ガレージに着くとやはりオギは行儀悪く食事をしていた。
「カズラならさっき血を持って行ったから、当面お前が何かされる事は無いと思うぜ。」
相変わらず汚い咀嚼音を混ぜながらオギは言った。
用もなく私が来る筈がないというのがオギの考えだろう。きっと私が血液の件で来たと思っての発言だ。
『違うよ。確認じゃなくてアンタに聞きたい事があって来たんだ。』
「なんだよ。アタシに何の用だよ?」
食べる事を辞めずに目で面倒臭いと訴えてくる。しかし、私はオギの目線を逸らさずに待つと、オギは仕方ないと言いたげに食べるのを急いだ気がした。
一応言っておくが当たり前のようにオギが食べている肉は私がこの鬼姉妹達と出会う切っ掛けになった生前は彼氏だった男の身体だ。
食べ終わると、盛大にゲップの音を鳴らして、早く言えと私を見てきた。
『カズラとはいつから一緒にいるの?』
「いつ?いつだっけな。カズラが監禁されてる時からアタシはカズラの事を知っていた。カズラは多分アタシの事は知らなかっただろうけどね。兄様がアタシによく肉を運んでくれた。だからアタシは兄様とは此処に住む前から面識があった。」
『アンタは最初からこの家にいた訳じゃないんだね。』
「ああ。鳥小屋を更に奥に進むと、半地下の離れがあるんだ。カズラが監禁されてた部屋だ。あの部屋から見える川をずっと上った所にある洞窟がアタシの家だった。」
鳥小屋の奥の離れの存在は始めて知った。多分カズラが意図的に私に教えなかったのだろう。
「一緒にここで暮らすようになったのはカズラが親父を殺してからだよ。死体の処理してくれって兄様に招かれた。緑姉さんも最初は通いだったけど、気が付いたら一緒に住んでたな。四人で住むようになってから肉はアタシが食って、皮膚は兄様が骨は緑姉さん。血はカズラが担当するようになった。」
『アンタはここでの生活に満足してるの?』
「当たり前だろ。だからここにいるんだ。街に下りたらアタシは多分サイバンってのにかけられて殺されるらしい。んで生きる為にはコセキってのが必要でそれは兄様と緑姉さんしか持ってないから、アタシとカズラは街に行っちゃいけないんだ。」
その辺の知識は緑が与えたのだろうか。オギは識字能力が無いと言っていたし。
だとしたら、一つ疑問は残る。
『アンタは、言葉は誰に教わったの?』
「あ?教わったってかんなもんいつの間にか喋れるだろ。昔は母さんと住んでたんだから。」
ここで母の存在を出されるとは予想外だ。私の中でオギは完全に人食いの赤鬼という認識であったが、オギだって人の子なのだ。人を食う人の子だ。
『母さんって、アンタの母親はまだ生きてるの?』
「当の昔に死んだよ。母さん死んでからは暫くは一人で狩りが出来なくて兄様が肉を持ってきてくれた。兄様のお陰でアタシは飢え死にしないで済んだよ。」
母親が死んでから、長女がオギに人間を与えていた。
よく考えたらこの四姉妹。義次女の緑だけは明らかに他人だろうが、長女と四女は腹違い。しかし、長女と義三女オギは体格が似ている。平均的に考えた時にかなり小柄な部類なのだ。カズラが確かに長身なのもあるかもしれないが、それ抜きでもこの二人の体躯はかなり小さい。
長女と四女が腹違いなら、もしかして長女と三女は種違いの姉妹だから、長女は食事を運んだのか?
『アンタの母親ってさ。アンタらの長女つまり
「母さんと、兄様が……?いや正直言って母さんの顔はあまり思い出せねえ。母さんの話してくれた内容は覚えてるけど、どんな顔かって言われたらハッキリは思い出せねえ。」
確かに少なくとも七年以上は前に亡くなった人の顔を写真情報無しで覚えておくのは難しい事か。
『じゃあ、アンタの母親はアンタに何を話してアンタを育てたのさ?』
「ああ。母さんはアタシに生きる術を教えてくれたよ。人の殺し方と食い方。餓鬼の孕み方と神様の存在も教えてくれた。」
オギだけは男とヤッてから殺してるというカズラの話から、餓鬼の孕み方がどれ程気持ち悪い教育かは想像が付く。そんな人が神を説くとはなんとも滑稽な話だ。
『へえ神様ってどんな存在なの?』
「神様は人間と似た形をしているからアタシら人間は絶対に神に近付いてはいけないんだ。神様にならない為にも脳だけは食べるなと教えられた。」
脳を食うと神様になるのか?初めて聞いた宗教だ。
『脳を食べると神に近付くの?』
「違うな。脳を食うとその人間の知識や思考力を手に入れてしまう。全ての知識を手に入れたらそれは神に近付く事になる。神への冒涜だ。」
納得はしないが言っている事の理解は出来る。そしてオギが習慣的に人を食う割には、クールー病等人食による病気を患っていないのはそういった思考の元、原因物質である脳漿を食さなかったからなのだろう。
話していて思ったがオギは受け答えや思考はしっかりしている。異常な育て方をされた割には地頭は良い方なんだろう。
『カズラに関してはどう考えてる?好きなの?嫌いなの?姉として指導のつもりで強く当たってるの?』
「好きか嫌いかと聞かれたらどっちかと言えば好きだな。心配はしてる。血を飲むのは仕方ないって吹っ切れろって。でもアイツはウジウジしてるからそれが出来ねえ。男嫌いだって未だに治らねえ。女の方が生物として優勢なのにそれを分かってねえんだ。それ言っちまうとどうして兄様が男という性別に拘るのかも分からねえんだけどな。」
話しているうちにオギは本当は良い奴なのではと思い始めた。思考もしっかりしてるし、カズラの事もオギなりの考えがあっての行動なのだ。そういえばカズラが私の手に噛みついてた時も、オギは緑の指摘にすぐに謝っていたし。人食いという性質さえなければ普通に仲良くなれたのだと思う。
『女の方が優勢ってのは母親に教わったの?』
「勿論そうだし、緑姉さんにも聞いたぜ。交尾の時に雌が雄を食う種は幾つか存在するが、その逆ってのは存在しないらしいな。だから男ってのは女の為に存在しているし、気持ち良くさせてもらったら後は食事になって糞になってもらう。自然の摂理さ。」
極端ではあるがある種の女性主義なだけか。ぶっとんではいるけど、ここまで振り切っていれば人里にさえ下りてこなければこんな生き物がいても良いのではないかという発想にまで辿り着いてしまう。
しかし、あと一ヶ月足らずで食事にされるのは私なのだ。ここでオギ寄りになってもいけない。
「お前は変な奴だな。アタシはこれを食べ終わったら次はお前を食うって宣言しているのに怖がるどころか会話を試みる。今までカズラが匿おうとした人間は一重にアタシを殺そうとしていたのに。」
確かにそうかもしれない。私はきっと変わっている。でも普通じゃない人達に普通で関わっても何も変化は訪れない。
少なくとも、異常から普通になりたいと願う少女が私を慕ってくれるのだ。柔軟にならないとあの子は抱えきれない。
『カズラを救いたくて価値観の視野とか広げているだけ。だからアンタの話も聞いたしアンタと話せて良かった。アンタが人食いじゃなかったら多分仲良くなれたと思う。』
「奇遇だな。アタシもお前が食料として此処に来るんじゃなくて、同じ家に住む姉妹としてだったら仲良くなれたなって思ってたんだ。」
そういう返しをしてくるあたりオギは鬼じゃなくて人間だと思えてきた。