」
「ああ!先生ですか。…進行会議をするから拓馬くんを探しているのだがどこにもいないのです。」
「失踪したのですか?」
「…鬼に連れていかれたのかもしれません。」
「えっ?」
「知らないのですか?この地方は夜に霧が出ると鬼が出るとされているのですが、このイベントはそれを壊すために拓馬くんが始めたのです。ただ、いろいろ反対があったので拓馬くんは結構大変だったらしいのですが、当の本人がいなくなっては来年から無いかもしれません。」
「鬼…ですか?…」
(夜に霧が出ると鬼が出る…あの鬼が…しかも音楽イベントのメンバーまで知っているとは…)
「とにかく拓馬さんを見つけるのなら協力します。」
「助かります。では、羽田さんと一緒に行動してもらえますか?」
と、いうことで幸三郎さんと行動することになった。
「いるかどうか分からんがとりあえず山と川を見て見ましょう。」
と言うことで私と羽田さんは懐中電灯と羽田家の家紋が入った提灯を持ちヒラデエジンの裏山に入った。
村の東側全ての山はヒラデエジンの敷地である。
村に入るために私が使った道というのはヒラデエジンの敷地にある道で、道の両側には杉や檜が高々とそびえただでさえ三メートル先は暗くて見えないはずなのに、足元には笹や葦が生えているためもっと分からない。そのためライトも持たず入るのは考えられない。
「真っ暗の中すみませんね。」
「いえいえ」
「拓馬は私の敷地を、目をつぶっていても動けるほどよく敷地に入っているので、もしかしたら屋敷の裏山にいると踏んだのです。…裏山と言っても盆地の尾根一帯ですから、彼の場合道を歩くより知ってる尾根を駆け下りる形で走る方が得意なのでしょう。」
そう言ったら二人はしばらく黙って歩いた。
ただでさえ暗い道だったのに夜だと灯りがなければ目を閉じてても変わらないようだ。
灯りはヒラデエジンが持っている提灯と私が持っている懐中電灯だけだから暗い空間で黙ると嫌なことを思い出してしまう。そんな性格の自分が嫌になる。私の頭には浅見神主が出てきてこうささやいた
「ヒラデエジンには気をつけろ。」
(…あれはいったいなにを考えて言った言葉なんだ?まさか、鬼の正体は幸三郎さんか、もしくは幸三郎さんに指示されている人⁉︎…浅見さんはまさか味方か?)
「宮中さん?」
「はい!」
「ど…どうしたのですか?急に大きな声を出して?」
「い…いえ、考え事をしていまして…」
「まぁ、学者という仕事柄上、考えることが仕事みたいなものでしょうから…」
(…なにか、俺が疑っていることに気がつかれたか?)
「実は提灯のロウソクの火を入れ直したいので照らしてもらってもよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
(…とりあえず疑っていることはばれてないか?…よかった。)
私が提灯を照らすと、幸三郎さんは手際よく変えのロウソクを出し、火をつけた。提灯がゆらゆらとオレンジ色を放つ。
「先生、急にこんなことを言うと驚くと思いますが、もしも灯りを持たず暗闇に入ったらどうしたら良いかご存知ですか?」
「なにか独特なやり方があるのですか?」
「ここは背の低い植物がたくさん生えていますから、音を使うのです。人間はまだまだ捨てたものではないですよ。」
「なるほど。」
「おや?バス停のところまで着きましたね。」
なんだかんだ二人でバス停まで来た。
小さなバス停小屋を不規則に消える電灯が照らしている。
私は懐中電灯でバスがUターン出来るほど広がっている広場をゆっくり照らして見た。
だが、拓馬くんはいない。
「いないようですね。」
「…川にいるかもしれません。見てみましょう。」
バス停小屋の裏は一メートルほど崖になり水が流れている。だが水量はない。
「この浅瀬では川上から流されるということもなさそうですね。」
「いえ、実はここでも鬼が出れば何人か見つかるのですよ…」
「えっ⁈」
「川上に行けば分かります。行きましょう。」
(…川上で俺を突き落とさないでくださいよ…)
右手に川を見ながら前を幸三郎さん、後ろが私という形で歩って行く。
ある程度行ったら川に突き出た岩があり、岩の上のホコラの前で幸三郎さんが立ち止まった。
「この岩の下には妖怪が住むと言われ、何人も引っ張られて出て来ません。ですがだまに妖怪から解放される輩もいるのですが…長時間水の中ですから目も当てられない姿になっています。バス停の下あたりで水深が一気に浅くなる不思議な地形なので、だいたいあそこに引っかかるのですが、頭がカチ割られているものがあったりすると妖怪に化けた鬼がころしたのではないか?という噂がたったりするのです。」
「祠はその供養ですね。」
「はい。」
(…鬼だけでなく妖怪まで…しかも妖怪に鬼が化けるなど変わったことをする鬼だな…)
「またこの少し上は竜がいると言われています。」
「竜もいるのですか?」
「はい。行ってみましょう。」
結構かかるのかと思っていたがすぐに幸三郎さんは立ち止まった。
「ここです。流れが速いし水量、水の音も大きいでしょう。これを竜の巣と呼んでいます。」
「確かにさっきと比べて音が大きいですね。」
「ここ辺りでは絶対に遊ぶなと言っています。なにせ竜の巣に入ればこの激流に揉まれ妖怪岩に引き摺り込まれますから。」
「………。」
(とても悲しそうな目をしている…)
「それとこの辺りが鬼のすみかです。」
「えっ!」
(ドキッ!…まさか俺をここで…)
「あっ!すみません、不用心でした。祭りで使う仮面をしまってある小屋が近くにあるってことです。」
「そ、そうですか。」
「ですが、用心したほうが良いかと…」
「…………」
「この川をまだ遡れば神社の裏に行きますからきますから、神社に行って報告しましょう。」
「はい。…」
空が黒から藍色に変わって来たころ私たちは神社に着いた。
神社に着いたら境内で人がガヤガヤしていた。
顔が蒼白の浅見神職が我々を見つけてやってきた。幸三郎さんが話かけた。
「どうした、浅見さん?」
「拓馬が見つかりました。」
「どこにいた?」
「……神社近くの藪に埋まっていたところを発見されました。」
「「えっ!」」
その時、太陽がヒラデエジンから差し込み神社をキラキラと照らし出し、ヒラデエジンから朝霧が出てきた。
朝霧の中、藪から発掘された拓馬くんは自分の家、すなわち村長の家に運び込まれた。
一緒にヒラデエジンに頭を下げてくれた明るい村長が、拓馬くんが運び込まれた時は人が多くいるなか、目を見開き目頭にシワを寄せ、拓馬くんに「お前、なんで俺より先に死んだ!」と怒っているようだった。なにか話しかけようとしたが、
「先生、村長を今刺激するのはマズイですよ。」
という幸三郎さんに言われて、ヒラデエジンに帰った。
するとヒラデエジンが天地をひっくり返したような大騒ぎになっていた。
なんでも「人が殺された」と警察に連絡がいったため、駐在だけでなく県から刑事が来ることになり、全ての人の出入りを禁止された音楽イベント参加者が押し寄せていたのだ。
「みなさん、慌てず落ち着いてください。この家には数多くの部屋と大量の食料、遅くなるかもしれませんが電波もあります。」
軽くパニック状態になっている人たちを幸三郎さんは説得し鎮めている。
その中で、昨日一緒に飲んだ人を見つけたため少し話を聞いたところ、音楽イベントの人たちはバス停場には車が置けないので私がここに来るとき使った駅に置いてバスや村からの迎えで来たらしいこと、そのため宿がない村でも都市から人を呼べたというカラクリだということが分かった。
しかもこの人達は休みの日を使っていたので大慌てで家族や会社に連絡をしている。
騒動を少し離れたところで見ていたら浅見さんがやって来て、
「ここにいてもやることがないでしょうから、道祖神でも見ませんか?」
と言う。
「たしかにここにいても邪魔ぐらいでしょうから行きますか。」
私は立ち上がり、浅見さんの後ろに続きヒラデエジンから出て道祖神に向かうことにした。
昨日見せてもらった朝霧はすぐ終わったのだが、今日はまだ霧が出ている。
「昨日見せなかったと思いまして…」
「わざわざありがとうございます。」
道祖神とは、交差点や村の境界に位置し村や道を使う人を守るものであり、石に漢字で「道祖神」と書いてあるものから、石を加工し男女の印象をかたどったもの、手を繋ぐ男女をかたどったもの(双体道祖神と言う)などが一般的である。
だがこの道祖神はたしかに誰かと手を繋いでいるように見えるが、手の部分で石が縦に割れて一人になっている。
「これは…半分か?」
「えぇ、昔は二人居たようですがいつの間にか一人になっていたようです。」
「それは何年ぐらい前でしょうか?」
「……多分、幸三郎さんぐらいの方なら分かるかもしれませんが、あの様子では…」
「村長も今はダメそうですし…」
「…いや!村長のところに何人かの長老が行ってますからもしかしたら分かる人がいるかもしれませんよ。」
「そうですか。では行ってみましょう。」
「…実は先生を呼び出したのが神社に戻る口実を作るためだったのですが、大丈夫でしょうか?…」
「そうだったのですか。では昨日教えていただいたので村長の家に一人で行けると思いますので…ありがとうございました。」
そう言い別れた。
村長の家はヒラデエジンの近くにあるが家が密集してはいない、ヒラデエジンほどではないが大屋敷だ。
ヒラデエジンに向かう道を歩く。
朝の三時から起き出しいろいろあってもまだ午前十時前、集落を見渡しても畑の作業をしている人の姿は見えない。
霧の中、一人になったのでふと今までの謎を考え直した。
(鬼が本当に拓馬くんを殺したのか?
鬼の正体は誰か?
鬼を本当に村の人は恐れているのか?
浅見神職は鬼についてなにか知っているんじゃないか?
…そもそも、私が寝ていた時だからやってないと言えるが、もし私に疑いがかけられたら誰か弁解してくれるのか?)
「あっ、そうだ!もし俺に疑いがかけられたら誰か弁解してくれるのか?」
おもわずつぶやいた。
(しまった、重要なことを忘れてた!この村で殺人が起きても鬼のせいにすれば、とりあえず許される状況だ。しかも鬼=宮中にすれば、なにか知っている人…例えば身内が鬼をやっていることを知っている人なんかは、村の人に鬼の正体がばれるとまずいので率先して私を鬼にしたがるはずだ。鬼として私を逮捕すれば身内の罪は無いようなものになるから…幸三郎さんは私と行動していたが、なにか引っかかる言い方をしていたし、私と行動していたから、村民が私を鬼にしようと企んでいることを察知して、私に無理難題を要求したり、私が心細くなって幸三郎さん自身に裏切られないよう工作するのを待っているのかもしれない…浅見神職は明らかに怪しい行動が見える…もしかしたら鬼か?……ちょっと残酷かもしれないが、拓馬くんが墓に入るまで村長と一緒にいて恩を売るっていう軽く酷いことをしないと自分の身が危なくないか?…)
そう思いながら歩って行くと、まっすぐ行けばヒラデエジン、曲がれば村長の家というところが見えてきた。
そのとき、村長の家の方向からなにか出てきた。
(村民か?…いや違う…なんだ!あれは!…)
手ぬぐいをほっかむりにし、あの神楽にあった鬼の仮面を付け、鼻と口を手ぬぐいで隠した姿。
夢に出たときと同じ格好!
それだけならまだ良いが今は猟銃を肩から下げている。
(間違いない。夢で見たのは鬼だったんだ。どうして村長の家の方から来たのだろうか?と考えたいところだが、このままだと私は鬼と横幅が三メートルもない農道みたいなところですれ違うのか…だからといって、逃げたり走ったりした瞬間に奴は追いかけてくるかあの銃でズドンとやられてしまうだろう…逃げ切ったとしても鬼から村民に戻られたらどんな噂がたつか分かったもんじゃない……良し!)
俺はジャケットのポケットに手を入れた。
(ポケットになにか入っているから手を入れたと奴は考えてるだろうな…そう考えてれば俺の勝ちだ。変に俺を殺そうとすれば返り討ちにあうと考えるだろうから。)
鬼は礼儀良く右側通行している。私もそれに習ったわけでもなく、あの格好の恐怖で自然と右側を歩いた。
鬼と共に「死」が歩いてくるように感じた。
(…超怖えな。だけど、鬼とはいえ所詮人間。こちらは眼鏡をかけ、口と鼻をスカーフで隠している。おまけに顔を見られてからポケットに手を入れるなんて動作を取られたら怖じ気づいてるのはそっちだろう。)
霧が薄くなり始めている。あと十歩ぐらいですれ違う。
祓いたくても考えてしまう「死」 殺されるという恐怖。
私は鬼の面を観察した。
おでこのところに大きく三本シワを模した彫りがあり、目尻にもシワのような彫りがある。
目のところは穴が開いているが目の奥は暗くなっているので眼は見えない。
あと五歩…
自然と呼吸が浅くなり、呼吸の乱れがばれそうなほど疲れていると感じる。
心臓の鼓動も全力で走った後のように歩いているだけで聞こえる。
というところでこんな最悪なことを思いついてしまった。
(そうだ!話しかけてみよう。鬼もまさかすれ違うことになるとは思っていないだろうし、話しかけられたら絶対誰かにしゃべりたくなるはずだ。話しかけられたという噂がたてばそれを逆探知して犯人にたどり着くことも可能だろう。だけど、話しかけたことがスイッチになって私にむかって撃ってくるかも…)
あと二歩…
(ええい!挨拶したら一気に走ろう!)
「おはようございます。」
「!………」
社交辞令的なあいさつをした。
明らかに鬼は驚いていた。
(…びっくりしすぎてこっちを見てる。撃ってくるか?それともなにか斬りつけてくるかな?)
そのとき、なにかされるという恐怖とどんな状態なのか見たい好奇心で、首だけ振り向いた。
鬼は全身こっちを向いて私を見ている。だが、ただ突っ立っているだけでなにも構えていなかった。
(今は驚いているだけ、我に返ったら殺される…)
私は前を向くと後ろからどのように襲われるのか考えられない状況に陥った。
(この距離で銃を撃ってこられたら頭直撃で即死だな。追っかけってこられて鉈で頭を叩き割られるか、鎌を頭に突き立てられるか首ごと刈られるか…)
殺される前提のことしか浮かんでこないため、軽く気持ち悪くなっている。
(ゲロと血だまりが俺の三途の川になるのか…最悪だ…)
村長の家に向かう道まであと十歩ほど。
(はやく はやくこの恐怖から逃れたい気持ちと、こちらが話しかけるという先制攻撃をしかけている以上、走るなんて行為をしたら鬼がどう動くか…)
恐怖と闘いながら速度を変えず一歩一歩歩く。
(鬼はどうした?)
気になり今度は振り向くまではいかず、横目で見てみた。
なんと鬼は私が来た道祖神の方向に向けて歩いていた。
(チャンス!)
五歩程度だったが走り家の陰に隠れ、鬼が歩いて行った方向を見た。
鬼はちょうど霧の中に消えていくところだった。
消えた瞬間気がついたが、
私は全身の力が抜け、
心臓の動きが聞こえなくなっていき、
身体が熱く汗だらけになっていた。
朝の三時から起きてるだけでなく、鬼に会ったので精神的にヘトヘトで頭がボーっとしている状態で村長の家に着いた。
家の中が騒ついていた。一人に話しかけた。
「どうしたのですか?」
「拓馬さんの通夜だからわし達は集まっていたんじゃが、村長が誰かに呼ばれたらしくて席を立ってから結構経つがなかなか帰ってこないんじゃ。」
「えっ⁈」
「あんたも拓馬さんを探すのを手伝ったらしいからまた手伝ってくれんか?」
「…えぇ、良いですが……ひとついいですか?」
「なんじゃ?」
「少し前 銃声が聞こえませんでしたか?」
「いや……聞こえなかった。」
「そうですか、分かりました。探しましょう!」
(…銃を使ってないなら鬼がやったと言えんな…俺がやたら鬼について触れたら不審に思われそうだから鬼に会ったとも言わない方がいいか。)
「その前にトイレを借りても良いですか?」
「どうぞ、古い家なので外にあります。」
玄関を出て裏手に回り込んだら木で出来た古い便所があった。
さて開けようとしたら開かない。誰か先に入っているようだ。
「しょうがない、ここで待つか…」
スマートフォンでも出して遊ぼうかと思い下を見たとき、便所の扉の隙間から赤い水が流れているのに気がついた。
(なんだ?)
「……もしもし、大丈夫ですか?」
ダンダンダンダン!
強く扉を叩いたが反応はない。
すると、扉に小さい穴が開いていることに気がついた。
そこから覗いてみた。
通常なら座って用を足している人の頭が見える位置だが頭が見えない。
(………倒れてる?…殺されてるのか⁈)
ダッと走り出し、長老たちを呼び 金槌やノコギリ、釘抜きなどの工具で便所をこじ開けた。
すると、
大の字でひっくり返った村長が、
眉間まで鉈で叩き割られて、
口を大きく開け、
こっちを見ていた。
「ぎゃ!」
「うわっ…」
「そ…村長!」
老人達が驚きのあまり声をあげた。
赤い水はやはり頭から流れ出る血であった。