るつぼかずら   作:駿河鵬命

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 命蠟(めいろう)は私を壁の手枷に固定した。逃げるなよと。私の代わりにこれから泣き叫ぶカズラをちゃんと目に焼き付けろよと。

 

 今まで逃げれなくてここで死んだ人たちに拘束されるような気持ち悪さがあった。この壁は色がおかしい。明らかにここだけ血や体液を吸っている。

 カズラは上裸になって、台の上にうつ伏せになった。舌を噛まないように着ていた服を噛んだ。

 

 

 

「痛いだろうが、それでお前が逃げたら荊でやるからな。その為にアイツを拘束した。」

 

「兄様何を言ってるんですか?私は純粋に兄様の為に身を捧げているだけです。」

 

 

 

 命蠟は私のタトゥーを見て、傷で絵を描きたいと言った。しかし命蠟が今からする事はタトゥーではない。普通に刃物で傷を彫るのだ。

 

 それは芸術じゃなくて拷問だという発想は命蠟には無いらしい。

 

 

 カズラが耐えたのは五分程だと思う。

 

 

 多分カズラの精神力だけの問題じゃない。ここから見ていても分かる。命蠟は傷の上に更に傷を彫るのだ。

 皮革技法でカービングと言われるものがある。茶色の革に花が描かれるあの技法だ。あれはナイフと打ち具で革をどれだけ深く切り込むかで陰影をつけて一枚の絵となる。

 

 それを再現しているを言わんばかりに、下描きから更に彫り込みが始まったあたりで、布を噛んだままでもカズラの絶叫は十分に聞こえた。

 

 腹の底から出る、「んぐーっ」という濁点しかついていないようなくぐもった声。暴れようと台に乗った足をバタつかせるがその僅かな抵抗も命蠟が乗って抑える。

 

 ああ今刻まれているのだと分かるように喉を切らした唸り声が何度も響く。

 

 

 ぼやっと視界が滲んできた。

 

 

 意識が飛ぶのか?いやそんな筈がない。飛んだらどれ程楽か。目を開けたままで涙腺が勝手に目を潤せてくれる。

 そのボケた視界でも、命蠟の指が血まみれなのは分かる。

 カズラが何をしたっていうんだよ。なんでカズラだけこんな目に遭ってるんだよ。

 

 どうしてこの家は娯楽で暴力が存在しているのだ。おかしいだろ。なんで私の方がおかしいとでも言いたげに話が進むんだよ。

 

 

 思わずカズラの元へ行こうとしたが、壁の手枷が金属音を立てて、私の手首に食い込んだだけだった。

 その私の惨めな姿を見て命蠟はまた節穴の眼で笑った。

 命蠟の腕が少し動くだけで、カズラの呻き声と暴れようと頭を動かす音だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 命蠟が台から降りた時には、カズラの声は殆ど聞こえなくなっていた。

 だらり落ちた腕を伝って背中から指先まで血が伝ってポタポタ落ちている。そのボタボタ落ちた血が床に小さな血溜まりを作り出していた。

 

 それだけの惨状を目の前に命蠟は当たり前のように私に近付くと私の手枷を外して。

 

 

 

「帰って良いぞ。」

 

 

 

 凄く当たり前に言うのだ。

 

 実妹にこれだけの事をして当たり前なのだ。

 

 

 カズラに近付くと、うつ伏せのまま背中は全面血塗れだった。何か絵柄を彫ったらしいが、柄なんて全然分からない。出血が凄いのだ。

 カズラは私を見たけど、視界に私が入ってるのか分からなかった。虚ろなのだ。何を映しているのか分からない目をしていた。

 

 とにかくこの部屋から早く出ないと。命蠟の前から早く立ち去らないと。

 

 

 

『カズラ。行こう。』

 

 

 

 腕を私の肩に回させて、殆どの体重を私が預かりながらノロノロと歩き出した。その腕からも血が滴って私の服も直ぐに血で汚れた。

 

 

 

「怖いんだよお。」

 

 

 

 意識も曖昧な中、小さな声で子供のように泣きながら呟いていた。股間にはガッツリの失禁の跡があって、床には血と体液とで歩いた筋が残るが命蠟には何も言われなかった。

 命蠟にとってはこれが当たり前なのだ。

 血塗れになって泣いて失禁する。こんな異常な事が見慣れた当たり前の出来事なのだ。

 

 この部屋の匂いはいつだって独特だ。ただ、油絵具の揮発臭で分からなくなっただけで、この油絵具の匂いさえなければここは地獄の香りしかしない。

 

 

 

 

 

 命蠟の部屋を出ると、松明を持って一人誰かが立っていた。

 オギである。まるで私達を待っていたかのように部屋の外の廊下にいたのだ。

 

 

 

「兄様がやったのか?」

 

『当たり前だろ。アンタはカズラの姉として何とか出来ないの?』

 

 

 

 オギは苦虫を噛むような表情で下を向いた。それがどういう意味なのか分からない。オギ自身も今の感情が何か理解していないようだった。

 

 

 

「カズラはアタシが部屋に運んでおく。お前は緑姉さんを呼んできてくれ。」

 

 

 

 私の質問に答える事なく、オギはカズラを背負った。

 精一杯優しく背負ったつもりなんだろうけど、元がガサツな性格なので、背負った瞬間に傷口に響くみたいでカズラが唸る。

 心配してカズラを見たが、反応が無かった。どうやら失血によるものなのか、意識が飛んでるようだった。

 

 

 妙な事を言うが安心してしまった。

 おやすみって。やっと痛みから解放されたかな?って、今少しでも楽になるならこのまま寝ていて欲しかった。

 

 

 

「おい。カズラは大丈夫なのかよ?」

 

『今はまだ大丈夫。ただ、アンタの今後の態度によってはアンタの兄様の手で大丈夫じゃなくなるかもね。』

 

 

 

 私は急いで緑を呼びに行った。

 

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