ことの始まりは二カ月ほど前のことである。
いや、発端を言えばもっともっと過去にあるのかもしれないが、今回のことに限って言えば二カ月ほど前になる。
『ガラルスタートーナメント』というガラルの有名トレーナーばかりを集め、タッグを組んでダブルバトルを行うという大会が開かれた。
開いたのは先代チャンピオンのダンデ。
現在のポケモンリーグ委員長でもある。
―――ガラルをもっともっと盛り上げたい。
かつてのチャンピオンとしてガラルを引っ張ってきたトレーナーとして、そして今はリーグ委員長として、ダンデが企画したトーナメントは大成功を納めた。
次回、次々回とすでに開催日時が話し合われ、次に参加するプロトレーナーたちの厳選も始まっている。
ダンデの意図は大成功と言えた。
「だがそれでもまだ足りないと、そう思うんだ」
いつもの笑みは鳴りを潜め、少し難しい顔をして腕を組む。
大勢の前ではいつも不敵な笑みと堂々とした態度を崩さないかつて無敗を誇ったチャンピオンのトレーナーとしての顔はそこには無く、一人の私人としてのダンデがそこにいた。
「今のガラルのバトルは少し硬いと、そう思わないか? チャンピオン」
自らを打ち負かした少女に対して、悔しい思いが無いとは言わない、だがそれ以上に少女……ユウリが素晴らしいトレーナーであるという事実をユウリと戦ったダンデは誰よりも知っているし、そんな素晴らしいトレーナーがこのガラルの新しい王になったということもまた喜ばしいことであると思っていた。
故に弟の友人である少女に対して隔意は無い、寧ろ好ましく思っている。
それはそれとして、チャンピオンである以上付き纏う重責というものがあることもまた十年以上このガラルでチャンピオンと続けていたダンデは知っていた。
「硬い、という言い方は語弊があったか? 何と言うか、ガラルのトレーナーとはこうあるべし、と凝り固まっているというべきか」
本来トレーナーが十人いれば十通りのパーティが組まれ、十通りの育成がなされ、十通りの戦い方があるべきだ。
ポケモンバトルの本質は『戦い』である以上、強さを追い求め、より強くなるために多様性を持つことは重要な話だ。
だがガラル地方におけるポケモンバトルは『
エンターテイメント色が強い、というべきか。
そのため本来ならば有効となるような戦法すらも否定され、戦い方に制限がかけられる。
それを無視すれば人気が出ず、人気の出ないトレーナーはたとえジムリーダーだろうとマイナー落ちして表舞台に出ることはできない。
故にガラルのプロトレーナーは常に観客を沸かせるような試合を求められている。
それができなければプロでない、と言わんばかりの今のガラルの環境にダンデはチャンピオン時代から苦々しい感情を抱いていた。
だが同時にダンデだからこそ、それが仕方のないことであるというのも分っていた。
このガラルで最も観客を沸かせることのできるトレーナーこそが最強にして絶対なる不敗の王者ダンデという男だったから。
プロトレーナーがプロトレーナーとしていられるのは結局のところ『金が稼げるから』だ。
ガラルにおけるトレーナーとはつまり『バトルで金が稼げる人間』を指す。
―――そもガラルに四天王制が無い理由はそこにあるのだ。
ガラル地方のポケモンリーグの制度上、チャンピオンはその大多数が『ジムリーダー』から選ばれる。
当たり前の話、半年にも満たないジムチャレンジ期間で何年もジムトレーナーとして腕を磨きジムリーダーとなってからもプロとして戦い続けてきた彼らに勝つことは困難な話だ。
チャレンジャーはチャレンジが始まってから、或いは始まる前からポケモンを手に入れて育て始めるが、ジムリーダーはチャレンジャーがジムチャレンジを突破している間の期間も常に鍛錬を繰り返し、強くなっているのだ。
故にシュートシティで行われるファイナルトーナメントにおいて、チャレンジャー全員で行われるセミファイナルを勝ち抜いたたった一人ですら一回戦を勝ち抜くことすら珍しい。
ファイナルトーナメントを勝ち抜かなければチャンピオンと戦うことすらできない。
となれば基本的にチャンピオンに挑戦できるのは『ジムリーダー』ばかりとなる。
つまりチャンピオンを倒し、次のチャンピオンになれる確率が最も高いのは『ジムリーダー』なのだ。
ガラルリーグではこの不公平を
何故ならジムリーダーとは即ち『特定タイプの専門家』だからだ。
ジムリーダーからチャンピオンになったからと言っていきなりトレーナーとしてのスタイルが大幅に変わることなどあり得ない。
それまでに作り上げてきたスタイルで勝ち抜き、チャンピオンとなった以上そのスタイルを維持することがプロとしての務めであり、何よりもそれまでに築き上げてきたファンがいる。
このファンに見放されるようになればたとえチャンピオンであろうとプロトレーナーとしては失格なのだから。
となれば、だ。
ジムリーダーからチャンピオンとなった場合、その手持ちは『専門タイプ』に偏ることになる。
タイプ相性が偏ることは逆に言えば『弱点タイプ』が偏っている、ということでもあり。
その『弱点タイプ』を専門とするジムリーダーはチャンピオンに対して絶対の有利を持つことになる。
ここまで言えば分かるだろう。
つまりガラルリーグのこの不公平な制度は
そのほうが盛り上がるから。
盛り上がるというのは興行としては絶対の正義だ。
そういう意味ではダンデの存在はガラルリーグにとって予想外だっただろう。
初めてのジムチャレンジでそのまま並み居るジムリーダー全員を討ち果たしてファイナルトーナメントを勝ち抜き、当時のチャンピオンすらも降して次のチャンピオンになるなど当時は誰も予想しなかった事態だろう。
いや、たった一人それを予想した人間がいたのかもしれない。
今となっては、の話ではあるが。
ダンデに推薦状を渡し、チャンピオンとなったダンデをそれから十年以上もの長きに渡って支え続けてきた一人の男を思い出し……。
―――今は関係無い。
とにかく、だ。
これまでの歴史の積み重ねがガラルのバトルを形作っている。
問題なのはそこで一番重要なのが『勝敗』では無く『盛り上がり』という点だ。
分かりやすく言えば『白けさせて勝つくらいなら盛り上げて負けてしまえ』というのがガラルにおける風潮なのだ。
これは結局のところ、ポケモンバトルが『興行』つまり『金儲け』の一環として行われているがための弊害であり、難点だった。
ダンデのスタイルは『盛り上げて勝つ』だ。
会場の盛り上がりに応じて自らの戦意も高揚することができる、そういう気質とカリスマ性がダンデにあったからこそ十年以上もの間、ダンデはガラルの頂点に立ちこのガラルを盛り上げ続けることに成功した。
だがそこに限界があったことも、ダンデだからこそ分かっていた。
すでに一地方間だけで世界が完結するような時代ではなくなっている。
ガラルは世界に向けて開かれて行かなければならない。
ガラルという素晴らしい文化は世界へと羽ばたき、他地方の素晴らしい物をもっともっと取り込んでさらに飛躍しなければならない。
そうしなければ、地方間の国際化が進む今の情勢に取り残されてしまうことになる。
それは単純な情報や物だけではない、バトルも同じだ。
地方間リーグが合併し、統一リーグが作られた以上、国際化の波はすでに目前にまで迫っている。
ダンデはこのガラルという地方が好きだ。
ダンデはこのガラルという土地を愛している。
故にこのまま座して見ているなど許容できるはずが無かった。
何かできることがあるはずだった。
何ができることがあるはずだ。
一体何ができる?
一体何が?
人生で初めての敗北を味わったのは……ちょうどそんな時だった。
チャンピオンで無くなったことと引き換えに、ダンデは自由を得た。
現チャンピオンユウリは何とも『ガラルらしいトレーナー』だった。
現チャンピオンユウリは何とも『ガラルらしくないトレーナー』だった。
矛盾したような言葉だったが、どちらも正しく、どちらも間違っている。
ユウリはただ純粋に『強いトレーナー』だった。
ただそのほうが強いからこそ『ガラルらしくなる』し、そして同時にそのほうが強いと思えば『ガラルらしくなくなる』、それだけの話だった。
ガラルリーグにトレーナー登録はしていても、実際にこのガラルに来てまだ二年と経っていないらしい。
だからこそ、生粋のガラル育ちであるダンデとは違う目線で戦っている。
新しい風が吹いたのだ、とそう思った。
少なくとも当時ジムチャレンジャーだったユウリのパーティは、バトルスタイルは従来のガラルとは少し違っていて。
それをジムチャレンジ中に急速にガラルのスタイルに合わせて行き、今では立派なガラルスターの一人だ。
だがユウリのスタイルはガラルに合わせていながらも、確かにガラルには無い戦い方も混じっていた。
それは今のガラルの閉塞に穴を空ける一刺しになるとダンデは考えた。
だがまだ足りない、ただの一刺しでは穴が広がりきらない。
また従来のスタイルを望む観客の声に新しい風が吹き荒ぶための穴が塞がれてしまうのではないか、そんな懸念がダンデの中にあった。
故に『ガラルスタートーナメント』を開いた。
もっともっと今までのガラルに無かった物を作り出し、取り入れ、ガラルに新しい風を吹かせよう。
そう思って始めた取り組みは大成功を納めた。
タッグバトルという従来のガラルでは余り無かった取り組みはその新鮮さを以って観客に受け入れられた。
今がチャンスだった。
さらなる一手が欲しい。
そう……今までのガラルにこびり付いていたものを
「えっと、一つ、提案が」
そんなダンデの考えを聞いたユウリが少しばかり考え込み、そうして意を決したように一つ頷いて手を挙げた。
「ホウエンリーグから一人……私の親友、呼んでみませんか?」
そんなユウリの発言に、ダンデが目を丸くした。
* * *
「と、言うわけなんだけど」
「嫌よ」
長ったらしい説明の果てに口を突いて出たのはその一言だった。
というか当たり前の話、ホウエンには拠点があって、ホウエンリーグには籍があって、去年負けてしまった返さなければならない借りを返す相手もいるのだ。
何が悲しくて全部捨ててこっちに来なければならないのだ。
「お願い、ソラちゃ~ん」
「えーい、引っ付くな! だいたいなんで私なのよ、別に他のでも良いでしょ」
人の腹部に飛び込むようにして抱き着いてくるユウリの頭を押さえて引きはがそうとする。
はっきり言えば今のリーグで限界を感じているトレーナー、環境を変えたいと思っているトレーナーなんてごまんといるだろうし、連れてくるならそいつらでも良いはずだ。別に私に拘る理由なんて無いはずで。
「ソラちゃんと戦いたい、って思ったから……じゃ、ダメかな?」
「――――」
下から上目遣いに告げられた言葉に、一瞬硬直する。
そうしてふと思い出すのは三年前。
ユウリと別れた日のこと。
―――大きくなって、トレーナーになったら、その時は。
「勝負しよう……って言ったのは私だったわね」
「うん、だから私、あれからトレーナーの勉強いっぱいしたんだよ」
大きく……はなれずとも互いにトレーナーになった。
他愛無い口約束に過ぎないけれども。
「アオ」
「姉ちゃんの好きにすればいいさ……オレたちは
弟の名を呼べば、即座にそんな答えが返って来る。
目を瞑り、数秒考える。
それでも結局のところ、答えなんて最初から決まっていて。
ホウエンに置いてきた仲間たちには後で事情を説明する必要があるだろう。
場合によっては別のトレーナーに譲る必要だってあるかもしれない。
そこまでする必要はあるか?
と内心が問いかけてくる。
「約束は約束、よね」
独りごちるその言葉が結局のところ全て。
最初は……他愛無い約束に過ぎなかったはずだ。
なのに今となっては大層な約束となってしまったものだ。
何せ。
「っふん……良いわ、乗ってあげる」
三年ぶりに再会した幼馴染で親友の少女は。
「全員ぶっ倒してアンタに会いに行くから」
今やこのガラル地方の頂点に君臨する少女なのだから。
「精々首を洗って待ってなさい」
そう考えれば燃えてきた。
そしてそんな私の闘志に返すかのようにユウリも不敵に笑みを浮かべて。
「ふふん、私のほうが強いってこと……教えてあげるよ」
互いに宣戦布告をした。