ポケットモンスタースカイブルー   作:水代

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魔女の茶会②

 

 

「ねえ、ネネ」

「何さ、レキ」

 

 雑多とした人の流れを眺めながらカフェのテラス席で少女……レキが頬をかく。

 そんなレキの呼びかけに視線を手元のスマホから動かすことも無くもう一人の少女、ネネが応える。

 

「……シキ母さんさ、どこ行った?」

「……さあ?」

 

 つっけんどんとも捉えかねないようなネネの端的な返事だったが、それがもうただ単に諦めているだけだということをレキは知っていた。

 ほんの少し目を離しただけなのだ。

 このテラス席からでも見える店内のレジカウンターに支払いに向かっただけ。

 今レキたちのいる場所からほんの10メートルにも満たない距離。

 たったそれだけの距離を歩いていたはずの少女たちの保護者は、けれど気づけばその姿を消していた。

 

「やっぱあの迷子って異能なんじゃないかな」

「だから~首輪でも付けとけって言ってんに」

「さすがに親にそれはビジュやばすぎでしょ」

「でも目離したら消えんじゃん」

 

 文字通り消えた。

 跡形も無く、まるで煙か何かのように。

 ほんの数十秒、目を離しただけなのに。

 

「どうする?」

「多分大丈夫だろうし、帰る?」

「あの子どうすんの?」

 

 視線を移せばその先にはつい先ほどまで話相手だったシキが席を立って所在なさげにスマホを眺めるアルカの姿。

 そしてこちらの視線に気づいたのか、アルカが顔を上げてこちらへとやってくる。

 

「あのあの、どうかしました?」

「あーね」

「母さん、迷子」

「あー」

 

 何と言ったものか、と言い淀むレキに対して半眼のネネが端的に呟けば思い当たるものがあったのかアルカが苦笑する。

 どうやらアルカも知っていたらしく、シキの迷子癖というのはこの場にいる三者の共通認識だった。

 

「スマホに連絡……できませんよね」

「まあ、見ての通りというか」

「やっぱ首輪……」

 

 物騒なことを呟くネネをスルーしながらアルカの向かいの席に置かれたシキの荷物を見る。

 ついでにテラス席の上に置かれたシキのスマホを見て誰ともなく嘆息する。

 

「諦めようか」

「そだね」

「え、良いんですか?」

 

 再び着席し、店員に追加注文を始めるレキたちにアルカがぎょっとした表情をするが、あの異能的迷子癖に対してスマホすら持っていない時点で自分たちにできることは何も無いと諦めていた。

 実際のところ、そう心配はしていない。手持ちのポケモンが1体もいない、とかならば多少心配もするかもしれないが……。

 

「クロがいるから大丈夫だよ」

「クロがいるし、大丈夫でしょ」

 

 アルカの心配に、レキとネネが声を揃えて返す。

 シキの手持ちの1体だが、実質シキの保護者みたいなことになってる『きょうぼうポケモン』がいるので多分大丈夫だろう。

 そんな風に割り切ってスマホを弄っていると。

 

 ぴろん、と2人のスマホから着信音が鳴る。

 

「メール?」

「姉さんから?」

 

 届いたメールを開けばそこには一番上の姉であるソラの名前があって。

 

「……あー」

「ねーアルカ」

「あ、はい、何でしょうか?」

 

 ―――アラベスクタウンにてシキ母さん確保。

 

 そう書かれたメールを見せながら。

 

「アラベスクタウンってどこ?」

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンセンター内に流れる陰鬱な空気に頭を抱えて、思わず外へと出る。

 まだ朝にも昼前にも関わらず相も変わらず薄暗い街の景色に嘆息した。

 

「聞いてないわよ……なんて今更よね」

 

 遠くに見えるスタジアムのほうへと視線を向けながら、誰にともなく呟く。

 結局自分たちみんなが良いように振り回されてしまった結果がこれなのであって、そのことを事前に聞いていれば結果が変わっていたのか、と言われればきっと何も変わらなかったのだろう。

 だがそれでも言っておいて欲しかった、と思ってしまうのが人の性だろうか。

 

「ボールで捕獲したポケモンすら奪われるなんて聞いてないわよ」

 

 センターの自室にて沈痛な面持ちで空っぽのボールを見つめるシノノメを思い出し再度嘆息する。

 シノノメの行動を迂闊と呼ぶことはできない、何せ彼女はトレーナーではないのだから。

 いや、寧ろ気づいてしまえば更なる被害を生み出していた可能性を考えれば―――。

 

()()()()()

 

 ―――この状況が一番被害が軽いのかもしれない。

 そんな思考が出そうになり、頭を振って消し去る。

 二度、三度と深呼吸する。

 どうにもメンタルがやられているようだ、自覚は無かったが無意識に弱気になっていた。

 

「だからって、私に何ができるのよ」

 

 拳を握る。

 ほんの少し念じるだけで風が渦巻く。

 強く強く意思を発すれば嵐が巻き起こる。

 

 だが、それだけだ。

 

 今のソラにできることはそれだけ。

 いや、それだって他の人間にできることじゃない。

 世間一般で見れば自分が人間離れした尋常じゃない力を持っていることを自覚している。

 だがそれでも本当の怪物には届かない。圧倒的な力の前には屈せざるを得ないこともまた知っている。

 

 ―――ソラはどうしようも無く本物を知っている。

 

 理外の怪物。

 大地の化身、大海の王者、空の龍神。

 どれを取ってもソラには届かない頂点に座す正真正銘の怪物たち。

 あの魔女をそこまでの存在と言うつもりは無い、だがそれでも明らかにソラでは届かない存在であることもまた事実だ。

 

「……1つ、方法が無いわけでもない、けど」

 

 真正の化け物に対してのソラの切り札。

 あの理外の怪物たちを同じ領域に足を踏み入れかけた存在。

 ホウエンに帰したソラの半身(オトウト)を呼び戻せば可能性は無いわけでもない。

 だからその案も考えた、のだが。

 

「できればまだ……顔を合わしたくない」

 

 この街に来て、思い出してしまった過去がソラにその選択肢を躊躇させる。

 (アオ)の存在はソラにとってコンプレックスそのものだから。

 まだ気持ちの整理が上手くできていない今の状態であって、まともに顔を合わせられる自信が無い。

 だがシノノメのことを思えばそんな自身の心情など考慮している場合ではないのも分かっていて……。

 

「仕方ない、わよね」

 

 スマホロトムを取り出し、電話帳を開く。

 そこに登録された番号の1つを見つめ……僅かに逡巡するが、内心を押し殺して番号を呼び出そうとして。

 

 ―――ふと、誰かとすれ違った。

 

 普段なら気にも留めないようなことだが、けれどその時確かに直感が囁いた。

 振り返って今しがたすれ違った人物を見やり……目を丸くする。

 

「……なんで?」

 

 そこにいるはずの無い人物を目にして、一瞬言葉が詰まって出た。

 だがそんなソラの呟きを聞き遂げたのか、こちらに背を向けて歩いていた女性が立ち止まり、そして振り返る。

 

「あら……久しぶりね、ソラ」

 

 久しぶり、なんて台詞とは裏腹にまるでつい今朝方別れたばかりみたいな反応で、実に半年ぶりに出会うはずなのにそんな態度を微塵も見せることもなくこちらを見やる黒髪の女性……ソラの母親の1人、シキの存在にソラの思考は完全に停止してしまっていた。

 

 

 * * *

 

 

「なるほど……?」

 

 あまりにも唐突な再会に動揺が収まるまで時間はかかったが、それでもどうにか互いの状況を説明しあう。

 シキ曰く自分の妹であるレキとネネの2人の付き添いとしてガラルに来ていたらしく、その最中に昔の知り合いに相談を持ち掛けられたのでエンジンシティのカフェで話をしていたのだが、支払いのために立ち上がって……気づけばここにいたらしい。

 

 何を言っているのか分からないと思うが、シキの迷子癖は家族共通認識で異能レベル(異能とは言っていない)なので仕方ない、そういうものだと割り切るしかないのだ。

 明らかに時間と距離を飛び超えているように見えるが、それでもこれは異能ではない……らしい。

 さすがにカフェの中でクロ*1を出すわけにもいかず、妹たちも気を緩めて一瞬目を離してしまったのだろう。

 

「ま、まあ大よその経緯は分かったわ」

「そっちも大変だったみたいね」

 

 シキが手を伸ばし、ソラの頭に置く。

 びく、と一瞬手を出そうとして、けれど止める。

 

「……まあ大変だった」

「うんうん」

 

 二度、三度とその手が頭を撫でるとソラから深く深く溜め息が零れる。

 腹の底に溜まったものを吐き出すように、もう一度深く息を吐く。

 

「正直私だけじゃ力が足りない」

「ジムリーダー……は、無理よね」

「うん、街の混乱を収めるのにあのジムリーダーたちはしばらく動けない、でも今すぐ動かないと……」

「森の奥の奥まで行かれたらもう私たちじゃ追いつけない」

「そう、だからもしシノノメのために動くなら、今動かないとダメ」

 

 けれど追いかけようにも戦力が足りなかった。

 絶望したような表情のシノノメを助けてあげたい、そういう気持ちはあれど追いかけたところで今度は自分が同じことになるのが分かりきっていたからどうすれば良いのかずっと悩んでいた。

 

 だが今は違う。

 

「シキ母さん」

「うん」

()()()

「…………」

 

 普段あまり表情の変化が無いシキにしては珍しく、分かりやすく驚いたような表情。

 

「エアに似て意地っ張りなソラがそんなこと言うなんて……変わったね」

「……意地張ってる場合じゃないってだけ」

「そっか……そうだね。うん、良いよ。私で良いなら」

「……ありがと」

 

 そんなソラの感謝に、シキが笑みを浮かべ、もう一度頭を撫でつけた。

 

 

 * * *

 

 

 動くと決めたならば迅速に動かなければならない。

 手持ちも全て持ち、すぐにでも動けるというシキと共にポケモンセンターまで戻り、蹴とばすような勢いでセンターに借りた自室に戻って大急ぎで手持ちたちのボールと荷物をまとめると足早にセンターを出ていく。

 

「シノノメからヌシの去った方向は聞いてるからまずはそっちへ行きましょう」

「分かったわ」

 

 街と森の境目から飛び出せば途端に森中から視線が飛んで来るのを感じる。

 見られている、その感覚はつい先日も味わったばかりのもの。

 

「まだそう遠くには行ってなかったみたいね」

「……見られてる?」

「ヌシよ」

「……なるほど」

 

 ソラよりもずっと旅の経験の多いシキからすれば、その一言で大よその理解が及んだらしい、納得した様子で頷き、ホルスターからボールを一つ握り、いつでも出せるようにする。

 

「視線に温度が無いわね……支配されてる?」

「支配? いや、確かにそうなのかもしれないわね」

 

 森に入った時こちらを何の感情も無く見つめるギャロップを見たが、単純な配下なのではなくその意思すらも奪い支配されているのだとすればあんな表情にもなるかもしれない。

 支配、というシキの言葉にひどく納得する。

 だとすればシノノメのポケモンがシノノメの言葉にも反応しなかったという話にも納得がいく。

 

「何か条件はあるんでしょうけど……さすがに無条件はあり得ないし」

「条件の方向性にもよるわね……例えば『特定のタイプのポケモン』に限定するならそのタイプ自体が条件となってそれ以外は無条件、なんて可能性もあるし」

「……なるほど」

 

 トレーナーとしての見識の深さはさすがにシキには及ばないか、とソラが内心で独り言つ。

 やはり経験とは力だ。洞察力と危機察知能力はこういう経験を積み重ねなければ中々身につかない。

 

「襲ってくる感じはないわね?」

「様子見してるんでしょうね。ついさっきまで街で戦ってたなら、相応にダメージもあるでしょうし」

「問題はヌシが……森の魔女がどこにいるか」

「ソラ……『おおあらし』は使える?」

「え? ええ、使えるわよ」

 

 ふーん、と何か考えている様子のシキ。

 手に持っていたボールを一度ホルスターに戻し、それからまた別のボールへと持ち替える。

 

「最後に聞いておくけど、目的はヌシに奪われたポケモンの奪還よね?」

「ええ」

「ヌシを倒すこと、じゃないのよね?」

「そうね、ただ奪われたポケモンがヌシに連れていかれた以上はまだヌシのところにいるんじゃないか、ていう予測でヌシを探してるけど」

「そう」

 

 短く呟き、ボールを投げる。

 

「ケイオス」

「ギャイアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 森の中に咆哮が響き渡る。

 さいこどりポケモンアーケオス。シキの持つ本気の面子の1体。

 感じる視線の先をいくつか確認しながら、シキが呟く。

 

「暴れなさい」

 

 “きょうそう”*2

 

 “じしん”

 

 どんどん、と足元を踏みつぶさんばかりの勢いで地面へと叩きつけられたアーケオスの蹴りが周囲一帯を揺るがさんばかりの地震となって森を大きく揺らす。

 その範囲にいたのだろうポケモンたちが転がり出てきたり、木々の上から落ちてきたりと次々と隠れていたポケモンたちが炙り出されていき、それを見たアーケオスが大きく翼を広げながら駆けだす。

 

 “もろはのずつき”

 

 猛スピードの疾駆の勢いそのままに激突を繰り返しながら次々と隠れていたポケモンたちを仕留めて行き、やがて攻撃の反動で体力が半減すると。

 

 “よわき”*3

 

 目に見えてその勢いが大きく減じる。

 特性の発動によって気勢が削がれたアーケオスに、森のポケモンたちが好機と攻撃をしかけようとする、が。

 

「ケイオス」

 

 ぱちん、とシキが指を鳴らした瞬間。

 

 “いかさまロンリ”*4

 

 ()()()()()()()()が発動し、一瞬減じた勢いが倍増しとなってアーケオスがさらに暴れ出す。

 逆に機先を潰された森のポケモンたちが次々とアーケオスに蹂躙されていく。

 それでも少しずつダメージが積み重なっていき、アーケオスが『ひんし』になりかけるが。

 

 “ついばむ”

 

 森のポケモンが持っていた『きのみ』を食らって回復しながら戦闘を続行する。

 やがて森の騒ぎにヌシの支配下らしいポケモンが次々と駆け付けてくる。

 ならばこちらも対抗せんとボールを構え。

 

「待って、まだ良い」

 

 こちらを手で制するシキに戸惑いながらどうするのか、と見ているとシキがもう1つボールを手に取り。

 

「荒らせ、テツワン」

「ぐごおおおおおおおおおおおおお!」

 

 投げたボールから飛び出したのは森に寝そべるようにして現れる巨体、ものぐさポケモンのケッキングだ。

 アーケオスに飛び掛かろうとするポケモンの一体に目を付け、その巨大な腕を振り上げて―――。

 

 “てつわんおう”*5

 

 “ギガインパクト”

 

 凄まじい勢いで吹き飛ばされたポケモンが森の木々に叩きつけられる。

 そうして一撃を見舞ったところでその巨体を休めようとしたケッキングだったが。

 

 “なまけ”

 

 “ぎゃくてんチート”*6

 

 突き動かされるように再び動き出し、地面を叩きつけるようにして『じしん』を起こす。

 揺れ動かされる森に再びポケモンたちの動きが止まり、耐えきれず崩れ落ちるポケモンたちも出てくる中で。

 

「ぐごおおおおおおおおおおおおお!」

 

 “じしん”

 

 明らかに物理を無視したような、まるで動画を早送りにしたような不可思議な動きで持って再び地面を叩きつけたケッキングのその一撃にさらに多くのポケモンたちが『ひんし』となっては他のポケモンたちに回収されていく。

 

「数が……減って来た?」

 

 その様子を見ながら、ふと気づく。

 徐々にだが戦闘に出てくるポケモンの数が少なくなっているように思える。

 先もシキが言ったが、すでに一度街へと襲撃し、少々どころではない被害を出している。そのほとんど直後の戦闘だからか、さすがにヌシも戦える配下の数が足りなくなってきているのかもしれない。

 

「そう……なら、そろそろ来るわね」

 

 ソラから零れ出た言葉に、シキもまた同じことに気づいたのか、そう呟く。

 来る……何が? なんてこと言わなくてもソラにだって分かっている。

 

「あら? あら? あら?」

 

 森の木々の間から一人の少女が姿を現す。

 白い服を来た、こんな森の中で場違いなほどに綺麗な少女。

 

「あらあら? 困ったわ? 困ったわね? どうしようかしら? どうしようかしらね?」

 

 ふふ、と少女が笑みを浮かべ、その手の中に納まる1匹のポケモンへと語りかける。

 

「ねえ、どうすればいいと思う?」

 

 そんな少女の問いにそのポケモン……エモンガが感情の無い瞳で何かを呟き。

 

「そうね、そうしましょう。だっていらないわ、私の庭を荒らすのなら、いらない、必要無い、だから捨てましょう、全部全部全部」

 

 そうして少女がニィ、と口元を吊り上げ。

 

「だから死んで?」

 

 それが戦いの合図だった。

 

 

*1
シキの手持ちで一番の古株であるサザンドラ。長年シキ母さんと一緒にやってきた影響か相棒というかもう保護者みたいになってる苦労性。

*2
特殊技、変化技を出せなくなるが物理技で相手を攻撃する時、自身の『こうげき』に『とくこう』の半分を足してダメージ計算する。

*3
自分のHPが最大HPの半分以下になると、こうげきととくこうが半減する。

*4
発動ターン中、互いの能力の上昇効果と下降効果を逆にする。

*5
相手を直接攻撃する技の反動を受けない。

*6
特性『なまけ』の効果を受けなくなる、この効果が発動したターンの終了時、もう一度行動できる。この効果は場に出る度に一度だけ使用できる。




ちょっと区切れるところ無かったので長くなっちゃった。

シキちゃん久々に出したら無法過ぎてドン引きする。
でもこんな無法が普通にまかり通っていたのがドールズ時代……作中の12,3年前なんですよ(
この無法に対する究極の解として超越種……つまり伝説のポケモンの圧倒的な暴力が出されたのでいやもう無理、こんなの誰も勝てないからレギュレーション作ろう? って流れになった歴史が作中にはある。
なお実機レギュレーションJではついに創造神が解禁されたとか……リアルポケモン世界的に考えると魔境過ぎるね。

挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?

  • あったほうが良い
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