夕食は台所に直結した隣の部屋だった。カズラはこの部屋を食堂と呼んだ。
四人掛けのテーブルなので姉妹達でテーブルを囲むのかと思いきや違った。
長女も次女も現れたかと思えば、自分の分だけ持って自分の部屋に向かったのだ。
「ここで食べるのはいつもは私だけなんだ。食器片付けるの楽だし。たまに姉ちゃんがここで食べたりするけど、主食が人肉だからね。献立次第。」
といっても今日の夕食はカズラが焼いたパンと野菜のスープだ。さっきの会話では人以外の肉は食べないようだったが、野菜は食べるんだろうか。
噂をすればなんとやらで、早速オギはこの食堂に現れた。
「今日のメシなんだ?」
「野菜スープ。姉ちゃんが食べなそうなやつ。」
「そうか。じゃあ水だけ貰ってくよ。」
オギは、奥の甕を開けて、柄杓でコップに水を注ぐ。
「お前と違ってアタシは水は必要だからね。」
「煩い。私だって水飲まないと死ぬ。」
「水以外も必要なんじゃねえか?」
オギの言葉には明確な悪意があった。
私はこの二人の空気に触れないように黙っていると、不意にオギが私の手を掴んだ。
咄嗟の事で何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間、私の左手首には血が滴っていて、私は咄嗟に傷口を抑えた。
「おっと。悪い悪い。手が滑っちまった。でも兄様も左手首の皮膚は要らないって言ってたからな。そのくらいの怪我なら問題ないだろう。」
少しも悪びれた様子なくオギが言ったのできっと他に目的があるのだろうと直ぐに察した。
爪がしっかり刺さったみたいで決して浅い傷ではない。ちょっとヤバいなと思って。しっかり握って、傷口を頭上に持って行った。流石に心臓より高くにしっかり置かないと直ぐは止まらなそうで。
抑えた指の間からもちょっと血が漏れている。足の痛みに比べたら全然だけど、ちゃんと痺れる程度には痛い。ったく、このクソ人食い。とんだトラブルメーカーだ。
私がこの止血に必死になっている間。妙な視線を感じた。
視線。昨日長女に見られたような節穴のような黒い視線だ。もしかしたらあの黄鬼が傍にいるのか見渡したがそうじゃない。その視線は思ったより近くにあった。
私の直ぐ隣にいるカズラがぼうっと見つめているのだ。
しかしその視線は私の顔や目に向けられている訳ではなく、私の流れ落ちる血。そこだけに一点集中で見つめているのだ。
そこからのカズラの動きは早かった。勢いよく私の手を取り、テーブルに叩きつける。そして傷口の周りを圧迫してもっと出血するように押してその傷口に頭ごと覆いかぶさって、私の手首から一心不乱に血を啜り始めたのだ。
唇と前歯が当たり舌が這う感覚がこれだけ痺れている皮膚にもしっかりと感触が伝わって。一気に寒くなった。
まるで血と一緒に体温も流れ出るように脱力感が支配する。
ぐらっと頭が傾いたと思えば今度はカズラの顔が私の目の前にあった。あれいつの間にと考える前に、呼吸が出来なくなる。首を絞められている。指圧のように指先が首を圧迫して脈を探している。
『かはっ……』
カズラ待ってくれと乞おうとカズラを見ると、こんなに間近で彼女の顔を見たのは初めての所為か。可愛い少女の顔ではあるが上に二本人とは思えない立派な犬歯が生えているのだ。
牙だ。吸血鬼だ。
私がそう認識したのと、カズラが羽交い絞めにされて引っ張られるのは同時の出来事だった。
カズラを羽交い絞めにして後ろから現れたのは医者こと次女だった。相変わらず白衣の中は緑系のシャツだ。
同時に私とカズラを離すように私はオギに身体を引っ張られた。
「カズラ、首は駄目だ。メイロウ兄さんに怒られるぞ。オギ、お前もふざけ過ぎだ。」
喧嘩の仲裁に入ったお姉さんという感じだった。
医者は羽交い絞めを解いて、カズラに何かを渡した。
赤い袋にチューブが付いたもの。映画でしか見た事がない。輸血用の血液パックであった。
ひったくるようにカズラは血液パックを手に取ると、チューブを咥えて、吸い始めた。その飢えた感じが私の知っているカズラとは全然違う姿なのは明白だ。
「オギ、昼間カズラにちゃんと飲ませなかったのか?」
「アタシはカズラの分を捨てたりしてねえよ。本人が気が変わったから今は要らねーって言ってだけだよ。」
「だったら尚更今の挑発が危険な事ぐらい分かるだろ。」
「知るかよ。そいつがいつまでも猫被ってるからいけねえんだよ。どうせ前回の子みたく殺しちまうのによ。」
「だとしても、メイロウ兄さんは首の皮膚を傷つけるなと言っていたろ。今までのカズラの行動から、カズラが首を狙う事ぐらい分かってたろ。」
オギの舌打ちと、カズラが空になった血液パックを置くのは同時だった。
「悪かったよ。そこまで考えてなかった。兄様の物を傷付ける気はねえよ。ただカズラにはいつまでも夢物語を見てんなって言いたかっただけだ。」
「お前の気持ちも分からなくもないが、いいか。カズラはまだ……」
すると、医者の言葉をカズラが遮った。
「いいよ。姉さん。姉ちゃんごめん私が甘かった。自分なら我慢出来るって高括ってた。」
下を向いたまま言う。声は震えてテーブルにはぽたぽたと水滴が落ちてカズラが泣いているのが分かる。
そんなカズラの事を医者は優しく頭を撫でていた。
「無理するな。少しずつ減らしていこう。いきなり絶つものでもない。」
医者はカズラから離れると今度は私の前に来て、ガーゼを出した。
ぐっとガーゼで私の傷口を包み込むと手際良く、包帯を巻いた。
今の血液パックといい、常にこんなものを持ち歩いているのだろうか。
「荊ちゃん怖がらせてごめんね。後で落ち着いたら僕の部屋に来てくれ。」
そう言い残して、医者は出て行った。
その気不味い様子を見て、オギも黙って出て行く。
私とまだ泣き続けるカズラだけが残ってしまって何て喋れば良いのか悩んでいたらカズラの方から、医者の部屋に早く行くように言われた。
私はお言葉に甘えてカズラを残したまま、食堂を出た。