目が覚めたその時は、ビビる程の寒気と頭痛だった。
目を開けても世界がぐるぐる回っているような錯覚。意識が朦朧としている。でも今が朝か昼なのは分かった。半地下のこの部屋にちゃんと光が差し込んでいるのだ。
部屋が明るいから、この部屋にも私以外の誰かがいるのが分かる。
オギと
「アタシにはカズラを救えなかったよ。」
オギはそう言った。何の話だろう。どことなく、ぐったりしている感じがする。
命蠟もぐったりと倒れている。背を向けているから顔までは見えないけど、この長い白髪が命蠟以外な筈はない。
「昨日、アタシと兄様は緑姉さんに薬を盛られたんだ。眠くなるやつ。意識が朦朧としてきた所で、カズラに此処に連れてこられた。」
緑とカズラが?何故だろう?
私も何か考えて、オギと会話がしたかった。しかし頭が全く働かないし眩暈もかなりあるのだ。オギを見ている筈なのにずっと頭を振っている錯覚に陥る。
そしてどうにもならないくらいに寒い。
『さむい……』
「ああ。そりゃお前裸なら寒いよな。アタシの服着て良いぞって言いたいが、この有様じゃ服を脱ぐことすら出来ねえ。」
良く見るとオギは拘束されているようだった。何故かは分からない。
そんなオギを見ていて、また私は意識が遠くなる。
次に起きたのは、命蠟の声が聞こえたからだった。
どうしてだかこの人の声は耳に絡みつくのだ。キャラとのギャップだろうか。自ら兄と称し男である事に拘っているのに、体格も声帯も全て女なので声の違和感が強いのだ。
その命蠟の悲鳴に近い声が聞こえるのだ。
私の身体には何か布を掛けてもらった。少し暖かくなった気がする。この部屋にブランケットなんてあったっけ?色々思うが、この布は命蠟が着ていた人皮のローブに似ているし、命蠟の油絵具の匂いがする気がした。
また意識が途切れて今度起きた時は、眩暈こそ強いが意識は比較的戻ってきた感じがする。
カズラの声が聞こえたのだ。
相変わらずの眩暈の所為で距離感が全然掴めないのだが、この半地下の小屋にカズラとオギも緑もあと何故か服を着ていない命蠟もいる。
「姉ちゃんは嘘吐きだからね。どうして私に嘘吐いたり、私があんなに泣き叫んでも助けてくれなかったんだろう。だから私も姉ちゃんが泣き叫んでも助けないよ。」
オギに向かって話しているんだろう。しかしオギの返答はなかった。
「もう叫ぶ元気もなくなっちゃったか。」
オギの身体は壺に縛られていた。壺の口に両手を置いてそこから壺に向かって血が流れ続けている。
怪我をしているのか。それでそのまま出血したら勿体ないからカズラが後で飲むように壺に貯めているのか?何故怪我をしたのだろう?よく見たらオギの両腕こそそこにあったが、両手はもう既に無かった。
しかし、オギはまだ意識があった。汗だくで虚ろな目でゆっくり語る。
「カズラ……ごめんな……アタシが馬鹿だったよ……アタシは人の気持ちが……分からなくて……迷惑かけたな……」
なんだ?何が起こってるんだ?
私には状況が何も理解出来ないまま、カズラは斧を持ってオギに近付く。
「姉ちゃんは良い人だよ。ちゃんとごめんなさいが言えるからね。良いよ。じゃあ殺してあげる。」
カズラが言い終わった時には、振りかぶった斧は鈍い風切り音を上げて、ごとっと、物が落ちる音がした。
何が落ちたか?落ちたオギの頭はそのまま転がって私の目の前にきて、見開かれた目は私と視線を合わせた。
「姉ちゃんは死者に見られるって毎回眼球引っこ抜いてたけど、閉じてあげれば十分だと私は思うんだけどね。」
カズラがオギの首を拾い上げて、オギの瞼を閉じさせた。その一連の動作を行ったカズラの手は血まみれだった。
何が起きているのか理解できない。いや映像として理解は出来る。カズラがオギの首を斬り落としたのだ。オギの身体の首の切断面からびちゃびちゃと血が溢れている。しかし私がこれを真実だと理解出来ない。
夢を見ている気分なのだ。夢の中ってどんな理不尽な事が起きてもコマが進むように、何故かカズラがオギを殺してそれに異議を唱える人がいない異質な現場。
「じゃあ次は兄様の番だよ。」
カズラがオギの首を置いて、斧を片手に命蠟に近付く。
命蠟は全裸で壁の手枷で拘束されていた。
勿論身体は女だから男のアレはついてないし、どう見ても女の身体のそこからは排泄物を漏らして嘔吐物の跡もあった。
「嫌だ!いやだああ!ごめんなざあああいい。死にだぐない!」
潰れた女の声で泣き叫ぶ命蠟の腕を緑が何か紐のようなもので縛っていた。肩から肘の間を血を止めるように縛る。
段々周りが見えてきた。
どうしてこの部屋はこんなにも明るいのだろうと思ったら、松明だけじゃなくて、部屋で焚火を焚いているのだ。焚火の中で何か炙っているみたいだ。
「兄様大丈夫だって。殺さないから。兄様が今まで色んな人にやって来たことを兄様に返すだけだから。」
カズラが斧を振り上げて、下すと。
命蠟の絶叫と、切断された腕が床に落ちた。
腕が床に落ちる瞬間。始めて見たけど、ちゃんとぼとっと荷物を落としたような音がするのだ。
すぐさま緑が焚火の中から何か赤く熱せられた板状の物を取り出して、命蠟の切断面に当てた。
声にもならない動物のような叫び声を命蠟は上げ続けていた。
その様子をカズラは節穴の眼で見つめ続けて命蠟の腕を拾いあげて、そこから零れる血を飲み始めた。
「意外と美味しいね。非人道を征く鬼だと思ってたから、どんな味がするんだろうと思ってたけどちゃんと女の血の味がするよ。」
カズラは当たり前といった態度だった。悪意なんてない。これが普通。泣いて叫ぶ命蠟に何一つの慈悲を与えずに腕の血を飲みながら、緑が命蠟に何かを施すのを見守っている。
『カズラ……』
私の小さな声にカズラは気付いてくれた。
「荊さん起きたんだね。」
斧を置いて私の傍にしゃがんで私の身体を起こしてくれる。
向き合ったカズラの顔は血塗れだった。額を怪我しているのか思ったが違う。全部返り血だ。着ていた青いシャツも青じゃなくてどす黒く変色してカズラの肌に張り付いていた。シャツのまま水浴びでもしたかのように胸の形がしっかり分かる程に濡れたシェルエットで一体彼女はどれ程の血を浴びたのだろうか。
「ごめんね。もう少しで終わるからもうちょっとだけ待ってね。」
恋人にするような深く甘いキスをくれた。
血の味はしたけど、全然不快じゃなくて、また意識がぼうっと暗くなった。
次の場面も、命蠟の声から始まった。
命蠟の声ってもあの黄色い声じゃなくて、酒焼けしたようなガラガラの声なんだ。でももとの声が特徴的だから命蠟の声というのは直ぐにわかった。
「ごめんなさい……殺してください……」
ガサガサの声だけど多分そう発音したんだと思う。
「駄目だよ兄様。兄様は死ぬ事も赦さないよ。だから姉さんに頼んで死なないようにゆっくりやったんだから。」
焚火が揺らめく中、二人の影が壁際の何かを見下ろしていた。多分二人の奥には命蠟がいるんだろうけど、よく見えない。
「メイロウ兄さん。美しいよ。僕は何年も兄さんを見てきたけど今が一番愛おしいよ。」
軽快に嬉しそうに緑は言っていた。そして何故か服を脱ぎ始める。
「姉さん。今からおっ始める気?荊さんの治療がまだ、」
「大丈夫だって。直ぐ終わるから終わったらちゃんと診るから。今はほらもう我慢出来なくてさ。こんなにも可愛い兄さんを見ていたらさ、僕もさもうこんなに濡れてさ……」
全然状況が分からない。
多分夢。そう思う事にした。
相変わらずの頭痛と眩暈。そして寒気で、朦朧とする意識がまた深く引っ張られていった。
明日の日付が変わる頃。最終話更新します