るつぼかずら(旧題:四色の愛情ブリミア)   作:駿河鵬命

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 また次の日。いつもの朝が始まる。

 

 私の朝は、本を読みながら紅茶を飲んでいるカズラの姿から始まる。朝食を済ませると緑に足を診てもらう。

 

 腫れはだいぶ引いてきたので、足の固定具は一回り薄い物に変えてもらい、車椅子から松葉杖に変えた。こちらの方が機動力が高いし、階段も登れる。

 

 

 

「どうだい?昨日から果寿蘭はまた不安衝動とか起こしてないかい?」

 

 

 今日の緑はデスクの上で人骨をプラモデルのように何かを作っていた。

 この部屋には緑が普段座っているロッキングチェアや、ロッキングチェアじゃない方の普通の椅子やキャンドルスタンドといった実用的な物と。動物の様に四足歩行の骨格に組み直した人体骨格のフィギュアといった飾り物の用途の物とハッキリ分かれた人骨の造形物で溢れている。

 

 緑の手の上で組まれているのは頭蓋骨を中心にした蜘蛛のような造形物であった。蜘蛛の腹にあたる部分に頭蓋骨を置き。八本の脚を器用に接着剤でくっ付けている。

 

 関節一つ一つを再現するように、細かく削っているので本当にこんな生き物がいるのではないかと錯覚しそうなリアルさがあって気持ちが悪い。

 しかもそれをレプリカではなく本物の人骨でそんな事をしているから余計に気持ち悪いのだ。

 

 

 

『今の所普通ですけど、昨日の朝の件があってから何が引き金になるか分からなくて、会話が少し減った気がします。』

 

「それはあまり良くないねえ。荊ちゃんとの会話が減れば、果寿蘭は荊ちゃんに嫌われたかもって気にするかもしれない。根本的にあの子は愛に飢えているんだから、荊ちゃんが愛情を持って接すれば良いと思うけどね。

 もし荊ちゃんの言葉で果寿蘭が苦しんだら、心を込めて謝れば良い。そこでちゃんと向き合って乗り越えるのは荊ちゃんじゃなくて果寿蘭側の問題だ。」

 

 

 

 私の話に興味が無さそうに、手元の人骨の造形作業を辞めないまま緑は言っていたが、内容はあまりにも的を得過ぎていた。

 

 

「あの子は監禁状態で育った割には頭はかなり良くてね。僕が初めて出会った時は基礎的な読み書きだけだったが、漢字も少し教えたら独学で出来るようになったし僕の部屋の本もかなり読めるようなった。

 彼女は経験としての同年代の友人や恋人はまだ知らないけど、本の中で学んでいる。だから本の中でしか知らない荊ちゃんのように同年代の友人が出来た時どうすべきか、凄く必死に悩んでいると思う。その一人しかいない友人に嫌われないように必死に行動するがあまりに、荊ちゃんの前では血を飲まないようにしていたのかもしれないね。」

 

 

 同年代の友人も知らず、十分な教育も施されずに父親の性的暴行に振り回されて、血を飲む習慣という異常な教育。

 どうしてこんなにも胸糞悪くて悲劇の少女が生まれてしまったのだろう。

 

 

『私はカズラの事を救ってあげたいです。』

 

「じゃあ、愛情を持って話しかけてあげて、最初は友達から、」

 

 

 ふと、緑は作業を止めた。何かを考えるように少し止まった後に、ニヤリと笑みを零す。

 どうして急にそんなニヒルに笑うのだ。私が疑問に思っていると聞く前に緑は説明してくれた。

 

 

「いや、荊ちゃんが果寿蘭の恋人になったらどうなるのかなって。統計論だが僕たち人間は子孫を残す為に、相手への愛情が芽生えると大半は性的欲求を持つように出来ている。それを幼い頃から嫌な支配として認識させられた果寿蘭は荊ちゃんに対してどんな欲求を抱くのだろうか。」

 

 

 医者や学者って倫理観を無視して実験的素体として人を見る事がある。元々がそういう性質だから仕方ないとは思うけど。

 仕方ないと言っても相変わらず発想が気持ち悪い。平気で人骨でアートを作りだす人にはこれが人に嫌われる発言だとは想像付かないのだろう。

 

 

「荊ちゃん。是非、果寿蘭とセックスして欲しい。そうしたらどんな反応だったか教えて欲しい。」

 

『いや、それは流石に……』

 

 

 飛躍しすぎって言うべき?でもカズラがどう考えているのか分からない以上それも違う気がする。昨日あれだけ触られてるし。だとしても本人がいない所で何を話しているんだ。この会話の時点で倫理的に不味い。

 

 

「そうか、まだその足じゃ本調子で動けないね。荊ちゃんじゃなくて果寿蘭が上にならないと。」

 

 

 私が黙っているのを、緑は間違った解釈で話を進めた。

 

 

「上腕骨は滑らかに削って挿れると気持ち良いんだ。」

 

 

 緑は作業デスクの奥から、一本の骨を取り出した。

 腕の骨。本来見知った関節部の形は滑らかに削られていた。何に使うか、何処に挿れるか。この話はカズラが嫌がる話だろう。

 

 

「なんだ荊ちゃん。その年齢の割にはまだ同性とのセックスは未経験なのかい?死体の彼氏を連れてきたぐらいだからてっきり一通りの性癖は持ち合わせている子だと思っていたが。」

 

 

 どこでどう発想が歪めば、性癖で死んだ男を連れて歩く女になるんだろう。

 

 

「オギは死んだ男は挿れるのが難しいから殺す前にやるって言ってたけどねえ。」

 

『いや、緑さんの思ってるキャラじゃないですよ私。自分の癖で死んだ男持ち歩いたりしてないです。たまたま二人で崖から落ちて、私だけ生き残っただけなので。』

 

「そうかノーマルか。じゃあちょっと火遊び的なプレイも覚えた方がきっと楽しいよ。そうだメイロウ兄さんに抱いて貰えば良い。」

 

 

 駄目だ。話が嚙み合わない。緑に悪気は一切ないし、頭も悪くない。寧ろ私より全然IQも高い。純粋にこの人の価値観が私と違うだけなんだ。

 私の中でカズラを救いたいからカズラの事を聞くつもりで、足の治療後に今日はここに長く居座ったけど、これ以上は無駄になりそうだ。

 

 

 私は緑との話を適当に切り上げて部屋を出た。

 

 

 次はどうすべきかと考えた時に、オギと話をしてみようと思った。

 

 彼女は人食いで危険因子ではあるけど、一ヶ月は私を殺さないという約束と長女の件がある。先日の態度も踏まえて、まず危害を加えられる事はないだろう。私の安全は保障されている。

 それでいて、カズラと似た境遇とは言い辛いが、彼女も人を食う異常側の性質だ。

 

 

 カズラと深く関わる上でオギから見たカズラの話もきっと私の中で重要になると。それで私はガレージに向かった。

 松葉杖でゆっくり歩きながら、緑のメイロウ兄さんに抱いて貰えば良いという不穏な一言を思い出して。

 

 

 そういえば一昨日の夜。カズラは何故長女に連れ出されたのかという疑問は……考えたくなかった。

 

 

 早く救ってあげたい。私しかいない。そんな焦燥感が私の足を急がせた。

 


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