「よく来たね、アンタを待ってんだ」
午後になり、アラベスクタウンのスタジアムへと向かえばスタジアムロビーで待っていたポプラがすぐにこちらに気づき、やってくる。
その隣に白い髪の少年が立っており、不機嫌そうにこちらを見ていた。
「なるほど、アナタがチャンピオン推薦のトレーナーですか。ふん……来て早々に厄介な。面倒事は他所でやって欲しいものですね」
そんな機嫌の悪さをそのまま言葉にしたかのような皮肉気な口調に一瞬むっ、となるも、すぐに隣にいるポプラにその頭を叩かれる。
「馬鹿言ってんじゃないよ、ビート。アラベスクタウンでジムリーダーをやる以上はこれはアンタの問題でもあるんだ」
「どうしてこのぼくが……」
「このガラルでジムリーダーをやる以上、災禍とは付き合っていく必要があるのさ。アンタもいい加減腹をくくりな」
「勿論分かっていますよ。今はぼくがこのアラベスクタウン担当のジムリーダーですからね」
そんなやり取りを経て、ようやくポプラが本題に入る。
「ああ、いきなり悪かったね。それで森のでの話を聞きたいんだが」
「えっと、ええ、分かってる」
少しばかり戸惑ったが、昨日のことを思い出しながら一つ一つ語っていく。
森に入った瞬間に違和感があったこと、そして森を歩く中で妙な気配が多数あったこと、その原因がこちらを見やるポケモンたちの視線であったこと、それから迂闊に能力を使ったことで森の主を刺激してしまったのだろうことやそれからポプラと出会うまでのこと。
「ふん、やっぱりアナタが余計なことをしたんじゃないですか」
「アンタねえ……もっと要点に目を向けな。ソラが森に入った時点ですでに異変は起きていたんだよ。ソラが何かしなくてもどのみちさ」
問題は―――とまだ何か言いたげなビートを手を制しながらポプラが呟く。
「昨日は一時追い返しただけに過ぎない。互いに全力でぶつかるにはまだ早いってことだろうしね。だがそれが終わればやって来るよ」
「森が広がる、というやつですか……確かに以前に聞きましたが、本当にそんなことが」
「ある。すでにあたしは何度もやつと戦っているのさ。今回も同じさね、時期が来た。そういうことさ」
神妙な……けれどどこか懐かしむような表情のポプラにビートが何とも言えない表情をする。
そんなビートの表情を一瞬見やり、ポプラがふん、と鼻を鳴らす。
「心配すんじゃないよ、あんたならやれるさ。あたしが保証してやるよ」
一瞬、ビートが図星を突かれたとばかりに表情を強張らせるが、すぐにまた元の不機嫌そうな表情に戻る。
「余計なお世話です。だいたい心配なんてしていません。このぼくにかかれば何の問題も無いのですから」
ふい、とそっぽを向いたビートが話は終わったとばかりに関係者通路の奥へと消えていくのを見送りながらポプラが溜め息を吐く。
「やれやれだ。そんな強張った顔して何が問題無いだい。全く……まだまだあたしも楽できそうには無いね」
小声でぼやきながらポプラがとん、と音をたてて傘を突く。
「来てもらって悪かったね。聞きたいことは聞けたよ。ルミナスメイズの森のことはアラベスクタウンの領域の話。あんたは引き続きジムチャレンジに勤しみな」
「ま、そうさせてもらおうかしらね」
実際問題、いつやって来るか分からない野生ポケモンの群れを待っていつまでもここにいるわけにはいかない。
この一件のせいでジムチャレンジが中止されるわけでも無いし、中止されない以上、残り時間は刻々と過ぎていくのだから。
「取り合えずジムチャレンジの受付でもしようかしらね」
去っていくポプラの背を見やりながら、どうなることやらと嘆息し呟いた。
* * *
そうして翌日。
その時は唐突にやって来た。
* * *
「さすがに疲れたわね」
「お疲れ様でした、ソラさん」
アラベススタジアムでの戦いを終えて一息吐くと、隣を歩くシノノメが労いの言葉をかけてくれる。
「それにしてもエンジンシティを超えると本当にチャレンジャーが激減するのね」
ここまで来るといよいよもってチャレンジャーが限られてくるようで、受付をした翌日にはジムチャレンジの運びとなった。
3番目のジムリーダーカブが新人たちの登竜門と呼ばれる事実を改めて認識する。
「バトルもそうだけど、その前のパズルでも頭使わされたから余計に疲れた気がするわね」
前年までのジムミッションといえばバトルを絡めながらのクイズだったらしいが、今年からはステージ全体を使った大掛かりな立体パズルだった。
まあそうは言ってもバトルをしかけてくるジムトレーナーに焦らされることさえなければ少し頭を捻れば解ける程度の難易度だったので特に問題も無く突破し、ジムリーダーのビートとのバトルとなったわけだが、それでもジムトレーナーとバトルをしながら頭を捻らせ、さらにその後ジムリーダーを思考を回しながらのバトルとなったのだから体の疲れはともかく精神的な疲労はそれなりに大きい。
「ジムリーダーもそういうタイプだったし、とにかく頭を使わされたわね」
“シンクロニティ・テレパシス”*1
“タイプ・シンパシー”*2
ジムリーダーのビートは確かユウリと同じ去年の推薦枠チャレンジャーだったはずなので自分と同じ歳ということになる。
自分でいうのもなんだが私と同じ年齢でジムリーダーというのは相当に優秀なのだろう……ユウリやユウキ*3のような例外がいるのでいまいち分かりにくいが。
だがそれにしたって随分と育成が洗練されている気がする。あれは多分先代であるポプラの手が入っているからなのだろう。
つまりトレーナーとしてのポプラも傾向的には同じ感じなのだろうと予想できる。
「疲れる師弟ね……」
タイプ相性なんてトレーナーとして本当に基礎中の基礎ではあるが、実際には18タイプ×18通りの相性に加え複合タイプでの相性まで考慮するとその組み合わせは膨大な数になる。
バトル中の一瞬の判断でぱっと出てくるようなものでは無いし、精々今から出す技のタイプがどうかということくらいだろう。というかそこまでできれば普通はまあ十分だろう。
だからこそタイプの通りやダメージを比較しながらのバトルは常の裏の読み合いとはまた別の思考に頭を使うこととなる。
「今日はもうさっさと帰って休みましょうか」
「そうしましょうか。私も早く帰って今日の動画の編集したいですし」
「あとまだ急ぎじゃないけど、トーナメントの有力チャレンジャーのほうの情報収集もお願いできる?」
「大丈夫ですよ。今までもそれなりに情報は集めてましたし。現状での簡単なまとめなら後で渡せますけど?」
「本当? 助かるわ、まあ今日はもう頭を使いたくないから明日以降になるだろうけど」
幸いにして受付から翌日でのチャレンジ、そして一発クリアであり、これでバッジも5個目。
今が5月の3週目。残りは2月ちょっとと残りの期間も短くなっているが、後半ジムは受付からのジムチャレンジまでの期間が短いので急げば1週間もあれば残り3つのバッジを取得することも可能だろう。まあそこまで急ぐのは多少の無理をする必要があるのでやる気は無いのだが。
それに今ならユウゼンがいる。ここまで旅する中で気づいたが、情報収集や簡単な情報処理ならユウゼンに任せることができる。本人もこれに関しては協力してくれるらしいので残り1か月くらいまでにバッジを集め切り、そこまでにユウゼンに集めてもらった情報からトーナメントの相手の対策を取りながら育成。
そして1か月後に本選、今のところこういう予定だ。
前半ジムで予定外の育成が入ったり、ジムチャレンジまでの受付からが長かったりでそれなりに時間を取られたが、トータルで見るとまだ時間はある。
勿論余裕があるわけでは無いが、焦る必要はない。
故に今日……ダメなら明日も使って体調を万全に戻してから次のキルスクタウンへ向かっても問題無いだろう。
「まあ尤も……」
それまでに何事も無ければ、だが。
口にすれば余計なトラブルを呼び込みそうで噤んだ言葉だったが。
―――――――ッ!!!
そんなことは関係無いとばかりに町中に咆哮が響き渡った。
* * *
「今のっ!」
「な、なんですか?!」
明らかに普通じゃなかった。今聞こえたのは多分威嚇の時の咆哮だ。
何かただ事ではない事態が起きていることを予感し、同時に最悪の可能性が脳裏を過る。即座にホルスターのボールを確認して、思わず舌打ちする。
ジムチャレンジにおいて後半ジムリーダーとのバトルで使えるポケモンは4体までだ。なまじジムミッションに対してバトルが必要無かっただけに、いつもならホルスターに6つ吊り下げられているモンスターボールは今は4つしかない。
「シノノメ! ポケモンセンターに戻って待機してて」
「は、はい! わ、分かりましたけど……あの、何が起こったんですか?」
「分からないけど……最悪の場合、危ないことになるから、絶対にセンターから出ないでちょうだい」
残りのポケモンは全てセンターのボックスに預けている。
ガラルで一般普及しているスマホ機種ならポケモンボックスアプリでいつでもどこでもボックスに接続してポケモンの入れ替えができるらしいのだが、あいにく私のはホウエン産なのでそこまで便利な機能は無い。
もしこれが危惧していた通りの例の森の主の襲撃なら悠長にポケモンセンターに行ってボックス操作している時間も無いだろう。
幸いにしてジム戦後にポケモンたちの回復はしているのでバトル後の疲労はあれど
「この4体でどうにかしないと……」
不幸中の幸いというべきか、『フェアリー』タイプ専門のジムリーダーが相手だったが故にガーくんやムーくんなど火力や耐久力の秀でた面子を揃えていたのである程度まではやれると思うが、相手の総戦力が文字通り森全てとなるとまるで数が足りない。
「……その辺はジムの面々に期待かしらね」
呟いている間にも咆哮の聞こえた地点へと近づいていく。
街の入口へと近づいていくにつれ、徐々に喧噪が聞こえてくる。
いよいよもって最悪の可能性が当たったかと内心舌打ちしながらボール片手に走る。
そうして現場にたどり着くと、そこはすでに戦場と化していた。
「おか、しい……でしょ」
そこで暴れているのは森に生息するポケモンたち。
ギモーが、ボクレーが、ネマシュが、ポニータが、ヤバチャが、他に様々なポケモンたちが明らかに正気を失った目で暴れ回っている。
それは異常だった。本来野生のポケモンというのはもっと臆病なのだ。
野生という常に周囲に危険の潜む、そして簡単に休息すらできない世界で生きるポケモンたちは傷つくことを嫌う。弱ればそれは襲われやすくなるだけだから。
故に野生のポケモンとは本来そう簡単に人の生息域に出てくることは無い。そして人と争うことも無い。
人の側が無遠慮にその生息域に、ナワバリに侵入しない限りは基本的に遠目で見てくるだけだ。
故にポケモン災害というのはそう簡単には起こらない。
故郷のホウエンとてかつてゴーストポケモンが群れとなって街に降りて来たことはあったが、あれとて本質的にはゴーストポケモンが戯れていただけだ。やり方が過剰過ぎるせいで人の被害まで出てしまったが、その事件の犯人たちである『おくりびやま』のゴーストポケモンたちに悪意や敵意というものは無かった。
だからこそ、異常なのだ。
生気も無く、感情も無く、けれど敵意だけは漲らせた正気の無い瞳で暴れ回る多種多様なポケモンたちの姿が。
「……ガーくん! ムーくん!」
だが戸惑っている間など無い。
すでに街に被害が出ているのだ。
プロトレーナーの一員として、目の前で起きている災禍を見過ごすわけにはいかない。
両手に持って投げたボールから飛び出してきた少年の姿をしたパーティのエースと、全長5メートルを超す巨体を持った鋼色のアタッカーに命ずる。
「暴れてるやつは全員ぶっ飛ばしなさい!」
その言葉に両者が動き出すのを見やりながら、自身もまた動き出す。
「荒れ狂え!」
一般人を襲おうとするポケモンを見つけ、風で無理矢理制動させると同時に手元のボールを投げる。
「撃ち抜いて! アーくん!」
“ブレイブバード”
ボールから飛び出したファイアローのアーくんが猛スピードで敵を撃ち抜き、再び戻って来る。
そうして助けた人を街の後方へと送り出しながら次を探して走り出した。
「……本当に、どんだけいるのよ」
視界の中どこを見てもポケモンだらけの街並に、弱音にも似た言葉が漏れた。
ビートの口調難易度高くない???
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い