るつぼかずら   作:駿河鵬命

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 緑の治療は早かった。傷口の処置や鎮痛剤や輸血等。というかいくら医者(は本当なのか医療関係職だけなのか)とはいえ、家に全血パックがあるのはこの家にカズラがいるからという理由が大きいと思う。入手経路は本当に謎だけど緑がいて良かった。緑のお陰でここまで治療を施す事が出来た。

 

 オギもこの時ばかりは協力的だった。水とかお湯を沸かしたりとか。

 

 

 

「こんな事もあろうかと以前、果寿蘭には破傷風のワクチンだけは打っておいたんだ。」

 

 

 

 緑は自分を褒めるかのように言っていたけど、私はある言葉が引っかかった。

 

 

 

「緑姉さんはこんな事を想像してたのか?」

 

 

 

 引っかかったのは私だけじゃなくオギも同意見だったらしい。

 

 

 

「ああ。メイロウ兄さんはいつかやると思ってた。」

 

「ふざけんなよ。何でそれアタシに教えねえんだよ。」

 

 

 

 これは流石に私だってオギ派だ。放って置いて良い話ではない。

 

 

 

「オギだって、果寿蘭がメイロウ兄さんに抱かれてた事ぐらい知ってただろ。そこから想像付かないのか?」

 

「んなの部屋隣なんだから知ってるよ。でもそれがどうして小便漏らすぐらいの怪我負わすんだ?」

 

「オギ。お前は想像力が足りない。」

 

「んだと馬鹿にしてんのか?殺すぞ。兄様は絶対だがお前は殺しても問題ねえんだぞ。」

 

 

 

 オギの殺意は本物だった。現にこいつは人を食う人種だ。殺すぐらい簡単だ。

 ただ、何故緑の事は殺しても良いなのに、命蠟(めいろう)の事は絶対になるのか。

 

 この家の癌を神の様に扱う思想の正体は一体何処にあるのだ?

 

 

 

 

「事実を言っただけで直ぐ暴力に頼るのか。いいか。お前に足りないのは想像力だ。お前は母親と僕たち姉妹のコミュニティしか知らない。僕は街に出るからこの家以外の接点がある。果寿蘭も本を読んで他者というのが様々な種類が存在する事を認知している。

 無知なお前は兄様が今回果寿蘭に施したような愛情の形を知らない。」

 

 

 

 おい待てよ。

 

 間違った事を言ってない。緑の言った事は合ってる。確かにオギは母とこの姉妹と私という両手で足りる数の人間しかまともに関わっていない。思考力や自分の意志はあっても想像力に欠ける。関わった人間が少ないから範例が少ない。分かる。言ってる事は合ってる。オギは確かにそうだ。

 

 でも、今緑は、命蠟による実妹に対しての拷問を愛情だと言ったぞ。

 

 対しオギの返答は、近くの椅子を盛大に蹴り飛ばず事だった。

 ガッタンと盛大に物音を立てて、椅子の足は一つ折れてしまった。

 

 

 

「知るかよ糞が。」

 

 

 

 オギが出て行ってしまった。

 私はオギを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 オギが足を止めたのは例のガレージだった。一ヶ月近く前私が最初に連れてこられて、目の前で死んだ元カレの死体を吊るし、血抜きをして、オギがいつも人肉を食っていたガレージだ。

 

 

 

「アタシは兄様に皮膚を渡す時。必ず殺してから剥がしてた。お前の彼氏は死んでたから毛だけ剃って直ぐ吊るしたけど、生きた男だったら一発ヤってから殺して。毛を剃って吊るして血抜きして。

 それで皮膚を剥いで、頭蓋骨を上手く割って脳を取り出して、脳味噌と皮膚を一緒のバケツにいれて兄様に渡してた。勘違いするなよ。脳を抜くのはアタシの趣味じゃなくて、兄様が言うには皮膚を加工するのに脳味噌の脂肪に浸すのが一番良いからって。

 女の場合もほぼ手順が一緒だ。流石にアタシは女を抱く趣味はないからヤってはないけど。ただ、カズラが喉乾いたって言ってる日はカズラが首から噛みついて殺す事もあった。最近はカズラもあんまりしなくなったけど。

 何が言いたいって、肉体に何かするのは殺してからなんだ。理由は簡単だ。痛いからだよ。わざわざ痛いのに生きてる時にする必要あるか?殺してからのほうが暴れないから上手に剥がせるだろうし。

 アタシはどうして兄様がカズラを刻んでたのかが分からねえ。」

 

 

 

 オギは縋るように私を見た。

 

 

 

「どうして、兄様はカズラにあんな事をしたんだ?」

 

 

 

 人食い鬼である筈のオギは私の目の前で一筋の涙を流した。

 

 

 

「なあ。カズラが男嫌いなのは知ってるよ。親父が怖かったんだろ。でも兄様は本当は女なんだよ。そんなら呼ばれてちょっと気持ち良い事してただけだろ。何でだよ?なんでカズラはあんなに怖がってあんなにボロボロなんだよ?」

 

 

 

 だからオギ。想像力が足りないんだよ。命蠟は確かに付いてないけど、別の物突っ込む事は出来るし、それがカズラにとって凄く怖い事で、従うしかなかった事もアンタには想像が出来ない所為で……

 そんな事言える筈がなかった。

 

 私はその場に座り込んでしまったのだ。

 

 

 

『オギ。ごめん。気の利いた事が言えない。どうしてこの家には妙な思想が憑りついているのか第三者の私が見ても分からないんだよ。』

 

 

 

 こんな閉鎖環境で思想が偏っているのは仕方ない。でもどうして、こんなにも底なし沼なんだ?

 

 普通でありたいと虐げられる吸血鬼と、人の痛みに泣く事が出来る人食い鬼。

 異常者を愛してると言って骨を集める鬼と、人の痛みを知らない。人の皮膚を纏う鬼。

 

 誰も自分が間違っていると思っていない。

 

 妥協点が何処にもない。誰も幸せにならない構造。

 元が欠けている所為なのか。根本的にこの方程式が無理なのか。

 だってこの人食いの赤鬼は、人の痛みに涙を流す事は出来ても、人を食うのは悪い事なのを理解していない。

 この家はきっと地獄なんだ。

 

 

 

 私はカズラの部屋へと歩き出した。

 

 

 

 死ねば楽な気がする。

 

 約束された一ヶ月の命。一ヶ月の葛藤。どうすれば救えるのか。知らない。でも命蠟以外は間違いじゃない気もする。分からないけど。人間の私には分からないけど。

 ガレージから歩くと構造上、カズラの部屋の前に緑の部屋を通る事になる。

 緑の部屋は開いていて声が聞こえた。

 今最も聞きたくないもの。命蠟の喘ぎ声である。

 

 命蠟一人だけ?いや違う。

 

 

 

「っ、はぁ……兄さん。いいよ。もっと奥まで、あっ……愛してるよ。兄さん何処にも行かないでおくれ。僕は兄さんの傍にずっといたいんだ。兄さんが何処かへ逃げないように両手両足を全て切り落としたいぐらいに兄さんを愛して……ああっ、イキそ……」

 

 

 

 地獄だなと思いながら私は緑の部屋の前を過ぎていった。

 

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