るつぼかずら(旧題:四色の愛情ブリミア)   作:駿河鵬命

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‡23(最終話)

 寒い。心臓が凍り付いたような胸の奥の芯からくる寒気だった。心臓が冷たいって表現は変かもしれないけど、こうも胸の奥から寒気を感じると心が凍り付いたような感じがする。これだけの寒気の割には胸の奥は過食の時のような圧迫感があって吐き気を感じた。

 そんな寒気の中、体温を感じたのでゆっくり目を開けると、カズラが私を抱きしめていた。

 

 

 

「おはよう。ずっと寒いって言ってたから温めてあげたよ。」

 

 

 

 私の頭を撫でてくれた。

 見渡すとカズラの部屋だった。いつも通りの平穏な朝日と鳥のさえずり。テーブルの上には血を入れているミルク缶と読みかけの本が置いてある。

 

 

 

「まだ鳥小屋行ってないから、卵の収穫しないと。」

 

 

 

 カズラがベッドから降りた。私を温める為なのかその時に彼女が衣服をほぼ身に着けていない事が分かった。いや下は履いてるけど、上裸なのだ。だからその後ろ姿で、私は彼女の背中に施された彫り物を始めて見たのだ。

 

 

 蔓。だった。

 

 

 私の柄が、首から肩まで荊のトライバルで、対しカズラの柄はトゲの無い蔓の絵が傷で彫られていた。タトゥーのようにインクは入れてないけど、これだけの深さだから多分一生残るだろう。

 

 荊の道は、足を踏み入れる前に危険だと分かる。

もし誤って一歩足を踏み入れたとしても無数のトゲに阻害されて、前に進めない。直ぐに引き返そうとする。

 しかし、蔓の道はどうだ。最初は怪我をしないで進める。でも蔓が身体を縛る痛みに気付いたその時には手遅れで足に絡む蔓は引き返す事を赦してくれない。

 そのまま絡め取られて、一つになって共生するのだ。

 

 どこで聞いたっけそんな話。

 凄く朧気。

 

 

 

「荊さんが寝ている間に、本を読んでいたんだ。この本さ、兄様の部屋にあった本なんだけど、誰が書いた本なんだろう。森の中に迷い込んだ一人の少女が、出口を探すうちに蔓に絡め取られて最後には森の中で一緒に暮らす話なんだ。面白いから荊さんも後で読んでみてよ。」

 

 

 

 蔓を背負った一人の少女は、本をパラパラと捲って、それからミルク缶の中の血液を飲み始める。

 以前は私の前で血は飲みたくないと言っていたのに、今はこうやって正直な姿を見せてくれる。

 

 

 

「姉ちゃんの血。思ったより美味しくないんだよね。人間の肉ばかり食べていた所為だろうか?味だけで言ったら兄様の血の方が美味しい。勿論一番美味しい血は荊さんのだけど。」

 

 

 

 姉ちゃんの血。あのミルク缶の中身はオギの血が入っているのか?

 段々記憶が戻ってきた。オギは壺に縛られて手首を切り落とされていた。その後に首を刎ねられた。これは夢じゃない。今になって鮮明に転がってきたオギの頭のあの絶命の瞬間の表情を思い出してしまった。

 

 

 

『オギ、死んだの?』

 

「殺した。嘘吐きだから。」

 

 

 

 悪意無く。カズラは言った。普通の事をしたとでも言いたげに。

 

 

 

「だから安心して、もうキミは姉ちゃんに食べられたりしないよ。もうこの家に人食いはいない。」

 

 

 

 カズラは優しく私にキスをした。舌が入ってきて鉄の味と生臭い血の香りがしたけど、不思議と嫌な気はしない。普通なら吐き気を催すだろうに。

 

 

 

「でもね。人食いはいなくなったけど、この家にはまだ人様の皮膚に執着するキチガイはまだいるよ。」

 

 

 

 カズラが座り込む。

 

 ベッドの下、私の死角から何か拾い上げるようにして立ち上がった。

 最初は人形だと思った。サイズ感的に。丁度両手で持つぐらいの大きさの。

 それを私が座るベッドの横に置いた。

 白髪の人形だった。背中まである長い髪は全て白くて、かといって老人のモデルの人形かと思えばそうじゃない。肌には若さがある。

 

 頭の大きさの割には全体のバランスが合ってない気がして違和感があった。

 いや頭が大きいのではない。寧ろ一般より小さい頭蓋骨で小顔の部類に入る。全体的にパーツが欠落しているからこんな違和感のある人形なのだ。

 両腕、両脚を切り落とされて、胴体と頭だけで構成されているのだこの人形は。

 

 

 

「でももう自力では何も出来ないから、無害だよ。寧ろお世話が必要なんだよね。食事も排泄も自力で出来ないからね。」

 

 

 

 何を言ってるのか分からなかった。いや分かりたくない。私の脳が本気で目の前の惨劇を拒否している。

 

 今私の目の前に置いてある人形は人形ではなく、両腕両脚を切り落とされた朔蛾(さくが)命蠟(めいろう)本人なのだ。

 何も喋らず、全てを失った顔で私を見つめていた。相変わらず節穴の眼をしていたが、今までの様に私の恐怖を鏡のように映す眼ではなく、底無しの地獄のような虚無がそこにあるのだ。

 

 

 

「あっ、大丈夫だよ。私たちは今まで通り、鳥小屋の掃除して、食事の用意とかいつもの家事だけで、今後兄様の世話は姉さんがするし、いつもは姉さんの部屋に置いておくから。ただ、荊さんにも見せておこうかと思って。」

 

 

 

 テーブル上、カズラが手を伸ばして、ナイフを手にする。そして、命蠟の鎖骨の下の辺りに刃を当てた。

 

 

 

「出来れば、時間経ったのより新鮮なものを味わってもらいたかったからね。大丈夫。ちゃんと姉さんには許可取ってあるから。」

 

 

 

 節穴の眼をしたカズラがニヤリと笑う。

 

 

 

「吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になるって話覚えてる?」

 

 

 

 カズラがナイフを引くと、命蠟の胸に一筋の傷が走って、血が滴り始めた。

 これだけの身体になったにも関わらず、ちゃんと痛覚はあるみたいで命蠟は顔をしかめた。その表情の変化がまだ此れは人形じゃなくて生き物だというのを感じる。

 

 

 目が合ってしまった。

 

 

 命蠟の眼からは一筋の涙が零れていた。頬を這う涙を見ながらも私の視線は傷口の方へと注がれてしまった。

 傷の端から乳輪の横を通ってヘソの方へ血が垂れていく。肌が白いので浮いたような赤い血が涙なんかより凄く綺麗で釘付けになってしまった。

 

 

 

「だから荊さんも喉乾いたかなって。」

 

 

 

 胃の奥が重く。喉が鳴る感じがした。これが多分、本能なんだろう。

 カズラにそう促された私は何も疑問を感じずに、命蠟を抱き寄せて胸の傷口を吸った。触れる肌には確かに体温があって明らかに生き物の反応だし、声は出さずとも怖がって息を吸う命蠟の喉の音はちゃんと聞こえた。

 

 もっと欲しくて傷口を抉るように舌を這わすと、この胴体だけの身体が小刻みに震えているのが分かった。この恐怖に私は何処か悦んでいる。性的に感じてじゃなくて完全なる恐怖で強張った乳首も悪戯で噛みちぎってやりたいと鬼畜な思考まで一瞬持ってしまった。

 

 

 気持ち悪いと思っていた筈のこの味も何故か水を飲んだ時のように喉が癒される事に安堵する自分がいた。

 慈愛を込めた手でカズラが私の頭を撫でてくれる。愛情を感じながら私は命蠟の血を啜り続けた。

 

 

 

 大丈夫。もう吐き気は収まった。

 

 

 

 

(了)

 

 




【感謝と挨拶を兼ねたあとがき】

 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 web連載の話を書こうと2000文字から4000文字で区切る原稿を意識して書いたのは今回が初めてですので、普段連載スタイルで話が書ける人って本当に凄いです。痛感しました。

 某魔法少女アプリをプレイしていて、【義姉妹】って響きって良いな。。。から、ここまで書き上げました。どうしてこんなに頭のおかしい話になってしまったのか。
 初期プロットでは上二人が男、下二人が女で、下の二人が義姉妹って設定でした。
 でもプロットを煮詰めている間に何か違うなあって。書いているうちに四姉妹になり登場人物はどいつもこいつも頭がおかしくなっていき、こんな話に落ち着きました。
 といってもいつも頭おかしい人の話を書いている気もします。

 今回はweb用でしかもR-15なので、濃い表現は使わずになるべくさらっと書こうと意識して書きました。本当はもっと書き込みたいと思っているので、反響によっては加筆版を紙の本にして出すかもしれないし、出さないかもしれない。
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 気が向いたら評価とか入れてあげて下さい。小躍りして喜びます。


【2021.05.15追記】
 ブリミアbulimia:神経性大食症、過食症

【2023.05.22追記】
 この小説アップしてから二年が経つんですね。
 紙の本にして出すにあたりタイトル変えたかったり、もう少し加筆する関係で、登場人物の名前を変えました。
 そのうちどこかの即売会で出すと思います。

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