『砂漠』の『竜』というとガブリアスやフライゴンなどを連想するが、マスタード曰く違うらしい。
『鍋底砂漠』はたくさんの『いわ』タイプや『じめん』タイプのポケモンが生息する地域であり、道場の門下生たちもそうしたポケモンたちをゲットするために時折訪れているらしいのだが、一か月ほど前からこの『鍋底砂漠』にかなり狂暴なポケモンが現れ、暴れ回っているらしい。
その影響で『鍋底砂漠』から逃げ出すポケモンもいるということもあってマスタードとしても何度かそのポケモンを鎮めようとこの砂漠へとやってきたのだが、非常にタフであり獰猛で攻撃性も高く、だが同時に自分の不利を悟るとすぐに逃げ隠れしてしまう臆病さと自分を負かす危険性のある相手の前には以降姿を見せない狡猾さを持ったかなり厄介なポケモンらしくどうにも手を焼いていたらしい。
―――多分ソラちんとは相性が良いと思うんだよねん。
じゃあ何故他のトレーナーではなく私に頼むか、そんな疑問にマスタードはそんな分かるような分からないような理屈を答えた。
正直なんで私が、とは思わなくも無いが、どうやら私の求めているポケモンがこの『鍋底砂漠』にも生息しており、その狂暴なポケモンが暴れ回っている影響で分布が滅茶苦茶になっているため私の欲しいポケモンを捕まえるなら島中くまなく探して回るより一度その狂暴なポケモンを沈めたほうが手っ取り早い、とのことで止む無く、と言ったところだ。
ただ。
「どこにいるのかしらね」
こうして『鍋底砂漠』に来てみたは良いものの、何かが暴れている様子はない。
非常に狂暴かつ獰猛であり、縄張りに敵が侵入すれば必ず襲い掛かって来る、とのことだったので砂漠に一歩足を踏み入れた途端に襲い掛かって来るものかと思っていたのだが、予想がハズれた。
とは言え。
「静かすぎるわね」
平穏か、と言われるとそうでも無かった。
何よりも静か過ぎる。普通多くのポケモンが過ごす野生の環境では生命が生きる音があちこちで聞こえるはずなのに……。
まるで何の音もしない。
風も……不自然なほどに凪いでいて、微風一つ吹くことが無い。
圧倒的な何かに怯え、息を殺しているような……そんな雰囲気。
「いる……わね」
ぞっと、背筋に氷を突っ込まれたような怖気が走る。
何となく分かる。
今、何かに狙われている、と。
きゅっと歯を噛み締め、大きく息を吸って……吐く。
「ガーくん、キューちゃん、出て来なさい」
ボールからガーくんとキューちゃんを出すと上空に向かわせる……恐らく来るとしたら下からだろう。何かあればすぐに駆け付けられるように、けれど相手の初手を受けない位置となれば私の上を飛ばすのが最適解のはず。
故にダーくんはまだ手元だ……だって飛べないし。
「これで……よし」
準備は整った、ともう一度深呼吸する。
そうして足元の砂漠に向かって手を置き。
“ぼうふうけん”
心の中で撃鉄を振り下ろした。
* * *
ポケモンとは人類の隣人であるが、同時に人類にとって最も身近な脅威である。
基本的にポケモンの能力というのはどれをとっても人類より優れていることが多く、けれどだからこそポケモンは人類を必要としている。
野生のポケモンにとって最大の敵とは即ち同じ野生のポケモンに他ならないからだ。
だいたいのことにおいて人類よりも高い能力を持つポケモンは、けれどその力を十全に発揮するためにはトレーナーという外付けのブレインを必要とすることが多い。
だからこそ野生のポケモン同士の生存競争とは酷く生々しく、痛々しく、同時に熾烈を極める。
その中で長年生き残ってきたポケモンは周囲から頭一つ、二つ飛び抜けやがてその環境における支配者となる。
つまりそれが『ぬし』ポケモンということになる。
かつて『鍋底砂漠』に暮らしていた『ぬし』ポケモンはキョダイマックスする『サダイジャ』だった。
基本的にポケモンというのは一度身に着けた強さを無くさないものだ。
戦わなかったからと言って『レベル』が下がる、などということも無い。
だから一度『ぬし』となったポケモンが誕生すればしばらくの間『ぬし』がその一帯の覇権を握ることになる。
往々にして『ぬし』は同族のポケモンたちを従え、他のポケモンたちを屈服させて一大勢力を築いていることが多く、だからこそ『ぬし』が同じ環境で育ったポケモンに負ける、ということは余り起こり得ることではない。
だから『ぬし』の交代とは往々にしてだいたい三通りに分けられる。
一つは他所から流れてきた強いポケモンに敗北した場合。
この場合、負けた『ぬし』は殺されるか、もしくは縄張りを追われて『ぬし』を倒したポケモンが新たな『ぬし』となる。
一つは老齢などの理由で弱ってしまった『ぬし』が支配下のポケモンに下剋上されてしまうこと。
この場合、下剋上したポケモンが一番強ければまだ良いが、下手をすれば縄張りの内側にいる全てのポケモンが入り乱れて新たな『ぬし』の座を求めて争いあうことになる。
その場合、その影響は縄張り一帯のみに留まらず、周囲にまで及ぶことになる。
最悪、人にまで被害が及ぶこともあるので、トレーナーたちが急行して争いに介入することだってあるのだ。
と言ってもこれは険呑なパターン。
最後の一つは『ぬし』が次代の『ぬし』にその座を明け渡す、という穏当なパターンだ。
そもそもポケモンは人間の言うことを理解するだけの知能を持つ生物だ。
長く生きて性格も穏健になった『ぬし』ならば縄張りの安定のために力の衰えを感じた段階で新たな『ぬし』を探し、その座を明け渡すようなこともする。
サダイジャもかつて『鍋底砂漠』で新たな『ぬし』にその座を明け渡し、そして縄張りから出た。
洞窟を抜け、本来の生息域ではない平原へとたどり着く。
そうして……。
『ハニカーム島』の『ぬし』ポケモン
* * *
自然環境において、異なる種族のポケモン同士がタマゴを作ることは珍しいことではない。
ポケモンのタマゴとは『細胞の塊』である。
通常の雌雄のある生物のような性交によって遺伝子を交わらせるのではない、ポケモンの交配とは即ち分裂させた細胞を切り離し、二匹分を混ぜ合わせることであり、『ポケモン』としての形を成す最低限の細胞量が存在すれば後は勝手に成長して細胞を増殖させポケモンを形作る。
ポケモンのタマゴは最初は液体が詰まった殻なのだ。
それが周囲のエネルギーを取り込むことで少しずつ生物としての形を為していき、中で動き出す頃にはポケモンとしての体を為している。
ただなんでもかんでも細胞を混ぜ合わせれば良いのか、と言われればそれは違っていて、細胞同士の親和性のようなものがあり、研究者の間ではこの親和性に基づいて『タマゴグループ』として分類を行なっており、このタマゴグループに共通項が一つでもあればポケモン同士でタマゴを作ることができる。
余談を言えば、♂と♀でしかタマゴが作れないのは提供する細胞が異なるから、だと言われている。
ポケモンという一個の生物を形作る細胞の半分を♂が、もう半分を♀が提供しており、この二匹が提供する細胞は実は別の種類である、というのが今の主な学説だ。だから同じ性別ではタマゴは作られない、何故なら同じ種類の細胞を提供してもポケモンを形作るもう半分が足りないからだ、ということらしい。
因みにメタモンの細胞は雌雄どころか種族の差すらも乗り越える。それはメタモンの細胞があらゆるポケモンの細胞に適応し変化する『万能細胞』だから、だと言われている。
まあそれはさておき。
先も言ったが自然環境の中で異なる種族のポケモン同士がタマゴを作るのはそう珍しいことではない。
同じ種族の異性が必ずいるとは限らないし、そもそもいたとして他の同性とすでにくっついていることもあり得る。
タマゴとは簡単に作れるようなものではない。細胞分裂によって細胞を増やし、増やした細胞を切り離す。そうして細胞を切り離した以上は少なからず自分の体を構成する要素を欠損しているのだから、また細胞を増やす必要性がある。
だから育て屋などにポケモンを預けても1個ずつしかタマゴはできないし、次のタマゴができるまで時間がかかるのだ。
繁殖しようとした時に、常に同じように繁殖可能な状態の異性がいるか、というのは野生の生物にとっては死活問題でもある。
だからこそ同様に繁殖可能であるならば種族を超えてタマゴを作ることは時折あることなのだ。
ただそれでも。
元とは言え『ぬし』ポケモンが『ぬし』ポケモンと交配し、タマゴを作るという例はこれまでにほぼ無かった。
そのサダイジャが何故苦手とするはずの海に近づいたのかは分からないが、浜辺へと向かったサダイジャは『ハニカーム島』で縄張り争いに負け『ぬし』の座を追われたギャラドスと出会った。
そしてそこで一つのタマゴを作り、両者はまた去っていく。
残されたタマゴはやがて孵り、一匹のコイキングが生まれた。
ヨロイ島近海の海は大量のサメハダーが泳ぐ危険地帯だ。
生まれたてのコイキング一匹、親のギャラドスの力が無ければあっという間に死んでしまうのは予想に難くないほどに。
ああ、だから本当ならばそのコイキングは死んでいたのだろう。
それがただのコイキングであったならば。
結論だけ言うならばコイキングは生き残り、進化してギャラドスとなった。
そうして今は……。
* * *
叩きつけられた『おおあらし』が砂塵を巻き上げる。
瞬間的な使用だったため、すぐに『おおあらし』が止むが大地に直接具現した嵐が地面を大きく抉り、その下に隠れていたモノを露わにする。
「見つけた」
突如消失した地面に取り残される形で虎視眈々とこちらを狙っていただろうソレを見やり。
「キューちゃん『ちょうおんぱ』!」
放たれた音波が突如の事態に一瞬硬直してしまっていたソレを捉える。
同時に大きく後退。十メートル、二十メートルと距離を空ける。
そうして改めて観察してみれば。
「なにこれ……イワーク?」
全身を石や砂で覆われた全長十メートル弱ほどの蛇のようなポケモンがそこにいた。
外見的特徴だけで一番近いものを言うならばどう考えてもイワークなのだが、けれど実際にはイワークとはまるで違う姿のソレがいったい何のポケモンなのか、さっぱり分からなかった。
―――ゴォアアアアアアアアアアアアアアア!
『こんらん』したそれが咆哮をあげながら激しく暴れ回る。
だがこちらが見えているのかいないのか、見当違いな場所で暴れている隙にその姿を図鑑に収めて……。
検索結果>>『ギャラドス』
「―――っ! ガーくん、キューちゃん!」
表示された結果に思考が一瞬止まった。
だがそれも一瞬のこと、今すでに修羅場に立っていることを思い出し、即座に二匹に指示を出す。
だがその僅かな時間に相手の『こんらん』も解けてしまったらしい。
ぶん、と尻尾を振り回すようにして砂礫を飛ばしてくる。
それを躱しながらガーくんが急降下して。
“クロガネのつばさ”
硬化した翼の一撃に、けれどさしたるダメージも無さそうなギャラドス。
どうやら『いわ』タイプは入っていないらしい……ということは『じめん』タイプ?
「特異個体、っぽいわね」
しかもただタイプが変わっている、とか並外れて大きいとかそういうレベルじゃない。
水棲のはずのギャラドスがこんな水も無い砂漠のど真ん中に生息しているとか完全に『変異種』*1だ。
「キューちゃん!」
“みずのはどう”
推定『じめん』タイプならばこれは嫌がるだろう、と放たれた『みず』タイプの技をギャラドスが受け……。
“されきのよろい”*2
『みずのはどう』が命中したその体が湿り気を帯びて硬くなったのを見て、それが失敗だったと悟る。
「これ、は!」
『みずがため』という特性がある。
アローラ地方に生息するスナバァやその進化形であるシロデスナが持つ特性であり、『みず』タイプの技を受けると体の砂が水を吸って硬くなり『ぼうぎょ』が上がるという特性だ。
砂の体を持つシロデスナたちだからこそできる特性であり、まさかギャラドスが同じような特性を持っているとは予想だにしなかった。
そんな私を嘲笑うかのように、ギャラドスが大きく息を吸い込み。
“さかいのぬし”*3
ぼん、と砂の塊を吐き出す。
吐き出された砂の塊が直後に弾け出し……ゴウ、と音を立てながら『すなあらし』を呼び起こす。
「……『すなはき』、ね。随分と器用じゃない」
こちらに来て、ガラルのポケモンについては良く調べていたのでその特性も覚えていた。
サダイジャ系列のポケモンが覚える『攻撃を受けた時に天候をすなあらし』にする特性だ。
こいつの親が何となく分かってきた。
「ギャラドスとサダイジャの血統、ってことかしらね」
何をどうやったらギャラドスが陸棲になるようなことになるのかと思っていたが、サダイジャの『血統』が混ざっていたのならばそういう変化もあり得るのかもしれない。
ゴウゴウと吹き荒れる『すなあらし』に視界が徐々に悪くなっていく。
そしてその『すなあらし』に紛れるようにして、ギャラドスが足元の砂を巻き上げながら移動し始める。
“さばくをおよぐりゅう”*4
「『すながくれ』……マスタードさんから逃げ出したのはこれか」
この『すなあらし』の中、こうも砂塵を巻き上げて移動されては確かに見失いそうになるだろうと納得する。そうして逃げ出したらもう勝てない相手の前には出てこない……そうやって勝てる相手だけを襲うのだとすれば。
確かにこれは狂暴で、凶悪で、臆病で、狡猾で……危険だ。
まあ。
「私が相手じゃなければ、ね」
“ぼうふうけん”
吹き荒れる『すなあらし』がそれ以上の規模の『おおあらし』に掻き消されていく。
ざあざあと砂漠に雨が降り出し、舞い上がっていた砂塵も水気と共に地面に落ちる。
同時に砂塵を巻き上げながら移動していたギャラドスの居場所も丸わかりになる。
「逃げるなんて許すわけないでしょ……誰に喧嘩売ったのか、思い知りなさい」
そうして、手元のボールを構えて。
「ぶっ飛ばせ! ダーくん!」
投げた。
【種族】“砂海竜”ギャラドス/変異種/特異個体
【レベル】82
【タイプ】じめん/ひこう
【性格】いじっぱり
【特性】されきのよろい(直接攻撃する攻撃する技で受けるダメージを半減し、相手から『みず』タイプの技を受けた時、『ぼうぎょ』が2段階上がる。)
【持ち物】さらさらいわ
【技】じしん/かみくだく/すなあつめ/ステルスロック
【裏特性】『さばくをおよぐりゅう』
天候が『すなあらし』の時、『とくぼう』を1.5倍になる。
天候が『すなあらし』の時、相手の命中が0.8倍になる。
????
【技能】『――――』
【能力】『さかいのぬし』
相手から攻撃を受けた時、5ターンの間天候を『すなあらし』にする。
天候が『すなあらし』の時、タイプ相性が『こうかはばつぐん』のダメージを3/4にし、毎ターン自分のHPを最大HPの1/8回復する。
【備考】
ギャラドスとサダイジャとの交配によって生まれた砂漠を泳ぎ陸地で生きるギャラドスという突然変異種。
持ち物の『さらさらいわ』は鍋底砂漠に落ちていたもの(実機でも落ちてます)。
血統という概念に関してはドールズのほう読んで……と言いたいけど、仕方ないので説明しておくと、ゲームで言うところの遺伝技をもっと幅広く解釈した概念ですね。
ゲーム的には♂親が何だろうとタマゴ技以外にほぼ関係なかったけど、例えば今回でいうなら『ギャラドス』と『サダイジャ』の子供として生まれたコイキングなら『じめん』タイプに対する『適性』を持っている、とします。本質的にはギャラドスだけど、サダイジャの能力を一部受け継ぐこともある、くらいの解釈。
今回出てきた『砂海竜ギャラドス』はそのサダイジャの血筋が変異を起こして生態すら変わってしまった結果の『変異個体』。
元々5世代以前のタマゴ技って『対応する技を持った♂親』が必要になるじゃないですか。
6世代からサーチとかでタマゴ技持ってるやつとか出てきたけど、基本的にタマゴ技っていうのは『その種族自体は覚えない』技じゃないですか。
でもその技を覚えている、というより『その技を覚えることができる』ポケモンと交配することで本来覚えない技を覚えたポケモンが生まれる。
つまり『本来覚えないはずの技を覚えるだけの物』を♂親から受け継いでいる、と解釈できるよね?
作者の好きなボーマンダは種族的には『ハイドロポンプ』覚えないけど、『ギャラドス』や『キングドラ』などの『みず』タイプの血を受け継ぐことによって『みず』タイプを扱う親和性、或いは『適性』を得ている、とする。
その『適性』を『血統』と言い換える。
なので♂親が『ギャラドス』とか『キングドラ』のタツベイは変異を起こすと『みず』タイプになれる、みたいなこともあります。
因みにアオ君が突然変異起こして今のタイプが変わることは『絶対に無い』です。
ちょっと親の血が強すぎますので(