目を覚ますと同時に窓からは薄っすらとした光が差し込んでいた。
「……いま、何時?」
寝起きの呆とした思考のままゆっくり視線を彷徨わせ、机の上のデジタル時計に表示された9時という表記を見やる。
窓の外を見やれば薄暗いので一瞬夜かと思ったが、夜9時にしては明るいので多分朝。寝たのが昼だったことを考えると恐らく翌日……つまりは半日以上寝ていた計算になる。
随分と寝こけていたものだ、とまだ重い頭を軽く揺らしながら体を起こす。
―――何か、夢を見ていた気がする。もう忘れてしまったが。
「あー、しまったわね」
寝る前に着替えようと思ってそのまま寝こけてしまったせいでお気に入りの服は皺だらけだった。
しかもシャワーすら浴びなかったせいで寝汗も合わせて少し臭う気がする。
顔を顰めながらさっさと脱いで急いでシャワーを浴びる。
昨日は髪の手入れをしていなかったことを悔やみながらいつもより入念に洗い、乾かし、櫛を通す。
「大丈夫、よね?」
さすがに一日でいきなり痛むということは無いが、こういうのは毎日の積み重ねなのだ。
あまりお洒落というのものに頓着しない私だが、髪だけはずっと気を使ってきたのだ。長年続けてきた習慣であり、今更やらないほうが落ち着かなくなる。
「服は……まだ新しいのがあるわね」
例えお洒落に頓着しなかろうが、さすがに服くらいは新しく清潔感のあるものが良いに決まっている。
さすがにそこまで堕落すると女子としてどうだろう、というラインだ。
幸いポケモンセンターで洗濯できるのでそれで良いとして、問題はコートだ。
「……はあ、仕方ないわね」
いつも着ている青いコートはイナズマ母さんのくれた手製の一点物だ。
さすがにこればっかりは1着しかない。
そのコートを昨日脱ぐことを忘れたまま寝てしまったせいで、すっかり皺になっている。
いつもセンターについたら就寝前に洗濯していたのだが昨日はそれを忘れたままになっているせいでこちらも少し汗臭い。
「……さすがに着るのは無理ね」
いくら私でも羞恥心というものはある。これを着て人前に出るのは無理だ。
そういうわけでこれも洗濯行き……まあ数時間もしない内に乾かして着れるのだろうが。
「そういえばポプラさんのところに行かないと、それにシノノメのことと、あと……」
一つ一つの予定を口に出しながら確認していると、途端にぐう、と腹の音が響く。
思わず手をお腹に当ててしまう、と同時にハッとなる。
「しまった。昨日はみんなに何も食べさせれてなかったわね」
午前中に森に入って、昼過ぎにはくたくたになって夕方前には寝ていたので手持ちのポケモンたちに何も食べさせれていないことに気づく。
ボールの中にいる以上保護機能が働いているので大きく問題があるわけでも無いが、それでも空腹感はあるだろうし、早く何か食べさせてやるべきだろう。
「うーん、そうね。シノノメもまだなら誘って外で食べましょうか」
さすがに手持ち全員をセンターで一気に食べさせていては場所を取り過ぎるので、適当にテイクアウトして外で食べたほうが良いだろう。
そう考え、同時に顔を見せないシノノメにまだ寝ているのか、それとも気をつかって起こしに来ないだけなのか、分からないが一応誘ってみるべきだろう。
そうして外食と聞いて机の上で早く何か食べさせろとガタガタ揺れるボールたちを見やり、苦笑した。
* * *
だいたいのポケモンセンターは敷地内に広場のようなものがある。
まあポケモンと一言に言えどそのサイズは大小様々であり、小のほうならまだしも大と言ってもさらにピンからキリまでいる。
例えばカビゴンのような超重量級のポケモンをセンター内で気軽に解放することは難しいし、他にも『ほのお』ポケモンなど体温が高すぎて室内で出せないような体質のポケモンもいる。
そういうポケモンでもモンスターボールに入れれば気軽に持ち運べるのだが、モンスターボールというのは一時的にはともかくずっと入っているには少しばかり窮屈な場所らしい。
そういうわけでポケモンたちがのびのびと過ごせる広場が必要になるわけだ。
「ゆっくり食べて良いわよ、今日は昼から動くから」
余程空腹だったか、センターでもらってきたポケモン用の食事をがっつく手持ちたちに嘆息する。
普段ならもうちょっと落ち着いて食べろと言うところだが、今回に関しては私が悪いのであまりうるさく言えなかった。
因みにシノノメは部屋を訪ねればすでに朝食を終えていた。
「はあ……しかしまあ、朝なのに薄暗い街ね」
食堂でもらってきたサンドウィッチに齧りつきながらベンチにもたれかかれば見上げた景色は木々に覆われ日が閉ざされた森。そしてそこら中に生え、光を放つ不思議なキノコの数々によってぼんやりと照らされた薄暗い世界。
どうもこの街は朝も夜もこんな感じらしく、太陽を拒んだ鬱蒼とした森は常に薄暗い光に包まれていた。
お陰で体感時間がどうにも曖昧だ。太陽の光が見えないので体が切り替わらない感じがある。
「まあ今日はそんなにあれこれする予定も無いけど……」
半日寝ていたとは言え、否、半日も寝るほど疲れ切っていたからこそ、今日は休養に当てる。
午後からジムには行くつもりではあるが、育成やジム戦の対策などはするつもりは無かった。
「……まあ、細々としたことでもやっていきましょうか」
サンドウィッチの残りを口に放り込みながらもらってきたお茶で流し込む。
そうして食事を終えるが未だに食べ続けている仲間のポケモンたちを見やり、もうしばらくかかりそうだ、と嘆息する。
時間潰しにとスマホロトムを取り出し起動してみれば、先ほど部屋を訪ねたばかりのはずのシノノメからメッセージが届いていた。
「何この動画?」
『必見です!』という短い文章と共に貼り付けられたURLを開けば何かの動画へと画面が移行する。
数秒読み込みの間をおいてやがて始まったその動画は……。
「……ターフスタジアム、ね」
このジムチャレンジ最初の難関。
とあるジムチャレンジャーのターフスタジアムにおけるヤロー戦の動画だった。
同時に何故シノノメがこの動画を送って来たか理解する。
「これは確かに見なきゃダメね」
動画にて、スタジアムで待ち受けるジムリーダーヤローに対するチャレンジャーが現れる。
その姿がスタジアムに見えた瞬間、観客席から怒号のような声が響く。
勿論それは怒号などではない……寧ろその逆。
―――怒号と間違わんばかりに響き渡る歓声。
いくらガラルのプロトレーナーが人気商売とはいえ、これはいくらなんでも熱狂的が過ぎる……最早狂信的とすら言える。
だが出てきたその人物を見れば納得する、するしかない。
かつてこのガラルの頂点に立っていた男。
かつて無敵と呼ばれた男。
ユウリに敗れるまで、10年無敗を貫いてきた最強のチャンピオン。
「ダンデ」
この先、セミファイナルまで勝ち進めば、当たることになるだろう最強のライバルのその姿に自身の視線は釘付けとなった。
* * *
「いやあ。まさかダンデくんがまたジムチャレンジに来るなんて思わんかったです」
「ははは! 今年だけのつもりだが、オレもこんなに楽しいことになるなんて思ってもみなかったな!」
バトルコートの上に立つ両者は気安い。
去年まで同じリーグのトップとして何度も連絡するような、そして今となってはリーグ委員会としても関わり合う仲なのだから当然と言えば当然かもしれない。
「ホントに楽しそうにしとるわ」
ヤローが目を細めダンデを見つめる。
去年までその肩にずっしりと下げていた王者の証たるマントはすでに無い。
ただの1人のトレーナー、1人のチャレンジャーとしての一般的なユニフォームに身を包む姿に違和感を覚えるが、同時にその表情は晴れやかだ。
「ダンデくん、チャンピオンは……重かったですか?」
「……そうだな、確かに降ろしてみて初めてその重さに気づいた気がする。だが、悪くは無かったよ! 背負ったことも、今こうして身軽になったことも。どちらも悪くなかった」
「そうですか」
ヤローの問いに、一瞬不意を突かれたようにダンデが目を丸くする。
だがすぐに笑みを浮かべ答えを返せば、ヤローがふっと息を吐いて短く呟いた。
「ならばこれ以上問答は不要じゃ! さあ、新しいチャレンジャー! ぼくにその力見せてもらう!」
「オーケー! こちらこそ、このダンデの新しい力、お見せしよう!」
にっと互いに笑い合い、視線がぶつかれば即座にボールを投げる。
「元チャンピオン相手に遠慮は無用じゃ! 最初から全開で行くぞぉ! リューさん!」
「新しいオレたちの初陣だぜ! ゴリランダー!」
“アップルドロップ”*1
“ケントのはな”*2
ヤローの初手はアップリュー。
本来ならばダイマックエースとして最後に出すべきはずの相手だが―――。
「はは! ヤローさん、本気だな!」
ダンデは知っている。
そしてアップリューが最初に出てきたということはこの3対3のバトルにおいて、ヤローが全力を出してきたという事実を。
「最高だな! ゴリランダー、燃えてきた!」
“グラスメイカー”
ゴリランダーの登場と同時にフィールドが変化する。
特性『グラスメイカー』によってフィールド一面が芝生が覆い茂り、場の『くさ』ポケモンたちに活力を与える。
そしてダンデに共鳴するかのようにゴリランダーがドラムを叩いてテンションを上げる。
“たぎるおもい”*3
―――ォォォォォォォ!
ドドドド、と激しく叩かれる16ビートのリズムがゴリランダーを興奮と共に活性化させる。
そんな姿にヤローが頬を掻いた。
「相変わらずですねえ」
テンション、とガラルのトレーナーたちが呼ぶスタジアム限定のポケモンの精神的調子の波。
ただポケモンを繰り出す、それだけで全てのポケモンのテンションを最大まで向上させるなんてふざけた真似ができるのはガラル広しと言えど目の前の男くらいだろうことをヤローは知っている。
テンションを最大まで上げることでポケモンは最高を超えた力を発揮する。
同じレベル帯のポケモンでもその差は決して無視できない差だ。
だが、それでも。
「ぼくを相手に『くさ』タイプとは良い度胸じゃ! リューさん、行くぞぉ!」
“ヤローファーム”*4
スタジアムの力によってアップリューの力がさらに引き出される。
『オ~♪ オォ~♪』
“のうぎょうおうえんか”*5
さらに客席から流れる応援団の歌声によってその力はさらに増していき。
「勝負じゃあ!」
「行くぜ!」
掛け声と同時に両者が動き出す。
“ケントのはな”*6
“はりきり”
“Gのちから”
降り注いだリンゴが『じゅうりょく』に引かれてその勢いを増す。
だが―――。
“テンションアテンション”*7
叩きつけたドラムの爆音にも似た激しいビートがその威力を削ぎ、叩きつけられたリンゴは威力を弱めてゴリランダーに激突する。
軽減してもなおその威力にゴリランダーが一瞬顔を歪めるが、けれど持前のタフネスぶりを発揮して即座にドラムを再開する。
“テンションアテンション”*8
“ドラムアタック”
叩きつけられたドラムの音に反応するかのように巨大な植物の根がフィールドを引き裂いて飛び出し、アップリューを襲う。
お返しとばかりの一撃にアップリューが悲鳴を上げる。
ゴリランダーと異なり、アップリューは決して耐久力のあるポケモンとは言えないが故に、その一撃は痛烈なダメージとなる。
だがアップリューとて『こうげき』が2段階も上がっているのだ。いくらゴリランダーがタフだとて、テンションによる能力の補正を加味しても決して無視できるダメージではない。
互いに痛烈な一撃を与え合ったダンデとヤローだが、間を置くこと無く次の一手を指示する。
「リューさん!」
「ゴリランダー!」
次なる一手。
互いが互いを一撃で落とせるラインまで疲弊したこの状況、先に当てたほうが勝ちと言えるこの状況で。
“グラススライダー”
勝敗を分けるのは速度の差―――。
“Gのちから”
ではなく、技の性質だった。
『グラスフィールド』化において技の発射速度が上がる『グラススライダー』は致命の一撃となってアップリューにトドメの一撃を見舞った。
だが発動さえすればあとは勝手に
アップリューの最後の意地ともいうべき攻撃はすでに相当なダメージを受けていたゴリランダーへのトドメの一撃となり、ゴリランダーもまた崩れ落ちる。
一瞬の静寂。
そして怒号のような歓声。
健闘する両者のポケモンに熱を掻き立てられた声援がフィールドに立つ2人のトレーナーを包む。
「はは! やるな! 良いぜ、楽しくなってきた!」
「まさかリューさんが正面から押し負けるとは、だがまだまだじゃわい!」
そして互いが2つ目のボールを手に取り―――投げた。
名前:ダンデ
トレーナー評価
指示:8 元チャンピオンとして激戦を潜り抜けてきた経験から来る鋭い読み。
育成:9 長年の経験と持ち前の才覚による高度な育成手腕。
統率:10 ガラル中の人たちを夢中にさせるカリスマトレーナー。
技能:9 長年プロの舞台に立ち続け磨き抜かれた熟練のテクニック。
戦術:10 スタジアムという一つの舞台を掌握し、自らのための力へと変えるまさにガラルトレーナーの極致。
総評:46 Sランク。ガラル全土の頂点に立つに相応しいスーパースター。
【技能】
『たぎるおもい』
味方のポケモンが場に出た時、テンション値を最大まで上昇させる。
???
???
???
【種族】ゴリランダー/原種
【レベル】120
【タイプ】くさ
【特性】グラスメイカー
【持ち物】とつげきチョッキ
【技】ドラムアタック/グラススライダ―/はたきおとす/じゅうまんばりき
【裏特性】『テンションアテンション』
テンション値に応じて相手から受けるダメージが減少する。(-0.05%×テンション値)
テンション値が最大の時、自分と同じタイプの技が相手にタイプ相性の不利に関係なく攻撃できる。
『くさ』タイプの技を出した時、『グラスフィールド』の効果ターンを+1する。
【技能】『タウントドラム』
自分が音技を出す時、相手を『ちょうはつ』状態にする。
因みにダンデさんは基本的にリザードン以外は全員原種の通常個体です。
場に出すだけでぽっと全能力1.3倍にしてくるやべーやつ。
一番怖いのはチャンピオン時代はやらなかったけど、テンション下がっても一回引っ込めてまた出せばまた最大まで上げれるんだよね(
そして『テンションが最大の時』とか『テンション値に応じて』って効果は条件的に強力にしやすいので……。
思ったよ試合長引きそうなんで次回ももうちょっとだけ続くんじゃ……。
………………ところでダンデさん、もうジムチャレ期間半ば近いけどまだヤローさんって大丈夫なの???
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
-
あったほうが良い
-
ほどほどで良い
-
無い方が良い