るつぼかずら   作:駿河鵬命

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 この部屋には松明が無い。

 半地下の鉄格子から差す月明りが唯一の光だった。ありがたいことに今日は満月なのでまだ明るい方だ。

 

 

 満月の夜に人は狂うという話がある。統計を取った時に人間の犯罪率が高いのは満月の日であると。欧米ではかなり信じられた話だし、狼男の話も満月の夜に狼に変身するという話だ。

 

 

 でも実際の所、満月の夜に犯罪率が上がるというのは納得がいく。満月の夜はこんなにも明るいのだ。

 これが新月の夜であったら、自分の姿すら見えない程暗い事だろう。そんな暗い状況で犯罪なんて起こせるか?少なくとも私なら出来るだけ明るい夜の満月の日に犯罪を行うだろう。そう考えると満月の夜に人が狂うという話は夢のない科学のトリックだ。

 

 

 鬼の四姉妹もそれで説明が付く。命蠟(めいろう)は精神的ヤバいだけだし、緑も性癖がズレてる。オギの人食いも、カズラの吸血も教育と習慣であると緑はみている。多分そうなんだろう。人間って思う力だけでなんとでもなれる。

 実際私は死ぬのが怖くなくなってきていた。思う力の典型だと思う。本来は死ぬ事は怖い事なのに、残酷に殺される未来が待っている場合、楽に死ねる事は怖くないと思ってしまうのだ。

 

 

 死ぬのは怖くない。でも苦しんで死ぬのが怖い。なら楽なうちに死のう。

 それでも、明日の朝まで待ってみよう。カズラが鳥小屋に来る時にもしかしたら姿が見えるかもしれない。

 そう期待して、格子を覗いたが鳥小屋は丁度死角だった。

 今頃、カズラはどうしているだろうか。

 私を探し回っている所をオギに説明されているあたりだろうか。脱走したって嘘を。

 

 

 そんな事を考えていたら、あの鉄扉が突然開いた。

 松明を手に誰かが入ってくる。

 

 

 カズラだった。

 

 

 

「やっぱり此処にいたんだね。脱走なんて嘘じゃん。」

 

 

 

 カズラはこの一ヶ月の生活で一度も見た事のない青いシャツを着ていた。そういえば初めて会った時私はカズラの青いマフラーを見て、なんとなく青鬼のイメージを持ったんだ。

 

 

 

「懐かしいなあ。嫌な思い出で吐きそうだよ。」

 

 

 

 松明を手に、部屋を回って見ながら言う。

 壁に着いた手枷の前でカズラは止まった。

 

 

 

「ここで裸にされてね。両腕に手枷を掛けられて、いっつも犯された。痛いし怖いしで泣きまくったし何回漏らしたか分からないよ。生理の時に挿れられるとお腹痛くなるしゲロ吐くから嫌だって泣いてお願いしても容赦なかったなあ。」

 

 

 

 カズラは今自分の過去の話をしている筈だった。

 七年前のこの家にあった最悪な真実。被害者のカズラの話。しかし、今のカズラはまるで命蠟のような節穴の眼でまるで他人の話をしているようだった。

 今度は床に置かれた鉄球の繋がった手枷の前で止まる。

 

 

 

「なるべく弱った人で練習させられたけど、これのお陰だなあ。私が無駄に力が強くなった理由って。床に押さえつけて何処を抑えれば人って動けなくなるか学んだ。

 首を絞めるとさ、意識が飛んで大人しくなるんだよ。でも死んでない。心臓は動いてるから、意識を失ってる時に頸動脈を破ると、心臓の鼓動に合わせて血が噴き出るんだ。これが一番美味しい飲み方だったと思う。」

 

 

 

 そして、斧を拾い上げて。

 

 

 

「これで父さんの頭割ったんだよ。懐かしいなあ。あんなに怖かった父さんはこんなにも簡単に殺せるんだってびっくりしちゃった。でも全然美味しそうな血じゃなかったから飲まなかったなあ。姉ちゃんは誰であろうと肉は肉って普通に食べてたけど。あの時が初めて姉ちゃんと会った時だった。」

 

 

 

 カズラになんて言葉をかけるべきか分からなかった。

 今のカズラは過去の自分を乗り越えたからこうやって過去を語れるとかそういう感じじゃない。

 なんかネジが外れた感じがするのだ。人の道を外れた、いや今の今まで十分人の道は外れているけど、なんていうか、

 

 

 

 鬼。になってしまったというか。

 

 

 

 

「吸血鬼って獲物である人間を引き付ける為に性的に魅力がある容姿になるんだって。そう考えると納得かな。父さんも兄様も私の虜だったんだから。ねえ荊さん。キミには私が魅力的に見える?」

 

 

 

 普通になりたい。人間でありたい。カズラの最初の印象はそんな少女であった。

 しかし、今はまるで吸血鬼を肯定する口ぶりだ。

 私にはカズラの言葉が一つ一つ催眠術のように頭に響いた。そういえば吸血鬼は催眠術が使えるって説もあったな。節穴の眼をして鬼になったカズラは多分私が知っていた昨日までのカズラじゃない。分かっているけど、何故だろう?

 会いたかったし、私はこれでもう死ぬつもりだった。

 目の間で節穴の眼で牙を出して笑う青い吸血鬼は今の私にとって凄く魅力的で凄く愛おしくて欲しかった。カズラという人が欲しくて堪らなくなった。

 

 

 

『ごめん。どう捉えられるか分からないけど。私もカズラが欲しい側の人間だ。』

 

 

 

 私の返答に、カズラは満足そうに牙を出して笑った。

 そして私を押し倒して、首のタトゥーを優しく指で撫でる。

 

 

 

「じゃあ私もキミが欲しいし。食べて問題ないよね?もうキミは兄様のものじゃなくて私のものだよ。」

 

 

 

 唇が重なる。

 

 この子は何処でこんな優しいキスを覚えてきたんだろう。

 緑にはどんなセックスするのか随分聞かれたが、カズラのやり方ってのは随分普通だった。普通って表現も変か。好きだから触りたい。そんな感じ優しく触れてくる。

 今までカズラに酷い調教を加えてきた人達とは違う、カズラなりの精一杯の愛情表現。

 明後日には殺される予定だった人間が何をしているんだと思う。いや、死を一度意識してしまったからこんなにも貪欲なんだろうか。

 求められたし求めてしまった。

 舌を絡め合って、とろっと溢れ出た所に優しく指を挿れて、甘い吐息を受け取る。

 小刻みに震える身体を受け止めても、まだ収まらない欲情が何度も掻き立てる。

 何度絡ませても飽きない舌を今度はカズラが私の首筋を這う。脈の上を愛おしそうに何度も舐めてくる。その仕草が愛しくてもうカズラのものになってしまいたいと願ってしまった。

 噛まれて良いや。死んで良い。

 いや、今死にたい。

 耳元を舐めながらカズラは呟いた。

 

 

 

 

「吸血鬼に噛まれた人間って吸血鬼になるらしいよ。」

 

 

 

 

 私が何か言葉を返す前に、首筋が熱くなった。

 熱い。でも一瞬だけ。直後、腰から背中へと一気に寒気が立ち上り私はカズラを抱きしめる。寒い。体温が欲しいって。

 耳元で聞こえたのはカズラの鼻息と啜る音。傷が浅かったのか、もう一度噛まれる。

 

 

 

『あっ、うああああ……』

 

 

 

 呻きなのか叫びなのか分からない声が漏れた。深く刺さったのが自分でも分かった。皮膚が裂ける瞬間の音が脳に響いたように錯覚した程だ。

 寒い。呼吸がまともに出来なくなる。寒い。

 血を吸われてるんじゃなくて体温が吸われている。寒い寒い寒い。私が溢れてく、カズラに吸われていく。

 多分死ぬ。もういい良かったさよなら。これで良い。

 冷え切った身体にカズラの体温だけを感じる。

 

 

 

 

 これで良かったんだ。

 




明日日付が変わる頃に22を更新して
明後日日付が変わるごろに23話を更新して完結します
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