「あーし? あーしはあれよ」
「どれよ」
「ほら、あれあれ。リシウムさんよ」
「知らないわよ」
「まあマイナーだし、メジャーになれないとやっぱ知名度とか上がんねーしね」
「どういうこと?」
「だからあれよ、『ひこう』ジムのジムリーダーとかやってるのよ、あーし」
というような会話をぐだぐだと続けた結果、この言葉遣いの怪しい不良少女がガラル地方における『ひこう』ジムのジムリーダーであり、先ほどの戦闘は『ひこう』ジムのジムトレーナー及びポケモンレンジャーとの共同作戦だったらしいことが判明した。
まあ当たり前だがあんな強力なポケモンが当たり前のような顔をして『浅域』を歩いているのだ。
一般キャンパーや新人トレーナーにもし襲い掛かりでもすれば大惨事になるのは目に見えている。
そういう時に活躍するのが『ポケモンレンジャー』だ。
基本的にポケモンレンジャーの仕事とは『自然環境の保全』であるのだが、環境を壊す外来種の保護や駆除もまた環境保全の一環であると言える。
あのサンダーは本来数十年に一度という稀な間隔で『カンムリ雪原』に姿を現すポケモンであり、それ以外に関して目撃情報すらろくに無いほどに人の目の届かぬ場所に住んでいるポケモンなのだが、二、三ヵ月ほど前から突如としてこのワイルドエリアに姿を現し、環境を荒らしまくっているらしい。
「最初はレンジャーさんがどうにかしよーとしてたみたいでー、でもやっぱムリメじゃね? ってなったからあーしらが呼ばれたわけよ」
ガラルのサンダーはその詳しい生態については知られていないが、その外見やサンダーのリージョンフォーム、ないし近縁種と考えられていただけに『ひこう』タイプの専門家に頼もうということになり、リシウムが出張って来る事態となっているらしい。
「つーてあーしらも暇じゃないし、リーグ戦とかもあったからジムトレーナーに任せてたけど無理ポ言われたらしゃーなし、リーグ戦も終わったしあーしが出てきた、みたいな?」
「アンタ言葉が不自由になる呪いでもかかってんの?」
「うっせ、つーかお前誰だし、新人トレーナーがこんなとこ居たらマジヤバだし、さっさと帰んなって、飴ちゃんあげっからさ」
「嫌よ、私もアレ欲しいもの」
サンダーの去っていった方角見やりながら差し出されたロリポップキャンディーを口に含みながら舌の先で転がす。
「いやいや無理っしょ。あーしでもマジにやらないときつそうなのに、新人ちゃんができるわけねーじゃん」
「そうかしら? じゃあ賭けてみる?」
「あー?」
「一週間以内にアレ、私が捕まえられたら、アンタのとこのジムの育成設備貸してくれない?」
「はー?」
一瞬何言われたのか分からないと言わんばかりに首を傾げ。
「はー? はー?? はー??? いやいやいやいや何言ってんアンタ」
「何よ、私じゃ無理なんでしょ? だったら別に良いじゃない。それとも撤回してみる? 私なら大丈夫って、ま、アンタは無理みたいだけど」
「は? は?? は??? かっちーん、てくるわ、マジイラっときた。いーし、別にいーし、やってみりゃいいじゃん、できんならだけど、まああーしならできるけど、余裕だし、でもアンタにできんならやればいいじゃん、どーせ無理だろーけど、無理だけど、もし出来たらそん時はジムリーダー譲っても良いし」
「そこまではいらないわよ、どうせ今年ジムチャレンジ出るんだし」
「え、それマ? アンタジムチャレやんの?」
「そうよ……ま、それは良いわ。確かに言質取ったわよ」
スマホロトム片手に録音データをちらつかせる。
実際のところ本当に設備が借りられるかどうかは知らないが、取り合えず他にアテも無いのだから借りれれば御の字、万々歳である。
「はー、ちゃっかりしてんのね……まーいーけど。どーせ無理だろうし、でも一応聞いとくけどなんか作戦ある系?」
「まだ無いけど……ま、どうにかなるわよ」
「無いのかよ、ウケルわ」
* * *
―――つーて、ワイルドエリアなんて誰でも入れるとこだし、一週間待つにしても何か問題が起こったら即座に動くかんね。
との言葉もあったが、無事に一週間は動かないという約束ももらったし、上手くやれば『サンダー』と育成環境の両方が一気に手に入る。
「ぶっちゃけアオ連れてけばだいたいなんとかなるのよね」
戦闘に入った時点で勝ったも同然だ。
見たところサンダーのレベルは80~90くらい。
使ってる技と気質を見るかぎりだと推定でタイプは『かくとう/ひこう』と言ったところ。
『すばやさ』こそ相当なものがあり、『こうげき』もかなり高そうではあるがアオならだいたい全部どうにかなる。
なので六日目突入、とかなったら素直にアオをホウエンから呼び戻すとして。
「可能ならガーくんに頑張って欲しいのよね」
未だに進化しないガーくんだが、夜に父さんに電話してみたところ『格上との戦闘経験で飛躍的な変化を遂げることもある』との言をもらったので、圧倒的格上であるサンダーとの戦いに望むことで進化への刺激になれば良いと思っている。
まあ一発でも攻撃された即座に沈むだろうから、可能ならばくらいのつもりではあるが。
他にも手段としてだけなら『ユウリに手伝ってもらう』というのも無しではないのだ。
ただ一人のトレーナーとしてそれはプライドが傷つく、というのとユウリに手伝ってもらった場合、ユウリがメインになってしまってサンダーを捕まえてもユウリに持っていかれるんじゃないかという懸念がそれをさせないだけで……割と致命的な気がする。
取り合えず今は『アオ』も『ユウリ』も考えにいれずにあのサンダーを捕まえる手段を考える。
手札は主に三つ。
一つは私自身の力。
一つはガーくん。
一つは今日捕まえたばかりのキューちゃんと名付けたキャモメ。
この三つを使ってあのサンダーを捕まえる作戦を立てる。
手立ては……ある。
リシウムから聞いたあのサンダーのとある特徴、それを考慮すれば
「……ふう」
ベッドに入って大きく息を吐くと、隣で寝ていたはずのユウリがもぞもぞと動いた。
「眠れないの?」
「あ、ごめん……起こした?」
「ううん、まだ寝る前だから大丈夫だよ」
すでに一週間近くここで生活させてもらっている。
本当ならもっと早くにどこかのマンションでも借りようと思っていたのだが、ユウリが是非に、と言うのでするずると今の生活を続けてしまっていた。
ユウリに甘えられている……それが分かっていて。
私もまたユウリに甘えている……それも分かっていた。
たった数年の別れ、と大人だったら思うかもしれないが。
私たちにとってはまだ十二年しか生きてない人生のうちの数年なのだ。
友達として、親友としてずっと一緒にやってきたが故に、居なくなってしまった数年の空白は誰もいない隣が寂しかった。
だからユウリと再会してべったりと甘えてくるのは、空白だった隣を埋めるための反動なのかもしれないと思っている
いや、でも昔からこんなのだったような気もする?
まあ良い。
「楽しくなってきた、と思ってね」
「そっか」
「うん……今にして思うと、ホウエンは私にとって居心地が良すぎたわね」
実家があった。
実家には力があった。
だから望むのならば、願うのならば大概どうにかなった。
まあ何でも欲しいままにくれるような甘やかしを受けた覚えも無いが、逆に言えば強く願ったことは何だって叶った。
私自身、自分でできることは自分でどうにかする性質だったから……正確に言えばそんな母さんに憧れたからそういう風になりたいと願った。
でも父さんからすれば初めての娘が可愛くて、甘やかしたくて、だから私が助けが欲しいと言えば一も二も無く手助けしてくれて。
家族は優しかった。家庭は居心地が良かった。幸せで、悩みなんて忘れてしまいそうになるくらいに温かくて、何よりもみんなが助け合っていた。
私にできないことでも、家族の誰かができた。
家族は支え合うものだ、という父さんの思いも一理あったけれど、こうしてガラルに来て分かったことがある。
ガラルに来て、ホウエンにあったものを全て置いてきた。
ここには親友がいるけれど、逆に言えばそれ以外は全て私に『縁』の無いものばかりで。
私はもう一人で生きていくべきだ。
家族の庇護を振り切って、温かい家族の輪から抜け出して。
それは別に家族を捨てるということではない。
ただ、私は私自身の足で立つべきだということだ。
私にできないことは家族にやってもらうのではない。
私にできないことは、私の力で……私が築き上げ、積み上げた物でどうにかすべきなのだ。
すでに立派に独り立ちしているつもりでいた。
でもやっぱり私は家族に守られていたのだと良く分かった。
否、きっと今でもまだ家族に助けられている。
けれどそれじゃダメなのだ。
私はもう守られているだけの子供では無い。
だから、まずは手始めに。
「自分の力で掴み取ってみせてやろうじゃない」
大地を走る鳥を自らの手で落としてみせるのだ。
* * *
いつも走っている姿しか見ていなかったので勘違いしていたのだが、サンダーのあの猛スピードは常に維持できるようなものではないらしい。
人間でもそうだが、あんな全力疾走していたらスタミナが尽きるのは当たり前の話。
ただスタミナが尽きるよりも早く視界から消え去るほどに長距離を走るので気づかなかっただけで、サンダーとてその体力は有限のようだった。
と言うわけで用意したのは『ロトム自転車』である。
時速60kmを超える脅威の半電動自転車であり、内蔵バッテリーにロトムが憑りついているのが特徴と言える。
自転車を漕ぐことでロトムの憑りついたバッテリーが『充電』されていき、充電量が満タンになるとロトムが放電することで時速100kmを超えるとんでもない速度で走ることができる。
しかもロトムが常に電磁波を周囲に放ち、周囲の地形や障害物を察知することで人や物にぶつかりそうになると自動的に停車するという優れものである。
問題は生身で……しかもバイクのように風除けなどのついていない自転車でそれだけの速度を出すことによる風圧や振動、それに万一の事故による危険性を考慮して専用のライダースーツを着用することが『法律』で義務付けられていることだろうか。
これの何が問題かと言うと。
「だっさ」
絶妙にダサいのだ。
カラーリングやデザインもいくつか存在するのだが、安全性を第一とする以上は使用素材は限られており、普通の衣服のように好きにデザインすることができないせいかなのかは分からないが趣味に合わないライダースーツの着用を強制される、という時点でやる気が削がれるというものだ。
とは言えこれが無ければサンダーに追いつくどころか『見失わない』ようにすることすら困難なのだから仕方ない。
とにかくこれで準備は整った。
「あとはサンダーを見つければ良いだけね」
このライダースーツを着るのに、いつものコートまで脱がされたのだ。
絶対に捕まえてやる、という意気を滾らせながら周囲を見渡す。
「生息域は大よそ決まっている……走っている時はトレーナーか何かに追いかけられたりしている時」
聞いた話だが、逃げてばっかりなので性格的に臆病なのかと思ったら寧ろ強者には自分から襲い掛かる獰猛さを持っているらしい。
じゃあなんで私やリシウムたちは逃げられそうになったのかと言う疑問があるのだが、恐らく『戦うほどの相手じゃない』と思われている、というのが一番ありそうな可能性だった。
そういう意味ではアオを連れていれば向こうから寄って来るのでないか、という思いもあるのだが、ここは『サンダー』『育成施設』『ガーくんの進化』という一石三鳥を目指していくことにする。
そうしてしばらくワイルドエリアを自転車を漕ぎながらうろついていると。
「……いた」
遠くのほうに見えた茶色はまさしくここ一週間眺めていたサンダーの色だった。
『自転車』のお陰で捜索範囲が一気に広がったのでそれほど苦労も無く見つけることができたのはラッキーだった。
「さて、それじゃあ……行きましょうか」
呟きながら心の中で撃鉄を振り下ろす。
“ぼ う ふ う け ん”
直後、ワイルドエリアに嵐が吹き荒れる。
周囲を山や街に囲まれたワイルドエリアにおいて、雨や風、霧などが出ることは良くあることではあるが、それでもここまでの激しい嵐となると滅多にお目にかかる物ではないのだろう。
慌てた様子のポケモンたちが嵐の外側へと一斉に逃げ出す。
そんな中、サンダーもまた移動を開始しようとして―――。
「それじゃあ、行くわよ」
『自転車』を漕ぎだすと同時にサンダーがこちらへ気づいて、走り出す。
だがその足取りは重い。当然だろう……この嵐は私の意のままに吹き荒れる。
こちらは追い風となるように、サンダーへは向かい風となるように……それでも追いつくことができないほどのその脚力は凄まじいが、それでも差は付かない。
走って、走って、走り続け。
少しずつ、少しずつその足が鈍り出す。
走っても走っても開かない……寧ろ少しずつ詰まっていくその距離にサンダーが焦り始める。
と言ってもこっちだって全力で自転車を漕いでいるのだ、いくら『おいかぜ』だからといっても結構辛いし疲れる。
だがここは我慢のしどころだ。どちらが先に根をあげるかの勝負。
「さっさと……諦めなさい、よ!」
異能とは使用者本人の意思で引き起こすものだが漫然と嵐を引き起こすのではなく、同じ方向に走っている自分とサンダーに追い風と向かい風を使い分けるなどという小器用な真似をしているせいで余計に消耗する。
だがサンダーの疲弊が明らかに見えている以上あと少しの我慢と必死になって自転車を漕ぐ。
彼我の距離は後……少し。
「ロトム!」
ロトム自転車のバッテリーに充電された電力の全て放出し、一気に加速する。
途端にぐんぐんと縮まっていく両者の距離。
その背がもう見えた……瞬間。
「キューちゃん!」
肩の辺りに掴まれるように調整してボールから昨日捕まえたキャモメ……キューちゃんを出す。
「“ちょうおんぱ”」
指示一つ、放たれた不可視の音はサンダーの走る速度よりも早くその耳を揺らし。
悲鳴を上げながらサンダーが足をもつれさせて転げる。
「今!」
接近し、ボールを構え、投げる。
トレーナーならば何度も何度も繰り返したその動きは、極めてスムーズに行われ。
サンダーがボールへと吸い込まれる。
かたん、とボールが揺れる。
…………。
かたん、とボールが揺れる。
……………………。
かたん、とボールが揺れる。
………………………………。
―――ギォォォォォォォァァァァアアアアアア!!
直後、ボールが弾け、サンダーが飛び出した。
―――やせいの サンダーが あらわれた!
どうやってHP減らすか……ズバットあたりにどくどくでも覚えさせて耐久すれば良いんじゃね?
【悲報】ズバットさんどくどく覚えてない【どくタイプなのに】
まじかよってなった(