るつぼかずら(旧題:四色の愛情ブリミア)   作:駿河鵬命

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 医者の部屋で強烈なインパクトは大量の本もあるが、大量に積まれた人骨であった。

 

 

 この中に、カズラと長女の父親の骨も入っているのだろうか?大きい骨も小さい骨も様々で経年数も様々のようで、生成り色から茶色掛かった色まで兎に角大量に骨が積まれていた。

 

 その部屋の主が座る、ロッキングチェアも人骨で組まれた逸品のようだった。

 

 

「気遣わず座ってくれと言おうと思ったが、車椅子だからもう座ってるね。」

 

 

 それが気を許す為の冗談なのか素なのかが正直いってまだわからない。

 

 

「そう言えば僕は荊ちゃんの名前を聞いたのに、僕の名前を教えていなかったね。僕の名前は杉山リョク。緑って書いてリョクって読むんだ。だから自分のイメージカラーって感じで緑色の物は好きだよ。荊ちゃんが荊のタトゥー入れるのと同じ感じに。」

 

 

 初見から眼鏡で知的な緑鬼ってイメージだったけど、本当に緑が付く名前だった事には少し驚いた。

 赤のオギが何処にも赤の要素がない名前だから、本当に偶然だろうけど。

 

 

「そして、メイロウ兄さんの名前がサクガメイロウ。字はかなり難しい。」

 

 

 緑が私に見えるよう一枚の紙をこちらに向けた。

 

 朔蛾(さくが)命蠟(めいろう)とかなり難しい字だ。どうやらカルテのようで性別は女と書いてあるし、七年前の日付で満二十歳と表記してあるので、今は二十七歳という事だろう。

 

 

「それでいくとカズラは朔蛾カズラ。カズラって果実の果に御目出度い寿に、蘭で果寿蘭ってちゃんと漢字表記もあるんだけど、オギは読み書きが出来ないからオギの字は僕も分からないんだ。というか僕たち姉妹で戸籍を持っているのは、僕とメイロウ兄さんだけだし。」

 

 

 義姉妹で長女と四女が腹違いで、戸籍を持っているのは長女と次女のみ。いよいよメモとペンが必要になってきた複雑過ぎる姉妹だ。

 

 

 

 

「僕らが義姉妹の契りを交わした切っ掛けは、七年前だ。当時僕が医療系研究者であるお陰でたまたま命蠟と出会った。彼女の精神判定はグレー。不安定ではあるが病院に入れる程でもないといった所。しかし、普通の人間は相当に精神が擦り切れないと髪の毛の色素が全部抜けるなんて事は有り得ないんだよ。

 そんな彼女に僕は魅かれてね。知れば知るほど彼女の異常な父親の話。制圧された環境を憐れんで、僕は彼女を正常側に近付けようと診察を施した。

 そこで、戸籍を持たない妹と、森の中に人食いのペット。それらを知って僕はこの家に乗り込んだ。

 本当は、僕は彼女達を助けるつもりだったんだけどね。予想外にこの家は僕の理想に近かった。

 命蠟はここのアトリエで人の皮膚を加工して、人の肉は森のペットに与えにいく。断絶された文化に人の営みと芸術があった。

 余った骨を見て、僕は自分の衝動に気付いて。自らの性癖を知った。」

 

 

 

 

 ギィギィと椅子を鳴らす。この音が木製ではなく人骨によるものだと思うとこの異質な空間が怖いより、気持ち悪いと感じてしまった。いや、緑の話の内容もあるかもしれない。何を何処から突いても異常しか出てこないのだ。

 

 

「さて。僕が荊ちゃんを呼んだのは、果寿蘭の件なんだけど。お察しの通り、彼女は命蠟とは別で監禁状態の中育てられていた。彼女達の父親は本来女である命蠟を男として育てて、果寿蘭は制圧して女として育てた。」

 

 

 制圧して女として育てた。

 カズラの男嫌いを思い出す。

 何処までキチガイなんだ?二人の父親は。

 

 

「日常的な性的暴行。それで更に異常な教育。父親は彼女を血を飲む子に育てたんだ。それが倫理的におかしい事も教育した上で。自分は血を飲む異常な子だからここでしか生活出来ない。外に出れない。一生父親の性奴隷って洗脳して育てるように。」

 

 

 ぐっと吐き気がせり上がった。

 気持ち悪い。なんだその話。

 口を抑えて上を見る。唾液を飲み込む。胃からせり上がる酸味も一緒に飲み込んで、一筋流れた涙も飲み込んだ。

 私の吐き気が収まるのを待ってから緑は続きを話し始めた。

 

 

「果寿蘭に武器を与えたのは命蠟だ。忘れもしないよ。果寿蘭があの父親の頭を斧でカチ割った瞬間は。」

 

 

 うっとりと恍惚に満ちた目で、緑はデスクの上の割れた頭蓋骨を撫でた。

 

 

「それからだよ。父親がいなくなってから僕らは義姉妹として人里離れてひっそりと生きるようになった。荊ちゃんのように迷い込んでくる人を狩りながら、僕らのルールで僕らの文化を営んで生きている。」

 

 

 かの有名なソニービーン一族は、旅人の金品を奪う際。口封じで人食を始めた事から人食が日常化したと言われている。

 オギの肉食の細かい事は見えないが、少なくともカズラのそれは洗脳教育の賜物だ。生まれながらの教育で、何故そんなことをしたと拷問にかけてでも聞きださないといけなのに当の本人はもうこの割れた頭蓋骨でしかない。

 

 

「気持ち悪い話だけどね。僕はそこまで悲観的な考えじゃないんだ。どうせこのクローズな文化は僕らの一代で終わる。ありがたい事に、僕らは姉妹だ。種を持っていない。オギだけはたまに性交してから殺すようだが、この七年間で彼女に妊娠の形跡はないから元々出来ない身体なんだろう。神様もそこだけは気を使ってくれたみたいだね。」

 

 

 皮肉だ。悲劇の一族も血が途絶えればそれで良い。そんな風に聞こえる。まるで根本解決を望んでいない。

 

 

「しかし、そこに異議を唱えたのが果寿蘭だ。」

 

 

 そうだ。カズラだけは、私へ違う接し方をしたのだ。この鬼たちとは違い、人としての接し方を。

 

 

「彼女は被害者だが、自分が加害側に回ってしまったという自覚はちゃんとあった。どうにかして血液に依存しない生活を営めないか。そう模索し始めた。」

 

『だからカズラは我慢して、それであんなに泣いて。』

 

「といってもね。残念ながらこのケースは荊ちゃんで三人目なんだよ。過去二人、果寿蘭は失敗して殺してる。あの時はメイロウ兄さんが首の皮膚を欲しがっていなかったから僕も気には掛けなかったが、今回荊ちゃんの首の皮膚は特別だ。朔蛾一族は長女の言う事は絶対なんだよ。」

 

 

 ここで私は緑からしてみても私の命が十分軽い物であると理解した。

 私が今回守られたのは長女の為である。カズラの為でも私の為でもない。

 カズラは、緑は人殺し反対派のニュアンスで喋っていたけど、実際は殺しても殺さなくても良い。殺す殺さないの話ではなく緑は純粋に長女の意見に倣うといったところだろう。

 

 

『どうして長女が絶対なんですか?利害の一致で四人が此処で共同生活を送っているのは分かる、ただ長女の命蠟さんに対しての絶対的な関係というのがどうも分からなくて。』

 

「オギは純粋な信頼だ。アイツは学は無いが勘は鋭い。今この家がメイロウ兄さんの名義である事。メイロウ兄さんは戸籍や金を持っていてこの国に生きる権利を持っておきながらここで犯罪行為を隠蔽しながら暮らしている。肩書一般庶民が共犯者である以上、オギからしてみれば立派な隠れ蓑だ。メイロウ兄さんのお影で自分の生活が成り立っている事が分かっている。

 果寿蘭は服従かな。実際の姉妹だし。姉の言う事は聞かないといけないという発想の元のメイロウ兄さんに服従している。

 僕に至っては一目惚れだよ。メイロウ兄さんが可愛くて仕方ない。メイロウ兄さんの為なら何でもするし、メイロウ兄さんが欲しい。でも兄さんの骨だけは要らないなあ。兄さんの骨を手に入れる時はきっと全てが終わる時だからね。満足して僕も死ぬ時だよ。」

 

 

 

 信頼と服従と恋で成立する義姉妹。

 緑は満足そうな顔をしていたが誰も幸せじゃない気がする。客観的にそう思ってしまった。

 




【登場人物一覧】

主役:古坂荊(フルサカ イバラ)

長女:黄鬼/朔蛾命蠟(サクガ メイロウ)/兄様/メイロウ兄さん
次女:緑鬼/杉山緑(スギヤマ リョク)/姉さん
三女:赤鬼/オギ/姉ちゃん
四女:青鬼/朔蛾果寿蘭(サクガ カズラ)/カズラ

もし製本版刷るとしたら巻頭に登場人物一覧を載せたい……!!




全23話予定で1話2000文字から4000文字ぐらいで毎日連載します。
偏った趣味の残酷描写が多い作風ですが、気が合う人は是非お気に入りや評価ポイント、感想等お願いします。
小躍りして喜びます。

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