昔……まだ私が幼かった頃に、父さんに聞かれたことがある。
―――ソラはポケモンが好き?
あの時の私はなんて答えたのだろう。
多分好きって答えたのだと思う。父さんはそっか、と何故か苦笑して私の頭を撫でていた。
ふとした時に、その言葉を思い出すことがある。
その上で、果たして今の私は胸を張ってポケモンが好きだと言えるのだろうか?
最近そんなことを思った。
ポケモンになりたい、なんてそんなことを本気で思っていた。
私がポケモンが好きだったのは、ただの無い物ねだりからの嫉妬の裏返しだったんじゃないだろうか。
私はどうやったって人間で、人間でしかなくて、人間にしかなれなくて、だからどうやったってポケモンにはなれない。なれないから、届かないから、だから余計にそれが特別に見えた。
それだけの話なんじゃないだろうか。
―――人もポケモンもそんなに変わらないと思うよ。
父さんも私にそう言った。
でも私にはその言葉の意味が分からなかった。
少なくとも……今の私には、まだ。
* * *
“ムーンフォース”
「死んで?」
言葉と共に魔女の手から放たれた光がガーくんを飲みこんでいく。
どう足掻いたって助からない威力の攻撃にガーくんがけれど歯を食いしばり。
「やだ、よ……」
耐える。
とっくに
「ガーくん!」
「だい、じょうぶ……だよ、母さん」
大丈夫なはずが無かった。『ひんし』のダメージを精神力だけで持たせているのだ、間違い無く不味い状態なのは分かっている。
それでもどうしようも無い。いったいあの圧倒的な暴威に誰なら耐えきれるのか、思考が上手く回らない。
空回りし続ける思考が、言葉を紡ぐことすら忘れている間にも魔女が哂う。
「なら、もう一度、一度、今度は大丈夫、大丈夫、大丈夫ね、ちゃんと、ちゃーんと死んで?」
“スペルキャスター”
ガーくんの足元に光が集う。
“ワイドフォース”
放たれた一撃がガーくんの足元から吹き上がるサイコパワーとなって致命的なダメージを与える。
悲鳴を上げる余裕すら無いガーくんが吹き飛ばされ、地に転がり……。
「……っ、ぐ、ぁ」
「ガーくん! 戻って!」
咄嗟の判断、最早次に出すポケモンすら決めていないのにそれでも体がガーくんのボールをかざす。
戻さなければこれ場は不味い、と理性が最大の警告をしていた。
―――なのに。
「
ボールから放たれた回収の光を、ガーくんがふらつきながら避けてしまう。
どうして? そんな言葉が頭を埋め尽くし、呆然と立ち尽くす。
そしてその間にも魔女が不機嫌そうにガーくんを見つめる。
「まだ? まだまだ? まだ? なんで? なんでなんでなんで?」
どうして死なないのだろう?
心底不思議そうに、同時に思い通りに行かないことにイラついた様子で、魔女がさらに手をかざし。
光を放つ、光を放つ、光を放つ。
一発一発が即死級の威力の技を都度三度。
一度は防いだとはいえど残り二発は直撃してしまっている。
いくらポケモンといえどそこまで痛めつけられてしまえば生命活動すら危うくなる、そのことを理解して心臓が締め付けられたように痛い。
なのに。
なのに。
なのに。
「…………っ」
立つ。
立った。
なんで? どうして?
「どうして……止めてよ、ガーくん!」
言葉の震えが止まらない。カチカチと歯が音をたてる。
いくつもの感情がぐちゃぐちゃに入り混じって、最早自分が今どういう心境なのか自分でも分からない。
ただただ逃げ出したかった。何もかも投げ出して逃げ出したい。けれど体は動かない。
それは恐怖のせいか、それとも別の何かか。それを自分でも理解しないままに、けれど事態は止まってくれない。急速に進んでしまう。
ダメだ、これは本当にダメだ。心が叫ぶ。
『ひんし』とはある意味でストッパーなのだ。
ポケモンが『ひんし』になるのは、これ以上ダメージを受けるとやばい、という体からの警告であり、『ひんし』状態にそれ以上追撃を受けないように身を小さくして隠れることで生き延びようとする。それはポケモンの本能だ。
だからこそ精神力だけで『ひんし』になろうとする本能を抑制することは危険極まりない。それこそ『がんじょう』なポケモンでも無い限り簡単にできることでも無いしやって良いことでも無い。
すでに三度、ガーくんは『ひんし』のダメージを強制的に堪えている。すでに体は限界だと叫んで『ひんし』状態になろうとしているのとを精神が止めているのだ。
今辛うじて立っている、まだ戦えるよう……
だが最早限界はとっくに超えている。これ以上の……否、現状ですでにガーくんの命すらも蝕んでいる。これ以上なんてあり得ない。これ以上なんて本当にガーくんが死んでしまう。
「戻って……お願い、だから」
「やだ……」
「どうして……ダメ、それ以上は……ガーくんが死んじゃう」
「やだ……」
「なんで!」
視界が滲むのを自覚する。
ああ、今泣いてるんだ。どこか他人ごとのように思うくらいには今の自分には現実感が無かった。
ただ理解できない感情だけが胸の内にぐるぐると渦巻いていて、それを吐き出せないもどかしさに気が狂いそうで。
「母さんが苦しそうだから」
だから。
「母さんが辛そうだから」
だから。
「母さんが泣いてるから」
だから。
「そんな顔……ボクは見たくないから」
自身の命の危機に際して、それでもそんなことを言うガーくんが私には理解できない。
どうして……?
そんな言葉が再び口から洩れそうになり、その時ふと。
―――ソラはポケモンが好き?
どうしてだろう、父さんのそんな言葉を思い出した。
* * *
ポケモンが好きか、なんてトレーナーに聞けばだいたいの人は好きと答えるだろう。
だってポケモンが嫌いな人がトレーナーになんてなることは滅多にないし、何よりポケモンが嫌いな人間がトレーナーとして大成できるほど甘い世界じゃない。
月日を得るごとにポケモンの育成論は進んでいき、今では
ポケモンごとに技術を仕込み、トレーナーの育成によって体質すらも意図的に変化させ、ただバトルに特化したポケモンがごまんといるこの世界で、それでも人とポケモンの絆はどこまで行っても決して色褪せることも無く重要視され続けてきた。
ポケモンを信じること、ポケモンから信じられること。
それはポケモンバトルにおいて極めて重要なことだ。
そんなことは私だって知っているし、そうあるように努めてきたと思う。
ただ今となって思う。
私は本当にポケモンを信じていたのだろうか。
私が信じていたのはポケモンの能力なんじゃないだろうか。
少しだけ自信が無い。
私は自分が思っているほどポケモンたちのことを……仲間のことをよく見ていただろうか。
今目の前でガーくんが立っていることが信じられない。
どうやったって『ひんし』になるダメージを3度も耐えて、自分の命すら危険に曝して、戻れという私の言葉すら跳ねのけて。
ガーくん。偶然拾ったタマゴから生まれたココガラの子供。
私の力を吸い上げて生まれたせいか、はたまた生まれた瞬間に私を見たせいか、私を本当の親のように認識し、懐いていたはずのポケモン。
私は本当にガーくんのことを見ていたのだろうか。
懐かれているとは思っていた。
でも知らなかった、それが自分の命を賭すほどだなんて。
擬人種となった時にも悩んだことだ。
どうして?
そんな言葉をもう何度繰り返したのだろう。
何度繰り返しても答えは出ない。
知らなかった、知っていると思っていた。けど……何も知らなかった。
本当に?
それは知ろうとしなかっただけではないのだろうか?
私は知ろうとしていただろうか?
ガーくんのことを、他の手持ちたちのことを。
戦うために必要なことはしていたつもりだった。
でもそれはあくまで戦うために必要だったからでは無いのだろうか。
もしもバトルに信頼が必要なければ、私は彼らとどんな風に接していたのだろう?
―――ソラはポケモンが好き?
脳裏に何度となく繰り返される問いに、けれど今は何も答えられない。
私は―――。
* * *
生まれた瞬間に理解した。
―――この人がボクの『おや』なんだって。
その人はボクとは違う種族なのに、でもボクにとって何よりも居心地の良い場所だった。
いつだって何かに追われるように焦っているように見えた。
いつだって何かを求めるようにもがいているように見えた。
いつだって何かが足りないと足掻いていた。
けれどその全てを背負って、歯を食いしばって力強く前を見つめる……そんなカッコいい人だった。
その人と一緒にいる時間が好きだった。
その人と一緒に旅をするのが好きだった。
その人と一緒に戦うことが好きだった。
空を映したように青い髪が好きだった。
燃え滾る闘志のように赤い瞳が好きだった。
優しく頭を撫でてくれる手が好きだった。
だからボクはその人に憧れた。
その人みたいになりたくて。
気づいたらボクはその人みたいになっていた。
そのことがその人をなんだか困らせてしまったみたいだったけど。
でも結局、困ったように溜め息をついて仕方ないわね、と呟くその人がボクは好きだった。
だから、許せなかった。
許せるはずが無かった。
その人に……母さんにあんな顔をさせたやつが。
そして、それをどうにかできない自分の弱さが。
許せるはずがない。
だから何度だって起き上がる。
倒れても、倒れても。
体が軋み、全身が悲鳴を上げ、それでも立つ。
母さんがいつものようになるまで。
ボクの好きな母さんが戻って来るまで。
そのためならば―――死んだっていい。
ねえ、母さん。
ボクね、母さんのこと。
「……大好きだよ」
* * *
短く掠れるような声で呟かれたガーくんの言葉に、頭を殴られたかのような衝撃に襲われた。
気づいてしまった、今のほんの一言、二言に込められた感情で、自分のとんでも無い……致命的なまでの勘違いに。
「……馬鹿は私だった」
ああ、それはたった一つの思い違いだ。
自分でも自覚していなかった勘違い。
でもそれが余りにも致命的過ぎて、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまった。
私は―――相手のことを何も考えていなかった。
ガーくんを信頼しているつもりだった。
ガーくんに信頼されているつもりだった。
それは決して間違いでは無かっただろう。
私はガーくんを信頼していたし、ガーくんに信頼されていた。
きっとそれは事実なのだろう。
でも私は……本当の意味でガーくんに信頼されているということに気づいていなかった。
私はきっとガーくんを信頼しているだろう。
きっとガーくんは私を信頼していてくれるだろう。
私は本当の意味でガーくんの感情を見ていなかった。
これだけのことをしてきたのだからきっと大丈夫、信じて任せることができる、信じられている。
無意識でそんな考えをしていた。
まだココガラだった頃からガーくんを育ててきた。
手塩にかけて育てたのだから懐かれているに決まっている―――そんなわけないだろう。
だって。
好きなんて言葉、今初めて聞いた。
自分がガーくんに好かれていることを、
私が信じていたものは自分が費やしたリソース、そしてそのリターン。
本当の意味で相手を見たものでは無い、ガーくんの呟きでそれを自覚した。
同時に足元が崩れ落ちたかのような錯覚を覚えた。
何もかも、今まで築いてきた全てが崩れていくような感覚すらした。
私ってこんな人間だったの?
そんなことに気づいてしまい、手が震える。
最早何もできる気がしなかった。
自分の持っていたものが全て零れ落ちていくような気がした。
何もかも失ってしまったような気がして。
虚脱感に体がふらりと揺れる。
「……ねえ、母さん」
ダメージが深刻だったガーくんはそんな私に気づかないままにただ眼前の魔女を睨みながら続ける。
「……ボクのこと、好き?」
―――ソラはポケモンが好き?
その言葉がいつかの言葉と重なった気がして。
一瞬言葉に詰まった。
そうして震える体を抑えながら必死に頭を動かして、でも何も考えつかなくて。
だから何もかも無くなったような空っぽの心中でたった一つ、見つけた無意識のような言葉を吐き出す。
「……好き……大好きよ」
虚飾を取り払い、感情を吹き飛ばすような衝撃の中で出したその言葉は、心の底にあった
「……ああ、そっか」
ふっと、ガーくんが笑って。
―――絆を紡ぐ。
「……なら、大丈夫」
―――思いを重ねる。
「母さんのためなら、いくらだって頑張るから」
―――心を繋げ。
「だから、母さん」
―――縁を結ぶ。
「お願いだから」
“きずなのつばさ”
「いつもみたいに、笑っててよ」
前も言ったけど今作に恋愛系要素は無いです。
告白シーンみたいな感じだけどガーくんの好きはお母さんに対する家族愛だし、ソラちゃんの好きも同じようなもんなので別にこの後幸せなキスをして終了とかそういう展開は無いです。
……別にソラちゃん普通に異性相手の恋愛願望あるんだけどね。あるはずなんだけど、そういうことしてるイメージがまるで思い浮かばない。
あとフィールド効果『ルミナスメイズのもり』の表現をちょっと変えました。
感想でも指摘されたんだけど、『とくぼう』ランクの下降だと色々と問題があるので“『とくぼう』を半減する”に変更しました。指摘ありがとうございます。
挿絵つけてるけど、あったほうが良い? 無いほうが良い?
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あったほうが良い
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ほどほどで良い
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無い方が良い