「ふあ……ふぁあ」
窓から差し込む朝日に自然と目が開く。
半身を起こしながら背伸びをすれば一緒に欠伸が飛び出して。
そこで昨晩一緒に寝ていたはずの親友の少女が居ないことに気づいた。
「ソラちゃん?」
名前を呼んでも返事は無い。
ベッドから降りると床に置いてあったカゴの中では赤ん坊のココガラがすやすやと眠っている。
これでもポケモンには懐かれる性質だと思っているのだが、どうにもこの子だけは懐いてくれない。
「きっとキミは私と同じ……ソラちゃんが大好きなんだね」
うりうり、とすやすやと眠るココガラの額を指で突く。
クチバシが開き、かぷり、とまた指がついばまれそうになるのを回避する。
「ふふ……同じ手はくわないよーだ」
きっと目が覚めて親友がいなければまた騒ぎ出すだろうからカゴを抱えて部屋を出る。
部屋出ればすぐにキッチンと一体化したダイニングだ。
現在時刻六時とまだ早い時間だが、すでにお母さんは農作業に出かけているらしい。
まあいつものことだし、多分あと一時間くらいしたら戻って来て朝食になるだろう。
と思っていたのだが。
とんとん、とまな板を包丁で叩くリズミカルな音。
じゃあじゃあとフライパンで何かを焼くような音。
誰もいないはずのキッチンに白いエプロンをつけた小柄な少女が立っていた。
腰まで伸びた綺麗な青い髪は彼女のお母さん譲りの物。
お母さんが大好きな彼女だからこそ、その髪を痛めることの無いように毎日丁寧にケアしていることを私は知っている。
手を通せばすっと梳ける癖の無いそのロングヘアは親友の密かな自慢だった。
当然『大親友』たる私は知っているけど。
「あら、起きたのね、おはようユウリ」
背後に立つ私の存在に気づいたのか、フライパンとフライ返しを片手にソラちゃんがこちらへ向き直り笑みを見せる。
「おはよう、ソラちゃん、早いね~」
良い光景だ。
できれば毎日こうなら最高にハッピーなんだけど。
なんて思っていると。
―――なんか夫婦の朝のやり取り感が無いだろうか?
という事実に気づく。
私がお父さんポジションでソラちゃんがお母さんポジション。
悪くはない。
ぶっちゃけ女の子が好きとかそんな事実は一切ないし、普通に恋愛するなら異性相手だと思ってはいるが、それでもソラちゃんならアリよりのアリだな、とも思っている。
ソラちゃんは女の子? ソラちゃんはソラちゃんだから良いのだ。
まあこんなのさすがに大親友でも気持ち悪いだろうから言わないけど。
ただしその場合。
「うーん、おはようユウリ、姉さん」
「おはよう、アオ君」
「おはよ。寝ぐせ酷いわよ……もうちょっとじっとしてなさい」
うん、その場合、間違いなくアオ君が最大の敵だろうなあ。
なんて……馬鹿な妄想をしながら、幸せに浸った。
トーストにジャム、サラダにベーコンエッグかウィンナーとスクランブルエッグ、ベイクドビーンズにきのみのフルーツパンチ、温かい紅茶にミルクを注いで。これがガラルの一番ポピュラーな朝食である。
基本的にガラルは朝食が多く、夕食が少なめになる。これに関して健康に気を使って、とかそんな理由ではなく夕食後に家族と団欒しながらお菓子を摘まむのがガラルにおける一般家庭の定番だからだ。
お菓子を食べるために夕飯はセーブしておく、というのは本末転倒なのではないか、という気もするのだが生粋のガラル人というのは団欒にはお菓子が付き物だろう、とそこに違和感を持たないらしい。
知り合い曰く『夕食後にみんなでテレビでポケモンバトルに熱狂しながら食べるお菓子は最高に美味しい』のだそうで、このお菓子に関しても家庭ごとにバラバラらしい。
まあそれはさておき、今日の朝食はソラちゃんが作ってくれたものだ。
メニューは白いご飯に汁物、玉子焼きに根菜の煮物とホウエンで良く食べられている朝食だった。
「懐かしいなあ」
思わず口を突いて出るが、実際のところ9歳の時まではホウエンに住んでいたのだ。
今までの人生の四分の三はホウエンで過ごしていたのだから、今でもホウエンのほうが故郷という実感は強い。
まあ別にガラルが嫌いというわけではない、寧ろ好ましく思っている。
ただそれにしたってこちらに来てまだ一年と少々しか経っていないのだ、さすがに第二の故郷なんていうには過ごした時間が短すぎた。
箸を使って食べるのも何だか懐かしい感じだ。
こっちだとスプーンとフォーク、あとナイフで大概完結している。
箸が無いわけではないが、お土産物屋さんだとか輸入品店だとか、どうにも『他地方向け』の店にしかないのだ。
まあガラルの人は箸を使わないので仕方ないのかもしれないが。
ソラちゃんの朝食の準備を手伝っていると、玄関が開いてお母さんが帰って来る。
「あら、美味しそうね~」
「だよね~」
お母さんも実際、懐かしいのだろう、いつもより三割増し笑顔だった。
そうして準備が終わって全員が席についたらそれぞれが目の前の皿に箸を伸ばす。
「卵焼き美味しい~♪」
「これソラちゃんが作ったの? 凄いわね」
「まあ……偶に手伝ってるので」
「シア母さんに仕込んでもらったんだから姉さんの腕は結構なものだよ」
「珍しく褒めるじゃない」
「シア母さんの味を俺たちが否定できるわけないじゃん。実際この味で育ったようなものなんだし」
「……まあね」
珍しく表向きにも仲の良い二人をニコニコと見ていると、ソラちゃんがふと思い出したように箸を止め。
「そう言えばユウリ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なに~?」
もぐもぐ、とカレー以外でご飯食べるの久々だなあ、なんて久々の白米に感動を覚えているとソラちゃんが首を傾け。
「昨日この家の前に十メートルくらいの馬鹿でかいアーマーガアが来てたけど、あれ何?」
「「…………」」
「あー、夜中だよね。姉さん出るなら出るでちゃんと言ってくれないと。途中で気づいて血の気が引いたよ」
「悪かったわね。何かいるってのは分かってたけどもうちょっと常識的なサイズだと思ってたのよ」
「ちょ……ちょっと待って、ちょっと待ってソラちゃん」
しん、と静まり返る食卓で緊張感も無く朝食をぱくつきながら話す二人に思わず待ったをかける。
「昨日? えっと、何? どういうこと?」
「昨日の夜、羽ばたくような音が聞こえたから外に出てみたのよ、そしたら―――」
* * *
目の前に佇む後ろの家よりも背の高い超巨大な鳥を見上げ、思わず目を細める。
アオを呼んで来れば良かったかな、と今更ながらに後悔をするがまあ後の祭りというものだろう。
それにしてもこの鳥……確か昼前見た『アーマーガア』だったか? とそっくりだ。多分同じ種族なのだろうけれど、それにしたってサイズが違い過ぎる。
ポケモンのサイズというのは別に一律ではない。
身長の高い人、低い人がいるようにポケモンにもサイズの大小はある。
とは言え、身長10cmの成人がいないように身長3mの赤子がいないように種族ごとに『幅』というものは存在する。
ユウリに図鑑を見せてもらったがアーマーガアはココガラの進化形。
その全長は平均2.2メートルであり、目の前のアーマーガアが明らかに異常なサイズであることが分かる。
「特異個体、ってことね」
呟くその声に反応したかのように、巨鳥がぐいっと顔を近づけてくる。
でかい、と素直に思う。あのクチバシに挟まれたら私の顔くらい軽く取れそうではある。
ただ恐ろしい、とは思わない。そう思うにはどうにも敵意を感じない。
「アンタ、何しに来たのよ」
呼んだのは間違いなくこいつだ。
ただどうして呼んだのか……心当たりが。
「……もしかして、あのタマゴ、アンタの?」
「―――クラァァ」
まるで肯定するかのように、巨鳥が短く声を発する。
ガラルに来て初日の私がもしこんな巨鳥に何か因縁があるとすれば、今日拾ったタマゴ……ココガラしか心当たりが無かったのだが、どうやら正解だったらしい。
とするとこいつはあのココガラの親、ということか。
「何? あの子を返せってこと?」
「―――ラァァ」
何となく否定している気がする。
実際目の前の巨鳥から感じるのは子を取られた敵意とかそういうのではない。
親心?
或いは。
「クラァァァァ」
しばらく見つめ合っていたが、やがて何かに満足したかのように短く声を発するとその大きな翼で羽ばたき、あっという間に飛び立っていく。
傍にいるだけで凄まじい風圧が襲って来るが、まあ元より『おおあらし』に比べれば
ただ。
「ああもう……髪ぐっしゃぐしゃじゃない、もう」
なまじ腰まで届くほどに長く伸ばしていただけに乱れてしまった髪を整えるのに少し手間がいりそうだった。
* * *
「ココガラちゃんの親、かあ」
「多分だけどね……て言っても野生のポケモンのタマゴが転がってるのなんて珍しいことでも無いけど」
実際のところ、ポケモンは自分の産んだタマゴをきちんと親として守り、生まれた子供を育てる。
けれどさすがは野生というべきか、例えば偶然何かの拍子にタマゴが無くなったとするならそれを探しに行ったりはしない。手の届く範囲にあるならともかく、そこに無いならそれはもう死んだものとして処理してしまうのだ。日々を生きることに全力な野生の世界では、そういう割り切りがされることが多い。
他にも親となるポケモンが他のポケモンとの縄張り争いに負けてタマゴを置いてどこかに行ってしまったり、エサを探すために親が出かけている間に他のポケモンがタマゴを持って行ったり、野生環境で見つかるタマゴというのは大概親の居ない状況で放置されているものが見つかることが多いのだ。
だから自分のタマゴを探しに来る親、というのはとても珍しい。
いや、これがガルーラなどの親子愛の強いポケモンなら死に物狂いで探しに来ることもあるが。
鳥系のポケモンというのはその辺割とシビアだ。
巣を作る故に、巣の周囲に対する縄張り意識はかなり高いが、逆に言えばそのさらに外に対する意識はかなり低い。
「子供の無事を確認しにきた、ってことじゃないのかな?」
「なんで私のとこにいるって分かるのよ」
しかも同じ家にアオもユウリもユウリの母親もいたのだ。
その中で的確に私を見つけ出すのは一体どういう理屈なのか。
なんて特異個体に言っても仕方ないのだが。
普通じゃあり得ないからこそ『特異』個体なのだ。
実際のところ特異個体というのは珍しくはあっても決していないわけではない。
世界中に何十万、何百万とポケモンが生息しているのだから、全員が全員同じ規格で生きているわけではない。
時々通常の種族では持ち合わせない『特異性』を持った個体が生まれるのはある種生命の必然である。
一番有名で誰でも知っている特異性と言えば『色違い』だろう。
『色違い』は基本的に姿形自体は元の種族と変わらないが、その色だけが異なっている。
だが実際にはそこには『色が変わるだけの異常性』が存在している。
だから色違いポケモンを育てることが得意なトレーナーが育てると、通常種族では持ちえないような技を覚えさせられたり、通常種族では望めないような裏特性が仕込めたりする。
次に有名なのがあの巨大なアーマーガアのように『大きさの違い』だろう。
単純に巨大であることのほうが目立ちやすいが、逆に異常に小さい、というのも特異である。
聞いた話によれば全長『0.4メートル』のギガイアス、なんてものも昔いたらしい。
本来のサイズが『1.7メートル』であることを考えれば明らかなサイズの『異常』である。
後はまあ根本的に姿すらも変わってしまう特異性というのもある。
一番分かりやすい例を言うならば『ヤドラン』や『ヤドキング』。
大多数の人は気にしてはいないが、あれは元々尻尾や頭に『シェルダー』がかみついたことで成る姿だが、共生関係、と言われているようにヤドランの尻尾やヤドキングの頭に噛みついているのは確かに『シェルダー』なのだ。
一体化してしまってはいるが、あれが元の姿と同じ種族と言われて誰が信じられるかというほどに姿が変わってしまっている、ああいうのも自然の中の特異な進化と言える。
このガラル地方には『ワイルドエリア』という自然の姿をそのままに残した特区が存在するが故に、恐らく他の地方よりも『特異個体』というのは多いだろう。
あれは基本的に自然の中で生存競争を繰り返した果てに生まれる存在であることが多い故に。
まあ、それは今は置いておいて。
「お前の親はさて……何しに来たのかしらね?」
「ぴぎゃ?」
差し出した手の中のポケモンフーズを必死になってついばんでいるココガラを見やりながら。
「お前もあのくらい大きくなるのかしら?」
そうしたら餌代だけで大変なことになりそうだな、なんて。
そんなことを思った。