あくまでR-15までの表現でとどめる書き方を目指しているので、軽めに書いていますが人によってはかなり不愉快な表現を含みます。
松明も消して、就寝の体勢に入っているのに、廊下からギィギィと足音が響いてきた。
いつも通りの兄様の登場にカズラは嫌だなあと意志を伝えるかのように私を抱きしめる。
しかし今日の長女の言葉は全く予想していないものだった。
「荊。来い。」
私の呼び出しはカズラにも予想外だったらしい。
「兄様。荊さんじゃなくて私が、」
「黙れ。おれが呼んでいるのは荊だ。」
カズラの言葉を遮って長女は言った。言葉だけ聞いたら凄んだ怖い演出なのに、どう聞いても女の声なのであまり怖さを感じない。
『いいよカズラ。呼ばれているのは私だ。』
私は杖を取り、ベッドから降りた。
足の回復は順調で、今は杖一本でもゆっくりなら歩ける。
ドアを開けると、松明を持った兄様こと長女の黄鬼、
やはり小柄で私を見上げる体勢だが、松明の火で下から照らされたその目はやはり塗りつぶした節穴の目で恐ろしかった。
松明を高く掲げて私の顔を確認する。
「やはり。その柄は美しい。」
今の動作が私の顔じゃなくて首のタトゥーを確認しただけだと知る。
長女の部屋は二階だった。
初めて入った部屋は独特の匂いがした。
人の皮膚を集めている所為かと思ったが、命蠟が部屋の松明を複数付けて気付く。
この部屋、油絵だらけなのだ。
独特の油絵具の揮発臭がこの部屋には充満しているのだ。
「ようこそ。おれのアトリエへ。」
全ての松明を灯し終わると部屋の全貌が明らかになる。無数の油絵、無数の武器や防具と拷問具、そして独特の肌色のパッチワークで施された額縁やソファーベッド。言わずもがな、コイツの集めるのは人間の皮膚だ。この肌色が何も意味するのか想像に容易い。
この地獄が命蠟の言うアトリエなのだ。
「人類と皮革の歴史は長い。古くは言語の成立もまだ曖昧な旧石器時代にはもう革の加工を始めていた。動物の皮を剥ぎ。身に着ける事で寒さを凌いだ。人の皮膚を使った例は十七世紀欧州で主に本の装丁で流行っていたそうだ。」
ここで私は命蠟の発言からある事に気付いた。
私ずっと命蠟が身に着けている黄土色のローブを黄色っぽくて黄鬼のイメージと思っていたが、何故そんなイメージを持ったのか。
そう。鬼とは悍ましい生き物だ。人の想像を超える残酷な事を平気でやってのける。
では命蠟が身に着けているこの黄土色のローブが前述した革の加工品。つまり人間の皮膚から作り出したものだとしたら……
「おれは自分が気に入った物しか身に付けたくないし置きたくないのだ。おれの中の芸術では本の装丁だけじゃ気が済まなかったんだ。」
意味深にローブを見せつけるかのように袖を上げる。
この袖がまさに身に着けている気に入った物だ、人の皮膚より作りだされた物だと言いたげに。
人の皮膚を身に着け、拷問具と油絵の中に生きる芸術家、朔蛾命蠟。不気味に笑うその節穴の眼に映る闇こそが、本当の鬼だと知った。
血を飲む青鬼も、肉を食う赤鬼も、骨を集める緑鬼も正直言ってあれは人間だ。でもこいつは違う。根本的に全部違う。鬼なんだ。人の常識は通用しない。
『随分趣味の悪いのが好きみたいですね。』
趣味の悪い物から目を逸らしたかったが、何処に視界を動かしても趣味の悪いものしかなかった。
人の皮膚を始め、描かれた油絵の殆どが赤の描写で拷問を受けている少女の絵ばかりが描かれている。
部屋の拷問器具は魔女裁判に出てくるような鉄の処女や木馬といった、これを考えたのは人ではなく鬼なのではないかと思うようなものばかりだ。
その拷問器具はどう見ても飾りではなく、嘗ては使用された形跡の汚れ……汚れというか主に血と体液が付いた跡がある。
拷問の果てなのか、手足両足を切断された頭と胴体だけのミイラもあった。眼窩の無いあのミイラの黒い二つの節穴が命蠟の眼と似ていて、きっとここでの惨劇を見ているうちに命蠟と同じ眼になってしまったのだと思った。
『皮膚を集めているなら拷問器具の必要性が分からないですね。』
「おれは皮膚だったら何でも良い訳じゃないんだよ。お前と一緒にいた死体の皮膚だって殆どオギに食わせたろ。皮膚に魅力がない女は此処で遊んでからオギにやるんだよ。」
悪意が無かった。
却ってヤバいと思った。だって悪意が無いのだ。当然なのだ。命蠟の中ではここの器具で殺すのは当たり前の事なのだ。
『どうして、そんな事を?』
「簡単な事だ。女は男に虐げられる為に生まれてくるからだよ。おれが女を好きにしようとそれは自然の事だ。」
そんな男尊女卑の発言を女の体格で女の声で命蠟は言うのだ。
持っている感性が私達とは少しも一致しない。どうしてこんな化け物が生まれてしまったのだ。同じ化け物の人食いのオギだってこの発想に関しては全て逆を選択しているのに。
「さて。お前を呼んだ用事だが。」
命蠟が私に何かを向けた。棒状の何かと一瞬認識したが、それが何かと分かった瞬間だからこの部屋の松明を全て灯して明るくしたのかも納得がいく。見えないと意味がないのだ。脅しにならない。
「全部脱げ。」
銃口を私に向けながら命蠟は言った。
「本気だぞ。頭を打てば皮膚は全部使えるし、手が滑って頭以外を撃ったとしても首の刺青が残ってればまあ問題ない。」
急かすように銃口を揺らすので、私は全部の服を脱いだ。今は言う事さえ聞けば殺されない。命蠟の視線はずっと私の首のタトゥーにあった。
堂々と下着まで全部脱いで、次はどうすると指示を待つと、人間の皮張のソファーに座るように言われた。
これから多分それなりに嫌な事をされるんだろう。しかし、私はこれからされる事、多分性的暴行に近い何かの事より、今このソファーに座るのが凄い嫌悪感だった。
人の皮膚だから何か菌が繁殖してそうだとかそういう発想じゃなくて純粋に、人である私が人を加工したもの使う事に抵抗感があるのだ。
しかし、そんな事は命蠟には関係無い。
私はソファーに腰掛ける前に、命蠟に押し倒されたのだ。
全裸で人の皮膚の上に寝転がる。上から押し付けてくる命蠟は服こそ着ているがそれは人間の皮膚でこしらえた服なのだ。
独特の張りと柔らかさ。しかし死んだ皮膚は冷たかった。革だった。人じゃないと思った。
きっと命蠟の眼には私の事もこのソファーやローブと同じ物にしか見えていないんだろう。
そのまま、私の視界は何か幅の広い鉢巻のようなもので覆われた。
目を隠されているからなにで自分の視界が覆われているかは分かる筈がないのに、何故かこの鉢巻のような目隠しが人間の皮膚で作られたものなのは分かった。