次女緑鬼が医者という肩書きの所為か、松葉杖と車椅子が用意された。
取り敢えずは階段は上らないで一階のみを回るからと、私は車椅子に座り、カズラに押してもらった。
家の中は思ったより部屋の数が少なかった。
部屋というよりレンガ造りの門やガレージが多いのだ。家の中でもない、外でもない屋根だけのエリアというのが以外と多い。敷地の端っこには鳥小屋があった。鶏が数羽飼われており、カズラが毎朝卵を取りに行くと。
あとは井戸も旧式の物がある。初めて見たけど落ちたら命は無いんだろう。
『この家には電気はないの?』
「ほぼないね。小さい発電機があるから多少は使えるけど、電気が無くても生活出来るからあまり使ってないよ。嘗てのこの家の持ち主も完全に街から孤立して生活する為に立てた家だから電気とか、電波とかそういうの無しで生活出来る家にはなっているんだ。」
カズラの紹介で、畑の前を通る。
「今は冬に入るから畑はお休みだけど、夏は私が色々育てているよ。ってか夏って雑草さえちゃんと抜けば勝手に野菜って育つし。」
更に、車庫の前を通ると一台だけ車が見えた。
「あれは姉さんの車。姉さんは、家族の中で唯一車の免許を持っているし、非正規の医者関係の仕事があるから街に出たりするんだ。その時に大量の買い出しも頼んでる。結局この家で人の肉を食べるのは姉ちゃんだけで、残り三人は普通の食事だからね。でも冷蔵庫がないから、野菜中心の食事が多いかな。姉ちゃんからしてみれば信じられない食生活らしいけど。」
電気が使えないという事は冷蔵庫も使えない。野菜中心の食事と言っても加熱するにもガスは使えない。なんて不便な生活を営んでいるんだろう。
『不便だって思った事はないの?』
「街の人の便利な生活を経験した事がないから私には不便ってよく分からないな。姉さんは街に行くから多少の不便さを感じたりするんだろうけど、兄様も姉ちゃんも私も森から出ないから、根本的に便利な生活ってのが分からないんだ。」
次に案内されたのは不便な台所であった。
釜戸と甕が並ぶそこはまさに昭和初期の世界であった。
きっとこの家の嘗てのオーナーは外国人なのではなく、中途半端に西洋を模した造りを設計させたきっと文明開化に酔いしれた人間なんだろう。
現に、基礎はレンガ造りだけど台所は日本式だし、経年経過の増改築の過程で文明や部屋の構造が入り組んでいる。
頭に地図が描けない独特な構造過ぎるので、もし逃げるって時の為に当面の私の目標はこの敷地内の地理を覚えるという事だった。
「街の人はガスコンロってので一瞬で火が使えるんでしょ。でもそれは街の人が忙しい生活を送ってるから急いで火を着けるだけであって、私は急いでないから釜戸で全然十分なんだけどね。朝のパンも私が焼いたんだ。上手でしょ。」
それは予想外だった。鎮痛剤飲みたさに味わう事なく急いで食べてしまったがまさか手作りだったとは。だって朝一で出されたパンが手作りなんて普通の人は想像つかない。異常な姉妹達の件はおいて、カズラという人間を単体で見た時に、この子の生活スキルは高すぎるし、それを不便とも思っていない。きっとこの子は人殺しを覗けばここでの生活を気に入っているのだろう。
次に通ったのが緑鬼次女の部屋の前だ。
「ここが姉さんの部屋。ノックして返事があれば入っても良いよ。本がいっぱいあるから貸してもらえるし。私も良く借りるんだ。兄様も借りてる時がある。姉ちゃんだけは字が読めないから絶対来ないけど。」
さらっと衝撃的な発言だ。いくら義姉妹とは言え、医者と識字能力のない子が一つ屋根の下に住んでいるなんて。
そんな感じで一階で回れる案内は終わった。長女と三女赤鬼オギの部屋の紹介がなかったので多分二階なんだろう。といっても二階があるエリアは限られているので多分あの辺だろうと想像は付くが。
カズラはこれから鶏の小屋の掃除を済ませたら、夕飯の仕込みを開始するらしい。私も手伝おうかと聞いてみたが、車椅子で台所を動くのは大変だろうから一人で平気って。いつもは一人で作ってるし。でも足が治ってきたら今度は手伝いお願いするかもと、良い断り方をしてくれた。やっぱりこの子性格が良い。
私はまたカズラの部屋に戻った。
部屋は余っている部屋を使っても良いみたいだけど、長く使ってないから私が嫌じゃなければ、カズラは一緒に自分の部屋で過ごそうと提案してくれる。
これはありがたかった。
私の事は一ヶ月後に食う。そう宣言しているオギが本当に私を一ヶ月我慢するのか私には信用がないのだ。
夜中寝ていたら、うっかり次の日は来なかったって落ちも結構本気でありそうなのだ。
そこを一番無防備になる夜もカズラと一緒に過ごせるのなら、安心出来る。カズラは人は殺したくないし、一ヶ月は保証すると言ってくれている。多分何かあってもオギに交渉してくれる筈だ。
カズラの部屋に戻ったところで私になにかやる事が出来る訳ではない。
カズラが朝読んでいた本を読んでみようかと思って少しページを開いてみたが、親の虐待による子供の精神の育ち方とかそういったテーマのヘビーな内容だったので私は直ぐに本を閉じた。
仕方ないので、頭の地図を明確にする為にも私は車椅子のまま、一人で一階の探索を復習する事にした。