ポケットモンスタースカイブルー   作:水代

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魔女の森

 

 

 

 ぼんやりと森中に生えたキノコが照らす薄明りを頼りに木々の隙間を縫って進んでいく。

 そうして進んでいる内に気づくが、森の四方八方から視線を感じた。

 

「見られてるわね」

「えっ? ……あっ」

 

 シノノメは気づいていなかったようだが、私の言葉にこちらを見つめる幾多の視線を認識したらしい、その視線の数々に顔色が青くなっていく。

 そんなシノノメを横に、いくつもの視線から感じる()()()に眉をひそめる。

 

「妙だわ」

「それって、どういう」

「……視線に感情が無い」

 

 野生のポケモン特有の警戒心も感じなければ。

 ナワバリに侵入されたという怒りも感じない。

 歓迎されているわけでもなく、排他的なわけでもない。

 フラットですら無い……ただ無のような視線。

 

「まるでカメラのレンズみたいな……」

 

 視線の本体は見えない。

 いくつも感じてはいても暗い森の木々に隠れてはっきりと視認できる状態ではない。

 ただ視線だけがこちらを貫いて……だからこそそのあまりにも無感情な視線に、不気味さが際立つ。

 同時に気づくことが一つ。

 

「これだけ視線を感じるのに……生命(いのち)の気配が薄過ぎる」

 

 森というのはだいたいどんな場所であれ、生命に溢れている。

 以前行ったヨロイ島の森などもそうだが、森の中には多くのポケモンが生息しているし、それだけ多くのポケモンがいれば生命の気配とでも呼ぶべきものが感じられる。

 例えば鳥の羽ばたき、虫のさざめき、動物の鳴き声。

 

 そこに生きた存在がいる以上、必ずその気配や痕跡は残るはずだ。

 

 けれどこの森の中においてそれが余りにも薄い。

 音も無い、生活の跡も見えない。そして姿すら見えない。

 けれど視線は感じる。確かにそこに何かいる。それもあちこちに。

 その矛盾がどうしようも無く薄気味悪い。

 

「いっそ風で吹き飛ばす?」

 

 『嵐』で隠れているポケモンを無理矢理引きずり出す、ということは出来なくはないが……。

 いや、ダメだ。森を無駄に刺激してしまいそうだし、そうなると野生のポケモンに一斉に襲いかかられる危険性だってある。

 

「慎重に行かないと……」

 

 この時、そう思った。

 

 そんなこと、もうとっくに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ソラ、さん」

 

 

 くい、と袖を引かれ、思考から意識が戻る。

 何? と振り返りそうになるより早く、横から伸びて来た指。

 

「あ、あれ……」

 

 それが方向を示すものであると理解し、そちらへと視線を向けて―――。

 

 そこに無感情にこちらを見つめる1体のポケモンがいた。

 全長2,3メートルはありそうな白い巨体に青緑と薄紫色のパステルカラーの鬣をたなびかせ、額には1本の角が生えたポケモン。

 初めて見た、だが知識としては知っている。

 

「……ガラルギャロップ」

「こっちを……じっと見て……」

 

 薄暗い森の中にあってなお人目を惹くような存在感を放つそのポケモンだが、けれど今なおこちらを見つめる幾多の視線を同じくその瞳には何の感情も浮かんでいない。

 まるで精巧に作られたポケモンの像か何かかと思うほどに無機質で色も感情も無い瞳に私たちを映す。

 けれどそれが生物であることは呼吸のために僅かに上下する口元で分かる、分かるが……だからこそその瞳との差異に違和感が強い。

 

「こちらに手を出してくる気配は無いわね……刺激しないように行くわよ」

「は、はい……」

 

 警戒は払いながらも手出しする様子の無いギャロップを横目に進んでいく。

 同時にもうこれは間違いないだろう、と心の中で結論を出す。

 

 ―――この森は何か異常なことが起きている。

 

 徐々に悟りつつはあったその結論は、ギャロップを見たことで確信へと変わった。

 野生のポケモンがあんな目と鼻の先を歩く人間に対して何の感情も持たない人形のような瞳を向けてくることが普通であるはずがない。

 

「仕方ないわね……」

 

 せめて周囲のポケモンの位置だけでも把握しておくべきだ、とゆっくりと周囲に風を巡らせる。

 あとは風の流れで周囲のポケモンがどこにどれだけいるかは大よそ把握できるのでいきなり襲いかかられる、なんてことは無いはず。

 

 そう考えて……直後に気づく。

 

 ―――自分がどうしようも無く間違えてしまったことを。

 

「シノノメ」

「は、はい、何でしょう」

「アンタ、今からでも引き返しなさい」

「えっ」

 

 私の言葉に固まるシノノメに、腰からボールを2つ取り出し、シノノメに差し出して押し付けるようにして渡す。

 

ペリッパー(キューちゃん)チルタリス(チーちゃん)のボールよ。いざという時に守ってもらいなさい」

「そ、ソラさんは?!」

「このままアラベスクタウンを目指すわ」

「そ、それなら私も」

「ダメ……今回は本気でヤバイ気がする。いざという時、アンタのことまで守れるかどうか分からなくなってきた。だからアンタはラテラルタウンに引き返しなさい。ジムチャレンジャーじゃないならアーマーガアタクシーでアラベスクタウンに行けるでしょ?」

「それは……そうですけど」

 

 一人で引き返すことが怖いのか、それとも私を置いていくことが後ろめたいのか、はたまた別の理由か。

 どんな理由かは分からないが、シノノメは言葉を濁しながらそれでも素直に頷けずにいた。

 

「この森は間違い無く今何か不味いことが起こってる。街に戻ってリーグ委員会に報告してちょうだい」

「……そ、ソラさんも一緒に戻れば」

「ダメね、というか無理ね」

「な、なんで?!」

()()()()()()()()()

 

 えっ、とシノノメが口にするより早く真横に向かって投げたボールからファイアロー(アーくん)が飛び出し、木々の影から音も無く襲い掛かって来たボクレーを弾き飛ばす。

 

「早くしなさい!」

「…………っ、すみません!」

 

 急かすような私の言葉に、言葉に詰まっていたシノノメだったが、これ以上ここに残ることが不味いのは理解したのか走り出す。

 そしてそんなシノノメと私の間を遮るように飛び出してきたポニータがこちらを向き、その角にエネルギーを貯め込む……より早く私の投げたボールから飛び出したアーマーガア(ガーくん)が放った一撃でポニータが『ひんし』になる。

 

「これでシノノメは大丈夫なはず……」

 

 もしかしたらいくらか襲われる可能性もあるが、そのために防御能力の高い2体を預けたのだから大丈夫なはず……。

 問題は寧ろこちら側。

 

「久々にやらかしたわね」

 

 警戒心が足りていなかったかもしれない。

 まさかジムチャレンジの道程に組み込まれた場所にこんな場所があると思っていなかった。

 予想外だったとはいえ、起こってしまったことは仕方ない。

 

「完全に敵視されたわね」

 

 それが例の森の魔女なのか、それとも別の個体なのかは知らないが……けれどどうやらこの森のポケモンのナワバリを犯してしまっていたらしい。

 

「さっきの風、ね」

 

 私の力は原理的には異能とは異なるが、けれど本質的には異能の延長だ。

 故に異能と同じような力を使って風を動かしていたわけだが……。

 この森……全体がそうだとは思わないが、少なくともこの周囲は何らかのポケモンの力が浸透している、即ちナワバリを自分の都合の良いフィールドに書き換えている状態だったらしい。

 この森に入った時に感じた奇妙な感覚は多分それだ。

 

 ―――他の力の影響下に踏み入ってその中で自分の力を発揮する。

 

 いや、それだけなら他の異能トレーナーでも同じだ。

 だから私だけがこうなってしまったのはきっと『嵐』の性質。

 『おおあらし』は場の状態を全て消し飛ばしてしまう。つまりフィールド効果の類も全て消し飛んでしまうのだ。

 先ほど放った風にそこまでの力は込めていないが、けれど性質だけならばあれは『おおあらし』と同質。

 つまりそれがこのナワバリのヌシを刺激してしまった、ということなのだろう。

 

「異能者同士のバトルは自分の領域の奪い合いだものね」

 

 それはつまりここのヌシたるポケモンの性質は異能トレーナーに極めて近いということになる。

 推定だが『エスパー』タイプだ。

 先も言ったがこういう『フィールド』や『天候』と言った類の異能者同士のバトルは互いの領域の奪い合いになる。

 先に根を張っていたフィールドを撫でる程度とはいえ『おおあらし』の風で触れてしまった以上はこちらから喧嘩を売ってしまったような状況だ。

 

 そして先ほどから次々と野生のポケモンが襲いかかってくるわけだが。

 

「これ全部ヌシの配下ってこと?!」

 

 すでに都合20を超えたポケモンたちを撃退している。

 にも関わらずこちらを見つめる視線は減った気がしない。

 10体もいれば1つの群れ、20体もいれば大きな群れと言って過言でないレベルだ。

 それだけの数を撃退したにも関わらずまるで動揺した様子も無い。

 否、動揺どころか敵意すらも無い。全員があの無機質な感情の無い瞳を浮かべて襲って来るのだ。

 

 敵意も無く、怒りもなく、ただ無感情に、なのに『ひんし』になるまで立ち止まることも無く襲いかかってくる有様は異様としか言いようがない。

 

 幸いにして相手のレベルが低いから助かっている。

 一々図鑑で測ったりはしていないが推定レベル20~30程度。

 恐らくこの森の浅いところに暮らすポケモンたち。問題はこのレベルがどこまで上がって来るのか、そしてあとどれだけの数が襲って来るのか、だ。

 

「シノノメは大丈夫よね?」

 

 先ほどと同じ心配をする。

 敵の規模が想像以上だった。ナワバリのヌシの敵意はこちらに向いているだろうからシノノメと離れればこちらに攻撃が集中すると読んでシノノメと別れたのだが、これだけの数だ、下手したらシノノメのほうにも行っている可能性が無くは無い。

 

「読み違えたかしら」

 

 だが実際問題、ここにシノノメがいたとして守り切れるかもまた微妙だ。

 この視界の悪さだとどこから奇襲されるか分かったものでは無いが、それを防ぐために風を出すと中心にいる私は自然と台風の目となるわけだがシノノメを巻き込みかねないしシノノメだけ器用に避けようとすればそれはそれで負担も多い。

 

「っ……面倒ね!」

 

 とにもかくにも四方八方から敵が来る。

 背中から襲い掛かって来る小鬼のようなポケモン*1を風で吹き受け流しながらトゲキッス(スーちゃん)の『エアスラッシュ』で叩き落とし、正面から突進してくるギャロップをエアームド(ムーくん)で受け止め『くちばしキャノン』で『ひんし』にする。

 その間にも左右からはヤバチャが飛び出してくるので片方を風で押し戻しながらもう片方をウッウ(ウーちゃん)の『ぼうふう』で吹き飛ばす。

 

 倒しても、倒しても、倒しても、いくら倒してもキリが無いと思えるほどに次々とポケモンが襲い来る。

 

「このままここにいるのは不味いわね」

 

 ここは相手の領域(ホーム)だ。

 先も言ったが異能者のバトルは領域の奪い合い。相手の領域で戦い続けるなど不利過ぎる。

 

「あまり大事にはしたくなかったんだけど……」

 

 こうなった以上は仕方ない、と嘆息し。

 

「吹き荒れろ!」

 

 心の中で撃鉄を落とす。

 

 

 * * *

 

 

「っ! すみません、お願いします」

「はーい! トレーナーさまから頼まれてますからしっかりお守りしますよー!」

 

 投げたボールから飛び出した少女が右腕を薙げば『ぼうふう』が吹き荒び、襲い来るポケモンたちが吹き飛ばされる。

 指示など何も無くとも、すでにバッジ4つを持つトレーナーと共に戦ってきた歴戦と呼んでもいい頃合いのポケモンだ、自分がどう動くべきなのか、()()()使()()()というのを良く知っている。

 

 そのトレーナー、ソラと別れたシノノメだったがソラの危惧の通り、少数ながらも野生のポケモンたちが襲い掛かってきていた。

 とは言え、ソラから預けられた2体のポケモンたちがいたのでその程度の数ならばどうとでもなるわけだが……。

 

「おか、しい……はあ……こんなに、走ってるのに。森の出口が……見えてこない」

 

 すでにソラを分かれてからかなり走っているはずのシノノメだったが、未だに森の出口は見えてこない。

 先ほどまで慎重に歩いていたが故に時間はかかっていたが、まだそこまで深く入ったはずでも無いのに。

 

「はあ……はあ……スマホも、ダメ……」

 

 手持ちのスマホロトムを起動しようとしても何故か電波が届いていない。

 洞窟の中でさえ電波が途切れることの無い最新式のスマホにロトムまで入っているというのに、だ。

 明らかに何かおかしい、それは分かる……が異能者ならざるシノノメにはそれがどうおかしいのか理解できない。

 

「ソラさん……」

 

 思わず先ほどまで一緒にいた彼女の名を呟く。

 自分よりいくつか年下のはずなのに自分よりもずっと頼りになるトレーナーの名。

 自分が諦めたプロトレーナーとして活躍する少女の名。

 自分が何よりも憧れた人の名。

 

「……どうすれば」

 

 こんな時、ソラが居てくれれば……そんな弱音が出そうになりながら、けれど手の中の2つのボールを見て言葉を飲み込む。

 

「頼まれたんだから……」

 

 今にしてみればそれはシノノメを街へと走らせるための方便だったのかもしれない。

 それでも今この森に起こっている異常を委員会に報告できればジムチャレンジャーが事件に巻き込まれているこの状況を解決するために動いてくれるはず。

 故に一刻も早く森の外へ抜けなければならない……のに。

 

「ここ、どこ……?!」

 

 スマホロトムは先程から何も映さない。

 まるでバグってしまったかのように、ジジ、ジジ、と画面が暗転して砂嵐が時折走るのみ。

 中にいるはずのロトムすら何の反応も返さないあたり本当に不味い気がする。

 こんな森の中に地図なんてあるはずも無く、そもそもラテラルタウンからアラベスクタウンまでの道はある程度整備されているはずなので迷うはずなんて無いにも関わらず現実にやって来た道を引き返し続けているはずのシノノメはどれだけ走っても出口にたどり着けずにいる。

 

 何が不味いことが起きている。

 

 それは分かっている。分かっているのに、ではどうすれば? その答えがシノノメには出せない。

 

「……どうすれば」

 

 思わず呟いた、その時。

 

 ざざ、と木々の隙間、草木をかき分けて何かがやって来る。

 

「っ!」

 

 ざざ、ざざ、とそれがゆっくり近づいて来る音。

 聞こえるたびに背筋に寒気が走るシノノメがそちらへと向き直る。

 

 ざざ、ざざ、ざざ、音が、すぐそこまで近づいてきて……。

 

「っ!」

 

 手にしたボールを握る力が強くなる。

 

 ―――そうして。

 

 

 …………。

 

 

 …………………………。

 

 

 ……………………………………。

 

 

 

*1
あとで調べたところ『ギモー』というらしい。




折角の連休だし更新するかー! って思っててはずなんだが、気づいたら積みゲーになってたデモンゲイズエクストラってゲーム消化してたわ。


補足説明ですが、今回ソラちゃんが襲われましたが他の異能者だと襲われません。
実際、アルカちゃんとかかなり上位の異能者ですが普通に森通りました。
これが例えばクコちゃんみたいな場の状態に影響を与える異能でも襲われません。
じゃあなんでソラちゃんだけ襲われたんだよっていうのはちゃんと理由があります。
別にストーリー展開の都合とかそういうんじゃないです。

ソラちゃんは自分の能力がフィールド効果消し飛ばすからでは? とか思ってましたが、8割くらい間違ってます。効果の問題じゃなくて、強度の問題ですね。

以前……もしかしたら前作での解説かもしれませんが、本作の世界観における異能は同じところに作用する……例えば同じ天候を書き換える異能同士がぶつかるとポケモンとは別の処理がされます。
ポケモンで天候とかフィールド効果が被ると後出し優先になりますが、異能や超越種の能力での干渉がぶつかった場合『干渉強度』が強いほうが勝ちます。

要するにLv1ひでり異能とLv10あめふらし異能だと必ずあめふらしが勝ちます。
この異能のレベルたる「強度」は修行すれば向上させることもできますが、生まれつきの才能みたいなのも大きいです。
クコちゃんの異能は世界的に見ても上位と言ってますがつまり作中において大半の「全体の場の状態」に作用する異能者はクコちゃんの『じゅうりょく』を上書きできません。

その上で、ソラちゃんなんですがソラちゃんの能力は『異能』ではなく超越種の『能力』に分類されます。
超越種の能力ってのは要するに『異能』の上位互換なのでどんなにレベル低くても常に『能力』が優位に立ちます。
つまりソラちゃんLv1と異能者Lv100だろうがソラちゃんのほうが優先されます。
実機における『あめ』と『つよいあめ』以上に格違いますので。

白魔女さんはLv160弱と一見して超越種っぽく振る舞ってますが、別に超越種じゃないパチモンなので異能(サイキック)レベルどまり、つまりソラちゃんの能力のほうが上位になります。
逆に他の異能者だと白魔女さんのほうが圧倒的に強度が高いので基本的に干渉箇所が被っても白魔女さんが勝ちます。
つまりソラちゃんの存在は白魔女さんからするとガチで脅威に感じるってことです。
そんな存在が自分のナワバリの中にいるってだけで要警戒対象でしたし、ソラちゃんが力を発揮したことを切っ掛けとしてこうなりました。

まあもっと言うならちょうど今の時期、森の拡張のために森の一番奥から出てきたからバッティングしちゃったと言えばその通りなので一番奥で引きこもってる頃なら森の浅いところにソラちゃんいたって別に気にしてなかった。
そういう意味では単純にタイミングが悪かったね、という話ではある。

挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?

  • あったほうが良い
  • ほどほどで良い
  • 無い方が良い
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